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冷たい雨
作:みはる



第三章 その1(後)



 間仕切り戸を開けて芹沢が入ってきた。片手に数枚のデータらしき用紙を持って、俯いて
近づいてくる。 渋い顔をしていた。
「どうやった」鍋島が声を掛けた。
「あんまり。二次調査だから、これって言うやつはいねえわ」
 芹沢はリストをデスクに投げおいた。「念のために二人だけリスト・アップしてきたけど」
 鍋島はリストを取って眺めた。「どうなんやろな。この二人のうちどっちかの仕業なんか
──犯行時間が時間なだけに、この二人にちゃんとしたアリバイがあると思うか? はっきり
せえへんかったら、曖昧な容疑者が増えるだけや」
「当たってみるしかねえだろ」
 芹沢は投げやりに言って頬杖を突いた。「所轄の刑事にゃ、こういう仕事がお似合いって
ことさ」
「……そうやったな」
 鍋島は言うと高野を見た。高野は気の毒そうに頷いた。
 その時、威勢の良いヒールの音を立てて廊下を一条刑事が歩いてきた。刺繍の入った白の
オープンカラーの ブラウスにサーモン・ピンクのスーツ姿で、白いTストラップのパンプスを
履いていた。相変わらず隙のない上品さを漂わせている。そしてその後ろから、島崎が
面倒臭そうに歩いてきた。まるで、わがままな社長令嬢とやる気のないボディーガードのようだ。

「高野警部補、お願いしたいことがあります」
 部屋に入ってくるなり一条は言い、こちらに向かってきた。
「はい、何かな」
「あたしを一人で動かせてください」
「何で」
 高野は無感情に言うと一条を見上げ、そしてすぐに島崎に視線を移した。
「何かあったんか」
「……俺とじゃ、ご不満らしいですよ」
 島崎はふてくされて言った。いつもの飄々とした、どこかのんびり屋の島崎にしては
めずらしいことだった。
「一条さん、どういうことです?」
「別に島崎さんに対して不満があるわけではないんです。ただ、あたしの思い通りに捜査が
したいと思っているだけです」
 一条は腕を組んだ。「二人で動いていると言ったって、交替で同じことを訊いてるだけじゃ
効率が悪すぎるわ。人手不足はどこの警察だって同じことなんだし」
「けどね、犯人が複数である以上、一人で動いてもらうわけには行かんのや。どこでどんな
ことに出くわすかも分からんしな。それにあなたは──」
「女だからっておっしゃりたいんですか?」
 一条は高野の言葉を遮った。「見くびらないでください。これでもきちんと研修を積んで、
警部の階級にあるんですから」
 島崎がやれやれと言わんばかりに溜め息をつき、鍋島や芹沢と視線を交わした。
「そんなこと言うてるんやないよ。あなた、ちょっと被害妄想になってるんやないですか?」
「そうでしょうか」
「ねえ、そこまで言うってことは、一人ででも犯人を挙げる自信があるってことなんやろうね?」
 ここで島崎が言った。
 鍋島はおっ、という感じに顔を上げて島崎を見た。芹沢はさっきのリストを眺めながら
口の端だけで笑った。
「自信がなけりゃ、横浜から一人で来やしません」
「あ、そう。ほならどうぞ、お一人で思い通りに動いてくださいよ、警部どの」
 島崎は大仰に頷き、高野に振り返った。「係長、ええでしょ? そうしてもらいましょうよ」
「何を言うてるんや、そんなもん許可できるか」
「彼女がそうお望みなんやから、ええやないですか。それで何があっても彼女が自分で責任を
取ればええことです」
「責任問題を云々言うてるんやない。よそ者の彼女一人で動いたところで成果が上げられる
のかってことや」
「あら、ずいぶん軽く見られたものね」
 一条は憎々しげに言った。「とにかく、あたしのことは放っといてもらえません? 
ちゃんとそちらに迷惑の掛からないようにやりますから」
「それやったら何でうちに来たんや」
 とうとう鍋島が口を挟んだ。
「やめとけ」と芹沢が言った。「俺たちにゃ関係ねえんだから」
「そうよ。こんなとこにじっと座ってこっちの話聞いてないで、さっさと自分の仕事に
掛かりなさいよ」
「あんたに指図されることでもねえ」
 芹沢は一条に振り返り、突き刺すように言った。「上司気取りか? なに勘違いしてる?」
「口を挟んできたのはそっちでしょ?」
「ええ加減にせぇ」
 高野が言った。一条は俯き、芹沢と鍋島は立ち上がって部屋を出ていこうとした。
「おい、二人とも待て。おまえらにも言うてるんや」
 二人は渋々戻ってきた。鍋島はふてくされて自分の席にどっかりと腰を下ろしたが、芹沢は
立ったままだった。
「おまえらみんな、何でもっと穏やかにやれへんのや。日頃から女の捜査員がいたらええのに
って言うてたやないか。鍋島、おまえには妹がいてるやろ? 同じような年頃やないんか、
一条さんと」
「知りませんよ、そんなこと」と鍋島は吐き捨てた。
「高野警部補。ひとこと申し上げておきますけど、あたしだって別に可愛がってもらおう
なんて思ってませんので。そういう子ならここにだっているでしょう、制服の子が」
「あんたもや、一条さん」高野は一条を見た。「こっちも、早よ犯人を挙げてやろうという
気持ちには変わりはないんや。お互い協力しようという気持ちが必要なんと違うか? 現場の
ワシらとは比べもんにならんスピードで偉うなっていくキャリアのあんたが、あえて現場に
出て、しかも今回の事件では一人で大阪こっちに来てるぐらいやから、あんたは横浜むこうでも
信頼されてるんやろけど、こっちにもそれなりの経験と自信がある。あんたの言うとおり、
少ない人員で山ほどの事件を抱えてるんやから、もっとスムーズに仕事できるように
協力してもらえへんもんかな?」
 一条は黙っていた。
「とにかく、それでもどうしても一人がええって言うんやったら、課長に聞いてみ。それで
課長がええと言うたら、そうすればええ。ワシらも文句は言わへんし」
「……分かりました」
「鍋島、芹沢、悪かったな。もう行ってくれてええぞ」
 二人はぎこちなく頭を下げ、黙って部屋を出ていった。

 階段を下りながら、芹沢は低い声で言った。
「おい、二度とあの女に絡むなよ。俺は金輪際加担しねえからな」
「……分かったよ。悪かった」
 鍋島は小さく頷いた。
















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