会食とその後
みなさんも風邪気をつけてくださいね。
乾杯のかけ声と共に食事が始まる。
エルシアが野菜単体を所望する日があったのでテーブルの上に置かれている料理は緑の方が多いかと思ったらそんなことはなく、むしろ緑色の料理は一切見当たらず、肉ばかりだった。
「エルシア、エルフってこんなに肉食べるのか?」
「食べます。しかし、私はここまでの肉はいりません。野菜が欲しいです。」
「野菜が欲しいに同感。」
大臣とその連れ達が肉を食べている光景に胃もたれがしてくる。
「なぁ、誰も話しかけてこないんだけど。」
「みんなご主人様を警戒しているのかもしれません。」
「まぁ、確かに、いきなり仲良くしろと言われても無理だよな。」
料理を食べながらこちらを時折チラッと見るエルフの人達はいるものの誰も話しかけてはこない。
だが、いつだって新しいことに挑戦するのは若い子だ。
「お兄ちゃん、魔王なの?」
俺の足元に幼いエルフ耳の少女がいた。
彼女は好奇心たっぷりの目を俺に向けている。
「そうだよ、俺は魔王だよ。」
「じゃあ、すごいことできる?」
「すごいことか…。」
俺はエルシアにエルフの幼子を抱っこしても大丈夫か聞く。
宗教や文化的に問題があると後で国際問題に発展してしまうかもしれないからだ。
エルシアは頷いて大丈夫と返事をする。
それを見て俺は少女を抱き上げる。
「しっかり掴まってろよ。【数値操作:魔力】【スカイウォーク】」
空気を押し固め、要するに分子運動を足場の分だけ停止させ、つまりは凍らせ人が乗ってもビクともしないように維持をする。
そして、俺はその上を歩いていき大人三人分の高さに少女と共に立つ。
空気を押し固めるって前にもやったような気がするな。
ー【分子運動停止】を獲得しました。ー
お、スキルを手に入れた。
これで、魔法を使わずスキルとして使えるようになるから魔力は抑えられるな。
俺はテンションが上がって大人四人分の高さまで来る。
「うわぁ!お兄ちゃん! 宙に浮いてるよ!」
「どうだ! これが魔王の実力だ!」
「うん!魔王すごい!」
上から見るとエルフのみんなが驚いた顔でこちらを見ている。
そして下を見るとエルシアがものすごく羨ましそうな顔をしていた。
子供の体重ぐらいなら別にやってもいいけど、エルシアは…、どうだろう。
「ところで、お母さんとかお父さんは?」
「うーん…、あっ、あそこにいるよ!」
「……めっちゃ食べてる人?」
「そう!」
子供がこんなに高い場所にいるのに食べてる場合じゃなかろう。
俺はその親の近くまで行き床に降りる。
「お母さん! お父さん!」
「ん?エンナ…って魔王!?」
「そうだよ!この人、すごい魔王だよ!」
この少女の名前はエンナというらしい。
エンナは俺のことを指差して両親に魔王はすごいと力説している。
最初は警戒していたエンナの両親だが徐々にエンナの力説に押されたのか俺に対する警戒はとれた。
エンナを両親の元におくり、抱っこされたエンナは俺に手を振る。
「魔王ありがとう!」
「はいよ。またな。」
「バイバイ!」
俺はエンナの元を離れてエルシアのところに戻る。
後ろを振り返るとエンナは親の腕の中でもう眠っていた。
ちょっとはしゃぎすぎたな。
「あっ! 魔王が来た! 私もやって!」
「僕にもやって!」
「私も!」
「俺も!」
エルシアのところに戻ると子供達が列を成してエンナと同じことをやれという主張が俺に放たれる。
「ご主人様、子供達に大人気ですね。」
「俺は今魔力が足りなくならないか心配だ。」
マジックポーチから出したポーションを飲んで、一人ずつ子供達に空中歩行を体験させる。
そして親元まで送り届けるという流れを行い列を解消していく。
空中歩行は疲れるのか子供達は親に抱っこされるとすぐ眠りにつくのでリピーターは現れなかった。
「ふぅ。疲れた。魔力を使うことより子供達を抱っこして歩くのが疲れるな。」
「お疲れ様です。しかし、子供達のおかげで大人達も話しかけやすくなりましたよ。」
「まぁ、そうだな。」
警戒心が少なくなった大人のエルフたちが俺に近づいて話しかけてくる。
「ぜひ、うちの娘を!」
「いやいや、うちの娘を!」
「わしの孫を!」
話しかけてきたのは直接関係を結びたい汚い大人達だった。
これリアルで体験するとすごい面倒だ…。
「あぁ、俺にはもう嫁が…。」
「おぉ、エルシア様ですね!では第二夫人という形で…。」
誰か助けてくれないか、と周りを見てもエルシアは不思議な顔して立っている。
「何その表情?」
「ご主人様にはすでにお嫁さんがいらっしゃるのに…。それに私はご主人様の奴隷です。」
いや、もう奴隷じゃないだろ?
どんだけ、俺の奴隷をやりたいんだ。
あてになりそうにないエルシアより、他に誰かいないのかともう一度周りを見渡すと…。
「あの人にだけは逆らうのやめよう。」
「あの人? あ、お母さん。」
ものすごくいい笑顔を浮かべたエルアさんがこちらに近づいてきていた。
怖い。
「みなさま。」
何かスキルでも使ったのかと思うほどの恐怖心を与えてくれる声だった。
俺と婚約させようとしていたエルフ達がその声で足をガクブルさせ後ろを振り向く。
「みなさま一体なんの話をされているのですか?」
「い、いや、その…。」
「わ、我らは魔国と共に繁栄を目指そうと誓い合っていただけで…。」
「え、エルア様がご心配されるようなことはしておりません。」
「それは良かったです。」
本当にいい笑顔でそう言うエルアさんは娘まで怯えさせて、エルシアは俺にしがみついてくる。
「ツカサさん、こちらにどうぞ。そろそろ会食も終了です。エルシアも来なさい。」
「は、はい!」
「はい!」
俺はエルフの人達とごく普通の握手を交わしてエルアさんについて行く。
普通の握手が交わせたということは魔王に対してはもう誰も恐怖心を持っていないようだ。
「みなさま。会食もそろそろお開きとなります。魔王とは親しくなることができましたでしょうか。また、魔王に対するイメージは変わりましたでしょうか。」
エルアさんのこの言葉で会場にいる大勢のエルフは頷き、俺に対してかなり有効的な印象を持ってくれたようだ。
眠りから覚めた子供達もこちらに手を振っている。
「これからもエルフリーデ王国の繁栄と魔国との良き関係を願って!」
こうして会食はお開きとなった。
あんだけあった肉料理は全て無くなっていて、後に残ったのは空になった大皿とみんなが使った食器、そして俺とエルシアとエルアさんだけになった。
王様は途中から消え去っていた。
「エルアさん。」
「何ですか?ツカサさん。」
「この文書を魔国に届けることはできますか?」
「できますけど、これは?」
「国交を結ぶために使者派遣の要請書です。」
「そんなもの他国に任せていいんですか?」
「貴国を信用しておりますから。」
お互い国交を結びたいという思惑は一致してるし、俺が送りたい文書に何か細工しても益はないだろう。
「これは守護者に届けさせることにします。彼なら5日以内に届けさせることができますよ。」
なるべく早くした方が良いと思い、エルフリーデ王国に任せることにしたのだ。
俺だと一週間以上かかってしまう。
というか、守護者は一体何者なんだ…。
「よろしくお願いします。」
「わかりました。守護者よ。」
「ここに。」
いつの間に。
というか、王命にしか従わないんじゃなかったのか?
だから、わざわざ王様を呼んでいたわけだし…。
王様もういらないじゃん…。
「魔国にこの文書を届けよ。」
「御意。」
守護者が消えていった。
「では、ツカサさん。後はエルシアが案内しますので。」
「わかりました。」
「ツカサさん、おやすみなさい。」
「はい。おやすみなさい、エルアさん。」
エルアさんも会食場を後にするようだ。
「エルシア、頑張ってね。」
エルシアをにっこり笑顔で見て消えていった。
「ご主人様、何を頑張れば良いのでしょうか?」
「案内のことだよ。俺たちも部屋に戻ろうか。」
「はい。」
最後に俺たちは会場を後にして部屋に戻る。
途中出くわすメイドや執事の人もいるが、もう悲鳴をあげられたりはしなかった。
そして、部屋の中に入る。
「エルシア、今日も一緒か?」
「ご主人様、お願いします。まだ、私…。」
俺の腕を掴んでくる。
寝るときは近くにいないとダメなようだ。
「わかったよ。」
「ありがとうございます!」
俺たちは交代で部屋の中にあるシャワー室でシャワーを浴びた。
エルシアがシャワーを浴びた後の良い匂いが部屋に充満する。
「そうだ。エルシア、寝る前にちょっといいか?」
「何ですか? きゃっ。」
俺は窓を開ける。
そして、エルシアをお姫様抱っこする。
「ご、ご主人様?」
「【分子運動停止】」
俺は自分の足場を作りエルシアを抱っこしながら窓の外に出る。
「羨ましがってたからな。」
「ご主人様…。」
「俺じゃなくて、景色を見ろ。」
「は、はい。」
俺の首にエルシアの柔らかい手が回される。
「綺麗です。」
「そうだな。」
エルフの街並みは光る植物で照らされて、魔石の光とはまるで違う、とてもリラックスした気持ちになる。
「ご主人様、この国まで連れてきてくれたこと、本当にありがとうございます。」
「どういたしまして。でも、俺もここに用があったからな。」
結果的にエルシアのためになってしまったのかもしれないが、俺も俺のためにこの国に来た。
そんなに感謝されるようなことじゃない。
けど、エルシアが感謝してくれて嬉しいことには変わりない。
ームギュ
エルシアの体が俺に密着する。
「ご主人様、そろそろ眠ってしまいそうです。」
「今日は色々あったもんな。じゃあ、部屋に戻って寝るか。」
「はい。」
俺は窓から部屋の中に入る。
そして、広いベッドに一緒に入る。
ベッドに入った途端にエルシアが俺にくっついてくる。
柔らかい彼女の温もりが俺に伝わってくる。
「ご主人様、おやすみなさい。」
「おやすみ、エルシア。」
足に絡みつき俺の腕を抱き、おでこを俺の首元につけて彼女は眠った。
俺もそれを受け入れて瞼を閉じた。