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エルシアの心(2)

やっとだ。

 朝日が昇る前に私は目を覚ました。


「…んっ!」


 ベッドから体を起こし、伸びを一つした。


「…準備。」


 歯磨きや洗顔をして、最後にご主人様の買ってくれたピンクのパジャマの温もりを名残惜しみながら、軽装備に身を包んだ。


「今日は私の故郷に…。」


 行きたい気持ちと行きたくない気持ちがないまぜになっていた。

 しかし、気持ちとは関係なくご主人様はいくと言っていたので案内をしなければならない。


 私は部屋を出てご主人様を迎えるためご主人様の部屋の前で頭を地につけた。


「やっぱりな。それ、やめろ。」

「わかりました。」


 命令に従い立ち上がった。

 すると視界から光が失われた。 


「あ…。」


 突然暗くなった恐怖と、強めに縛られた痛みとで思わず声が出てしまった。


「ご、ご主人様どうして目隠しをなさるのですか?」


 恐る恐る聞いた。


「どうしてって…、あ。」


 ご主人様はすっかり忘れていたようであった。


「……悪い。」

「いえ。」


 目隠しが外され私の目に光がさし、フード姿のご主人様がいた。


 ご主人様はどんな顔をしているのだろう。


「さて、この都市にもお別れだ。」


 私たちは門に着き、それぞれ装備をしていた。

 私を奴隷にした男の協力者はいなかった。

 いても何もできなかっただろうが。


「エルシア、最初に言っておくがお前は奴隷だ。危険な敵が来たら盾に使うし、囮にも使うから。」


 この都市では優しくされてばっかりだったが、やはり奴隷の仕事はしなければならない。

 今からは普通の奴隷になるのだ。

 しかし、愛玩奴隷にならないことはやはり尽きない安心感を与えた。


「…わかりました。」

「じゃあ、エルフの国まで案内しろ。」


 私は目的を果たすためにご主人様の前を歩いていった。


「昨日みたいに優しくしてくれる、なんて思われるのはウザいからな。」


 ご主人様はまた誰かと喋っていた。

 でも、内容はわかった。

 今日は昨日までのようにはならないのだろうか。

 何を命令して、何をさせるのだろう。

 私は不安になるが、私のスキル【遠視】に映ったもので余計なことは考えなくなった。


「スライムです。」


 ものすごく弱い魔物だ。

 スライムのせいで死んだ人はいないと言われるほど弱い。

 けど、魔物は魔物だ。

 一応、警告をした。


「どこに?」

「200m先です。」

 

 ご主人様は前屈みになって見た。


「どうやって気付いたんだ?」

「スキル【遠視】によるものです。」

「エルシア、ステータスを見せろ。」


 そういえば、まだステータスの開示を要求されていなかった。

 ステータスはいわば自分を構成しているものだ。

 これは簡単に知られるわけにはいかない。

 まして、私の本当の名前は…。

 しかし、奴隷である私は抵抗はできなかった。


「…わかりました。【ステータス】」


 エルシア・エルフリーデ 14歳 女 レベル:60

 種族:エルフ(奴隷)

 筋力:180

 体力:180

 耐性:180

 敏捷:360

 魔力:720

 魔耐:720

 技能:風魔法・生活魔法・治癒魔法・属性付与・遠視・弓術


「レベル高いな。」


 ご主人様からそんな言葉がかけられた。

 嬉しくはない。

 レベルが高くても奴隷になってしまったのだから。


「というか、エルシア・エルフリーデが本名だったんだな。」


 そして、問題のところを見られてしまった。

 ご主人様には教えていなかった名前が。

 知ってしまったご主人様は私をどうするのだろう。


「もう閉じて良い。」


 ……あれ?


「あの。」

「何?」

「何も言わないのですか?」

「別にないけど?」


 もしかして知らない?

 いや、この世界で生きてる限り知らないなんて…。


 ご主人様は本当になんなのだろうか?


「…そうですか。」


 私は不思議に思いながらスライムに矢をむけた。


「エルシア待て。魔物は俺が倒す。」


 ご主人様が私をとめて右手を親指と人指し指を伸ばしてスライムの方に向けた。


 ご主人様は私のレベルを高いと言っていたので、私よりレベルが低いのだろう。

 だからレベル上げにご主人様がスライムを倒すのだろう。


 ご主人様の指先にむかって風が吹いていた。


「【エアバレット】」


 ご主人様は聞いたことがない言葉を呟いた。


 ーザシュ


 すると200m先のスライムの体に切れ込みが入りスライムは崩れた。


 すごい。

 200mも離れた場所に弓ではなく魔法を使って当てるなんて…。

 それに、魔力切れを起こして倒れてもいない。

 どんな理論の魔法なんだろう。


「レベルが上がったな。【ステータス】」


 えっ!

 今のスライムでレベルが上がった!?

 ご主人様のどれだけレベルが低いの!?

 それとも、スキル…。


 私にはご主人様のステータスは見ることはできない。


「さすがに空気を空気で押し出して攻撃するのは理論として無理があったな。100も減ってるよ。」


 また誰かと喋っていた。

 そこに誰かいるのだろうか?

 いや、誰もいない。

 少し怖い。


「ご主人様、お見事です。」


 私はご主人様をたてた。


「エルシア、俺を無条件に褒めるのはやめろ。」

「申し訳ありません。」


 たてられることがご主人様は嫌いなのだろうか。

 ご主人様に禁止されてしまう。


「エルシア案内しろ。魔物が出てきたら今と同じ様に俺が殺す。」

「わかりました。」


 私はご主人様の前を歩きエルフの国を目指した。

 途中、魔物が何度も襲ってきたがその度にご主人様は刀と呼ばれる武器で切りつけていった。

 その刀さばきはとても綺麗だった。


「エルシア、エルフの国まではどれくらいかかるんだ?」


 唐突にご主人様からそんな質問をされた。

 まさか知らないのか。


「約一週間です。」

「はっ?」


 やはり知らなかったのか。

 教えていなかった私が悪かった。

 …どんな罰があるのか。


「お伝えせず申し訳ありませんでした。」

「気にするな。そのまま案内を続けろ。」


 私の謝罪はまたあっさり流された。

 ご主人様は奴隷に罰を与えないのか…。


「わかりました。」


 言われた通りに進んでいくとご主人様から声がかけられた。


「エルシア、魔物とか植物で食べられるものと食べられないものの見分けはできるか?」

「できます。」


 幼い時はよく狩りをしていいたし、ついこの間までは冒険者をしていたのだ。

 冒険者の頃はよく食料がなくなり、その時は山菜を収集したりして食い扶持を繋いだ。


「食料はこの森で調達しながら進んでいく。マジックポーチを渡すから食べられるものを片っ端からこの中に入れていけ。」


 ご主人様は私にポーチを渡してきた。


「ご主人様のマジックポーチを私が持つのですか?」

「そうだ。」


 こんな高価なものを奴隷に渡すなんて…。

 だが、それも段々慣れてきた気がした。


「腰につけろ。」

「腰に…。」


 腰につけるマジックポーチなんてあった記憶はなかった。

 そもそもなにかを腰に巻く発想なんてなかった。

 そのせいでまったく腰に巻けなかった。


「まったく…。」


 ご主人様から呆れた声がした。

 かと思うと、私の手からポーチをひったくり私の腰に手を回した。


 な、何を…?


 ご主人様はポーチを優しく私の腰につけ、手を離した。


 な、なんだ…。


「あ、ありがとうございます。」

「はいはい。仕事はしっかりやれよ。」


 私は歩きながら、時々見かける植物や果実をもぎ取りポーチの中に入れていった。

 そんな時、私の目にはまた魔物の影が映った。

 スライムとは違うものだった。


「ご主人様、ウォルフです。」


 スライムよりは強いがこれもかなり弱い。


「どんな奴だ。」

「かなり大きな犬の様な魔物です。あそこに。」

「食べられるのか?」

「食べられません。」

「わかった。」


 ご主人様は私の前に出て迫ってきたウォルフを刀でいなし、その背中を切りつけた。


 やはり綺麗だ。


 血が噴き出しもう動くことができないウォルフ。

 ブシュ、とウォルフの首を跳ね飛ばした。

 褒めるな、と命令されているので私は声をかけることができなかった。


「【ステータス】」


 またレベルが上がったのだろうか。


 私はご主人様の前を歩き、植物やご主人様が倒した魔物の魔石を拾っていった。

 亡骸はご主人様が炎魔法で燃やしていった。


「そろそろ日が暮れてきたな。ここで野営をするか。」


 開けた場所に出てご主人様は私の腰のポーチに手を入れ寝るための道具や食料を取り出した。

 食料は完成したもので私が料理をする必要はなかった。


 こんなものがあるなんて…。

 どこにこんなものが売っているの…。


 ご主人様と同じ時間で食べ終わった。


「先に俺が寝るから、エルシアは5時間後に俺を起こせ。時計は渡しておく。」


 ご主人様から小さなものが渡された。


 …時計?


 時計といえば神殿の傘下である教会に置いてある大きなものしかない。


 こんな小さなものが時計?


「時計ですか?」

「時間をはかる機械だよ。」


 時計の説明をご主人様からされ、時計が腕に巻かれた。


 これで、秒まで計ることができるなんて…。


 やっぱりご主人様は何者?


「絶対起こせよ。わかったな?」

「わかりました。」

「じゃあ、目隠しするから。」

「あ…。」


 また突然視界が黒に染まり、何も見えなくなった。


 怖い。


 私の鼓動は速くなっていった。

 しかし、側でご主人様が湯浴みをする水音が聞こえた。

 この時、不思議と私の心は恐怖は消えていった。


 どうして?


 確かに、私は何もしてこないこ主人様にかなり信頼をおいてしまった。

 でも、恐怖はあったはずだ。

 容赦なく見捨てると言われたのだから。


 どうして?


 解決できない疑問を抱えたまま水音は止み目隠しが外された。


 ご主人様が見えた。


 そしてご主人様はテントの中に入っていった。

 私は命じられた通り見張りを開始した。

 時間は8:00を指していた。

 あと、5時間だから1:00にご主人様を起こさなければならない。


 私はこの5時間考えた。

 政略結婚の道具か奴隷の運命。

 どちらが正解だったのか。


 政略結婚の話を聞いた時も、奴隷になった時も怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて仕方なかった。


 でも、今その恐怖はない。

 ご主人様は優しくしないと言っていたけど結局私はお金さえあれば解放してもらえるし、今だって5時間後に寝ることができる。


 ご主人様の奴隷が正解?


 次にご主人様のことについて考えた。

 見たこともない物。

 見たことない理論の魔法。

 奴隷に対する扱い方。

 そのフードの中にある顔。


 本当に何者なのだろう。


 考えても考えても答えなどでない。

 それでも、考えてしまう。


 そして、あっという間に5時間が経ち時計は1:00を指していた。


 私はテントに近づいた。


「ご主人様、5時間経ちました。」


 返答はなかった。

 まだ寝ているのだろうか?


「ご主人様?」

「起きてるよ。」


 ご主人様の声だ。


「エルシア変わったことはあったか?」


 魔物は一匹も出てこなかった。


「ありませんでした。」

「そうか。じゃあ、今度は俺の番だな。」


 やはりおかしい、このご主人様は。


「申し訳ありません。」

「何が?」

「ご主人様が私の代わりに起きることになってしまい…。」

「当たり前だろ。寝ないせいでエルシアがぶっ倒れたらどうするんだ。この一週間、それを謝るの禁止な。」


 褒めることの次は、謝ることすら禁止されてしまった。


「…わかりました。」


 ご主人様の命令は絶対だ。


 テントから出たご主人様はそのまま私を寝かせるのかと思った。

 しかし、ご主人様は湯浴みの用意をしていた。


 私のため…?


「どうして…。」


 口から漏れ出たその言葉に反応することなくご主人様は準備をした。


「ありがとうございます。」


 私は時計を渡した。

 しばらく湯浴みをしていなかったこともあり、とても嬉しかった。

 覗かれたり、襲われたりする心配は頭からすっかり消え去っていた。


 私はピンクのパジャマに身を包んでご主人様に頭を下げた。


「ご主人様、おやすみなさい。」


 テントに入った私はすぐに意識が落ちてしまった。



 ◆



 目が醒めた。

 まだ、完全には日が昇っていないようだ。

 さすがに奴隷としてご主人様に起こされるというのは気が引けて、ご主人様が起こしに来る前に着替えた。

 テントに近づく音が聞こえてくるので、私は自らテントから出た。


「おはようございます、ご主人様。」


 ご主人様は変わらずフード姿のままだ。


「あぁ、おはよう。ちゃんと寝ただろうな?」

「はい。」

「なら、さっさと朝食を食べてエルフの国に行くぞ。」


 ご主人様から渡された食料で私は朝食を作った。

 食べ終わったら奴隷である私を差し置いて、ご主人様が様々な物をしまって私にポーチを渡した。


 昨日と同じように植物や魔石を入れるためだ。


「さて、行く前にエルシア。」


 私の名前がご主人様に呼ばれた。


「はい。」

「俺にも何が食べられる物なのか教えろ。このままじゃ食料が底を尽きる。食料集めは私の仕事です、とか、申し訳ありません、とかはいらないから教えろ。」


 ご主人様が食料集め!?


 すぐに言葉を続けようとしたが、私の言おうとした言葉は全て禁止された。


「……はい。」


 返事しかできない。

 私はおとなしく食べれる物の説明をした。


「……です。」

「わかった。じゃあ、エルフの国に案内しろ。」

「わかりました。」


 私は右側に生えている植物をとり、ご主人様は左側に生えている植物をとって効率化を図るらしい。


 途中魔物が出てきたらご主人様が狩り、私は魔石を集めた。


「なぁ、エルシア。食べられる魔物って何がいるんだ?」


 植物以外の食べられる物…。


「この森ならおそらくゴブリンやオークです。」

「それって、二足歩行するやつら?」

「そうです。」


 私はゴブリンとオークの説明をした。


 どうやらご主人様はその二つどれにも遭遇したことはないらしい。


「肉が食えるといいな…。」


 ご主人様が願望を口にした。


「肉…。」


 肉を取ってきたら、私が感じている申し訳なさと恩を返せるだろうか。

 それに、ご主人様は喜んでくれるだろうか。


「エルシア、手が止まってる。」

「っ、申し訳ありません。」

 

 止まってしまっていた植物摘みを再開してご主人様と沈黙を保ったまま歩いていく。

 夜になればまた同じように交代で見張りをして時を過ごしていく。


「肉…。」


 次の日も同じように過ごして夜になった。


「これでちゃんとした食料は最後だ。しっかり料理しろ。」

「わかりました。」


 私はご主人様に渡された最後の食料を使い気合をいれて料理をした。

 そして、明日からは摘み取った植物を食べることになった。

 ゴブリンやオークはいまだ出てきていない。


「いただきます。」


 ご主人様が食事の前に必ずする言葉を聞いて私も食べた。


 味はどうだろう…。


「美味しいな…。」

「ありがとうございます。」


 良かった。

 初めて美味しいって言ってもらえた。

 嬉しい…。


 食べ終わると再び目隠しをされた。


「あ…。」


 また暗い。

 何も見えない。

 怖い。

 怖い。

 でも、すぐに水音が聞こえてくる。

 近くにいる。

 大丈夫。

 ご主人様はそばにいる。


 目隠しが解かれるとフード姿のご主人様。


「同じように5時間後に起こせよ。」

「わかりました。」


 ご主人様はテントに入り私は見張りをした。


 昨日と同じご主人様のことを考えた。


 そういえば、ご主人様の名前はなんて言うのだろう。


 私は顔もわからなければ名前も知らない。

 奴隷だから知らなくても当然のことだ。

 だから、聞くことはしない。

 だけど、気になってはしまう。

 奴隷のように接しないご主人様に。


 5時間が経ちご主人様を起こした。

 ご主人様はまた湯浴みの準備をした。

 お礼を言って私は湯浴みをし、テントの中に入った。

 またすぐに意識が黒くなった。



 ◆



 ご主人様をエルフの国まで案内して4日目。

 スライムとウォルフの次にキチキチが出てきた。


「あれ、何?」

「あれはキチキチと言って大きなアゴを使って攻撃してきます。」

「じゃあ、アゴさえ気をつければ良いわけだな?」

「そうです。」


 私の前にご主人様が立ち、近くにある池に手をかざした。

 刀に手をかけていないあたり今回は魔法を使うようだった。


 一体、どんな理論の魔法が。


 ご主人様の手から電気がほとばしり池の表面がぶくぶくと泡がでていた。

 泡は消えては現れてを繰り返しご主人様の手に集まっていくのを感じた。


「【エクスプロージョン】」


 ードガンッ!


「【ウォーターウォール】」


 ご主人様がそう言うと物凄い音がして、凄まじい衝撃波がこちらに向かってきていた。

 が、私たちの周りに水の壁ができ何の被害も受けなかった。


「すげぇ、粉々だ。」


 水の壁がなくなり周りを見ると、木々は傾き、キチキチは足だけを残して無くなっていた。


 すごい…。


 このぐらいの魔法を使える人は世界中に多くいるだろう。

 しかし、使った本人が立ったままいられるとはどういうことなのか。


「さてと、魔力がどれくらい減ったか…。【ステータス】」


 ご主人様は自分のステータスを見ているようだが、表情はわからない。


「さすがに水素だけを集めて圧縮は無理があるか。何か、補助器具があれば楽になりそうだけど。……。知識があればできることだよ。」


 また誰かと話していた。

 なんとなくリンダという女性だと思った。

 誰なのだろう。


 私は魔法のことを素晴らしいと伝えようとご主人様に近づいたが、禁止されていたので何も言えなかった。


 ご主人様が何匹ものキチキチを討伐して進んでいくと夜になった。

 今日から食料がとった植物になった。


「じゃあ、料理しろ。」

「 はい。」


 私は料理を開始した。

 本当に植物しかないから、炒めることにした。


「いただきます。」


 ご主人様はいつもの挨拶をして口にした。

 美味しいとは言ってくれないが黙々食べているところを見ると不味くはないのだと安心をした。

 それで、気分が上がってしまった私はつい質問をしてしまった。


「あの、ご主人様。ご主人様がいつもおっしゃってる、いただきます、と、ごちそうさま、とはどのような意味なのでしょう?」


 しまった、と思ったがご主人様は答えてくれた。


「意味か。俺はこの料理の材料を作ってくれた人と、この料理を作った人に対する感謝の意味だと思ってる。」

「感謝…、ですか。」


 ということは私も感謝されているのだろうか。

 そこで私は疑問に思った。


 私は誰に感謝すればいいのだろう。


 答えはすぐに思い浮かんだ。


 …ご主人様しかいない。


「…いただきます。」


 私を買ってくれたこと。

 乱暴しないこと。

 いろんなものを与えてくれること。

 苦しみを感じないこと。

 様々なことを思いながらその言葉を口にした。


「「ごちそうさまでした。」」


 ご飯が食べ終わりご主人様が湯浴みの準備をすると、また目隠しがされた。


「ん…。」


 その時気づいた。

 視界は黒く閉ざされてしまうが、私にとってこの行為は、顔が表情が見えないご主人様をより感じることができるのだ。


 目隠しをされるとご主人様を感じる。


 ご主人様は湯浴みが終わるとまたすぐにテントに入っていった。

 私はまた5時間ご主人様のことを考えながら見張りをした。


 5時間が経ち交代した。


 テントの中に入った。

 ふと、どうしていつも寝つきが良いのかと疑問が湧いた。


 寝袋は違うがさっきまでご主人様が寝ていたテント。

 ご主人様の匂いが染みついていた。


 ……安心なのかな。


 私は眠りについた。



 ◆



 ご主人様に起こされる前にテントを出る。

 今日は森に入って5日目。

 あと2日でエルフの国に着く。


 私はご主人様の呟いた言葉、生野菜が好きだという言葉に従い朝食は生野菜をだした。


 それがいけなかった。


 食べ終わって少し時間が経った後、ご主人様は突然うずくまったのだ。


「エルシア、ちゃんと食べられるものを使ったんだよな?」

「申し訳ありません。」

「俺の質問に答えろ!」


 ご主人様は声を荒らげて私を怒鳴った。

 怖かった。


「もちろん食すことが可能なものを使いました。」

「そうか…。」


 ご主人様は俯き何かを考えていたが、やがて、私の顔を見た。


「エルシア、これは食あたりだ。だから、お前が悪いわけじゃない。」


 違う。私が悪い。


「治癒魔法をかけます。」

「食あたりの仕組みなんてわからないんだから、そんなことはしなくていい。」


 確かにわからない。

 食あたりの仕組みなんて。


「一時間横になれば治る。その間、エルシアは食料を集めてこい。」

「…わかりました。」

「腕時計を持たせる。一時間で戻ってこいよ。」


 私はご主人様から腕時計を受け取り、森の中を歩いて行った。


 私がいけなかった。

 こんなにも良くしてくれたご主人様に食あたりを起こさせる料理を作ってしまった。

 まるで恩を仇で返すような…。


 どうすればいいのだろう。

 どうすれば、償えるのだろう。


 その時、ご主人様が肉を食べたいと言っていたことを思い出した。


「ゴブリンかオークを見つけて倒せば、ご主人様にお肉を食べてもらえる。」


 私は目的のものをみつけるため森の中を歩いていった。

 もちろん、食べられる植物を見つけたらポーチの中に入れていった。


 そして、見つけた。


「これ、足跡…。」


 それは大きな足跡だった。

 大きさからおそらくオークのものだ。

 数は一体。


 私は背中の弓を持ちその足跡をたどる。


 ーヒュー


 風が吹いている。

 木々がざわめき私の目の前に葉が落ちてくる。


「いた…。」


 そろそろ一時間になりそうになり戻ろうとした時に見つけた。

 二足歩行する豚の顔をしたオークが座って何かを食べていた。


「今なら…。」


 矢に風魔法を【属性付与】する。

 これで、どんなものでも貫通することができる。

 矢をつけて、オークの頭を狙い右手で弓を引く。

 そして。


「いけ…。」


 右手を矢から離した。


 ーグチャ

 ーグサ


「やった。」


 矢はオークの頭を貫き、先にあった木に刺さった。

 しかし、オークは倒れない。


「あれ。」


 オークは頭から脳汁を吹き出させながら、ゆっくりとこっちを向いた。


「グォォオオオオオォォオオオオ!!!」


 慌てて耳を塞いだ。

 オークの咆哮が山に響く。


 まずい!

 これは仲間を呼び寄せるための…。


 ードンッ!


 最後の力を振り絞って咆哮をあげただろうオークが床に倒れ伏した。


 ードスドス

 ードスドス

 ードスドス


 咆哮に呼ばれて三体のオークが現れた。


 醜い豚の顔。


 その目には『女』を恐怖させるおぞましい感情が見えた。

 私は男にさせられ続けた女の話と、奴隷にされた時に吹き込まれた話を思い出した。

 そして、オークの話も!


「ひっ!」


 オークは多種族の女を孕ませ苗床に!


 イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ…。


「あっちいけ!あっちいけ!あっちいけ!」


 私は矢を引く!引いて!引いて!引いて!引いて…


「グルォ!」

「アガッ!」


 オークの拳が私のお腹に突き刺さり吹っ飛ばされる。


「はぁはぁ。効いてない…、なんで。」


 オークに突き刺さるはずの矢は威力がでないまま射出され、全てはじかれていた。


 ニタァっと笑ったオークが近づいてくる。


「やめてやめてやめてやめてやめて。」


 魔法を発動させようと右手を前に突き出す。

 しかし、頭は恐怖に染められ何を発動させれば良いか思いつかない。

 オークの手が私の伸ばしていた手を掴む。


 ひっ!!


「離して!離して!離して!」


 オークの手を振り払おうとするが、全く力が入らない。


 私の手と足をオークが縛っていく。


「やめて…、やめて、やめて。」


 訴えてやめるわけがなく、そのままオークに引きずられていく。

 行き先はオークの繁栄施設だろうか。


 私の思考は恐怖と逃避の中を彷徨い漂い、始めた。


 引きずられた私は背中に傷をつけ、オークの繁栄施設に到着してしまう。


 そこには、10体のオークがいる。


 10体は私を見る。

 その下卑た目に見られる。


 私は中央の台の上に置かれ、服を剥ぎ取られる。


 見られる。

 全て見られる。


 私の肩が、私の鎖骨が、私の胸が、私の腹が、私の足が、私の膝が、私の腿が、


 そして、


 私の赤ちゃんが産まれるところが。


 私が今から流し込まれるのは何?


「グルル。」


 やめてよ。


 私が今から孕むのは何?


「ブヒヒ。」


 イヤイヤァ


「ブヒャ。」


 私に近づいてきてるのは私から吐き出る何かの父親?


 いヤァぁだぁあおああお


 ここは彼らの箱庭。私は汚くさえずるスジがはいった肉塊だぁ!


 タすけテよぉおあぁおおぉああぉ


 私は彼らの女神様!産んで増やして!突っ込まれて!流し込まれて!孕んで!産んで産んで!増やして増やして!


 ーギシ!


 軋む音で現実は見えた。


「ブヒィブヒィ」


 オークの腰にぶら下がる何かはもうすぐそこにあった。


 …あぁ、もうダメなんだ。

 でも、最後に言おう。

 褒めるのも謝るのも禁止されてるけど、これはまだ言える。


「…ご主人様。私に優しくしてくれてありがとうございました。」


 オークはのしかかる。

 そして、私の『中』に…。


 ーブチィ


 何かが千切れた音がした。

エルシア視点も終了だ。

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