第六章 その5(前)
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護衛も三日目を迎えた。
鍋島は毎朝決まった時刻に丸山和子を八尾の職場まで送ると、しばらくはその周辺を車で
巡回した。しかし特に不審な人物は見当たらず、いつも何となく心細い気分で大阪市内へ
戻っていくのだった。そして昼間は仲間に裏切られて無念の死を遂げた──きっと殺人犯は
そう思っているのだろうが、鍋島はちっともそんな風には考えていなかった──飯田健と
関わりのある人物の割り出しに懸命になった。しかしすでに一条が同じことをやって徒労に
終わっている通り、それらしい人物は浮かび上がってこなかった。
飯田健は孤児だった。市内の施設から高校まで通い、その後は西宮市の小さな文具メーカー
で真面目に働いていた。それがなぜだか去年の秋、突然退職してしまったのだ。
時期的に考えて丸山に誘われたのだな、と鍋島は考えた。それから先の行動は、大阪では
まるで判らなかった。
やがて今月の五日、自ら強盗に入った横浜の宝石店の前で、ひき逃げ死体となって発見
されたのである。
孤児の飯田には当然、肉親はいなかった。刑事たちは同じ時期に施設にいた人間や関係者を
洗い出し、全員で手分けして消息の分かる限り調べてまわったが、施設を離れてからの飯田と
親しい者は誰もいなかった。それどころか、ほとんど全員がその頃の話をしたがらなかった。
無理もないなと鍋島は思った。誰だって望んでそんなところで育ったのではないはずだ。
やがて太陽が西に傾き、街の隅々までが朱に染まり始める五時をまわると、鍋島は再び
八尾へ向かって車を走らせるのだった。
芹沢と一条の方は、もう少し護衛に忙しかった。
丸山美登利は中学三年生で、東成区の公立中学に通っていた。女子バトミントン部の部長で
生徒会の副会長でもあり、成績優秀、当然クラスの人気者だった。決して家庭的に恵まれて
いるわけではないのに、本当に明るく、活動的な学校生活を送っている。いったいどうしたら
こんなに気丈でいられるのだろうと、芹沢も一条も美登利の様子を不思議にさえ感じていた。
「──刑事さん、お待たせ」
五時半をまわって生徒たちの姿が途絶え始めた校内から出てきた美登利は、校門の向かいに
停めてあった車のウィンドウを叩いて中の一条に微笑んだ。身長162cm、体重52kgの育ち盛りの
身体を白いブラウスと千鳥格子のプリーツ・スカートで包み込み、上半身を直角に屈めて
窓を覗いている。耳のあたりでカットした丸いシルエットのショートボブの髪型が、まだ
あどけない顔によく似合っていた。
「お帰り。どうだった? 部活は」
一条は笑顔で言うと後部座席に振り返ってドアを開けた。
「試験が終わるまで今日でいったん終わりやていうのに、集まりが悪くって。いくら試験前
やていうても、ちょっとひどすぎるわ」
「仕方ないわよ、みんな美登利ちゃんみたいに成績がいいわけじゃないんだもの。試験前に
なると慌てて勉強し出すのよ」
「刑事さんはどうやったの?」
「もちろん、成績優秀だったわ」一条はさらりと言った。「一学年三百人中、いつも三番
以内よ」
「……すごい」
「といっても、女子校だったからね。男子がいないのって、あまりたいしたことないのよ」
「それでもトップ3なんてすごいわ。あたし、一条さんのこと尊敬する」
「ありがと。で、どうするの? このまま塾へ直行?」
「もう一人の刑事さんは?」
「新聞買ってくるって言って、環状線の駅まで行ったんだけど──」
一条は時計を見た。「まったく、何やってんのかしら」
「ねえ、一条さんって、あの刑事さんのこと好きなん?」
「……何でそう言うこと考えちゃうわけ?」一条は唖然とした顔で振り返った。
「だって、見てたらそんな感じやし」
「あのね、美登利ちゃん」一条は噛みしめるように言った。「あたしと芹沢刑事は仕事で
組んでるの。好きで一緒にいるわけじゃないのよ」
「分かってるけど──二人ともなんか愉しそうやし」
「あなたを不安がらせないように、わざと明るく振る舞ってるの。みんな打ち合わせ済みの
ことなのよ。大人って、あなたが思うほど単純じゃないのよ」
「そうかなあ」と美登利は首を傾げた。「でもあの刑事さん、超オトコマエじゃん」
「何言ってんの、男は顔じゃないわよ。よく覚えときなさい。あのテの男は逆に要注意よ。
ルックスを武器に、女を食い物にするのが多いからね。まあ、食い物にされる女も馬鹿
なんだけど」
ふうん、と美登利は感心したように頷いた。
そこへ当の芹沢が戻ってきた。左脇に新聞を挟み、手にはソフトドリンクの缶を二つ
持っている。そして右手には自分の缶コーヒーを持ち、飲みながら歩いてきた。
「よ、お帰り、お嬢ちゃん」
車に乗り込みながら芹沢が言った。「待ってたぜ。その可愛い笑顔を早く見たくてさ」
そんな芹沢を指差し、一条は美登利に振り返った。「ね。調子がいいでしょ」
「誰がだよ」
「あなたよ。何やってたのよ、今まで」
「うるせえなあ、そうガミガミ言うなよ。ほら、お土産だってちゃんと買ってきてやったん
だから」
「そんなの買ってきてって言ってないわよ」
「何だよ? 何とんがってんだよ」
そう言うと芹沢は後ろの美登利に振り返った。「このお姉さん、どうしちまったんだ?」
「一条さんも女だから、いろいろあるんよ」
「美登利ちゃん、余計なこと言わないの」
芹沢はまじまじと一条を見て、すぐに何か思いついたように目を細めた。
「ああ──始まったのか」
「バカっ!」
一条は思い切り芹沢の腕を叩き、前に向き直った。「ほら、早く出しなさいよ!」
「──ったく、何だってんだよ……」
芹沢は腕をさすりながらキーを回した。
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