プロローグ『ダイブ』
高層建築物が立ち並ぶ、闇夜の都会。
なかでも、ひときわの高さを誇る摩天楼。その頂上で、私は絡み付く風に銀の髪をなびかせながら、黄金色に光り輝く満月を眺めていた。
――落ち着く。いつまでもその美しい光を放っていてほしい。そう願いたくなる。
今頃、私と同じ瞳の色をしたあの月を、二人の兄達も眺めているのだろうか。
柄にもなく、そんなことを考えていたその時。私はあることを思い出した。
腰に巻いた黒いウエストバッグから携帯電話を取り出して、時間を確認する。
時刻は――深夜二時。
「……そろそろね」
携帯電話を手早くバッグに収め、私は駆け出した。行く先は階段ではない。
摩天楼の外側――地上へと、迷いなく飛び込む。
「ハァッ!」
重力に逆らった風が、大の字に広げた私の身体に、強く吹き荒れる。
――気持ちいい。
目をつむっていても感じる、視界いっぱいに広がる街の光りは、星の海を連想させる美しさ。
だけど着地地点が近付くにつれて、意識と全身の筋肉が研ぎ澄まされていく。目を見開き我に返った私は、身体を丸め回転しながら、より加速をかける。
そして脚のバネで勢いを殺して、ほとんど物音は立てずに着地した。
衝撃でエントランス中央にふわりと風が吹き、屈んだままの私の銀髪が空にさらわれて、そしてゆっくりと凪いでいった。
「――ふぅ、今日はスカートじゃなくて正解だったみたい」
バッグと同色のショートパンツを見遣ってから、立ち上がり周りを見渡す。
人の気配は、全くない。
虚しく人工的な光りを放つ街灯だけで、道路にはタクシーすら停まってはいない。
「やっぱり深夜に人はいない、か……」
事前に調べていたから判ってはいたが、見物人がいないと今のダイビングパフォーマンスが、無駄に終わったような気がしてつまらない。
――まあ、見られたら見られたで後が面倒なんだけどね。
苦笑しつつも、今一度唇を引き締めると、私はその場を走り後にした。
そう……これから“用事のある場所”へ向かうために。 |