冷たい雨(24/52)縦書き表示RDF


冷たい雨
作:みはる



第四章 その1(後)


 刑事課に戻ってくると、課長は廊下からカンウター越しに一係のデスクで話し込んでいる
高野たちを呼んだ。
「高野係長──島崎も一条警部も、ちょっと来てくれ。盗品リストとその写真も一緒に頼む」
 一条と高野が立ち上がり、こちらへ向かってきた。島崎はデスクの捜査資料の中からリストと
写真を選び、 一足遅れてあとに続いた。
 廊下の四人は先に向かいの取調室の一つに入り、三人がやってくるのを待った。

「──何です? 何があったんです」
 部屋に入るなり、高野が訊いてきた。鍋島と芹沢の二人はともかく、庶務係の香代までが
一緒なのが 不思議でならない様子だった。
「昨日の殺しの被害者ガイシャが、そっちの盗品ブツを身につけてた」
「何ですって?」
 中央のデスクを挟んで課長の向かいに座った一条が思わず身を乗り出した。
「どこで手に入れたんです?」
「それ、何の宝石ですか?」
 入口付近に立った島崎が詰め寄るように訊いた。
「宝石やない。プラチナのペンダントや」
 課長は言うとポケットから例の写真を取りだして机に置いた。高野、島崎、一条の三人は
一斉に覗き込んだ。
「島崎さん、宝石店に出回った盗品の中に、こんなのありましたっけ?」
 一条が島崎に振り返って言った。
「いや、全部何らかの石が付いてたはずや。リストを確認したら分かる──」
 島崎は持っていた捜査資料をデスクに置き、がさがさと掻き回し始めた。
「出回ったものじゃありません。横浜の宝石店の被害リストの中にあったんです」
 香代が言って、島崎と一条は彼女に振り返った。
「それ、本当なの?」
「ええ。間違いないと思います。確認してください」
「──あった、これや。プラチナのオープンハート」
 島崎が資料の中から一枚の写真を取り上げ、西端千鶴の遺体の写真の横に置いた。全員が
身を乗り出した。
 両方の写真に写っていたペンダントは、どうやら同じもののようだった。
 誰もが写真を見つめたまま、しばらくのあいだ黙り込んでいた。
「──デザインは同じだけど、モノとしては別ってことじゃないんですか」
 ようやく芹沢が口を開いた。「ほら、同じブランドの同じ商品とか」
「いや、これは──店のオリジナルやと書いてある。つまり、この店だけで売られてた商品って
ことや」
 島崎がリストを見て言った。
 課長は眉間に深く皺を寄せて俯いた。「と言うことはやな、つまり被害者はこれを──」
「犯人から直接手に入れた」
 五人の刑事が、ほぼ同時に言った。
「……そう言うことやな」
 あって欲しくないことが起こってしまい、聞きたくない言葉を聞いたときのように、課長は
諦めがちに言うと溜め息をついた。
「じゃあ、通り魔殺人も宝石強盗犯の仕業ってことになるのかしら?」
 一条は言って隣に立った芹沢の顔を見た。
「目的は?」
「上手く言って盗品を売りつけたものの、正体がバレたとか」
「どうだろうな。それなら売ったブツをそのまま遺体に残しておくか?」
「殺しの犯人が宝石強盗犯からブツを手に入れて、それをダシに女の子を誘いだしたとも
考えられるんやないか?」鍋島が言った。
「それも言えるわね」
「だとしたら、最初に殺された女子大生にもそれらしい遺留品があったってことか?」
 島崎が訊いた。
「いや、少なくとも殺されたときには身につけてませんでした」
「ほな家に残ってる可能性もあるわけや」
「けどそれだったら、ブツをダシに誘い出されたってことにはならねえって」
「うーん、繋がりがあるのかないのか……」島崎は腕を組んだ。
「ただの偶然かも知れんしな。極めて確率は低いが」と高野。
「でも、少なくともこっちの事件の手がかりにはなりそうよ」
 そう言うと一条は鍋島と芹沢の二人を見た。「ねえ、その被害者の周辺を洗うなら、あたしも
同行させてもらえないかしら。どこでそのペンダントを手に入れたのか知りたいわ。どっちが
行くの? それとも他の誰か?」
「俺だけど、でも──」芹沢は高野に振り返った。
「警部のやりたいようにさせてあげてくれ」
 高野は言うと、課長に振り返った。「構いませんよね、課長?」
「ああ、良かろう。帳場の連中には適当に言うとく」
 芹沢は最後に鍋島の顔を見た。その目は、必死で助けを求めていた。しかし鍋島はにやりと
笑っただけだった。

 その時、入口そばのデスクに置いた内線の電話が鳴った。香代が取り、すました声で応対に
出た。
「──はい、ちょっとお待ちください」
 香代は受話器を手で覆って刑事たちに振り返った。「受付からですけど、鍋島さんにお客様
だそうです。ナカオオジさんとおっしゃる男の方ですって」
「ナカオオジ?」と鍋島は首を傾げた。「……知らんな。この忙しいのに誰やろ」
「どうします? 帰っていただきますか?」
「行ってこいよ。俺は警部とご一緒させてもらうから」
 芹沢がわざとらしく言った。
「あ……ああ」
 鍋島は頼りなく答えると香代に言った。「ロビーで待っててもらうように言うてもらえるかな」

 刑事部屋に戻ってスタイリング・ローションで髪を整え、鍋島は一階のロビーへと向かった。
昨日の顎の痛みはまだ残っており、口許にも昨日よりは小さくなってはいるもののまだ絆創膏が
貼ってあった。
服装も、着古したパーカーにくたびれたTシャツ、色褪せたジーンズといういつもながら
情けないありさまで、こんな日に初対面の、しかも得体の知れない人物と会うのは嫌だった。
女でなかったのがせめてもの救いやなと、鍋島は重い足取りで階段を下りながら考えた。

 ロビーに出た鍋島はあたりを見渡した。
「鍋島巡査部長」
 受付の婦警に声を掛けられ、鍋島はそちらを向いた。婦警はロビーの中央に置かれた
公衆電話のそばに立っている男を手で示した。
 鍋島は男に近づいていった。身長一八Oセンチくらいのがっしりとした体格で、黒の
ポロシャツにベージュのパンツをはき、腕には同系色のジャケットを掛けていた。縁のない
眼鏡を掛け、人懐っこそうな瞳をレンズの奥から覗かせている。年齢は三十歳前後と思われた。
 そして、彼の方も鍋島の顔を知らないらしく、こちらに向かって歩み寄ってくる気配はなかった。
「──あの、ナカオオジさんですか」
「あ……」
 男はじっと鍋島を見つめた。明らかに驚いているのが分かった。
《こいつが刑事か?》とでも思っているのだろうと鍋島は考えた。
「刑事課の鍋島です」と彼は自己紹介をした。「失礼ですが、どちらの──」
「どうも、お忙しいところを申し訳ありません」と男は頭を下げた。「中大路寛隆なかおおじひろたかと言います。
こちらへは、三上麗子さんに教えていただいて参りました」
「麗子に……?」
 鍋島はぼんやりと呟いた。













ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう