遥かに遠き刻の物語 ~ANSUR~ Ⅱ
――――Episode Rusylion Saintest Asgard
なのはたちは、突如として変わった光景に戸惑いを見せていた。
彼女たちが居るそこは、豪華な装飾が存分にあしらわれたどこかの城内のような場所だった。
≪ここは・・・?≫
誰がそう言ったのか。しかし、この場に居る全員の心の内はその一言だけだった。
ここがどこかも分からず、どうすればいいのかも分からない彼女たちは、エントランスホールであろう場所で立ちすくんでいた。
≪シャルかルシルの事だから、たぶんあの二人の記憶の世界だと思うよ。
僕たちがここに来る前にルシルは言ってた。テスタメントになった理由を話すって≫
ユーノが冷静に判断する。彼ら二人なら、このような事も出来るだろうと。
なのはたちも、ユーノの考えに賛成していた。
「殿下が御帰りになられる!!」
男の声がこのエントランスホールに響いた。
突然の大声に、なのはたちは心臓が跳ねるほど驚愕し、周囲を見渡す。
さっきまでは誰もいなかったはずだが、
≪いつの間にこんなに人が・・・!?≫
十数人という人が慌ただしく回廊を走り回っていた。
使用人服のような物を着ている事から、この城で働く使用人たちなのであろう。
あまりの状況になのはたちは混乱しだし、慌てふためく。
≪うわうわっ!? す、すり抜けた!?≫
≪っ!?≫
スバルが走り込んできた初老の男とぶつかった。
と思えば、スバルをすり抜けて、何事も無かったかのように初老の男は走り去っていった。
≪幻・・・?≫
リンディは近くを走ってきた人へと手を伸ばし、すり抜けるのを確認した。
それを見ていたなのはたちも、それぞれ手を伸ばして確認していた。
「殿下が御帰りになられる! すぐに陛下と王妃、ゼフィランサス姫の戦死報告をする!!
殿下が御帰り次第、すぐに玉座の間へと御案内しろ! 私がお伝えする!!」
使用人たちのリーダーの一人であるリディアが部下へと指示を出す。
それに一斉に「はいっ」と応える十数人の使用人たち。
「って、プレンセレリウス様!? フォルテシア様!?
どこへ行かれるのですか!? お待ちになってください!!」
少年と少女が一つの扉から飛び出してきて、なのはたちの目の前で足を止めた。
ユーノとカリムは、その二人の名前を聞き、思案顔になった。
その二つの名前は、再誕神話に登場する英雄の名前だったからだ。
「止まれよフォルテ!! ルシルに何を言うつもりだ!?
お前の復讐に付き合わせるような事は絶対に言うなよ!?」
ウルトラマリンブルーの長髪をポニーテイルにした少年が、険しい表情をしたフォルテと呼んだ少女の手を取り、引き止めた。
なのはたちは、その少年プレンセレリウスの口から出た“ルシル”という彼女たちにとって親友の一人である青年の愛称に反応する。
「違う! 離して!! ルシリオンに謝るの! 謝らないといけないの!
ゼフィランサス様が死んだのは私の所為だから!!」
「お前・・・!」
綺麗なウィスタリア色の髪を振り乱し泣き叫ぶフォルテシア。
その姿に戸惑い、言葉を失う彼女の弟であるプレンセレリウス。
そこに、
「プレンセレリウス様! フォルテシア様!
申し訳ございませんが、お部屋にお戻りください!」
「リディア女官長。すいません」
リディアが二人に駆け寄り、声をかける。
涙し項垂れるフォルテシアの肩を抱き、プレンセレリウスはリディアへと謝る。
「いえ。スヴァルトアールヴヘイム王族である御二方に、使用人である私の分を弁えぬ発言、どうかお許しください」
「いや。スヴァルトアールヴヘイムはもう滅んだ。ヨツンヘイム連合軍によって。
だから俺たちはもう王族じゃない。ただの人間です」
頭を下げ謝罪の言を口にしたリディアに、プレンセレリウスはそう返す。
闇定世界スヴァルトアールヴヘイム。
ここグラズヘイム城のある世界アースガルドと同盟を結んでいた世界の一つ。
しかし、それを公にはせず、ずっと中立の立場として在った。
だがアースガルドと同盟を組んでいた事がヨツンヘイム連合に知られ、その報復として滅亡された世界だ。
プレンセレリウスとフォルテシアは、スヴァルトアールヴヘイムの王子と王女だった。
その報復戦で命からがら臣民と共に、ここアースガルドへと逃げてきていた。
「・・・・まずは出過ぎた発言をする事お許しください。
プレンセレリウス様、確かにスヴァルトアールヴヘイムという世界は無くなってしまいました。
ですが、誇り高きその血筋は未だ途絶えておりません。
御二方が生き続ける限り、御二方についていく臣民が居る限り、スヴァルトアールヴヘイムは滅びません」
「リディア女官長・・・・。ありがとうございます・・・。
さぁ、フォルテ。今は部屋に戻ろう。ルシルとの話はまた後で、だ」
「・・・・うん」
「・・・・。誰か。御二方をお部屋へと御案内して――」
プレンセレリウスは、リディアの言葉を咎めずに感謝を告げた。
彼はフォルテシアの肩を抱き、自分たちに用意されている部屋へ戻ろうと促す。
それを見て、リディアが手の空いている部下に二人を送らせるため指示を出そうとしたとき、
「ただいま帰りました」
出入り口である扉から姿を現した男とも女ともとれる美しい外見をした少年。
足元まである銀の長髪。瞳はルビーレッドとラピスラズリのオッドアイ。
漆黒の長衣を纏い、気品の溢れる佇まいの少年。
「殿下!!」
リディアに殿下と呼ばれたその少年。名をルシリオン・セインテスト・アースガルド。
ここグラズヘイム城の主セインテスト王家の第一王子にして最高クラスの魔術師。
その姿にやはり驚愕するなのはたち。
「随分と騒がしいけど、何かあったのか?
ん? あー! 来ていたのかレン! フォルテ!」
ルシリオンは、親友であるプレンセレリウスとフォルテシアの愛称を呼び、二人へと駆け寄っていく。
「すまないな、出かけていてしまって。って、どうしたんだ二人とも? 特にフォルテ、何かあったのか?」
意気消沈といった二人の姿を見て、ルシリオンは戸惑いの色を見せる。
泣きやまないフォルテシアには余計に気を回す。
「お帰りなさいませ、ルシリオン殿下」
「リディアか。ただいま。それにしても何かあったのか?
レンとフォルテの様子がおかしいんだ。それとゼフィ姉様は?
いつもなら、ゼフィ姉様が出迎えに来てくれるんだが・・・・」
「「「っ!!」」」
ルシリオンの口から、ゼフィランサスの名前が出て、息を飲む三人。
すると、
「ごめ・・ひっ・ごめんなさ・・ぅく・・ごめんなさい・・っく・・ごめ・・なさい・・・!」
フォルテシアが何度も何度も嗚咽に混じった謝罪を繰り返す。
そんな彼女をあやす暗い面持ちのプレンセレリウス。
ようやくルシリオンも何か重大な事が起きたのだと気づいた。
「何があったリディア?」
「・・・・・殿下。ゼフィランサス様は・・・・戦死なさいました」
「・・・・・は?」
ルシリオンは何を言われたのか解らなかった。
彼にとって姉であり母である最も身近な女性ゼフィランサス。
その彼女が亡くなったと。思考が追いつかない。
「それだけではありません。陛下と王妃様の率いていらした部隊が、連合軍の襲撃を受け全滅しました。
御遺体の方は、王廟へと移してあります・・・・・」
「な・・・・何を言って・・・? ゼフィ姉様が死んだ・・・・? 戦死・・・?
な、何故・・・? だってゼフィ姉様は、大戦に・・・・え?・・・どういうことだ?
どうして・・・? え? 嘘だ・・・」
ふらつきながらもルシリオンは必死に思考を働かせる。
だが、彼にとって命より大事な姉の死は、それだけで彼の思考を激しく乱す。
「ごめんなさ・・・ひっ・・・ゼフィランサス様は・・・っく・・私たちを逃がすために・・・」
「・・・・どういう・・・ことだ・・・?」
フォルテの嗚咽の混じった言葉に、ルシリオンは反応した。
「それはオレが話す。ルシル、ゼフィランサス様は、オレたちスヴァルトアールヴヘイムの臣民を、ここアースガルドに逃がすため時間稼ぎをしてくれたんだ」
「時間稼ぎ・・・? 逃がすため・・・?
スヴァルトアールヴヘイムに、何かあったのか・・・?」
僅かな理性で無理やり狂気を抑え込み、プレンセレリウスへと訊き返すルシリオン。
「アースガルドとの同盟が連合にバレた。それで、裏切りの報復として滅ぼされた。
生き残ったのは王族ではオレとフォルテの二人。臣民が約千五百だ・・・」
「馬鹿な・・・!? スヴァルトアールヴヘイムが・・・滅んだ・・・!?」
「ああ。ゼフィランサス様は、報復戦にいち早く気づいてくれて、大隊を率いて来てくれた。
だが、相手が悪かったんだ。連合主力の一つ“特務十二将”が三人もいた」
特務十二将。ヨツンヘイム連合の有する主力の一つ。
連合軍が抱える数ある部隊の中でも、さらに強大な十二の特殊部隊を治める十二人の隊長たちの総称。
連合世界のトップクラスの魔術師、果てには魔界の住人すら含まれる強大な組織。
「ゼフィランサス様は、敗北を予感し、オレたちを逃がすための盾となってくれた。
すまない・・・。すまない・・・。許してくれ、ルシル!!」
プレンセレリウスは、話し終えると跪いて、ルシリオンへと頭を下げ謝り続ける。
フォルテシアも泣きやまず、ずっと謝り続けた。
「・・・・ゼフィ姉様がそうしたいから、そうしたんだよな・・・?
なぁ、レン、フォルテ。ゼフィ姉様の最期・・・知っているか・・・?」
「・・・・死に際は知らない。が、オレは、オレたちはゼフィランサス様から頼まれた。
大事な弟を、大好きなお前の力になってあげて、と。そう笑って、諦めずに最後まで戦ってくれた」
「そう・・・か・・・。ゼフィ姉様はいつもそうだ。
私とシエルの事ばかり気にかけて、自分の事はとんとお構いなし・・・・」
ルシリオンは、ここエントランスホールの天井にある戦乙女の描かれたステンドグラスを仰ぎ見て、静かに涙を流した。
気が狂いそうな頭を無理やり冷静にし、そして祈った。ゼフィランサスの冥福を。
「リディア。父上と母上は? 非情かもしれないが、私はあの二人の事に関して悲しくないんだ。
だが、それでも私たちを産んでくれた両親だ。仇は討つ」
彼にとっての両親は、自分をこの戦争を終わらせる兵器として調整するだけの存在だった。
それゆえに親への愛情というモノが彼には無かった。
「陛下と王妃様が戦死なされたのは昨日です。場所は聖域ヴィーグリーズ」
リディアがそう答え、ルシリオンは頷き踵を返して、銀の長髪を翻しながら扉を潜り外に出た。
それをただ見送ることしかできなかった三人は、ルシリオンの激しい怒りと狂気に当てられ、動けずにいた。
≪ルシリオン君の本当のご家族は・・・・戦争で亡くなっていたのね・・・≫
≪これが本当にルシルの過去だとすれば、そうなんでしょうね・・・≫
≪間違いないよ。プレンセレリウスとフォルテシア。この名前は英雄“アンスール”として、再誕神話に出てくる。
ルシルだってそうだ。ルシリオンという英雄も出てくる。
特徴だって全部一致している。ここは間違いなくルシルの記憶、過去の世界だ≫
リンディ、クロノ、ユーノの冷静な会話を聞き、やはり戸惑いを見せるなのはたち。
六千年以上も前に起きた戦争。それに参加し英雄となった。それがルシルの真実だった。
≪フェイトちゃん!? だ、大丈夫!?≫
なのはの声で、みんながフェイトの顔色が青褪めていたのに気づく。
次々とフェイトを心配する声が彼女にかけられていく。
≪大・・・丈夫・・・。私は大丈夫だから・・・≫
フェイトのそれはどう見ても大丈夫ではなかった。
自分が好意も持っていた人間の衝撃的すぎる真実、過去。
フェイトの思考が混乱しだしていた。
≪景色が変わる!?≫
はやてがそう叫んだときには、城内からどこかの平原へと景色が変わっていた。
雪が降り、大地を白く染め上げようとしている。
そして彼女たちの視界の中、
「報告します!! 現在、ここヴィーグリーズに向かって強大な魔力反応が迫ってきています!」
おそらく千人以上はいると思われる大軍勢が現れていた。
統率された服装を身に纏った、どこか軍隊を思わせる大勢の人間が。
≪全員何か武装しているな≫
シグナムは、突然現れた武装している人の群れを見てそう呟いた。
≪デバイスやあらへんな≫
はやての視界に入る軍勢は、デバイスのような機械的なものではなく、完全に武器としての代物を武装していた。
≪はいです。まるでルシルさんとシャルさんが持っているような・・・≫
リインフォースⅡの言葉に、全員が同時にこう思った。
シャルロッテとルシリオンが持つ神器と呼ばれる武器なのではないか、と。
「魔力反応? どこから向かってきている?」
ハルバードを手にしている男から報告を受けた女性がそう返す。
綺麗に整った顔立ち、オレンジ色の髪を後ろで結った、20代に入ったばかりと思われる女性。
そんな彼女は金のラインの入った翠の長衣に翠のマント、銀の胸当て、籠手、足具を装備し、そして、
「ラピス様、いかがなさいましょうか!?」
彼女の身長を超す、2m近い血の色をした槍を手にしていた。
彼女の名は、槍皇の二つ名を持つラピス・エル・ノワール。この大軍勢を率いている指揮官の一人だ。
「数は? この大部隊に損害を与えられるだけの数でも押し寄せてきたの?」
槍皇ラピスは、焦らず大事にするでもなく冷静に戦力分析をする。
彼女はそれ程の歳を重ねてはいないが、その実力は桁外れに高かった。
彼女は、天光騎士団“星騎士”が一、“第六騎士”の称号を持つ騎士なのだから。
天光騎士団。
それは、ミッドガルドと呼ばれる複数世界を護る秩序管理機構の左翼たる組織。
ミッドガルドを構成する世界の一つレーベンヴェルトで設立された騎士団の事だ。
四千人近い騎士から選ばれた最強の十人。剣で象られた星の紋章を衣服のどこかに刻む事をミッドガルドの王から許されたのが、その十人“星騎士”である。
彼女、槍皇ラピスもその内の一人。
だが、彼女がただの騎士ならこの戦争に出る必要性はどこにもない。
何せ天光騎士団は、この戦争に参加していない組織なのだから。
しかし、彼女は軍人の家系という看板を背負っていた。
それゆえに、出なくともよかった戦争に参加する事になっていた。
「それが・・・その・・・」
報告してきた男が言い淀む。
ラピスはそれを怪訝に思うも、彼を急かすことはしなかった。
それを見ていたこの場にいる、どうにも眠たそうにしている一人の指揮官が、男に問いかける。
「ゆっくり急がず、それでいてさっさと早く簡潔に話して。俺たち、早く帰りたいからさ」
半眼で睨むように、報告してきた男を見る。
男は「ひっ」と怯えたように少し後ずさる。が、それは怒りではなくただ眠たいからの半眼だ。
「何怯えてんのさ? 怒ってるんじゃないよ、この目は?
眠いんだって。どうしようもなくさ。ほら、よだれの跡分かるっしょ?」
もう一人の指揮官、名はゼムノス中佐。燈天剣星の通り名を持つ剣兵魔術師。
ボサボサの寝ぐせが目立つ黒の短髪。赤い軍服に身を包んだ20代半ばくらいの青年。
ゼムノスは、彼らが所属するヨツンヘイム連合軍に存在する十二の特殊部隊隊長から成る組織“特務十二将”の一人だ。
そして槍皇ラピスもまた騎士団所属でありながら“特務十二将”の肩書を強制的に与えられていた。
そんなヨツンヘイム連合軍トップクラスの肩書を持つ二人が指揮するこの大軍勢。
その大軍勢に向けて、魔力反応が迫りつつある。
でも揺らぐことはない。そうラピスとゼムノスは考えていた。
自分たちの実力に誇りと自信があるからだ。どんな屈強な魔術師部隊が現れようとも負ける事はない、と。
「か、数は一。たった一つの魔力反応が、ここ聖域ヴィーグリーズの第三平原へと向かってきているのです・・・!」
「「たったひとり?」」
ラピスとゼムノスが揃って呟いた。
思案顔に成る二人。考えているのは、これからこの場に現れる魔術師の事。
たった一人で、この大軍勢に向かってきている。敵と見るのは早計かもしれないと。
「一応警戒を。敵性魔術師ではない可能性もあるから、しっかり認識してから戦闘行動を。
ゼムノス、あなたは一応前線で待機しておいてほしい。いい?」
「了解だ」
長剣を携えたゼムノスが幾人かの部下を連れて、前線へと向かう。
それを見送り、ラピスは友人の名を呟き、謝った。
「ごめんシャルロッテ。帰りが少し遅くなる」
その呟きを聞いたなのはたちに動揺が走る。
ラピスと呼ばれている女性の口から、なのはたちの親友の名が出たことに。
≪やっぱり。ラピスって言うのは、再誕神話に載ってる名前だよ。
それにシャルの名前だってルシルと同じ。ちゃんと載っているんだ。剣神シャルロッテって≫
ユーノの言葉に、ただただ呆然とするしかないなのはたち。
そんな彼女たちを後目に、事態は動いていく。
未確認の魔力反応探知の報告から約十五分後。
前線に向かっていたゼムノス率いる部隊から連絡が途絶えた。
前線部隊から途絶える前の最後の報告を受けていた兵から、ラピスにこう伝えられた。
怪物が出た、と。それっきり前線と連絡が取れなくなった。
「全軍、魔術戦用意! 敵性存在はかなりの実力と思われる!
人間であるかどうかは判別できていない! 魔物の可能性もある。気を引き締めろ!!」
ラピスが全軍にそう呼びかけ士気を高める。
それに応じ、千人近い兵が雄叫びをあげながら、連絡の途絶えた場所へと進軍する。
なのはたちは、そのあまりの大声に耳を防ぐ。
この場から離れようとしたそのとき、
「全軍停止! ・・・・・アレは・・・・!」
ラピスの号令の下、一斉に雄叫びと進軍を止めた大軍勢。
指揮官であるラピスの視線の先、そこにひとつの人影があった。
距離がある為、性別などはハッキリと分からないが、人間であることには間違いなかった。
「魔族特有の魔力じゃない・・・。明らかに魔術師ね」
ラピスは、愛槍である魔造兵装“腐血槍フォイルニス・ブルート”を握る手に力を込める。
ゆっくりと近づいてくる人影。次第にその姿が露わになっていく。
纏った服は全て漆黒。足元まで流れる銀の長髪。瞳はルビーレッドとラピスラズリのオッドアイ。
手にするのは、短い柄の上下に付いたクリスタルのような1m近い穂を持つ巨槍。
銘を“神槍グングニル”。あらゆる神器の最高峰、神造兵装第一位を冠する槍だ。
歳は10代半ば。15、6歳くらいの少年とも少女とも言える外見をしている。
それはグラズヘイム城から出ていったルシリオンだった。
≪ルシル君・・・!≫
「銀髪・・・。魔道世界アースガルドの四王族特有の髪色。
そして、真紅と瑠璃色のオッドアイ。それは間違いなく・・・・」
ラピスが声を震わせながら言葉を紡いでいく。
なのはたちも、ルシリオンを見つつ彼女の言葉に耳を傾ける。
「セインテスト王家の証」
全軍に緊張が走る。アースガルドの四王家。
それは自分たちが戦う敵アースガルド同盟軍のリーダー格だからだ。
敵軍のトップの関係者がこの場に現れた。それは何を意味するのか。
その答えは分かっていた。彼らがつい二十数時間ほど前に全滅させた部隊。
その部隊の指揮官こそ、セインテスト王家の王と王妃だったのだから。
つまり、今目の前にいる魔術師はおそらくその息子。
ラピスたちが殺したセインテスト王と王妃の敵討ちに来たのだと。
「誰だ・・・?」
ルシリオンはそう問うた。ラピスたちはそれを黙って聞いていた。
「誰が・・・した・・・?」
「・・・・・」
「誰が殺した・・・?」
誰が殺した? そう確かに訊いてきた銀髪の魔術師。
間違いないとラピスたちは思った。
「誰がゼフィ姉様を殺した?」
しかし、ラピスたちの考えとは違う名が出てきた。
ゼフィ姉様?と思考するラピス。そしてすぐさま答えが出た。
ゼフィランサス・セインテスト・アースガルド。
セインテスト王家の第一王女。七日前に、“特務十二将”がスヴァルトアールヴヘイムという世界を滅亡させた時、戦死した防衛魔術師の事だ。
「父と母より、姉の死の方が重大というわけ・・・?」
「誰が殺した? 誰がゼフィ姉様を殺した? 答えろ」
「・・・・・」
聞く耳を持たないと分かり、ラピスは“腐血槍フォイルニス・ブルート”を構える。
それを合図と受け取った全軍もまた、それぞれの得物を構えていく。
「セインテストの者よ。我らは貴方達に何の恨みも無い。
だけど、戦争である以上、敵として出会った以上は、その首を貰います」
ラピスは“腐血槍フォイルニス・ブルート”へと魔力を流していく。
すると、血のように赤い槍全体が綺麗な朱色の光に包まれていく。
「・・・・さっきの連中と同じか。ならば・・・・・」
≪我が手に携えしは確かなる幻想≫
何か呪文を呟き、その手にしていた巨槍を雪で染められた地面へと突き刺すルシリオン。
そして、ラピスは、彼女の率いる兵たちは見た。驚愕した。恐怖した。
なのはたちもまたその光景を見て、その思考を停止させていた。
「そ・・・そんな・・・バカな・・・!?」
彼女たちの視線の先、ルシリオンの背後。
そこには、何十何百とも言えるような武器が浮遊していた。
そのどれもから莫大な魔力を発せられ、その存在感をこの場にいる全員に叩きつけていた。
その浮遊している武器こそ、この世界において特別な力を持つ武装“神器”である。
神器。
神や精霊などが創りだした神造兵装。魔族が創りだした魔造兵装。
そして、魔術師が特別の手法によって、魔術を織り込んで創りだした概念兵装。
その三つを総合して神器と呼ぶ。
その神器を大量に有しているルシリオン。それは、本来有り得ない事である。
どんな種類の神器であろうと、一人の魔術師が持てるのは最高でも四つまでだ。
それ以上は神器特有の神秘にあてられ、魔術師が持つ魔力を生み出す器官“魔力炉”に悪影響を及ぼすからだ。
だが、ルシリオンはそのような当たり前の常識を覆していた。
「答えろ。ゼフィ姉様を殺したのは誰だ?」
「っ! 言ったところで、私たちは生かすつもりはないんでしょう?」
ラピスは思考をフル回転させる。
敵は一人。手にしているのは槍。しかし背後には途轍もない神器の群れ。
こちらは、千人近い魔術師大隊。数では圧倒的に勝っている。
敵との距離もまた味方している。一足飛びで、ラピスの攻撃範囲に入れる距離。
問題はタイミング。下手に動くと、浮遊している武器が雨霰と降ってくると考える。
「逃がしてほしいのか? 私としては、ゼフィ姉様を殺した相手が分かればいい」
「そう・・・。分かった・・・・わ!!」
ラピスは仕掛けた。分かったと口にした瞬間、ルシリオンの挙動に刹那の隙が生まれたのを見たからだ。
自慢の高速機動で距離を詰め、手にする“腐血槍フォイルニス・ブルート”の穂を突き出す。
だが、
「っ!?」
ルシリオンの姿はどこにもなく、ラピスの必殺の一撃は空を貫いた。
次の瞬間、
――軍神の戦禍――
ラピスたちに強襲する何百と浮遊していた神器群。
ラピスを除く千人といた魔術師大隊が全滅するまでの時間、僅か19秒弱。
雪に染められて白かった平原が、真っ赤な血に染まってしまった。
「ここまで・・・・!? くっ!」
神器の雨を愛槍“フォイルニス・ブルート”で確実に叩き落としていくラピス。
その間にルシリオンの姿を捉えようと必死に周囲に気を回す。
「見つけた!!」
「っく・・・!」
視界の端にルシリオンを捉えたラピスは、距離を縮めるために動き出す。
降り注ぐ神器群を回避という行動によって紙一重で抜けていき、
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
――感染毒牙――
ラピスは自身だけのオリジナル魔術“固有魔術”を発動する。
伝染性の毒という意味を持つ魔術が、“フォイルニス・ブルート”の穂に付加された。
ルシリオンは、その危険性を本能で察知し、防御ではなく回避行動を取る。
そのまま、残りの神器群を放とうとするが、
「自分も攻撃範囲に入っている以上、撃てないでしょう!!」
「この・・・っ!」
ラピスがルシリオンから距離を取らないように追い縋る。
歯がみしつつ、彼は神造兵装“神槍グングニル”で応戦する。
何合と斬り結ぶ内、次第に押されていくルシリオン。
何せ相手は槍皇ラピス。槍術においては最強ともされる騎士。
対するルシリオンは、中遠距離戦を第一として調整されている魔術師。
どちらに分があるのか、それは考えるまでも無い事だった。
次々とルシリオンの身体に裂傷が増えていく。
「悪いのだけど、帰っていろいろと報告とかしないといけないの。
これ以上は付き合ってはいられない。ごめんね。・・・・怨んでくれてもいいから・・・!」
独楽のように回転しながら、穂と石突きにある刃で、ルシリオンを追い詰めていくラピスからの勝利宣言。
そして謝罪。これは戦争だ。殺し殺され、それが延々と続くどうしようもない事象。
そこに謝罪の意味は無い。だが、それでも彼女は、これから命を奪う者には謝罪する。
それを自分なりの贖罪、命を背負う覚悟とするために。
「私も・・・死ぬわけには・・・いかないんだ!!」
ルシリオンもそうは言うが、ラピスの圧倒的な槍術の勢いに後退を強いられる。
「はっ・・・!」
「ぅぐ――しまっ・・・!」
女の一撃とは思えない強烈な振り下ろしに耐えきれず、片膝をついてしまったルシリオン。
ラピスはすぐさま“フォイルニス・ブルート”を縦に回転させ、石突きでルシリオンの顎を狙う。
ルシリオンは一瞬とはいえ、攻撃が止んだその隙を狙い、全力で後退する。が、
「その程度で私の攻撃範囲からは逃れられないよ・・・!」
――魔槍――
ラピスの正確無比、強力かつ高速の刺突がルシリオンを襲う。
ルシリオンは反応するが完全には避けきれずに、右肩を深く裂かれることになった。
「っがっ・・・ぐぅぅ!」
――凶鳥の殺翼――
「っ! 足掻くのはやめなさい!!」
息を荒くしているルシリオンを中心として急激な気圧の変化が生じる。
そして起こる無数の風の刃。ラピスはそれを肌で感じ、流れるような動きで回避していく。
驚愕するルシリオンを横目に、ラピスはルシリオンを討とうと“フォイルニス・ブルート”を構える。
ルシリオンは本能的に死を感じ、距離が開いた隙に残りの神器群をラピスへと降らせる。
「遅い。真技・・・!」
真技。
魔術師の固有魔術の中でも鍛えに鍛え、究極の一にまで練度を高めた最高の固有魔術。
その威力や効果は個人個人では違うものの、まず間違いなく中れば必殺となる術式だ。
ラピスは神器群を回避し終え、
――腐壊浄槍――
“フォイルニス・ブルート”の解放された能力“腐殺”と魔術“障壁貫通”を一体とした必殺の一撃を、ルシリオンへと放つ。
「目醒めよ、神槍・・・グングニル!!」
ルシリオンは咄嗟に“神槍グングニル”の神秘を解放する。
そして幅の広い穂でラピスの一撃を止め、その衝撃に吹き飛ばされなりながらも弾いた。
両者の間合いが15mと離れる。ラピスは必殺の真技を防がれた事に歯がみし、ルシリオンは距離が開けたことに安堵した。
そして、
――第二波装填――
ラピスの前に現れたのは、先程と同じ数くらいの神器群。
「そ、そんな・・・!?」
勝利を確信していたラピスの心に、重く圧し掛かるある怪物が生まれた。
それの名は絶望。ラピスは、自分の死をここに来て感じ取ってしまっていた。
(どうすればいい!? こんなデタラメな魔術師なんて聞いた事が無い!!)
宙空に浮遊し、放たれるのを今か今かと待ち続ける神器群を見て、ラピスはそれでも諦めずに必死に思考を巡らす。
放たれてきた神器のそのほとんどが、ラピスの“フォイルニス・ブルート”のランクを超えている。
つまり、これ以上“フォイルニス・ブルート”で神器群を弾くという防御を取ると、体力より先に“フォイルニス・ブルート”が砕かれる。
それに、先程の解放された“神槍グングニル”との衝突。アレが致命的だった。
あの衝突の所為で、“フォイルニス・ブルート”の全体にヒビが入っているのだ。
良くてあと数回の攻撃で砕け散る。ラピスはそう判断した。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ・・・・・!!
ヨツンヘイムは必ず根絶やしにする。元はそちらが仕掛けてきた戦争だ。
はぁはぁはぁはぁ・・・それ相応の覚悟はあるだろう?」
「・・・・化け物め・・・!」
ラピスの悪態。ルシリオンはそれを黙って受け止め、そして、
――軍神の戦禍――
再度神器の雨を、ラピスへと落とした。
しかし最後まで諦めないラピスは、魔力を全て身体強化に回し、神器群を回避、または弾いた。
それを何度も繰り返したが、終わりは突然に起こった。
“フォイルニス・ブルート”が粉々に砕け散ったのだ。
神秘を打倒するにはそれ以上の神秘を以ってあたるべし。
それが魔術師の鉄則だった。“フォイルニス・ブルート”の神秘を上回る神器群。
それを弾き続けたことでついに限界を超えて壊れてしまったのだ。
こうなると、ラピスに生き残る術はない。
一斉に襲いかかる神器群を目に焼き付け、彼女はその命を失った。
≪う゛・・・!≫
串刺しされ息絶えた千人とある死体を見て、なのはたちは吐き気を堪え視線を逸らす。
唯一の救いは、血の臭いが分からない事。一種の夢の中であるこの世界。
彼女たちに今ある五感は視覚だけ。それ以外は働いていないため、臭いが分からなくなっていた。
それから1分ほどの沈黙が流れた。そして、
「ねえ・・・さま・・・。姉様ぁ・・・・・。ゼフィ姉さ――ごふっ・・・げほっげふっ!」
死体の中で、ルシリオンは最愛の姉を呼ぶ。
そして、吐血した。今の未熟な彼にとって、“神槍グングニル”の完全解放は自殺行為だった。
“神槍グングニル”から担い手として認められていない内の完全解放。
その代償として、ルシリオンの体内と魔力炉はボロボロになっていた。
なのはたちは無駄と知りつつ、跪いて泣き、吐血を繰り返すルシリオンへと近づこうとしたそのとき、
≪これが私の始まりだ≫
なのはたちの背後から声がした。一斉に振り返り、その声の主を目にする。
≪ルシル・・・!≫
そこには、泣いているルシリオンより大人びた、なのはたちの知るルシリオンがいた。
その表情は何かを堪えるかのような険しい表情だった。
≪ルシル。やっぱり君は、君たちは・・・≫
≪ああ。再誕神話。アレは実際に起きたことだよユーノ。そして、私とシャルが生きていた時代だ≫
そう言って、ルシリオンは少年時代の自分へと近づいていく。
なのはたちはそれを見ていることしかできなかった。
≪私が本格的に参戦するのはこの5年後、20歳のときだ。
それまでは、友と魔術を磨き、捕獲したヨツンヘイム連合の主力兵器を改良した兵器などを造っていた・・・・≫
「頭だけは良くてね」と呟きながら、左手を振るうルシリオン。
すると、がらりと景色が変わる。そこは、どこかの庭園のようだ。
≪ここは・・・・?≫
≪私の故郷、魔道世界アースガルド。セインテスト王領にある私の城グラズヘイムの庭だ≫
はやての問いにそう答えるルシリオン。
なのはたちはその庭を歩く。綺麗な花畑のある美しいその庭を。
「はぁぁぁぁぁっ!」
「これでどうですっ!」
彼女たちの耳に、怒声と金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。
ルシリオンは「行ってみるか?」と言い、音のした場所へと歩いていく。
なのはたちもそれに続いて、庭園の奥へと歩いていく。
そして庭園の奥、拡がる平地に彼らはいた。
≪彼らが神話に語られる英雄・・・・アンスールだ。あと二人いないが、もう直に姿を現すはずだ≫
ルシリオンの視線の先には、十人の人影があった。
男はルシリオンを含めて四人。残り六人は全て女性――いや、少女だった。
≪あの人・・・フェイトさんにそっくりです・・・≫
リインフォースⅡの視線の先、今のなのはたちと同じ年頃と思われる少女が木陰で休んでいた。
シアンブルーの長髪をツーサイドアップにし、その桃色の瞳でルシリオンを見つめる少女。
装飾の施された白い足元まで隠すワンピースに白のクロークを着込んだ可愛らしい姿。
髪と瞳の色こそ違えど、その外見はフェイトとそっくりだった。
フェイトはその少女を見て、ある一つの名前を口にした。
≪もしかして・・・・シェフィ・・・・?≫
フェイトの言葉に、ルシリオンを除くその場の全員が目を丸くする。
思う事はただ一つ。どうして知っているのか?
≪・・・憶えていたのか、フェイト?≫
≪うん。10年前、初めて私とルシルが出会った時、ルシルは私を見てすごく驚いて口にしたよね。
シェフィって。何となくずっと引っかかってたんだ≫
ルシリオンにそう訊かれ、即答したフェイト。
彼女にとって、好意を持つルシリオンの口から出た女性の名前は、忘れえないものだった。
≪・・・・そう。彼女の名前はシェフィリス・クレスケンス・ニヴルヘイム。
当時、氷雪系魔術師最強とされた少女。私の弟子のようなものかな。
私と共に、戦天使ヴァルキリーを造り出したパートナー。そして、私の恋人だった≫
なのはたちの何度目かの驚愕。
しかし、フェイトは察していたのか、驚愕ではなく悲しそうに、ただ辛そうに顔を伏せた。
なのはたちはフェイトの気持ちを知っているために何も言わず、ただ目の前の光景を見ていた。
「さすがEXランクの魔術師。やることなすこと常軌を逸しているよ」
「何を言う? ジーク。あなたのその魔眼も十分に常軌を逸している」
オレンジ色の短髪に光の映らない盲目であろうバイオレットの瞳をした男が、過去ルシリオンに声をかけた。
≪ジーク・・・。もしかして、雷皇ジークヘルグ・・・ですか?≫
≪ええ。ジークヘルグ・フォスト・ニダヴェリール。
雷撃系最強の魔術師にして、魔眼“千里眼“を持つ、ニダヴェリールの現皇帝です≫
騎士カリムにそう答えるルシリオン。
≪その隣、呑気にお茶を飲んでいる二人組。右から地帝カーネル・グラウンド・ニダヴェリール。
そして冥祭司プレンセレリウス・エノール・スヴァルトアールヴヘイムです≫
ルシリオンの指差す方、そこには休憩中だろうか、胡坐をかいてのんびり紅茶を飲んでいる男二人がいる。
ココアブラウンの短髪に、ニダヴェリール皇家特有のバイオレットの瞳をしたカーネル。
そしてウルトラマリンブルーの長髪をポニーテイルにしたプレンセレリウス。
さっきなのはたちが見ていた記憶の中に出てきた少年の大人になった姿だった。
その彼のオレンジ色の瞳には、彼の姉でもある少女が映っていた。
≪不機嫌そうで、どこか眠たそうな顔をした娘は、プレンセレリウスの姉にあたる呪侵大使フォルテシア・アウリアス・スヴァルトアールヴヘイム≫
次いで紹介されたのは、ウィスタリアのセミロングに、オレンジ色の瞳を持つ少女、フォルテシア。
彼女もまた、大人となっている姿だった。
そんなフォルテシアは、一人黙々と、彼女の武装魔造兵装“宵鎌レギンレイヴ”を振るい続けている。
「一人で訓練していてもつまらないでしょ? フォルテ。私が付き合ってあげるよ」
「・・・あ、ありがと。それじゃ、お願いセシリス」
フォルテシアに声をかけた少女。
≪フォルテシアに声をかけたのは、炎帝セシリス・エリミング・ムスペルヘイム≫
ムスペルヘイム王家特有のカーディナルレッドの長髪をサイドポニーにしているセシリス。
神造兵装“煉星剣レーヴァテイン”を片手に、フォルテシアと実践訓練を始めた。
「セシリー! ここはルシルの家なんだから、出来るだけ壊してもいいわよーーーっ♪」
「お前は馬鹿か!? 何を勝手ほざいているんだステア!?」
過去ルシリオンに怒鳴られているのは、カーディナルレッドの長髪を背中辺りで結っている少女だ。
頭頂部から生えている二本の触覚のような髪が、彼女が笑うたびにユラユラと揺れている。
≪ステア・・・。白焔の花嫁ステアの事だね≫
≪ああ。何かと私をからかっては遊びたがるムスペルヘイムの王女ステア・ヴィエルジェ・ムスペルヘイムだ。
彼女にはいつもからかわれて、何度死にかけるような思いをしたか分からない≫
心底げんなりしたルシリオンの説明を聞くなのはたち。
その背中の曲がり具合から、よほど大変な目に遭ったんだろうと察する。
「ステア様! そういう事は嘘でも言ってはいけないと思います!!」
「その前に! ここはわたしの家でもあるのですが!?」
そんなステアに詰め寄り猛抗議するのは、キャロのような小柄な少女二人。
≪見て分かるように、片方は私の妹。拳帝シエル・セインテスト・アースガルドだ。
あの外見で、私との修業のおかげもあり、肉弾戦だけでは魔術師最強だ≫
ステアに抗議する間、シエルの銀髪を頭の両側で結っている赤いリボンが揺れまくる。
同時にツインテールもまた揺れまくり、小動物を思わせる。中身は猛獣だが・・・・。
≪そしてもう片方。殲滅姫カノン・ヴェルトール・アールヴヘイム。
あの子もまた私の弟子の一人で、砲撃戦特化の固定砲台魔術師だ≫
セミロングのプラチナブロンド、ライムグリーンの瞳が揺れる。
彼女カノンは、この場にいる王族に対し必要以上に敬意を払っている。
そんな彼女自らもアールヴヘイムの王女ではあるのだが・・・・。
そのことから、他のメンバーに抗議するような発言だけで、失神しそうになるのが彼女だった。
≪カノンは根が真面目で、アールヴヘイム王族の反対を押し切って自らこの不条理な戦争に出てきた。
だから彼女には、自分の身を守るための必要最低限の事を教えたんだが、気づけば砲撃戦では私と同等の力を得ていた≫
懐かしそうに、本当に懐かしそうに目の前で繰り広げられている騒ぎを見つめるルシリオン。
なのはたちは何も言えなかった。そんな表情をするルシリオンを見るのが初めてだったからだ。
「随分楽しそうですね。私も交じらせてもらってもいいですか?」
「「「「「「「「「「フノス陛下!!」」」」」」」」」」
彼らは一斉に動きを止め、この場に現れた一人の少女に身体を向ける。
≪フノス。英雄アンスールを率いる大英雄。神に愛されし子、だね≫
≪ああ。フノス・クルセイド・アースガルド。全ての魔術師の頂点に立つ存在。
アンスール設立の立役者、魔道王フノス。それがあの小柄な少女だ≫
陽の光に輝く流れるような銀髪。総てを見透かすようなコバルトブルーの宝石の如き瞳。
穢れを知らないきめ細かく雪のように白い肌。その笑みは、全てを包み込むかのような女神の笑み。
繊細かつ病弱そうな雰囲気を持つそんな彼女フノスに見惚れるなのはたち。
「そんな畏まらないで! 私だってみんなの仲間なんだか――っ!?」
そう言って走り出そうとしたとき、フノスは何もないところで盛大に転んだ。
ドベシャッ!という擬音が目に見えるほどの見事な転びっぷりだった。
≪そういう肩書を持つあの子だが、それは神がかり的なドジっ娘だった。
正にドジ神さまに愛されし子、というわけだ≫
「フノス!? ルシル! 今すぐ治癒魔術コード・エイルをフノスに!!」
転んで、起き上がろうとしないフノスにいち早く駆け寄るのは、彼女の背後から現れた女性だった。
すぐに過去ルシリオンへと指示を出し、「急ぎなさい!」と吼える少々過保護な女性。
≪アレが風迅王イヴィリシリア・レアーナ・アースガルド。
風嵐系最強の魔術師。義理の妹であるフノスには過保護すぎな愛情を注ぐ、私にとってもう一人の姉とも言える存在だ≫
「だ、大丈夫。少し転んだだけだから。ルシルの魔術を使うまでもな・・・」
むくりと上半身を起こし、イヴィリシリアに大丈夫と告げるフノスの鼻から赤いものが滴り落ちた。
「あ、鼻血です」
「血ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
フノスの手に付いた鼻血を見て、イヴィリシリアがパニックを起こす。
そのまま過去ルシリオンの襟首をわしっと掴んで揺らしまくる。
「早くフノスを治療しなさい!!」
「そ~の~ま~え~に~は~な~し~て~~~~・・・・!!」
全力で揺さぶられる過去ルシリオンの目が危なくなってきたところで、止めに入る他のアンスールメンバー。
無駄な騒ぎを起こしつつ、日々大戦終結のために魔術の腕を磨いていくアンスール。
それを見ていたルシリオンの右手が再度振られる。
それを合図とし、なのはたちの視界に映る光景がまた変わる。
≪ここは?≫
≪我々アンスールの初陣の戦場。ヨツンヘイム連合に組し世界グリュートナガルダル≫
ユーノにそう答えるルシリオン。
彼らの視線の先、一万は超す大軍勢がそこにはいた。
≪ヨツンヘイム連合軍のほんの一部だ。その上連合主力のいない、な。
アースガルドへと繋がる唯一の道がある世界ビフレストを攻めようとしているんだ≫
魔道世界アースガルド全体には強固な障壁が張られている。
それゆえに、ビフレストにあるアースガルドへと繋がる転移門を通らなければアースガルドに侵攻する事は不可能だった。
それを知るヨツンヘイム連合軍はついにこの日、ビフレストを陥落させようと動いた。
≪確か、再誕神話にはこの戦いが書かれていましたね≫
カリムがそう告げると、ルシリオンは微笑を浮かべて「勝敗は知っていますよね?」と返した。
カリムは「はい」と真剣な面持ちで答えた。
「往くぞ! まずはビフレストを落とし、アースガルドを攻め落とす!!」
この大軍勢の指揮官であろう男が、拡声魔術で全隊の士気を上げ始めた
「おおおおおお!!」と地鳴りが起こるほどの雄叫びに、この場の全員が耳を塞ぐ。
≪ここから先は、スバルたちには残酷そうだ。君たちだけでも帰るか?≫
ここから先の出来事は、スバルたちには刺激が強過ぎると判断したルシリオン。
だが、スバルたちは残る事にした。最後まで見たかった。ルシリオンという男の生涯を。
ルシリオンは、そんな彼女たちに「辛くなったらいつでも言うように」と優しく声をかけた。
そして、この戦場に現れる遥かに遠き時代の英雄“アンスール”がその姿を現し、ヨツンヘイム連合軍をなぎ倒していった。
「食らえぇぇぇぇぇぇっ!!」
――圧戒――
シエルは自慢の重力操作魔術で連合兵を空高くまで殴り飛ばし、そこに追撃をかける。
重力を操作し、空まで吹っ飛ばした連合兵に九倍の重力をかけ、地面に叩きつけていった。
『シエル。支援攻撃行きます・・・!』
『いつでもいいよ、カノン!』
近距離の拳帝シエルと遠距離の殲滅姫カノンのコンビ“戦場の妖精”の連携が今始まる。
――殲滅爆撃――
戦場から遠く離れた丘で、カノンはルシリオンから授かった黄金の神器“星填銃オルトリンデとグリムゲルテ”を両手に、シエルの周囲にいる連合兵へと何千発という弾丸を一斉に放つ。
連合兵が、空から降り注ぐ弾丸に対処している間に、シエルがその小さな身体を活かして弾丸の雨の隙間を縫うように駆ける。
「その目に刻みなさい。戦場の妖精の連携を・・・!」
――圧壊拳――
隙だらけの連合兵のわき腹を、重力を纏わせた拳で殴打していくシエル。
呻き声を上げながら吹っ飛んでいく連合兵。
『シエル、任務完了です。予定通り、次の戦場へ移動しよう』
『ん、了解♪』
無傷のシエルがその場から歩き去っていく。
彼女の背後、そこには五百人を超す連合兵が斃れていた。
その光景に、なのはたちは絶句するしかなかった。
あまりに圧倒的な戦力差。シエルは、エリオやキャロと大して変わらない歳だというのに。
連合兵は決して弱くない。それはなのはたちも、シグナムたちも、リンディたちも分かる。
そう、連合兵の実力は、まさに今のなのはやフェイトといったS+魔導師並――いや、それ以上だ。
だが、それを短時間で無傷で――支援射撃があるとはいえ――たった一人で全滅させたシエル。
≪我が妹ながらに凄まじいよ・・・≫
なのはたちはここで知った。魔術師のランクというモノを。
現代とは違い、当時はSSSランクを超えるランクがあり、アンスールや連合の主力は全員SSSを遥かに超えた魔力を有すると。
そして次々と戦場が変わっていく。
地帝カーネルが大地を操作して戦場を分断し、雷皇ジークヘルグがその上から無数の雷撃を落とす光景。
炎帝セシリスの炎と、風迅王イヴィリシリアの風で起こされた焔嵐により、連合兵が容易く殲滅される光景。
アースガルド同盟軍総司令官魔道王フノスと彼女の護衛兼アンスール指揮官の白焔の花嫁ステアが、離れた地にキャンプを張り、前線組に指示を飛ばす光景。
蒼雪姫シェフィリスが、彼女とルシリオンの子供とも言える完全自律稼働人型魔道兵器“戦天使”の数体と共に戦場を駆ける光景。
冥祭司プレンセレリウスと呪侵大使フォルテシアが、この大軍勢の主力の一つへと突貫していく光景を。
そして、
「アースガルドは、アースガルドに味方してくれる世界を決して陥落させることはない。
憶えておけヨツンヘイム連合。我らアンスールが存在し続ける限り、お前たちの敗北は絶対に揺らがない」
過去ルシリオンが、この大軍勢の指揮官にそう告げる。
「何がアンスールだ!! この男を殺せぇぇぇぇぇーーーーッ!!」
――多層甲冑――
指揮官を始めとする連合兵二百人の同時魔術攻撃。
しかし、その攻撃は過去ルシリオンに届く事は無く、全てがキャンセルされていた。
ルシリオンの固有魔術・多層甲冑ゴスペル。
何重もの不可視の対物対魔力障壁で身を包む術式。
XXランク以下の魔術は全て効果を問わず無効化。
高位神器による攻撃以外全てキャンセルするという超反則術式。
その反面滅茶苦茶な魔力消費だが、まさに無限の魔力を持つとも言えるEXランク魔術師であるルシリオンにとって、大した問題にはならなかった。
「真技・・・!」
過去ルシリオンが“神槍グングニル”を完全解放し、真技を放つ準備をした。
その彼から発せられる強大な魔力に、連合兵たちは言葉を失い、一斉に逃げに転じた。
「神断福音・・・!!」
同盟世界の魔法陣で構成された砲塔から放たれる“神槍グングニル”。
そのたった一撃で、その場にいた何百という連合兵が文字通り消滅した。
グリュートナガルダルにおけるアースガルド同盟軍最終戦力“アンスール”と、ヨツンヘイム連合軍の一万以上の大軍勢の戦いは、アンスールの圧倒的勝利で終結した。
≪この戦いで、私たちアンスールは同盟・連合両方に其の名を知らしめた。
ここから大戦終結の地ヴィーグリーズ決戦まで約一年半。私たちは全力で生きた。護るために・・・・≫
ルシリオンが、再誕神話の書籍を手にする。
開かれているページにはこう書かれていた。
―――再誕神話 新世界再誕戦争 第一章『神徒アンスール降臨』
止め処無き 魔の波により 力無き生命は ただ蹂躙され 駆逐せる
民は己が無力さに 泣き苦しみ 絶望す
世の空 ただ暗く 悲哀が満ちるとき 天の支配者 挙兵を決定す
神住まう世界の王フノス 御使いたる徒、アンスールを地へと降ろす
天の最果て 神の地より 魔を滅すがため来る輝ける波より 先駆けるものあり
その行く手を疾駆するは“拳帝シエル”見えざる力を用いて 邪魔せし者を蹂躙する
黄金砲台なる“殲滅姫カノン”遥か彼方より 閃光放ち 魔を掃討す
我ら止めるべく もがく魔の波を討つ“風迅王イヴィリシリア”
其の絶大たる嵐で踏襲するは 正に神徒の力なるかな
民の希望を更に高めんと策を講じるのは“白焔の花嫁ステア”
死した盟友と会話せし者“冥祭司プレンセレリウス”其が業にて先駆けし者を助く
魔の波逃れうる時 それを追撃し 更なる報復を与えし煌く闇“呪侵大使フォルテシア”
復讐に猛るその心の力 魔の波 其れを前にして 永久なる苦痛をその身に刻む
氷神の加護を受け 闇天に流るる魔の波凍らす 其は“蒼氷姫シェフィリス”
蒼き神秘を纏い 戦場翔けるその姿は 真に美しく 魔を魅了す
真を見通す瞳持つ“雷皇ジークヘルグ” 命を石とする瞳持つ“地帝カーネル”
この両の者の瞳に映されしもの 果て無き死の恐怖に平伏すものとす
遥かに古き帝の炎を受け継ぎし“炎帝セシリス”全て灰燼に帰すは原初の業なり
光満ちたる天の奥より来るは 輝けたる“神器王ルシリオン”
無限が如き神器の滴を降らし 魔の波を粛清せし者 彼の後には断罪されし骸のみかな
神器王がさらなる奥 神徒を統べりし 神なる意志の代弁者 其は“魔道王フノス”
神位の玉座にて 己が友たちの無事なる帰還を ただ祈り望み続ける
魔の波に蹂躙されし 民は再びの希望を得、神徒と共に戦いに赴くこと決意す
此処に千年続きし戦の終局へ向けて 強大たる波々の衝突始まりになるかな―――
≪・・・・さて、次は・・・・≫
ルシリオンの姿が消え、代わりに現れたのは、
≪今度は私の始まりを見せるよ≫
シャルロッテ・フライハイト。
剣神の二つ名を持ち、この大戦の最終決戦で命を落とした誇り高き騎士だった。
9年ぶりくらいに、第零話プロローグ(ラピス戦)を書きました。
ほとんどどういう戦闘か忘れてしまっています。9年ですし、仕方がないですよね?
ルシルがもっとボコボコにされていたような、そうでないような・・・?
えー、そして、調子にノってすいません。書いていたら止まらなくなってきたのです。
本当は簡単に、もっと短くしようと思っていたのです。思っていたのですが、止まらない。
ですから後半(確か第三話だった気がする)をものすごく端折りました。
次回はシャルの初陣。ある程度の戦闘。ヴィーグリーズ決戦話から抜粋、といったところでしょうか。
出来るだけ短く、それはもう短くしますので、次回もまた読みに来ていただけると嬉しいです。
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