第十話『紅蓮』
石岡を先頭に、最初に来た打ち合わせの場に戻った私達だが、どうも様子がおかしい。やけに騒がしくなっていた。
その原因と思われる所へ向かうと、黒い背広姿にサングラスを掛けた若い男女が、作業員と何やら揉めるかのように話しをしていた。
「なんだありゃ?」
石岡が眉を顰めて男女へと近付き、揉めてた作業員に代わって話し合う。
そして――。
「何だと、どういうことだ!」
目の前にいる二人の男女の言葉に、石岡は驚きの声を上げた。
「聞こえませんでしたか? 私達は退魔組織“紅蓮”の者です」
退魔組織“紅蓮”と名乗った、長い黒髪を後ろにまとめ上げた男は、サングラスを外して細く吊り上がった目を晒すと、石岡に名刺を差し出す。
見ると名刺には、平賀翔平と名が記されていた。
「依頼により、工事の邪魔をする妖怪を退治することになりましてね。それで私達が派遣されました」
黒い背広の男こと、平賀は細い目をさらに細め。不敵で狡猾そうな笑みを浮かべた。
「馬鹿な、俺は攴魔以外の退魔組織には依頼はしてない。何かの間違いだ」
「いえ、間違いではありません。そして依頼主はあなたではなく、このゴルフ場設計者である岩倉昌さんです」
石岡が声を荒げて平賀に言うが、その平賀の横にいる金髪の女がサングラスを外し、まっすぐな青い瞳で石岡を見据えて答えを返した。
この女は観る限り、日本人らしくないくっきりとした目鼻立ちをしている。ハーフか西洋人と窺え、スラリとした長身とスタイルの良さ、無表情からくる独特の雰囲気からは、棘の付いた薔薇を想わせる。
「岩倉だと? そんな馬鹿な! あの石頭が妖怪の存在を信じたって言うのか……?」
石岡は呟き後退る。その表情は有り得ないと言いたげに強張っていた。
「とにかく、私達は岩倉さんの依頼により来ましたので、此処の調査をさせて貰います。良いですね?」
平賀は丁重に伝えると、様子を見ていた私達の方へと歩み寄り、含みのこもった笑顔で声を掛けてきた。
「あなた方が攴魔の退魔師ですか。直接お会いするのは初めてですよ」
「へぇ、攴魔を知ってるのかい?」
「ええ、あなた方攴魔は有名ですよ。妖怪と仲良くやる変人の集まりとね」
崎原の問い掛けに、そう嫌味を口にする平賀。
明らかに喧嘩を売ってる台詞に、霧島が憤慨した様子で何か言おうとしたが、それは崎原が手を出して制止させた。
「そりゃあお互い様さ。お宅ら紅蓮も有名だよ。相手にいろんな事をふっかけて法外な依頼料を取る意地汚い守銭奴だってね。今回も金になると思って、自分達から首突っ込んできた口だろう?」
崎原も平賀に負けず劣らず、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて言葉を返す。
それに対して表情は平静を装う平賀だが、体は僅かに揺れ、反応を示した。
どうやら痛いとこを突かれ、癇に障ったようだ。場の空気の冷たさで、何となくそれが解る。
しかし……何でか解らないけど、崎原の嫌らしい笑みを観ていると、味方側であるにも関わらずこっちまで苛ついてくる。
「心外ですね。これはビジネスなんですから、依頼料を取るのは当然では? それに、我々は何もしてませんよ。今回の依頼も依頼主の意思ですよ」
平賀はやれやれと頭を振り、溜め息混じりに話す。そして崎原をしばらく品定めするように見つめた後、口を開いた。
「まあ、こちらの邪魔をしないよう、お願いしますよ。攴魔の方々」
笑顔を崩さず私達に背を向けると、平賀と金髪の女は、私達が見てきたクレーン車等の残骸がある林の奥へと消えた。
「チッ……ふざけやがって。ムカつくぜ」
「まあ、そう熱くなるな光我。今に始まったことじゃないだろ」
崎原は歯軋りを立てて苛立ちを見せる光我の肩に手を乗せ、気にするなと言い表すかのような微笑みを見せた。
「今に始まったことじゃないって……こういったことがよくあるの?」
「ああ……」
崎原の話によれば、退魔組織同士がこういった形でいがみ合うのは良くあるそうだ。
理由としては、思想、方針や流派等の違いが主らしいが、攴魔は同業者の中では最も嫌われている組織だとか。
特に慈善事業的な取り組み方や、妖怪の保護や共存と言った思想が、金に煩い奴や妖怪を恨んでいる退魔師にとっては目の上のたん瘤、目の敵とされている故に、攴魔はこういった他の退魔師達とのいざこざが絶えないのだという。
「まあ、中には攴魔と考えが似た組織や退魔師がいて、そういったものとは仲が良いんだよね、これがさ。だから、周りが敵だらけってわけじゃあないのさ」
「なる程ね……」
馬鹿なものだ。共通の目的を持つくせに纏まらず、下らないポリシーなどで壁を作るなんて。その挙げ句、こうしたいがみ合いか……。
――まあ、人間が纏まらないのは今に始まった事じゃないわね。
人間は昔からそうだ。
仲間と言う割には私利私欲の為に利用しようと考える者が必ずいて、それがまた火種となり仲間内で争う。
争い合うことは、お互いの向上に通じるものなど良いところもあるが、良い点よりも、寧ろ悪い点が多いだろう。
それについては、戦争などが例になる。
考えてみれば普通に解るはずだ。争いは事を悪い方に傾けるマイナスに過ぎないと。にもかかわらず、遠い昔から未だに人間はお互いで終わらない争いを続けている。
歴史は繰り返す。
誰かがそんなこと言ってたけど、まったくだ。愚か極まりないと私は思う。
――絶狐丸兄さんの気持ちが解る気がするわね。
『美狐。人間は動物の中でもっとも汚い生き物さ。地球を汚すゴミに過ぎない。烈狐丸兄さんは人間も自然の一部と見ているけれど、僕には到底そうは思えない。あいつらは汚物以外の何物でもないよ。自分達以外の生き物を格下と見ているような奴等を、自然を我が物顔で汚し壊して、奪っていくあいつらを、僕は絶対に許さない』
絶狐丸兄さんはその言葉を最後に行方を眩ませた。私達が玉藻三天狐と呼ばれるようになった、あの事件を境に……。
「どうしたの美狐ちゃん?」
「ん……あぁ、何でもない」
遠くの空を眺めて、深く思考を巡らせていた私だったが、崎原の声により現実に戻された。
「そう? なんか思い詰めたような顔してたけど」
「ちょっとね。昔のこと思い出してたの……話すような事でもないわ。気にしないで」
――まあ、いろいろとこじれた部分もあるけどね……。
そう思いながらも私は言い捨てた。
「そっか、んじゃあそろそろ俺達も本格的に行動を開始しますか――石岡さん!」
そう言うと崎原は石岡に歩み寄り声を掛けたのだが、石岡は平賀の言葉が腑に落ちないのか、まだ思い詰めた顔付きで俯き、黙り込んでいた。
「石岡さーん!」
もう一度トーンの高い声で崎原が呼ぶと、石岡はハッと顔を上げて私達に目を向けた。
「あ、あぁ、なんだ?」
私と同じように、彼も社長こと、岩倉と言う男のことをいろいろ考えていたのだろう。周りが見えていない様子だった。
そんな石岡に私は何気なく訊ねてみた。
「平賀が言ってたことが気になってるの?」
「ああ……」
石岡が眉間にしわを寄せて頷くと、崎原が紅蓮の連中と言い合ってた時の紅蓮についての内容を簡単に説明した。
「そうか……、仕事なら当然こういう組織がいてもおかしくないわな」
石岡は頷きながらあっさり納得すると、両腕を組みながら僅かに唸り悩む仕草を見せた後、私達に顔を向ける。
「まあいいさ、俺が依頼したのは攴魔。あんた方だ。別に俺が気にする必要は無いわな。俺はあんた達に期待する。頑張ってくれ」
「もちろんだ。あんな奴らに好き勝手させねえ」
霧島が強気な口調で返し、拳をパキパキ鳴らした。
「まあ、攴魔は攴魔のやり方でいくとしますかね、っと。んじゃあ石岡さん。俺達もその辺を調べさせてもらいますよ」
そう崎原が話を締めると、私達は個々に分かれて調査をする事にした。
それにしても、退魔組織紅蓮か……。私個人にとっても無関係ではない分、注意は払っておくとしよう。いずれは私が戦う相手になるかもしれない。そんな予感がする。
それから一時間近く経過した頃。
私は現場からある程度離れた林道を彷徨いていた。
この林道に来るまでに、一度見たクレーン車の残骸の山も含め、幾つかの被害に会った場所を見て回った。途中、紅蓮の男女と何度かすれ違うこともあったが、たいして声を掛けられることはなかった。
――だけど……あの女。
不可解にも、あの金髪の女はすれ違う度、視線をこちらに向けていた。
背中越しに何度あの視線を感じたことか。私が気付いてないと思っているのだろうか?
それとも――私を妖怪だと知って、狙っているの?
あのしつこくてじれったい感じが、それを伝えている気がしてならない。
「……まあ、別にいいか。気にすることじゃないわね」
今は気掛かりな、あの理不尽に折れた木々を調べに行くことにしよう。調べる場所がなくなったら行ってみようと思っていたことだし。
そんな思考を切り替えた頃、殺気が私の背筋を通り抜けた。
――……ふぅん。やっぱり来るわけ。まさかとは思ったけど、本当に私を狙っていたとはね、紅蓮のやつら。
そう思う中、私の後ろにある木の影から、気配と共に姿を現す。しかし振り向いた先、目の前にいたのは金髪の女ただ一人。
「あら、平賀ってやつは? あいつもいると思ってたんだけど」
「平賀は、依頼を優先するビジネスマンだ。だから調査に専念している」
「そう……それで、私に何の用かしら?」
白々しく訊ねる私に対し、金髪の女はサングラスを外すと、無表情のアンティック・ドール並に感情が籠もらない表情を向ける。
私を見詰める真っ直ぐな蒼い瞳。しかし、石岡の時と違い、今は氷のような冷たさを宿している。
「何の用だと? 白々しいやつだ。判っているくせに。貴様は妖魔だろ?」
「そうとも呼ばれているわね。でも、イギリス人にそう呼ばれるのは初めてよ」
「ほぉ、妖魔のくせによく解ったな。人間は全部餌程度にしか見えない妖魔の貴様でも、人種の見分けはつくのか?」
――当たりだったの? 適当に言ったつもりなのに。
しかし、何ともな言いがかりだ。あながち間違いではないが、妖魔の全てが人間を餌と思っているのだろうかこの女?
――それにしても、堅苦しい喋り方だこと。加えて日本語が妙に上手ね。
などと私がどうでもいいことに感心を示している間に、女はスーツのポケットから警棒のグリップ部分のような物を取り出した。
「だんまりか……まあいい。私もこれ以上話をする気はないから……なぁ!」
女は言い放つと共に、私に目掛けて握ったグリップを力強く振るう。
するとグリップの先が飛び出し、電気を纏った鞭となり私に襲い来る。
――おっと、危ないわね。
迫り来る鞭を、胸を斜めに反らして私はかわす。
相手としてもそれは予想の範疇に入っていたらしく、既にグリップを引き上げていた。
鞭はしなりを鳴らして私の背後から奇襲を掛ける。
後ろからの脅威を屈んで過ごした後、再度払うように振るった女の鞭を今度は後ろに跳躍してかわし。さらに空中で三回転ひねりを加えながら木の枝へと移った。
「まったく。予感当たるの早すぎよ」
悪い予感ってのは、当たり易いものだなと思いながら、私は敵意を抱く彼女を見下ろした。
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