第一話 『気まぐれな彼女』
ビルが囲む様に立ち並ぶ、深夜の中央公園。
公園のシンボルである、中央の泉は、昼の時間帯には噴水が湧き出ているが、今はピタリと止まっている。
それを中心に向かい合う形で配置された二つのベンチも、腰掛けている人は私ひとり。所々にたたずむ外灯の明かりだけが、わずかに辺りを燈し私の影を作っている。
「……二時十二分」
私は携帯電話を開いて、時刻を再確認した後、辺りを軽く見回す。
淋しげな静寂に包まれたこの公園で、私はある人物――いえ、正確には“人だった物”が現れるのを待っていた。
都市伝説の一つ。
“怪人赤マント”の話を聞いたことがあるだろうか?
夕方――ある一人の小学生が学校からの帰り道を歩いていた。すると人気のない路地裏で、赤いシルクハットとマントで身を包み、白い目と口が吊り上がった笑顔の仮面で素顔を隠す、長身の男に出会った。
「赤と青と白……どれが………いい?」
突然の質問。声色の低さ、そして不気味な姿に、小学生は不安に戸惑いながらも質問に答えた。
「えっと――赤がいい」
「赤……」
マントの男が呟くと、しばし沈黙が続いた。だが次の瞬間には路地を突き抜ける、小学生の悲鳴が響き渡った。
それは男がマントの中から血に塗れた大ガマを取り出し、小学生の脳天に振り上げるのと同時だった。
「赤は――キザマレテ……チニソマル!」
男は狂ったように大ガマを何度も振り下ろした、その行為は小学生の生命の鼓動が止まった後も続いた。
翌日、小学生は原型を留めない無惨な姿で発見された。
その遺体は全身、血で真っ赤に染まっていたのだという。
男は未だに捕まっていない。だがこの事件以外にも、全身の血を抜き取られて死んだ事件や、水気のある場所で水死体が発見された事件には、赤マントの男の目撃例がある事から、高確率で同一犯の可能性があるとされた。
いつしか、これが人々の間で噂として拡がり、都市伝説“怪人赤マント”が誕生したのだというが、真相は定かではない。
そして――私は今、その噂の怪人に会うために、出現がもっとも頻繁だと言われている公園にいる訳だ。
何故、会わなきゃいけないのか、理由は極めて単純だった。
つい最近、私は奴の被害者の遺体を見た。
夕焼けの公園を歩いていたら、ベンチの周りに人だかりが出来ていて、何事かと覗きこむと大量の血を垂れ流し倒れている少女と、それにすがるように「お姉ちゃん」と泣き叫ぶ少年の姿が私の目に入った。
後々、誰が呼んだのか警察と救急車が駆け付けて来たが、姉は手遅れで犯人は捕まらずじまいだったと、次の日の報道で知った。
――後日、私は姉を殺された少年と公園で偶然会った。
少年は姉が死んだ場所、噴水の手前にあるベンチに涙を流しながら腰掛けていた。その様子を見て、どうもほうっておけなかった私は、彼に声を掛けて、姉が殺された事について尋ねた。
この時、私は怪人赤マントの都市伝説と、彼の姉を殺した犯人はその赤マントだと知った。
だが、少年の体験した内容は、少しだけ都市伝説と違っていた。
何でも、公園でよく出ると噂されていた赤マントの質問に答えてしまったのはその少年であり、姉は彼を庇って死んだのだという。
自分が助かったのは、騒ぎに人が駆け付けて来たためか、赤マントがその場を立ち去ったからだと、少年は語った。
この出来事を警察に事情聴衆の際にも話したのだというが、信じてくれなかったと問う前に教えてくれた。
そして少年は私に、話しを真剣に聞いてくれてありがとうと礼を言った後、夕焼けに染まり始めている空を睨み据えて呟いた。
「警察は信用出来ない。お姉ちゃんの仇は……必ず僕が取る」
それが、私が聞いた彼の最期の言葉だった。
次の日。私が奴に――赤マントに会いに行く“きっかけ”が出来た。
街中を散策していたときだ。
あの少年が殺されたのだと、ビルの電光スクリーンに映し出されたニュースで知った。
死因から、すぐに奴が殺したのだと解った。
少年の遺体には右手に、一本のナイフが握られていたとも付け加えられていた。
――きっと、返り討ちにあったのね。あの子。
少年の無念を哀れに思うと同時に、私の中で言葉に現せられない苛立ちがうずいた。
「赤マントか……。気に入らない」
私はスクリーンを睨みながら無意識に呟いた。そして自然と唇を噛み締め、にぎりしめていた拳に力が入った。
その時、私は思ったのだ。
この噂の怪人とやらに会ってみようと。
そして現在にいたる訳だ。
私が今いる公園は、姉弟が殺された場所だ。
――深い理由は要らない。
ただ生意気でムカつくから、原型を留めない程にアイツを殺してみようと、そう思っただけ。
「――だから私は、あなたに会いに来たのよ。赤マントさん」
腰掛けていたベンチから立ち上がり、私は唇を三日月のように吊り上げ諭す。
それに合わせるかのように、暗闇の奥から不気味で邪悪な雰囲気を漂わせ、赤マントは姿を現した。
ゆったりと足音を立てずに、奴は私に歩み寄りながら問う。
「赤と青と白……どれがいい?」
無機質――でも、どこか邪悪で危険な声と雰囲気を持つこの男だが……それだけだ。
「……ねぇ、必ず答えないと駄目なの?」
私は腕を組みながら考えるそぶりをした後、小ばかにするような口調で聞いた。
「赤と青と白……どれがいい?」
しかし返答は同じ質問。
「ちょっと、無視するわけ?」
「赤と青と白、どれがいい?」
更にはくどくなる。
――やれやれ……答え以外に返事は受け付けないってわけ。じれったいわね。
呆れた私はため息混じりでかぶりを振ると、やる気の無い――だけど強い口調と声でこう言った。
「全部! 赤と青と白、全色よ」
答えてやった後に、私は悪戯な笑みを浮かべる。全色だったらどう反応を示すかという好奇心と、してやってりとおちょくった意味も兼ねて――するとだ。
「……うウウゥガアアアアアア!」
奴は唸り叫び、赤いマントをはためかせながら、右手に大ガマをにぎりしめて襲い掛かってきた。
どうやら怒ったらしい。
てっきり知能は低くて無慈悲だから、挑発には無関心かと思っていたが。怒ると言う感情は人並みにあるみたいだ。
――ククク、面白い。予想以上に狩りがいがありそうだわ。
ワクワクする。久しぶりの戦闘に興奮しているのが、武者震いとなり身体全体に伝わってくる。そうなると自然と唇がニヤリと歪む、それは私の獰猛な本性の現れかもしれない。
などと思っている間に、奴は振り上げた大ガマを私に目掛け、勢いよく右斜めに振り下ろす。
太刀筋はなかなかの速さだが、避けられない速度ではない。
私は難無く身体を右に反らしかわした。すると赤マントはすぐに切り替えて大ガマを振り上げ当てようとするが、それはバック転で避ける。
しかし攻撃はそれだけでは止まらず。次に赤マントはがむしゃらに大ガマを振り回すが、それも私は全て避けた。
そして最後の横に薙ぎ払う刃を跳躍して回避。そのまま赤マントも飛び越え、空中で宙返って外灯の上に乗る。
大ガマを振り終えた赤マントは、何が起こったのか理解出来てないのか、周りをキョロキョロと見回して私を探す。
「どこを見てんのあんた。馬鹿じゃないの?」
私が嘲笑いながら声を掛けると、怪人はピクリと反応して私の方を振り仰ぐ。そしてうめき声を上げながら、威嚇するように私を見据える。その様子は私に、「お前は何者だ?」といいたげに見えた。
――ふぅん、なら答えたあげる。
そうだと解釈した私は、待ちわびている赤マントを見下しながら自己紹介をした。
「私の名前は、玉藻――玉藻美狐。知能があるなら覚えておくといいわ」
腕を組み、右手で自分の髪をいじりながら私が名乗ると、赤マントは直ぐさま駆け出し、私が乗っている外灯を大ガマで切り倒した。
「――ッ!」
とんでもない切れ味だ。外灯の柱は鋼鉄で出来ているため、並の刃物では傷跡を付けることすら難しいはずだ。それを軽々と両断するのだから、怪人の怪力と太刀筋のキレのよさ、大ガマの硬度と刃の鋭さはかなりのものだ。
ふぅん――成る程ね。最初の斬撃は様子見だった訳だ。……舐められたものね。
そう思いながら、外灯が完全に倒れる前に私は離れるため飛び降りて、赤マントから八メートルくらい離れたところに着地した。
だが……。
「――ッ! しまっ!」
奴は着地を狙っていたのか、私が振り向く頃には大ガマを水平に薙ぎ払っていた。
横に過ぎ去る赤い血染めの一閃。
両断される私の胴体。
そして、意思に逆らい崩れ落ちる上半身。
世界がスローモーションで動いているように見えた。
こんなとこで私は死ぬの――
なんてわざとらしく思ってみたりする。
「ッ!」
ここで驚いたのは赤マントの方だ。
何故かって?
それは、アイツが切り裂いた私は、“私じゃない”からだ。
煙りの様に消えて行く私。そして唖然とした様子の赤マント。
ネタばらしをすればこうだ、今まで赤マントは私の幻とやり合っていたのだ。
それは何時からか? 最初からだ。
赤マントは最初の斬撃で、既に私の幻術に嵌まっていたのだ。
それじゃあ、本物の私はどこにいるかというと――噴水の手前にあるベンチで腰掛けてくつろいでいた。
実は最初の一撃目を回避した後、私はベンチから幻を遠隔で操作していた。馬鹿な怪人は幻術に掛かったのも気付かずに、ずっと幻相手に大ガマを振るっていた訳だ。
「クク――アッハハハハハ!」
――本当、相手を化かすのは愉快だ。
まんまと奴を化かした事で、抑えきれず私は吹き出してしまった。
「ッ!」
「驚いた? そりゃそうでしょうね。あんたがやっと切り裂いた私が煙りの様に消えちゃったんだもんね。ドンマイ」
笑い声に反応してようやく気付いた赤マントに、私は人を小ばかにするような口調で哀れみの言葉を掛けてやった。
すると赤マントは小さく唸り声を上げながら怒気と殺気を放つ。よっぽど悔しいのだろう。大ガマを握る手に力が入っているのが解った。
だけど、それは間違いだ。コイツが抱くべき感情は、怒りではない。
それは――“恐怖”だ。
私は腰掛けていたベンチから立ち上がり、赤マントに歩み寄りながらこう言った。
「あらかじめ忠告しとくわよ……。勘違いしないで、あんたは狩る側じゃない……。私が狩る側よ! ――そして、私が攻めに入る以上。ただじゃあ済まない……」
赤マントを指差しながら告げると同時に、私は勢いよく妖気を放つ。
「ッ!」
「さあて、始めようかしら」
真紅のオーラを纏う私の睨み据える眼光に威圧され、赤マントは一瞬だけ身を震わせて後退り、間合いを取った。
私も笑みを浮かべて姿勢を低くして、攻撃の構えをとる。
周辺が緊迫した空気に包まれる。
今にも張り裂けそうな程の張り詰めた雰囲気が、公園全体に漂い始めた。
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