縋りと依存と甘え
すっかり腕時計プレゼントを忘れていた。
俺の目の前には畑と田んぼが広がっている。
「エルシア、ここはエルフの国か?」
「はい。」
そうだよな。
あそこに第一村人の金髪エルフが歩いてるもんな。
「風の宝玉があるのは首都だよな?」
「はい。首都『ルフラン』にあります。」
「そのルフランにはここからどれぐらいで着くんだ?」
「約三週間です。」
マジかよ、と思ったがむしろそれくらい遠くて普通だ。
一週間でエルフの国の首都『ルフラン』に着いてしまうのであれば、魔国の首都『スラガ』とかなり近いことになってしまう。
それは防衛の観点から問題だろう。
「三週間か…。」
「ご主人様、【身体強化】を使えば恐らく一週間でつきます。」
「それは早く言え。」
一週間ということは、今までと同じ様な過ごし方をするのか?
いや、もうエルフの国に入ってるなら野宿ではなくどこか宿を取ることが可能では?
「エルシア、首都『ルフラン』に案内しろ。」
「わかりました。しかしご主人様。その前に頼みたいことがあります。」
エルシアがこちらを向いてくる。
沈痛な面持ちをしていて、頼みたいことはかなり真剣な物の様だ。
「なんだ?」
「フード付きのマントを貸してください。」
「はいよ。」
チョーカーをつけているが知り合いと会ってしまった時に奴隷になってしまったことを少しでも悟られたくはないのだろう。
ポーチからマントを取り出しエルシアに被せる。
「あ、ありがとうございます。」
「はいはい。どういたしまして。じゃあ、行くか。」
「はい!」
二人で【身体強化:足】を使い、畑と田んぼの間をかけていく。
第一村人のエルフは目をまん丸にしてこちらを見ていた。
「フード姿二人がとんでもない速度で移動してたらそんな目をされても仕方ないか。通報されなきゃいいけど。」
通報なんてされたら殺すか逃げることしかできない。
でも、殺すのはリンダに禁止されてるから逃げるしかない。
「その時は私がお守りします。」
前を走るエルシアが俺にそう言うが、あまり期待はしてない。
この一週間、俺がエルシアのこと守ってばかりだ。
「エルシア、通報されないようにしような。」
「はい!」
と、言ってもさっきよりも速度を上げて走っている。
エルシアのテンションが上がったようだ。
俺と話してテンションが上がった?
《恋心…ではないような気がしますね。》
「多分、俺と同じな気がするよ。」
赤いヘアピンをそっと触る。
「ご主人様、何が同じなのですか?」
不思議そうな声できいてくる。
《エルシアちゃんに私のこと教えないんですか?》
笑みを含む声が頭に響く。
教えるわけがない。
これは俺だけの業だ。
俺が背負うものだ。
誰かに話して同情なんて受けるものじゃない。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
日が傾き始めた田園風景の中にエルシアが立ち止まって俺に聞く。
「なんでもない。それより、宿があるならそろそろ宿がある場所にいきたい。」
「前に村らしきものが【遠視】で見えます。そこに宿もあると思います。」
エルシアが前を走り始める。
三分も走れば確かに村らしきものが見えてくる。
相変わらず金色の絨毯と赤くうつる水面が続いている。
「すみません。」
「なんじゃ?」
ここの第一村人に声をかける。
もちろんエルフ。
「この辺りに宿はありますか?」
「あの、ご主人様。私が…。」
「そこじゃ。」
第一村人が指差す方を向くと確かに宿らしき看板がある。
「ありがとうございます。」
「あ、ありがとうございます。」
「うむ。」
第一村人に頭を下げ宿に歩く。
「ご主人様、聞けずにすみませんでした。」
「これは奴隷の仕事とか関係ないだろ。気にするな。」
宿の中に入り、おばちゃんに二つ部屋を借りる。
ここの宿は湯浴みも食事もできる。
食事処に行くと俺たちの他にも何組かの客はいるようで獣人や人間、エルフなどがいる。
もっとも魔族の客はいない。
それと、フードの客もいない。
「おばちゃん、この箱の中に料理をつめることはできないか?」
「ここにかい?できるよ。」
「じゃあ、二つ箱を渡すからそこに魚料理を入れてくれ。はい、お金。」
ちょっと多めにお金を渡して待つことにしたが、おばちゃんはすぐに戻ってきて弁当箱を渡してきた。
「おばちゃん、ありがとう。」
「いいってことさ。」
ヒラヒラと手を振りおばちゃんは別の人の注文を聞きに行った。
部屋は二階の角部屋でエルシアが角、俺はその隣の部屋だ。
「はい、夕食。じゃあ、おやすみ。」
エルシアに弁当箱を持たせ、俺は部屋の中に入ろうとする。
「あ、あの、ご主人様、待ってください。」
エルシアが震える声で俺を呼んだ。
「どうした?」
俺がそう尋ねるとエルシアは膝を折って久々の土下座を見せてくる。
俺が禁止したことは豚討伐の時に解除をしたので土下座ができるようになっている。
よって再び俺が土下座禁止の命令を出そうとしたらエルシアは言う。
「ご主人様と一緒の部屋にいさせてください。お願いします。一人にしないでください。」
エルシアは涙ながらにそう言う。
なぜ、そんなことを言うのか。
俺にはわかってしまう。
やっぱり俺と同じ。
何かにすがり、依存をしなければ自分の心を保てなくなっている。
きっかけは奴隷にされたことと、さらにあの豚、オークにさらわれたことだろう。
一人きりで恐怖、それも女特有の恐怖にあい続けてきたことで、極度に一人を嫌い、他者にすがり、依存する。
「なぁ、もし、女の奴隷がもう一人いたらそいつと寝るか?」
「嫌です!ご主人様が良いです!」
さらに、愛玩奴隷にはしないと宣言した上に、オークの時に助けられた俺だけに依存する。
俺がリンダの虚像にすがっているのと同じ。
わかってしまうだけに、その底知れぬ恐怖にエルシアを無下にはできそうになかった。
優しくはしないって言ってたのにな。
エルシアに甘いな…。
「エルシアついてこい。」
「はい!」
二階から降り、おばちゃんにベッドが二つある部屋に変更してもらう。
ニヤニヤされて見送られながら、その部屋に入る。
「ご主人様と一緒ですか…?」
「一緒だよ。」
「っ!ご主人様!ありがとうございます!」
「はいはい。じゃあ、夕食を食べような。」
「はい!」
二人でフードを脱ぐ。
俺は短い黒髪と長いツノが、エルシアは長い銀髪と長い耳があらわになる。
「「いただきます。」」
おばちゃんが作ってくれた魚料理を食べる。
エルシアはフォークで俺は箸だ。
魚の骨はフォークでは取れないからだ。
現に隣のエルシアはフォークで骨と戦っている。
ちなみに、デリシャスフィッシュは骨も食べられる。
「エルシア、箸を使ってみるか?」
身が残りまくってる魚を見て声をかけてしまう。
「ご主人様が使ってるものですか?」
「そうだ。」
ポーチからお箸を取り出しエルシアに渡す。
エルシアは俺の見様見真似で箸を使う。
「あ…。」
だが、掴めず箸が床に落ちる。
「…難しいです。」
「最初はそうだよな。」
俺はエルシアの手を持つ。
「あ、ご主人様…。」
甘い声を出すな。
そういうのじゃない。
俺はエルシアの手をお箸の持ち方にしてお箸を握らせる。
「これで、物を挟むんだ。」
エルシアが何度も魚を挟もうとする。
そして、10分後。
「…あ、できました。できました!ご主人様できました!」
エルシアが声をあげて喜ぶ。
エルシアに若干の幼児退行が起こってるようだ。
「よくできたな。」
「はい! …あ、すみませんでした。」
一通り喜んだところで正気に戻ったようだ。
恥ずかしそうにしている。
魚料理も食べ終わり湯浴みをすることになった。
先にエルシアが入る。
エルシアの水音が部屋の中に響く。
《エルシアちゃん、治せるといいですね。》
「大丈夫だよ。時間がかかるけど、少しずつ慣らして治していけばいい。って、なぜ俺が治すんだ…。」
《ツカサくんならできますよ。》
…しないよ。
《それよりもツカサくんも治さないんですか?》
「……何をだ?」
《わかってるでしょ?》
……わからないよ。
「ご主人様、上がりました。」
タイミングよくエルシアが出てくる。
リンダは悲しげな笑みを浮かべながら消えていく。
「じゃあ、次は俺だな。」
「いってらっしゃいませ。」
エルシアに見送られ俺はサクッと湯浴みをして上がる。
「じゃあ、もう寝るか。」
「はい。」
「その前に…、エルシアこれやるよ。」
俺はポーチの中から腕時計を出しエルシアに渡す。
「ご主人様の腕時計…。」
受け取ったエルシアはしばらくそれを色んな角度から眺める。
「ご主人様ありがとうございます!大切にします!」
エルシアの笑顔が輝く。
無表情だった頃も、この一週間もこんな笑顔を見たことはない。
よほど嬉しいんだろう。
また幼児退行を起こしてる。
プレゼントして良かったよ。
「エルシア、もう寝るぞ。」
「はい!おやすみなさいませ、ご主人様。」
エルシアが隣のベッドで俺を見ながら瞼を閉じる。
その安心しきった顔はまるで天使のようだ。
「エルシア…。おやすみ。」
その後、赤いヘアピンを触る。
「リンダ、おやすみ。」
《ツカサくん、おやすみなさい。》
エルシアが情緒不安定だー。
今期のアニメも終わりだー。
……。
早く首都『ルフラン』に着かせます。
それと、明日の投稿はできないかもしれません。
予め御了承ください。
あれ、そういえば隔日更新…。