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冷たい雨
作:みはる



第七章 その1(後)


「──あの三人に、あたしやオバサンと同じ思いをさせてやろうと思ったのよ」
 美登利が言った。「二人でさんざん泣いたあとで、迷わずそう思いついた」
「どうやって、三人の女性を捜し当てたの?」一条は訊いた。
「意外と簡単やったわ」美登利は得意げだった。「藤川には十九年前に別れた女との間に
子供がいて、その娘が藤川を探し出して逢いたいって言うてきたんやって、あのおっさんは
横浜に行く前にあたしに言うてきた。『美登利ちゃん、ワシの娘、大学目指して受験生
やってるんやで。あんたみたいに賢い子になったんや』って。それで、横浜での仕事が
うまく行ったら逢う約束したんやって。そのときは店も暇やったし、あたしは藤川の相手を
してその娘の話聞いてやった。まさかそれがあとでこんなことに役に立つとは思てへん
かったけど。名前は山蔭留美子って言うて、そのときは高校三年やった。で、あたし
思い出したの。確か夏の府内のバドミントン大会で準優勝した学校のキャプテンやった
生徒と同じ名前やったって。ほら、あたしもバドミントンやってるから、高校の試合も
よく見に行ってたし。それで犯行のとき、高校へ行って卒業アルバムで進路先を調べたのよ」
「そこから大学へ行って調べたのね」
「ううん、オバサンが仕事の関係で六甲女子大の人を知ってて、その人のルートから名簿を
手に入れてくれたわ。それであたしが電話した」
「どうやって呼び出したの?」
「『あたしの父と藤川さんが仕事仲間で、藤川さんが父を通して留美子さんに逢いたいって
言うてきた』って。向こうも自分の母親には内緒にしたかったみたいで、バイトのあとで
こっそり逢いたいって言うたわ。こっちにしたらその方が都合が良かった」
「でも、どうやってあの時間まで引き留めたんや?」
「彼女とバイト先のデパートの前で待ち合わせをして、それからキタの東通りの居酒屋で
たっぷり飲ませた。彼女、自分の父親に初めて逢うって言うんで、ちょっと興奮してた
みたいね。あたしが『景気づけに』って勧めたら、『そうよね』ってどんどんジョッキを
空けた。それで一時半頃まであちこち連れ歩いて、彼女が相当酔っ払ってしもてから、
オバサンと待ち合わせたところへ連れて行って彼女を引き渡した。オバサンは自分を
藤川の現在の妻と名乗って、藤川のいる場所へ案内すると彼女を騙して、それであそこへ
連れて行ったのよ。彼女が帰宅途中に通り魔に襲われたように装うために」
 いっちょまえに役割分担か、と鍋島は思った。
「そんな時間まで、きみもよう外出できたな。オフクロさんは?」
「あの日は会社の偉いさんの家に不幸があって、泊まり込みで手伝いに行ってた。そうで
なかったら、もっと早くにオバサンとバトンタッチするつもりやったわ」
「西端千鶴のときは?」
「あれは偶然やった」美登利はすぐに答えた。「土曜日の放課後、塾へ行くまでの時間
潰し……ううん、ほんまは翌日の山蔭留美子の計画の最終下見に、梅田へ出かけた。そこで
偶然、達彦を見かけたのよ。やっぱり自分らだけおめおめと戻ってきてるんやと思った。
そのときには健の身元が判明したってニュースも流れてたし。それを考えると腹が立って、
いつの間にかあいつを尾けてたわ。そしたらあいつ、カレーハウスに入って女と親しそうに
話してるんや。あたしは、山蔭留美子が済んだら次はこの女やと思った」
「後日、彼女を呼びだしたのもあなたなの?」
「ううん、オバサンよ。あたしは学校があったから、オバサンが近いうちに一人でやるって」
 そう言うと美登利は苦笑した。「白昼堂々、あのオバサンもようやるよね」

「……カレーハウスに行って、彼女に耳打ちしたんです」
 悦子は言った。「そのペンダントは実は盗品やから、お昼休みに南天満公園に来てくれたら
高く買うって」
 盗品には違いないが、千鶴もどうしてそんな話に簡単に乗ってしまうのだろうと芹沢には
理解できなかった。そんな品なら警察に届けやしないか。いや、頼まれてもいない正義感を
出して身内を裏切るより、買うと言ってきた人間に高く売った方がよほど得をすると
いうものだ。特別悪質な人間でなくても、そのくらいのことは普通に考えるものなのかも
知れない。
「彼女に『逆恨みもええとこやわ』って叫ばれたときにはひやっとしました。でも、誰かが
気づいてトイレに入ってくるようなことはありませんでした。あそこはそういう場所だと、
目星をつけていたとおりでした。それで私は犯行のあと、血の付いたレインコートとブーツを
脱いでトイレを出ました。それは後日、博物館の焼却炉で燃やしました」
 芹沢は頷いた。血さえ付いていなけりゃ、普通のオバサンだ。
「あんた、被害者の足に必ず深い傷をつけておくけど、あれは何か意味があるんか?」
 島崎が訊いた。「それともあんな儀式的な痕跡を残して、いかにも猟奇的な殺人鬼の仕業に
見せかけようとしたんか?」
「あたしの足と同じようにしてやろうと思ったんです」
「え?」
「二十歳のとき、暴漢に襲われて傷つけられました」
 悦子は机を見つめたまま言った。「何なら、あとでお見せします」
「……いや、ええ。分かった」
 島崎はいやなことを訊いてしまったという感じで眉をひそめた。

「──田中耀子のことは以前から知ってたの?」一条は訊いた。
「知ってたも何も、あの女はまるで遠慮なしやったもの」
 美登利は怒りを露わにしていった。「オフクロでさえ知ってたんやから」
「強盗のことは?」
「あの女が知ってたかってこと? うん、そうみたいよ。あたしが彼女を呼び出そうと
電話したとき、『お父さんがしくじったの?』って訊いてきたから。それであたし、咄嗟に
『うん、今こっちに逃げてきてて、あんたにだけ逢いたいって言うてるから、大阪港に来て
欲しい』って言うた。そしたらあの女、『あら、ええわよ』やて。あたしは今に見てろって
思った。あたしとオフクロから親父を奪ったくせに、勝利者気取りなんやもん。あんな
親父やけど、オフクロはほんまに頼りにしてたのよ」
「で、耀子は港に来たってわけか」
「殺されたってことは、そういうことよ。何しろあたしは山蔭留美子を連れ回したとき以外は
夜は家を出られへんかったし、全部オバサンに任せたから。あたしはもっぱら誘い出し専門
やったというわけ」
「……昨日あたしを狙ったのも、計画的だったのね」
「そうよ。この前あんたらがうちに来て護衛の話をして帰ったあと、すぐにオバサンと連絡を
取った。あんたがあたしと間違えられて殺されたら、きっとあんたらは警察はこれ以上
あたしを護衛したところで犯人が近づいてくることはないと考えるやろうと思ったから」
「でも、あたしと芹沢刑事の二人だと、ちょっと無理だとは思わなかったの?」
「そう、そこが大変やったわ」美登利は小さく笑った。「あたし、あんたに言うたでしょ? 
二人がずいぶん仲がいいって。そう言うたら、きっと意識してつい二人が離れるんやないかと
思たのよ。刑事っていつも二人で動くって聞いてたし、まさかあんなに簡単にあんたが一人に
なるなんて思わへんかったわ」
「恐れ入ったわ」と一条は溜め息をついた。「でも、言っとくけどあのとき彼が車を離れた
のは偶然よ」
「そうなん」
 美登利はそんなことはどっちでもいいと言いたげな顔で一条を見た。
「──あの刑事、軽口ばっかり叩いて見かけ倒しの能無しかと思たけど、最後の最後で
抜かりのないとこ見せてくれたわ。もうちょっとであんたを殺れたのに」
 とんでもない女や、と鍋島は思った。もはや美登利を子供として見ることができなくなって
いた。


 二時間ほど経ち、また昼も近づいてきたので、取り調べはいったん打ち切られた。
 犯行の大筋が明らかになって行くに従って、刑事たちはいつもどんどん気持ちが沈んで
いった。容疑者がやむにやまれない理由で犯行に及んだときはもちろん、いとも簡単な
動機で自分の手を汚したときでも、彼らは同じように後味の悪さを感じた。しかし、
およそ犯罪とはそういうものなのかも知れなかった。

 刑事課のデスクで取り調べから帰った刑事たちと高野を加えた五人がぼんやりと座って
いると、廊下から課長が走ってきた。
「えらいこっちゃ、やられた……!」
 その声に刑事たちは顔を上げた。
「何です?」代表して高野が訊いた。
「たった今、水上警察から連絡が入ったんやが……」
 課長は息を呑んだ。「今朝、大阪港で乗用車が海に飛び込んだそうや。乗ってた四人は
遺体で引き上げられたんやが、その四人というのが──」
「まさか……」
「ああ、丸山の一味や」
 刑事たちは唖然と口を開いて課長を眺めた。
「車は盗難車で、トランクからは盗まれた宝石の一部が出てきた」
「でも、四人って?」
「丸山譲次、藤川敏蔵、工藤達彦──」
 そこまで言うと課長は顔を曇らせた。「運転してた残りの一人は、丸山和子」
「嘘だろ」と芹沢はきつく目を閉じて舌打ちした。
「……どうしてなの?」一条は独りごちた。
「彼女のバッグから遺書が見つかったらしい。それによると、昨夜遅くに丸山から連絡が
入って、彼女は彼らと心中するつもりで会いに行ったようや。『この手で彼らに罪を償わせ
ます』と書いてあったって」
「──やっぱり、誰かがついとくべきやったんや」鍋島は言って頭を抱えた。
「娘が殺人犯やったんやから、そんな気にもなるやろ」
「今となっては仕方がない」課長が言った。「係長、行ってくれるな?」
「ええ、分かりました」
 そう言うと高野はがっくりと肩を落とした四人の仲間を眺めた。













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