第22話:魔王様の逃走劇 その2
<葵視点>
……プリンが食べたい。しかし、魔王室には私が一人。
「アリスちゃんは、まだ帰ってこない……リコちゃんも来ない……」
だとすると、私は今日もプリンを食べることが出来ない。今まではお菓子でしのいできたけど、それも底をついた。
つまり、このまま飢えに耐えなければならないということ。非常に由々しき事態だが、私にはどうすることもできない。
「料理が出来ないことをここまで呪ったことはないよ……」
台所には、無残な姿になった卵の殻や牛乳パックが所狭しと散らばっていた。
本を片手に挑戦したと言うのに、何故でしょう。
しかし、今の私には理由を考える余裕も片付る気力もない。
「はぁ……マー君、早く帰って来てよ……」
そんな呟きはむなしく消えるだけだった。
<マー君視点>
「さて、着いたぜ。と言ってもまだまだ歩くんだが」
「…………」
「…………」
私、アレク、アキラの三人は見たこともないような辺鄙な場所へと降り立った。
あたりは既に暗闇に包まれている。七時くらいだと言うのに、明かりと言えば、ちらほらとある民家の明かり位しかない。
街からアレクの背中で三時間、降り立った場所には少しの民家と店が一軒あるだけ。
あとは辺り一面暗闇、そして目の前にはぼんやりと大きな山が見えた。どこの田舎だよ、ここ。マジで。
「いいとこだろ? なんてったって空気が美味い」
アレクは一人満足げに頷くと、近くの小さな店に向かって歩き出した。
明るい時間なら空気を満喫する余裕もあるのだろうが、今の時間ではただただ不気味だった。
「どれだけ過ごすつもりか知らねーけどよ、食い物くらいは買っといたほうがいいだろ」
「ああ……そうだな」
「ついでに替えの服も欲しいですね」
「安心しろ。あの店、小さいくせに一通りの品物は揃ってるからよ」
私たちは連れ立って店に入る。豆電球が一つついているだけの店内は薄暗くて、何があるのか良く分からない。
店の奥には爺さんが一人、客は私たちだけ。
本当に大丈夫なのか、ここは。
「片っ端から買ってくか。コレとコレとコレと……」
アレクは手馴れた様子で商品を取っていき、次々と私に渡してくる。
つーか、買い物籠もねーのか……。
で、アレクが渡してきた商品は……サバイバルナイフにお茶に水に酒、酒、酒、酒………酒、酒。って酒ばっか
「おいおい! こんなのいらねぇだろ!?」
「馬鹿、いるんだよ。ほらコイツもだ」
「だああっ!!」
一通り酒を物色したアレクは、なんと酒コーナーの隣にあった米袋を無造作に押し付けてきやがった。
いや、マジでやばいんですが。重すぎ。何キロ買ってんだよこの馬鹿。
「アキラ、パス!」
「な、何を言ってるんですか!? ボクも別のものを持っていて重いのですから、無理ですよ!!」
アキラはTシャツやら何やらを両手に抱えている。
明らかに私より軽そうだが、それでも両手がふさがっていることに変わりは無い
「くそ……早くしろ! 重いんだよ!」
「あー騒ぐな。いくらだ爺さん」
ぱちぱちと算盤を弾く爺さん。え? まさか俺等の持ってるもの全部分かるのか?
「……二万と飛んで四百二十」
「はいよ。釣はいらねーぜ」
「ちょっと待て、それは私の財布だぞ!」
「気にするな」
アレクはいつの間にやら抜き取っていた私の財布から二万と五百円を爺さんに渡す。
あ〜、また余計な出費が……
私たちは大量の品物を袋に詰めると、アレクの先導で山道へと入っていった。
真っ暗で本当に何も見えない。そのくせ、アレクは懐中電灯もつけずにすいすいと歩いていく。
このあたりは流石ベヒーモス族だと再認識させられるなぁ。
「アレクさん、あとどのくらい歩くんですか?」
「何、たいしたこと無い。あと三十分くらいだ」
「結構ありますね……」
あたりは本当に静かで、自然と私等も口数が少なくなる。
ざくざくという足音がやけに大きく聞こえた。蛇とかいないよな……。
ただ、アレクの歩いている道は獣道のようになっていて、そこまで大変と言うわけでもなかった。
夜になって辺りも涼しくなってきたためか、それほど辛くもない。
季節外れのハイキングを楽しんでいるような感じだ。
「ほれ、ついたぞ」
ボケーッと考え事をしていた俺は、アレクの言葉で我に返る。
暗くてよく見えないが、家らしき建物があるように見える。
「……家?」
「ま、山小屋ってところだな。この前見つけてよ、ちょくちょく遊びに来てんだ」
「ほう……」
こんなところで立ち話も難なので、私等は山小屋の中に入る。
アレクがちょくちょく遊びに来ていたせいだろうか、中は意外とキレイに掃除されていた。
「アレクさん、なぜこんなところを知っているのですか?」
「仕事の息抜きで旅行してるときに見つけたんだ」
「仕事の息抜きって、お前仕事してないだろ!!」
「がはははははは!! 気にするな」
「少しは気にしろ!!」
「がははははは! すまん、すまん。次からは気をつける」
アレクは笑いながら明かりをつける。
明かり―――といってもランプだが―――がつけられ、部屋の様子がはっきりと見えてくる。
テーブルが一つに椅子が四つ、部屋の中心に陣取っており、他には何も無かった。
「あっちが便所でその反対が寝室。と言ってもベッドも布団もねえけど。ま、この季節なら大丈夫だろ」
荷物を置き、アレクの案内で一通り小屋の中を見て回る。と言ってもたいした広さはなく、
たいしたものも無いので、十分も経たずに見終わってしまった。
「お腹すきましたね……」
「そうだな。と言ってもここ調理器具とかねーから今日の晩はさっき買った菓子パンとかだ」
私は袋からパンを取り出して配る。コップも無いのでお茶もビンで回し飲みだ。
「さて、明日にはもうちっと色々案内してやるよ。今日は疲れたし、さっさと寝ようぜ」
本当に簡単な夕食を終えると、私たちは適当に横になった。今日はマジで疲れたしな。
まさかこんなところで一夜を明かすことになるとは夢にも思わなかったけど。
……葵、どうしてるかな。暴れて魔王室を破壊してなきゃいいけど。
そんな思考も、だんだんと頭に浸透してきた睡魔によってかき消されていった。
「ん……」
まどから差し込む光が顔に当たっている。私は、それで目を覚ます。
「ふあ……体いて……」
床の上に転がって寝てたせいか、体の節々が痛い。目を覚ますにはちょっと強力なクスリだが、しょうがないな。
ぐーっと伸びをしてから体をひねり、全身をほぐしていく。
今日からしばらくはここで過ごすことになるのだろうから、この痛みにもなれないといけない。
「起きたか、アイス。早くしろ」
「アレク? 随分早いな」
そう言いながらアレクは俺の隣で寝ていたアキラを叩き起こす。
文字通り、叩き起こしていた。げしげしと。叩くんじゃなくて蹴ってるな。蹴り起こすの間違いでした。
「……ふぇ? み、みなさん、お早いですね」
「早いほうがいいんだ。急がねえと、朝飯を逃すぞ」
なんだか良く分からないが、私たちはアレクにしたがって小屋を後にした。
すると、外には釣竿が三本立てかけてある。まさか……。
「……釣?」
「おう。朝飯は魚だ。あっちいったところに川があってな、結構釣れるんだよ」
アレクの案内で川へ。そこら辺の岩を適当にひっくり返し、よくわからん虫をとっ捕まえて餌にする。
「魔王、すみませんが、私の分も捕まえてくれません?」
「何だよアキラ、怖いのか?」
「そ、そんな分けでは! ただ朝っぱらからそのようなものに触りたくなくて……」
「はいはい。そういうことにしといてやるよ」
どうやらアキラは虫の類が苦手らしい。完璧に見えても、アキラにも弱点があるんだな……
私たちは川に釣り糸をたらすと、川の水で顔を洗う。
んー、冷たくて気持ちいい。
「よし、それじゃ一人を残して別の準備をしよう。アイス、ここは任せるぞ」
「オッケー、そっちもしっかり頼むぞ」
アレクとアキラは小屋の方へと帰っていった。おそらく、昨日買った米を取りに行ったのだろう。
近くには竹も生えていたし、この辺の石は結構な大きさのものがいっぱいあるので、かまども簡単に作れそうだ。
手持ち無沙汰だった私はとりあえずその辺に転がっている石を集めておく。
組み立てるのはあの二人の仕事なので、とりあえず集めるだけ。と、そこで釣り糸の一本があたりを示した。
「よっと……つれたつれた、まず一匹」
餌を付け替えて川に戻す。釣った魚はアレクが持ってきたバケツに放り込んでおく。
「釣れたか〜?」
声に振り返ってみると、アレクとアキラが戻ってきたところだった。
二人とも両手には結構な荷物を抱えている。
「お、竹を切ってきたな。分かってるじゃん」
「まあな。言ったろ? この辺には結構来てるって」
「これは、何に使うのですか?」
「コイツで米を炊くんだよ。まあ見てなって、そのうち分かるから」
そうこうしているうちにも魚は結構釣れ、既に八匹がバケツの中で踊っていた。
今釣り上げたのは九匹目になる。一人三匹、これだけ釣れれば十分だろう。
「さてと……」
アレクたちがかまどを作っている横で、私はナイフで魚を捌いて串に刺していく。
アレクも慣れているだけあって手際がいいし、アキラは素直にアレクの言うことを聞いているためか、あっという間に準備は完了した。
「あとは火にかけるだけだな」
竹で作った即席の飯盒を三つほど火に掛け、少し置いてから串にさした魚は立てて焼く。
程なくして焦げ目のついた魚からはいい匂いが漂い、その身が食べごろになったことを告げる。
「魚はそろそろいいんじゃないか?」
「こっちも……大丈夫ぞ」
飯盒をナイフで割ると、中からはほかほかに炊けたご飯が出てきた。
焼き魚もあわせて出来上がり、俺たちは塩をふってかぶりつく。
「美味い……やっぱこういうのっていいですね」
「ふむ……まさかここまで美味だとは思わなかったぞ」
「がはははは!! そうだろ!!」
あっという間に朝飯を平らげ、ごろんとその場に横になる。
真っ青な空に、白い雲が流れていた。平和だ……。
最近は久しく忘れていた感覚がよみがえる。まさかこんなところで平和を実感するとは思わなかった。
「こんな平和な時間が過ごせるとは思わなかったぞ」
「そうですね……最近は特にそうだったから……」
「来て良かったろ?」
私たちは空を見上げながら話をする。こういうのっていいなぁ……。
「ああ、感謝するぞ、アレク」
「ありがとうございます、アレクさん」
「ははは、いいってことよ」
私たちはしばらく、何をするでもなく談笑し、笑いあっていた。
こんな日々がずっと続いたらいいかもな、なんて想いがちょっと芽生えたのもしょうがないことだろう。
「それじゃ乾杯!」
「乾杯!!」
「がははははは!!」
家出二日目の夜、私たちは夕食を終えた後にアレクが買い込んだ酒を空けていた。
お花見のときみたいにドンチャン騒ぐのもいいが、こうやって男同士で飲むのもまた別の意味でいいものだ。
「はぁ……美味い」
「こういった酒は初めてだが、美味いものですね」
「まだまだあるからよ、どんどん飲め」
気がつくとアキラは既に三本目、アレクに至っては四本目を空けている。私も負けじと、一気に酒を煽るのだった。
こうして、私たちの夜は更けていく。
死の恐怖に一度もおびえないで済んだ一日は、最後まで平和に幕を下ろすのだった。
<リコ視点>
「ふう……なんだか、ここに来るのも久しぶりですね」
私ことアプリコットは、魔王様のお屋敷の門を五日ぶりにくぐっていた。
最近は色々と忙しかったせいか、なんだか五日以上に来ていないような気がする。
別に、影が薄いから出番が貰えなかったわけではないですよ。本当に!!
「魔王様〜リコです〜」
…………。
「?」
屋敷の中へと入り、呼びかけてみるが、この屋敷の主も従者も姿を現さない
仕事ににでも熱中しているのだろうか、私はとりあえず魔王室に行ってみることにした。
「……って! 葵さん!? どうしたですか!!」
なんと、魔王室にはぐったりとなった葵さんがテーブルに突っ伏している姿が。
服も汚れていたし、どうやら何日もそこから動いていないような感じさえする。
あの魔王様が葵さんをここまでほっとくなんて、何か大変なことがあったのだろうか。
「……リコちゃん」
「しっかりして葵さん、何があったですか!!」
「……プリン……」
「……は?」
ぐるるるる、と猛獣の鳴き声のような腹の虫が魔王室全体にこだました。
つまり、葵さんは腹ペコで倒れていたと、そういうことですか。
「……プリンを……」
「わかりました。ちょっと待ってください」
「……お願い」
腹ペコで倒れていた葵さんも葵さんだが、あそこまで葵さんをほっといた魔王様も魔王様だ。
一体何がどうなっているのかさっぱり見当がつかないが、とりあえず事情を聞くためにもプリン作る。
冷蔵庫の中身にあさって、いい加減な調理を施し、適当に味付けをする。
今の葵さんなら何だって食べそうだから、別にちょっとぐらい味が悪くても大丈夫でしょ。
「できましたよ」
「!!!!」
瞬間移動のように私の手からプリンをひったくると、本当に猛獣のようにがつがつと食べる。
一体何日食べてなかったのだろう?
本当に一分もかからないうちに皿にあったプリンはキレイさっぱり無くなっていた。
「ありがとう、リコちゃん。この恩は忘れないよ」
「いや、それはいいんですけど……何があったですか? 魔王様は?」
「……マー君は旅に……」
「……は?」
目が点になると言うのはこういうことなのだろうか。私には葵さんが何を言ったのかがさっぱり理解できなかった。
そんな私をよそに葵さんはぽつぽつと語り始める。
要約すると、四日程前にアレク君から電話がかかってきて、それによると葵さんの魔法から逃げるために旅に出たと。
プリンら何やらはこの際聞かなかったことにしよう。
「……つまり、葵さんが暴れまくるから逃げ出したと。逃げたって言うよりは兵糧攻めみたいな感じですけど」
「言いにくいことをはっきりと言うね……」
「いまさら歯に衣着せたって意味ないです。それで、いつ帰ってくるのかも分からないと」
「……そういうこと」
ふむ……アキラさんが最近帰ってこないから、もしかしたらっと思って魔王室に来てみれば…
なにやら、大変なことになってますね……
「で、何で私の家に来なかったですか? ご飯ぐらいなら出してあげたのに」
「マー君がいつ帰ってくるのか分からない以上、無闇に家を空けるわけにもいかないから」
「まあ、過ぎたことを言ってもしょうがないですし……で、これからどうするつもりで?」
何だったら家に来ます? と続けようとしたが、葵さんの目はそれを許さなかった。
「当然、マー君を探しに行く。これ以上はもう空腹に耐えられそうに無い」
魔王様たち、今度こそ死ぬかもしれない……
「リコちゃん、別に私は兵糧攻めをされたからって、マー君達にどうこうする気は無いよ」
「…………」
…だ。ぜったい、嘘だ。葵さんは、口では許すと言っているが、目が笑っていない。
い、急いで逃げないと……
「リコちゃん〜どこに行くのかな〜」
「へっ……えっと、その……わ、私、アキラさんを探さないと……」
葵さんはそっと逃げようとする私の肩をガッシリつかむ。
「大丈夫。きっとアーちゃんも一緒にいるよ」
「どうゆう理屈で……」
「勘かな〜♪」
「無責任ですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
私はズルズルと引きずられながら、魔王室を後にした。
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