第32話:葵様と料理(アキラバージョン)
<葵視点>
その日は、秋にしては熱すぎる日だった。
マー君とアリスちゃんは隣町の新しく就任した市長への挨拶らしく出かけていった。
リコちゃんも隣町に用があるらしく私にアーちゃんを任せてマー君たちに付いていった。
そして私は三人を見送り、今日一日どうしようかっと考える。
<アキラ視点>
「……あづい」
ボクは自室においてある扇風機の前にへばりついていた。
格好悪いが、そんなことは気にならないくらいに今日は暑いのだ。
「……あづい」
秋なのにみーんみーんとか、じーじーじーじーとか、外から聞こえてくる蝉の声が聞こえてくる。それに魔王邸は常に適温に設定されるはずなのに、なんでこんなに熱いだ……
ああ、なんだか頭がくらくらする……。
「水、水……」
ボクはふらつく足で何とか立ち上がると、冷えた水のある魔王室へと向かうことにした。
自室の部屋を出て一歩踏み出す。
部屋の中も外も大して変わらなく、強烈な熱波がボクの体を襲う。
「……どうなっているのだ今日は」
倒れそうになる体を何とか柱で支えながら魔王室を目指そうとしたのだが……。
「ああ……なんだか、廊下が、ゆが、んで……」
こりゃやばい、と思ったが最後、意識はそこで途切れてそのままぶっ倒れてしまった。
まさかボクが熱射病にやられるとはなぁ……。
<葵視点>
マー君達を送り出してからしばらくすると、アレクさんが何故か人間の姿になって外に出て、
続いてお姉ちゃんとアルカも実験があるからって家に帰って行っちゃった。
と言うわけで今現在この家には私とアーちゃんの二人しかいない。
アーちゃんも自室にこもっているので、本当に静かだね。
「ふぅ……」
魔力生成の訓練の一つ。
瞑想を終えると、私は意識を戻し、額から流れてくる汗を拭って立ち上がる。
外で盛大に鳴り響いている蝉の声を後ろに、私はお昼ご飯を食べるために魔王室に行くことにした。
「しかし……本当に静かだね」
聞こえてくるのは自分が廊下を踏みしめる音と、蝉の声だけ。
太陽がサンサンと輝くなか、日陰を通って魔王室に到着、すぐにソファーに座る。
「ふむ、アレクさんの言ってたとおり二人分」
アレクさんは昨日アリスちゃんに出かける旨を伝えていたらしく、テーブルの上には私とアーちゃんの二人分しかない。
本当なら、ここでアーちゃんを待つのが筋なのだろけど……鍛錬もしたことだし、凄くお腹が空いている。
当然のごとくアーちゃんを待たずに弁当箱を開いて箸を持つ。
「では……いただきます」
【もぐもぐ】
アリスちゃんのお弁当は冷めても美味しい。
でも、プリンがないのが残念だけど……
【ごっくん】
最後の一口を食べ終え、お茶を飲んで一息入れる。
お腹のほうはと言うと、まだ六分目辺りで、なんとも言えず物足りない状態。
どうしようかと思案していると、ふいにアーちゃんの分のお弁当が目に入ってきた。
「…………」
理性と本能が喧嘩を始めだしました。
―――いくらなんでもそれは可哀想だよ―――
―――何言ってんの、食べたいくせに―――
―――そんなこと言ってるから太―――
―――エターナル・デット・エンド―――
開始十秒、本能の勝利。決まり技エターナル・デット・エンド。
「……そうよね、お昼時にいないアーちゃんが悪いんだよ」
私はアーちゃんの弁当箱を開けると、躊躇なくその中身に箸を突き刺した。
ふーお腹いっぱいいっぱい。
私は弁当箱を流しに置くと、昼寝をするために自室へと向かうのでした。
<アキラ視点>
ちなみに、いまボクは意識がない。誰か助けて〜。
<葵視点>
……ん? 誰か倒れている、というより今この家にいるのは一人しかいないのだけど。
「アーちゃん?」
「…………」
返事がない、ただの屍のようだ。
「あはははは、冗談だよ冗談。しっかりして、アーちゃん」
「……葵……さん?」
ゆさゆさと体をゆすると、蚊の鳴くような声で答えてきた。
どうやら命だけはまだあるみたいだ。
「何をしているの」
「……とりあえず、ボクをベットまで運んでくれると助かります」
「はぁ……仕方ないな」
流石にどうみても病人なアーちゃんの頼みを無視するわけにはいかないので、
私はしょうがなくアーちゃんの体を起こす。
どうやら部屋を出てすぐ倒れたらしく、アーちゃんの自室は目の前だ。
「しっかりして、ほら」
「…………」
答える気力もないほどにぐったりとなったアーちゃんを部屋へと入れ、ベットの上に投げ出してそのまま布団をかぶせた。
「大丈夫?」
「……葵さん、すみませんがボクの昼飯を持ってきてくれませんか」
「…………」
あはっ!ごめん、食べちゃった♪、とは言えない空気なんだけど、言わないといけないよね。
「ごめん……食べちゃった……」
「……そうですか……ではお粥を作ってきてくれませんか」
「……わかった。ちょっと待ってて」
ぱたん、との部屋の扉を閉めて私はキッチンルームへと向かうのでした。
「……でも、お粥ってどうやって作るんだっけ……」
ああは言ったもの、私は料理は、からっきしダメ。
「まあいいや!適当に作れば出来るでしょう」
お米を引っ張り出し、水を張った鍋にざらざらと流し込んで火を点ける。
さて、あんな感じになるまでしばらく放って置きますか。
その間に私は昼寝でも……。
〜30分後〜
「…………」
私は今、目の前にある謎の物体を前に立ち尽くしていた。これは……なに。作った本人である私にも分からない。
ただ、これを料理と言ったら公園で子供が作る泥団子も料理の一部に入ってしまいそうな、そんな物体が、鍋の中にはあった。
「……流石に、まずいよね」
鍋の中には真っ黒に焦げ付いた米(?)がこびりついていた。
自室で30分ほど寝てから私がキッチンルームに戻ってみると、水が完全に蒸発したあとの鍋だけが残されていて、そのなかにこれはあった。
「……どうしよう」
捨てようか、とも思った。しかし、昔、お母様に怒られた記憶が……
―――いい葵、お米って言うのは八十八の苦労の上に作られてるの。だから、お茶碗についたご飯粒もキレイに食べないと駄目だよ。農家の人に申し訳ないでしょ―――
「……少し見栄えが悪いけど、これをもって行こう」
味見はしてないけど、大丈夫、多分。
相手はアーちゃん、なんとかなる、多分。
私は黒焦げになった物体X……ではなく、お粥をベリベリと鍋から引っぺがすと、お茶碗に放り込んでアーちゃんのいる部屋へと向かうのであった。
<アキラ視点>
「……遅い。30分以上待ってるのに」
ただお粥を作ってもらっているだけなのに時間がかかりすぎているような気がする。
やっぱり葵さんに料理を頼んだのは間違いだったのかもしれない。
【コンコン】
「アーちゃん、入るよ」
「はい。どうぞ」
ガチャッと扉を開けて葵さんが入ってくる。
この角度からだと、葵さんが持っている盆の上に何が乗っているのかは見えない。
いやが応にも期待は高まっていくというものだ。
「お待たせ……少し見栄えは悪いけど、どうぞ」
「いえ……本当にたすかっ!!?」
体を起こしたボクの目に飛び込んできたのは、あの白いお粥ではなく、真っ黒に染まった『何か』
―――ダーク・マター……?―――
思わず絶句してしまう。まさか、これが『お粥』なのか?
一見、ボクのいた世界の魔王が最後に使ってきた魔法と見間違うほどの漆黒の物体がお粥なのか?
「どうかしたの?」
「い、いえ。リコさんが作ってくれたお粥とは多少違ったものですから。驚いていただけだけです……」
「そう……」
「すみません。せっかく作ってくれたのに、失礼な態度を取ってしまって」
冷静な言葉とは裏腹に、ボクは焦りまくる。
(あれを食べろと言うのか? どうみてもおかしいぞ? だって真っ黒だし。
なんか凄い焦げ臭いし。どう考えても体に悪そうだし、もしかしたら死ぬかも知れん……)
だらだらと冷や汗がこれでもかというほど流れ落ちる。
どうすればあれを食べずに済むのか考えつつ、ボクの口は真逆な言葉を喋りまくる。
「では、食べて良いですか」
「冷めないうちにどうぞ」
「はい……」
ああ、ボクの馬鹿!
自分から死にに行ってどうするんだ!
……でも、せっかく葵さんがボクのために作ってくれたんだ、男としてここは食べないと…。
ここは……
1.男の美学に生きる
2.生存本能を信じる
―――2だ! 2を選べ!! 死にたいのか!?―――
―――迷わず1だ! 男には引けないときってもんがあるだろう!―――
―――馬鹿野郎、死んだら何もかも終りじゃないのか!―――
―――散り際の美しさも男の美学の一つだろうが! それに女性の手料理を捨てるなんてマネが出来るか!!―――
―――……それを言うなー!!―――
……本能と美学の戦闘は、美学が勝利した。
アキラ・フィールド、殉死により二階級特進が決定。
「……では、頂きます」
最近、出番が増えてきたっと思ったのに……
などと、ボクは葵さんの作ってくれた黒い『何か』を口に突っ込んだのだった。
「……うっ!」
あ……やば、意識が。ボクが倒した魔王があっちで手招きしてるし。
「アーちゃん?」
「…………」
【ばたっ】
「ア、アーちゃん!?」
殺人料理か、これは。
「……葵さん」
「…………」
「味見してから、持ってきてください……」
「……!! わか、…った」
自分の持ってきたものを指でつまんで食べてみた葵さんは一も二もなくボクの言い分を聞いてくれた。当然だが。
「では、次こそは食べれるものを持ってきます」
「!! い、いや今ので十分腹は……」
「ダメ!!私は納得がいかないの。ちょっとだけ待ってて!!」
【ガチャッ バタン!】
葵さんは止めるまもなく部屋を出て行ってしまった。
……次にあんなのが来たら、ボクは死んでしまうのだが。普通に。
「祈るしか、ないのか……」
一体何に祈ったのかは自分でも分からなかったが、それでもボクは何かに祈ったのだった。
そうでもしないとやってられないって言うのが本音だが、まあ気にしないで。
ボクはもう、いっそこのまま眠りに落ちてしまいたかったが、さっきのショックでそれも出来ずにベッドの上で苦しむのだった。
<葵視点>
やっぱり失敗か。でも、このまま引き下がったら私のプライドに傷が付く。
「でも……どうすればいいだろう」
私には調理法も何もかもが分からないのだから、作りようがないのだ。
「……だとすれば、オリジナリティで勝負」
お粥が作れないのであれば、今の自分に出来ることをするだけ。
私はそう決心すると、冷蔵庫を開けて食材を物色するのでした。
「ふむ……野菜の類がいっぱいあるね。野菜は栄養があって体にいいし、ちょうどいい。これらを使って…」
野菜室から適当に野菜を引っ張り出し、とりあえずまな板に積む。
「一応病人に食べさせるものだから、スープのような感じにするのがいいかも」
野菜スープ……やっぱり作ったことはない。
うーむ、どうしよう。
「……ま、なんとかなるでしょう」
私はそう高をくくると、包丁を取り出して野菜の山に向かうのであった。
<アキラ視点>
……怖い。
果てしなく、怖い。
幾度となく死線を潜り抜けてきたボクの直感が告げている。
ここにいては危ないと。命が危ないと、最大の警鐘を鳴らし続けているのだ。
「しかし……頭がくらくらして思うように動けない……」
熱射病がここまできついものだとは正直思わなかった。
これだけ意識が朦朧としてればすぐさま眠りに落ちれそうなものなのだが、先ほどの物体Xによりボクの体は眠れなくなっている。
どうしよう……。
「く……情けない」
あれからすでに二時間近くが経っているが、まだ午後三時にすらなってない。
魔王達が帰ってくるまではまだまだ時間があるから、それまでは自分の身は自分で守らないといけない。
いけないのだが……。
【コンコン ガチャ】
「アーちゃん、入るよ」
死神、登場。
「あ……葵さん?」
「今回のは自信作だよ。味見もしてあるから、大丈夫」
ごとっ、とテーブルに置かれた皿の中には濃い緑色をしたスープのような液体がどろどろと渦巻いていた。
漂ってくる野菜の臭いが尋常ではない。近づいただけでウッとくるような、強烈な臭いだ。
「……あ、葵さん、これは?」
「野菜スープ。お粥は作れなかったけど、体にいいのはこちらも同じだし。それではどうぞ」
…………
ヤバイ。なんだか分からないが、ヤバイ。
葵さんは味見をしたと言っているが、本当にあんなものを口に出来たのだろうか?
ダーク・マターを緑に塗ったらあんな感じになるな……といわんばかりの物体Yを。
「…………」
ボクはスプーンを持ったまま硬直する。少し近づいただけでも強烈な臭いで頭がさらにおかしくなりそうだ。
「アーちゃん? どうしたの?」
「い、いえ……」
どうする、どうするボク!?
1.逃げる
2.戦う
逃げる……それが最良に違いない。この場は。
そんなことしたら魔法の雨が降ってくるのは目に見えている。
どっちがヤバイかと聞かれれば、どっちもヤバイとしか答えようがないのだけれど、とにかくそれはマズイ。
―――結局、戦うしか、ないのだろうか―――
どうせなら、まだ生き残る見込みのありそうなこっちを選ぶしかないだろう。
葵さんも味見をしたと言っていたし、それを信じるしかない。
「……では」
スプーン物体Yをすくい、息を止め、目をつぶって口に突っ込む。
(……うっ!!)
あまりに強烈過ぎる野菜の味に思わず吐き出しそうになるのを必死にこらえ、何とか飲み干す。
確かに野菜は体にいいが、ここまでくれば拷問となんら変わりない。
どろりとした液体が喉に引っかかったが、何とか気合で胃の奥に押し込むと、盛大に呼吸するハメになった。
「ハァッ! ハァッ! ハァッ……」
「……どう、美味しい?」
―――コイツ、本当に味見したのか?―――
などと思いつつも、ボクが葵さんにそんなこと言えるはずもなく。
「ええ……美味かったですよ。もっとください」
「よかった。では、たくさんあるのでどんどん食べてね」
「…………」
ボクは、何をやっているのか……。本気で泣きそうになった。
だがまあ、先ほどに比べればまだ食べられるだけマシというところか。どうせ皿一杯などたかが知れて……。
【ドカッ!】
「……え?」
「えへっ!作りすぎてどうしようかと思ってたんだ〜。遠慮せず、他のものも食べちゃってね」
葵さんは天使のような笑顔で死神そのものの台詞を吐く。
そこには、先ほどの黒焦げ飯に鍋一杯の緑ダーク・マター、さらに何故か真っ赤の生肉や、ただ真っ黒に焼いただけの魚などが山盛りに。
「…………」
おまけに、妙な調味料を使ったのか、臭いがどれもこれもおかしい。
杏さんの実験室で何かヤバイ実験をやったとき以上の臭いが全ての料理から放たれていた。
「…………」
「さあ、遠慮せずどうぞ」
魔王、助けて。
「……いただきます」
こんどこそ、さようなら。
ボクは自分の運命を呪いながら、神風特攻隊をも凌ぐ特攻精神で全ての料理を完食したのだった。
……もうだめ。
ばたっ
ボクは当然、そのまま倒れた。
……もう二度と、葵さんに料理は頼むまいと、心に固く固く誓いながら。
<葵視点>
「……あれ、寝ちゃったのか」
まあ、病人は寝ているのが一番だよね。たくさん食べたし、起きたときには元気になっているだろう。
……ピクピク痙攣しているけど、それは気のせいということで。
あとは、料理の果てに戦場跡となったあの台所をどうやって片付けるか、だけど……。
私はアーちゃんに布団をかぶせてやると、食器を集めて部屋を後にしたのだった。
<マー君視点>
はぁ、今日も一日疲れたなぁ。
新しい市長に挨拶して、その後に演説、アリスに結婚してくれっていうバカをぶっ飛ばして。
ようやく魔王邸に帰ってきたことには日もすでに傾き始めているし。
ああ、葵が暴れだす前にアリスには晩飯を作ってもらわないと。
「ただい……うおっ!?」
「な、なんですか、この臭いは!?」
私たちは思わず玄関でたじろぐ。
空けた瞬間になんだか凄まじいけれど形容のしがたい臭いが家の中から溢れてきたからだ。
強いて言うなら……苦くて辛くて酸っぱくて甘くて焦げ臭いような臭い……って、どんな臭いだよ。
「……ふ、二人は、ここで待っていてくれ。私が調べてくる」
「ま、魔王様……」
「大丈夫だ…任せておけ」
私はアリスとリコを外に残し用心しながら家に入る。そこかしこから異臭がするので、どこが発生源なのかわからない。
とりあえず葵のいそうな魔王室を開けてみることにした。
「葵? いるか?」
「マー君。お帰り」
「あ、ああ……ただいま」
恐る恐る魔王室へのドアを開けた私は、平然とお茶をすすっている葵を見て拍子抜けしてしまった。
「マー君? どうしましたの?」
「いや……大したことじゃないんだ。それよりも、なんかおかしな臭いがしないか?」
「……実はね」
葵はかいつまんで事のあらましを話してくれた。
その間、私はアキラの事が心配でたまらなかった。
これほどの異臭を放つ『料理』を食べたのだから、いくらアキラでも相当のダメージを負っているに違いない。
「で、今あいつは寝ていると」
「うん。料理を食べてすぐに寝ちゃったよ」
「…………」
葵さん、それ、『倒れた』の間違いなんじゃないでしょーか。
「……ちょっと見てくる」
魔王室を後にし、アキラのいる客室の部屋を目指す。
葵の話だと、倒れてからもう二時間ぐらい経っていることになる。
いくらあいつでも死んでいるかもしれない。
「アキラ!? 入るぞ!?」
どうせ返事なんか返ってこないだろうと踏んだ私はノックもせずに扉を開ける。
とたん、玄関を開けたときと同じ状況が起こった。
つまり、激烈な異臭。
そんななか、アキラは布団に倒れていた。
確かに、見ようによっては寝ていると見えなくもないが、これはどう見てもおかしい。
「大丈夫か?」
近寄ってみるが、反応がない。
慌てて脈を取ってみると、何とか生きてはいるようだった。
そのことにほっと一安心しつつ、私はアキラを揺する。
「おい、大丈夫か?」
「…………」
しかし、いくら揺すっても声をかけても反応が全くない。
「……これは、ヤバイんじゃないのか?」
私は本で読んだ知識を元にアキラの目を開いてみる。
「げ! 瞳孔が開きっぱなしじゃないのか!! 医者だ医者ぁぁぁあああ!!」
案の定、奴の瞳孔はだらしなく広がり、元に戻る気配がない。
これは危険信号だ。もうすでに私一人でどうこうできるレベルを超えている。
慌ててアリスたちに医者を呼んでもらう。医者が飛んできたのはそれからきっかり五分後だった。
担架に運ばれていくアキラに付き添いながら、私は葵にお粥の作り方くらいは教えておこうと思ったのだった。
「……マー君、なんでアーちゃんは担架で運ばれてるの?」
…………
「……それはね、太陽が眩しかったからだよ」
ああ、やっぱり葵に料理を教えるのはやめておこう。
私が葵の立場だったらまず間違いなくあの世行きだったのだから。
担架で運ばれていくアキラを見て、私はさっきの言葉をあっさり翻し、新たな誓いを立てたのだった。
―――葵を台所には絶対に立たせてはいけない―――
アキラが退院したのは、それから三日後だった。
割と平気そうに帰ってきたのだが、料理を見た途端部屋に逃げ帰ったのは……まあ、あれだ。
―――ご愁傷様―――
私は心の中で、泣きながらアキラに心からの拍手を送ったのだった。
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