ざーざーと雨の音がしている。ばしゃばしゃと音を立てて、車が水たまりを轢いた。道には色とりどりの傘をさした人が歩いている。
雨の日のうつうつとした空気がわたしは好きだ。どうにも盛り返すことの出来ないようなそんなテンションの低さがなんとも言えない。みんなしかめつらをするわけではないけど、ああ嫌だなぁなんて思っている。服が濡れるとか、髪の毛が爆発するとか、洗車したばかりの車が汚れるとか、眼鏡に水滴がつくとか。ひとつひとつは大したことないはずなのに相乗効果によって町全体が不機嫌になる。わたしはそんな日が好きだ。
わたしの部屋のカーテンは赤で、日に焼けた外側はちょっとだけ薄い。でもわたしから見える部分は真っ赤だからまぁいいかとこれといって気にしていない。
わたしはその赤いカーテンを開けたり閉めたりしている。しゃーっと勢いよくカーテンを動かすとお隣に迷惑だから、少しゆっくり開けたり閉めたりしている。何故かと訊かれれば困ってしまうが、要するに、暇なのだ。休日だというのに誰からもお呼びがかからないから、暇なのだ。だからカーテンを開けたり閉めたりしている。他にこれといってやることもなかった。
窓の向こうの景色は実にゆううつだ。これといって華々しくもない、駅前の景色がより一層色を失くす。目の前の立体駐車場の壁が景色の大部分を阻んでいたからかもしれないが、それにしても暗いのはあの灰色の雲の所為だけではないだろう。
そんな色のない景色に飽きてはただ赤いだけのカーテンを引く。それからただ赤いだけに飽きてしまってカーテンを開ける。ただそれだけを繰り返している。
だいぶ前、彼に言ってみたことがある。
「愛してるといって髪の毛を撫でて、手をつないで傍にいてくれればそれが別に男でも女でも構わない。」
彼はへぇとだけ言っていたけれど、わたしのその言葉になにか思ったのかななんて想像してみる。
というか
わたしは元々性別とかに関する意識とか感心が非常に薄い人間だった。それは今でも変わらないし、たぶん死ぬまで変わらないと思う。
時折自分の性別とかも忘れたりする。鏡に映った人間が誰か分からなくなるときがある。それくらいどうでもいい。
彼がその人間性がそのままなら別に彼女だったとしても構わないんだろうなぁなんて考えてみる。別に構わない。別にどうだっていい。
ぼーっと外の景色を眺めていたら、ふいにピンポンと音がした。インターホンを取ってはいはい今開けますと言ってオートロックを解除した。それから適当に机の上だとか棚の上だとかに散乱しているCDだとかコップだとかを片付けると玄関のドアの鍵を開けた。ドアノブを回すと、急に体がドアにひっぱられて、それから思いっきり前につんのめった。ドアを開けた彼がうおっとか言って避けたのでわたしはそのままこけた。ハーフパンツからのぞいていた膝を擦りむいた。痛かった。
痛いよぅ痛いよぅと泣きまねしながら彼に消毒してもらっていたら、いたいのいたいのとんでけとおまじないをかけられた。相変わらず痛いよと思いながら幼稚園児みたいにわぁーとか言ったら念のためとオロナインを渡された。とっても現実的な彼なのであった。
カーテンを引いて、それから電気をつけた。ひとりでいるぶんにはいいが、誰かがいるぶんには少々薄暗かった。
「宇宙の中心ってさ、どこにあるか知ってる?」
ふいに彼がそんなことを言ってきたのでわたしははぁ?とえぇ?の間のようなおかしな声を出してしまった。少々痛む膝小僧からは赤い血がまだ止まらない。
「ないんだよ。っていうか、厳密にいうとまだわからない。」
「はぁ。」
「膨張し続けているけど、中心点がないんだって。ないっていうかわからないんだって。」
「ほぉ。」
「南池のことを考える時、そんな感じになる。」
「はぁ。」
彼の言うことは要領を得ない。というか、単にわたしの頭が彼程よくないだけかもしれない。
「ビッグバンってかんじだね。」
「そうそう、ビッグバンってかんじ。」
よくわからないうちに、わたしは彼に押し倒された。ああ、彼の服に血がついてしまうなとかぼんやり考える。
「まだ痛む?」
「いや、それほどでも。」
「ならよかった。」
いやいや、よくないから。まだちょっと痛いからとか思ったがうやむやにされた。
雨の音がやけに身に染みる。
赤いカーテンは夜になっても引かれたままだった。
彼は勝手に冷蔵庫を開けて牛乳をパックごと飲んでいる。賞味期限大丈夫かなとか思うが、まぁ大丈夫だと思う。
わたしは少したるんできた腹をたぷたぷと触った。
「なんか太ったみたい。」
「そう?」
「うん。」
どれどれとセクハラおやじみたいなことを言って彼がわたしの腹をたぷたぷと触った。それからなに入ってんのと言った。
「ストレスとか?」
そう答えるとああ、なるほどねと言った。じゃあ少しは人間らしくなったってことだと言って笑った。
「この雨はどこから降ってくるんだろうねぇ。」
カーテンを少し開けて、外を眺めると相変わらず雨が降っていた。立体駐車場の蛍光灯が眩しい。
「さぁねぇ。」
「空から降ってきたなら長旅ご苦労さんって感じだねぇ。」
「ホントにねぇ。」
ごーっと音がして電車がやってきたので、はしたないからとカーテンを閉められた。
「南池」
「なに?」
「愛してる。」
そういって彼がわたしの髪を撫でた。
「南池は?」
「わたし?」
「そう。」
わたしはうーんと唸って、それから
「愛のビッグバンって感じ?」
とだけ言っておいた。
|