警告
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夏の始まり
作者:村瀬
海の匂いが強く感じられ、寄せては返す波の音や、空を飛ぶ海鳥の声が聞こえる。
ここは、港町テーゼ。
大陸の南の辺境に浮かぶ島がある。地図の上では小さな島であり、人口もあまり多くはないが、漁業で有名である。テーゼはその島の北に突き出た半島の上に位置していた。
初夏の日差しが降り注ぐなか、町の市場には、この島の近海で獲れる魚や、南の果ての海でしか見られない珍しい魚、海産物が並べられ今日も賑わいを見せている。
そして今、一日三本しかない大陸との連絡船を降りてくる少年がいた。
まだあどけなさの残る大きな瞳、首に軽くつく程度の黒い髪。薄い旅人服からは引き締まった腕、足が覗く。そして腰には長剣を佩いている。歳は十代半ばであろうか。少年は明るい表情でうきうきとこの港町を眺めわたしている。
少年の名は、エレン。
ギルドという機関がある。ギルドはいわゆる何でも屋で、一般の人々がよく依頼をする所だ。危険な場所へ行く場合の護衛、怪しい人物の追跡、時には町のハチの巣の駆除など、様々な依頼がある。
エレンは十五歳という若さで、ギルドの2ndクラスに登録されている。
2ndクラスになるのは、王国の精鋭の近衛兵になることよりも難しいかもしれない。相当な戦闘能力が求められる。
十五歳での2ndクラスへの昇格は、極めて異例だった。
エレンは大陸のとある町のギルドで、今テーゼにいるファラという女が護衛をする人を探しているということを聞き、その依頼を引き受けることにした。その他にあった依頼は珍しい昆虫を捕まえて欲しいだとか、夫が浮気していないかどうか調べるために尾行して欲しいだとか、そんな仕事だったので護衛の仕事が一番やりがいがありそうな気がした。
少年は船着場を出ると、港の酒場へ向かった。その酒場はギルドの支店を兼ねている店だった。
酒場に入り、エレンは店長にファラのことを尋ねた。店長は、少し待っててくれ、と言い、店の奥に向かっていった。
待っている間、店の喧騒が耳に入ってきた。広い店内には客がかなり入っていて、この町ならではの海の幸に舌鼓を打ち、酒を飲んで騒いだりしている。
少しして、店長とともに女の人が来た。つつましい服装に身を包み、肩までまっすぐ伸びた髪をしていて、優しそうな雰囲気の整った顔立ちをしている。二十歳くらいであろうか。
(この人が、ファラさんか……)
店長はファラに、この子がエレンだよ、と言うと、忙しいらしくまた店のどこかへ行ってしまった。
「あなたが、私の護衛を引き受けてくれた人?」とファラは言った。
「はい、そうです。ファラさんですね?」
「うん」とファラは答えた。それから、彼女はいたずらっぽい笑顔で、
「でも、あなた強いの?」と言った。
「強いよ! 自分で言うのもおかしいけどね。子供だからって、馬鹿にしないでください!」
ファラはくすくすっと笑った。
「頼もしい子ね。馬鹿にされたように聞こえたならごめん。でも、私が護衛をお願いしたいところまでは、モンスターも出たり、危険もあるかもしれないから、強い人じゃないと心配だなって思ったの。
「大丈夫、きっとすぐに俺が強いってこと、わかるよ」
いつのまにか、エレンの最初の少し緊張した表情が消え、きらきらとした目で話しているのだった。どんな人とでもすぐにうちとける魅力がファラにはあるのかもしれない。
ファラが行きたい場所は、この島で最大の山、クルル山の頂上近くにある小さな村落だという。
クルル山はこの島のちょうど中心ぐらいにあり、ふもとまでテーゼから歩いて一日ぐらいである。
「会いたい人が、いるの」ファラはどこか遠くへ思いを馳せるような表情で、そう言った。
モンスターはいたるところにいる。人の住む村や町にはほとんど近づかないが、町から離れた森や山や草原にはモンスターがよく出て、旅人を襲う。
エレンたちは何度かそうしたモンスターに遭遇した。
しかし、エレンは強かった。モンスターが最初の一撃を繰り出す前に、エレンは敵を一刀のもとに斬り捨てた。常識を超えるような素早さ、瞬発力を持っていた。
またファラもただエレンに守られているわけではない。モンスターが複数出たときなど、彼女は長めのナイフを使い、美しい流れるような動きで敵を切りつけ、致命傷を負わせた。
二人は特にてこずることもなくモンスターを倒していき、その日の夕刻にはクルル山のふもとに着いた。
その日はそこで、夜営をすることになった。
「ねえ、エレンくんはどうしてそんなに若いのに、ギルドの2ndクラスまで上がれたの?」
焚き火をたいて、持ってきていた食糧を二人で食べた後、ファラがエレンに言った。
「その質問、よく聞かれるけど、自分でもなんでかよくわからない。でも、かつて剣で目標としていた人がいて、その人を超えようとがむしゃらに頑張っていたから、それで強くなったんだと思う。
ギルドに入ってから、周りには強い強いってもてはやされたけど、なんだか実感がわかないんだ。だってまだ、俺はその人を超えていないと思うから」
「そうなんだ……その人は今どうしてるの?」
「死んじゃったよ。二年前に。僕はその人に本当にお世話になったんだけど……」
エレンは表情を曇らせた。
「そっか、ごめん、嫌なことを聞いて……」
「ううん、大丈夫だよ。二年前にもう泣くだけ泣いたから」
エレンがそう言うと、会話が途切れ、静かになった。焚き火の火がぱちぱちと爆ぜる音だけが聞こえていた。
「……私ね」しばらくすると、ファラが言った。「エレンくんでよかったよ。もっと怖い人だったりしたら、気がおけないもん」
「ギルドのメンバーは、みんないい奴ばかりだよ。戦闘能力だけじゃなく、普段の行いも善良じゃないと、ギルドには入れない」
「そうかあ……それでも私は、エレンくんでよかったと思うけどなぁ……」
「……ありがとう。……ファラさん、明日のために、もう寝たら? 俺は見張りのために、起きてるからさ」
「わかった、でもしばらくしたら起こして。今度は私が見張りをやるから。エレンくんも寝なきゃ」
「別に一日くらい寝なくても大丈夫だけどなぁ……今まで徹夜でこなさなくちゃいけない依頼もよくあったし」
「ギルドのメンバーは、やっぱり大変なのね……。じゃあ、私はもう寝るから、ちゃんと後で起こしてよ。おやすみ……」
そう言うとファラは持ってきていた薄い毛布を出し、それにくるまった。一日歩いたので疲れていたらしく、少しすると静かに寝息を立て始めた。
エレンはファラの寝顔をちらりと見て、何だか安らかな気持ちになった。
ファラは二十一歳と言っていた。エレンはまだ十五歳である。
人知れず、少年は溜息をついた。
エレンは赤ん坊の時に、ある村のはずれの森に捨てられているところを、ダンという男に拾われた。ダンは自分を可愛がって育ててくれた。ダンはエレンを拾った時、すでに四十代半ばだったが、なおも衰えぬ剛健な身体を持っていた。彼は若い頃、ギルドのメンバーとして、数々の困難な依頼を解決したらしい。
エレンは幼い頃から剣の手ほどきをされた。最初は竹刀を使い、来る日も来る日もダンと剣を打ち合っていた。口下手なダンにとって剣を打ち合うことこそが、エレンへの一番の愛情表現であったのかもしれない。
エレンは両親がいないということで、村の同年代の子どもたちから距離を置かれていた。だから友達などと遊んだりするより、ダンと剣を打ち合って過ごす方が好きだった。
だが七年前、ダンは戦争に行かなくてはならなくなった。王国が大陸全土を制圧するための戦争に、若い男達が集められた。ダンは本来戦争に行く歳ではなかったが、かつてギルドの1stクラスで活躍した力を戦力として買われ、戦争に呼ばれた。
エレンはダンが戦争から帰ってくるまで、隣の家に預けられた。
隣の家の家族はエレンに対して冷たかった。その家族には同じくらいの年の子供もいたが、話しかけても相手にしてくれない。エレンはたださみしくダンの帰りを待つしかなかった。
ダンは戦争に行って二ヶ月で、帰ってきた。
エレンはダンの帰還を、泣いて喜んだ。ダンは怪我もせず、戦争から帰ってきたのだ。
そしてその日からまた、剣の打ち合いが始まった。
エレンの剣は目に見えて上達していった。それでもダンには剣で一度も勝てなかった。エレンはいつか剣でダンを超えたいと思っていた。
だがダンは二年前のある日、急に熱を出し、倒れた。エレンは村の医者を呼んだが、病気の原因がわからず、とりあえず解熱剤などを投与するも、ダンの容態は一向によくならず、悪化していく一方だった。
エレンはどうすることもできず、ただダンのそばにいることしかできなかった。ついこないだまで元気で、剣を教えてくれたりしていたダンが、なぜ急にこんな状態になってしまったのかわからなかった。
ダンは数日意識を失ったままだったが、ある時意識を取り戻した。
ダンは傍らでずっと泣いていたエレンにこう言った。
「もし俺が死んだら、お前はこれから一人で生きていくことになるのかもしれない。しかしお前は今まで俺が剣を教えてきて、相当な腕前をつけた。今のお前なら、ギルドのメンバーや、王国の近衛兵も目指せるだろう」
エレンは涙で目を赤くして、黙ってうなずいていた。
「お前を拾って、このおやじにも生きがいができた。お前を育てることだ。エレン、お前がいてくれて本当によかった。」
そう言うと、ダンは静かに眠りについた。そしてそのまま、目を覚ますことはなかった。
ダンが死んだ後、エレンは村を出て、一人で生きていくことを選んだ。昔のダンと同じようにギルドのメンバーになったのは、ダンの強さへの憧れがあったからかもしれない。
朝が来た。
二人は山の上を目指し、登り始めた。
最初のうちははっきりと登山道があったが、それも登っていくうちにだんだんと獣道らしくなってきた。
季節は夏の始まりである。木々や草葉の緑がまぶしい。歩いていると額には汗がにじんでくる。時々道が木の枝に塞がれていて、それを切り払いながら進んだりした。
山の道のりはそれほど危険もなかった。道の途中で湧き水が出ている所があったので、そこで休憩をとったりした。モンスターも現れたが、二人がてこずるような相手ではなかった。
二人はこのまま楽に目的地まで行けると思っていた矢先に、その強敵は現れた。
涼しい微風が感じられる昼下がり、緑の絨毯のように草が生えているなだらかな山の斜面を、二人は横に並んで一歩一歩登っていた。
突然、エレンは右足が焼けるように熱くなるのを感じた。
エレンは反射的に横に跳んだが、右足は少しこげてしまっていた。
振り向くと、エレンから少し離れてその怪物はいた。
犬が巨大化したような胴体、竜のような尾、三つに分かれた頭。そして三つの口からは血に飢えた鋭い牙が覗いている。
怪物の名は、ケルベロス。
エレンは三つの頭のうち一つが吐いた火炎を右足に浴びたのだった。
そして今、ケルベロスの三つの頭がエレンの横に立つファラに向かって火炎を吐き出した。燃えさかる三つの火炎がファラに迫る。
考えるよりも早く、エレンはファラに向かって飛び込み、ファラを突き倒すと自分もその場に伏せた。一瞬前までファラの身体があった場所を三つの火炎が通過し、エレンの背中をかすめる。
エレンは背中を気にせずすぐに立ち上がり、剣を抜きケルベロスに向かって突進する。そのエレンに向かってケルベロスが矢継ぎ早に火を吐く。だがエレンは軽い身のこなしで火炎を次々にかわし、なおもケルベロスに向かう速度を緩めない。
「たあぁー!」
雄たけびをあげ、振り下ろした剣はケルベロスの素早い動きにかわされ、むなしく空を斬った。そして次の瞬間、エレンの右足に痛みが走る。
ケルベロスのその頭の一つがエレンの右足に噛み付いたのだ。
エレンは痛みをこらえ、噛み付いているケルベロスの首に思い切り剣を振り下ろした。剣はケルベロスの太い首に深くめりこみ、そこから血が吹き出す。ケルベロスの噛み付く力が弱くなる。
エレンは右足のケルベロスの頭を振り払い、足の痛みを気にせず高く跳躍する。そして、目の前の頭に全体重をかけた一撃を振り下ろす。
剣はケルベロスの頭を斬り落とした。だがエレンは着地の瞬間、一瞬無防備になる。そこへ他の二つの頭の火炎が連続で吐き出される。
エレンは顔にきた一個目の火炎はかわしたが、二個目の火炎を胸に喰らった。皮膚が焼け、こげた匂いがした。
エレンは一瞬顔をしかめたが、すぐに剣を握り直し、ケルベロスの首の一つに斬りかかる。またかわされたが、今度は違う。かわされることを計算し、一歩踏み込んだ二撃目をすぐに繰り出す。それがケルベロスの首をとらえた。エレンは思い切り剣に力を込め、一気に首を斬り落とした。
だが二つ目の首を斬り落とした次の瞬間、残り一つの頭がエレンの右腕に噛み付いた。
エレンは思わず剣を取り落としてしまった。
(まずい)
そう思った刹那、ケルベロスの胴体にナイフが深く突き立てられた。ナイフは胴体の上を這い、更に傷口を広げていく。ナイフはファラのものだった。いつの間にか、ファラが近くにいたのだ。
胴体に大きなダメージを負い、強靭な生命力を持つこの怪物も少し力を失った。エレンは右腕からケルベロスの頭を振り払うと、落ちた剣を拾い上げ、両手で剣を握り、ケルベロスの首に剣を振り下ろす。剣に力を込め、首を斬り落とした。
三つの頭を失った怪物の胴体は、地面にどさりと倒れ、動かなくなった。
怪物が死んだのを確認し、エレンは安堵した。それから痛みを思い出し、その場に倒れこんだ。
ファラがエレンの怪我を処置した。焦げた部分は、湧き水で補給しておいた皮袋の水を何度もかけ、冷やした。噛み付かれた部分には、薬草を塗り、包帯を巻いた。包帯がすぐ血でにじんでしまうので、血が止まるまでファラは何度も包帯を変えた。
エレンはずっと地面に横たわり、苦痛にうめいていたが、夕方頃になるとまだ立ち上がれずにいるものの、だいぶ痛みがひいてきたようだった。
そしてエレンは言った。
「ファラさん、ありがとう。俺は、あなたがいなかったら勝てなかった。護衛を頼まれたのに、手間をかけてすいません」
「大丈夫だよ。エレンくんはすごく強かったよ」
ファラの笑顔を見て、エレンは余計に悔しくなった。
年上の女性とはいえ、男の自分が女の人に助けられてしまったのだ。
とはいえ、あのケルベロスほどの怪物は大陸じゅう探してもそうそういないだろう。こんな辺境の島に一匹いたのが不思議なくらいである。
エレンは情けなさをだんだん忘れ、強敵を倒した充足感にひたっていった。そうしていつのまにか眠っていた。
エレンが目を覚ますと、まだ夜中だった。日が暮れてすぐ寝てしまったので、朝になるより早く目が覚めてしまったのだ。
顔をあげて辺りを見ると、焚き火の火に赤く浮かび上がって、地面に座っているファラの背中が見えた。
ファラは、どうやら起きているようである。ずっと見張りをしていてくれたのだろうか。
そしてエレンは、足や腕の痛みがもうほとんどなくなっているのに気がついた。
思い切って立ち上がろうと試みた。足を動かすと少し痛かったが、立ち上がれた。
そして数歩先のファラの背中に歩いて近づき、声をかけた。
「ファラさん」
ファラはびっくりして振り返った。だが、エレンを見ると、嬉しそうな笑顔になった。
「エレンくん、怪我はもう大丈夫なの?」
「はい。おかげさまで。ずっと起きててくれたんですか?」
「うん、でも大丈夫だから、気にしないで」ファラはそう答えたものの、眠さに耐えていて辛そうに見えた。
それを見たエレンは、もう自分は大丈夫なので、見張りを交代しようと申し出た。
ファラはまだ少しエレンの怪我が心配なようだったが、エレンが怪我はもう大丈夫だと繰り返し言うと、ファラは交代することを認めた。
そうしてファラは毛布にくるまると、すぐ眠ってしまった。今日は昨日よりももっと疲れが溜まっていたらしい。それでもずっと見張りをしていてくれたのだ。
ファラの優しさを感じた。
ダンが死んだ日以来、自分はいつも独りであると思ってきた。ギルドの仲間などがいても、それは表面上の関わりであり、最終的に信じられるのは自分だけだと思っていた。
ギルドの依頼は基本的に一人でこなすものである。例外として、以前国王の暗殺を企てている強力なグループをつぶしてほしいという依頼を王から直接受けた時は、ギルドの総力を挙げて精鋭の四十人ほどの人数で解決に当たったことがあった。
エレンもその中に選ばれたものの、周りと協力して仕事をするというのが上手くできず、結局他のメンバー達が手柄を上げてしまった。
やはり自分は独りが性に合っていて、他人と深く関わったり協力したりするのは苦手だと思った。
だが今はファラの優しさが大切なものに感じる。それが不思議だ。
エレンはあれこれと考え事をして、朝までの時間をぼんやりと過ごした。
次の日。
ごつごつとした岩だらけの道を、うまくバランスをとりながら登っていく。
だいぶ高い所まで来たようだ。空気が薄くなり、初夏の暑さは弱まって涼しく感じられる。
エレンが先に道を行き、ファラがその後についていく。
エレンはファラが気になり、何度も後ろを振り返った。ファラは足元をよく見ながら、エレンに遅れないように一生懸命についてきている。
エレンはそんなファラの様子が微笑ましく、いつまでもこの時間が続いていけば良いと少し思った。
ひたすら道を登っていくと、ある時急に視界が開けた場所に出た。
そこには、エレンにとって意外な光景が広がっていた。
その場所は、かつて村があったようである。あちこちに家が燃えた跡が残っている。家の跡には、土台の石だけが残り、そこから背の高い雑草が生えている。家の焼失から、かなりの時間が経過しているようだ。
「ここが本当にファラさんの言っていた村なんですか? もう、誰も住んでいないようですが……」
エレンの問いに、ファラはうつむいて答えない。エレンはファラに何でもいいから答えて欲しくて、ずっとファラの顔を見つめていた。
やがて、ファラは口を開き、言った。
「ついて来て」
すたすたと歩き始めるファラ。エレンはそんなファラの様子に面食らったが、黙って彼女の背中を追うことにした。
ファラは、ある家の跡の前で立ち止まった。
「ここが、私が昔住んでいた家」
エレンを振り返り、そう言ったファラの目はうるんでいた。
「七年前、戦争があったのは知っているでしょ」
エレンはうなずいた。ダンが呼ばれた戦争のことである。
かつて、大陸の南半分と近隣の島々のいくつかを支配していた王国は、北半分も支配することを欲し、近隣の小さな諸国も従えようと戦争に乗り出した。すぐに降伏する国もあったが、中にはしぶとく抵抗する国もあった。戦争は長引いた。
王はすぐに大陸全ての国に勝ち、戦争を終わらせられるだろうと思っていたのでしびれを切らした。今までは王国の持つ正式な兵力だけで戦争をしていたが、王国の領土に属する全ての町、村の若い男を集め、兵力とすることを決めた。ダンが戦争に呼ばれたのも、このときである。
しかし多くの町や村が兵役に反対した。ほとんどの人が、戦争をすること自体反対していた。昔から大陸は、多くの国が共存して平和にやってきていたのに、どうして戦争などして他の国を従える必要があるのか、という意見だった。
国王は怒り、見せしめに兵役に反対する町や村のいくつかを滅ぼした。
「その滅ぼされたうちの一つが、この村だった」
ファラは言った。
それから、ファラの過去が語られ始めた。途中何度かファラが涙声になり、話が中断することもあったが、その時はエレンは黙ってファラの話の続きを待った。
ファラはこの村に生まれた。三人兄弟で、質素だが温かい家庭に暮らし、毎日が楽しかった。
七年前に戦争が始まって、この村にも何度も兵の招集の知らせが来た。しかし村は無視し続けていた。兵役に反対する村が滅ぼされるかもしれないというのはわかっていたが、村長は、こんな山奥の村までは襲ってこないから大丈夫だと言い、他の村民もそう思っていた。
だがある夜、兵士たちは来た。
この村の家にはみんな火がつけられた。ファラの両親は、子供だけでも助かればと思い、ファラとファラの姉、弟を逃がしてくれた。ファラたちは必死に逃げた。だが、姉が捕まり、弟も捕まった。
兵士に捕まらず、生きてその村から逃げられたのは、ファラを含めて6人の子供だけ。大人たちは、みんな自分より子供を優先させて逃がしたようだった。この6人で、なんとかクルル山を降りることを誓い合った。
ぐずぐずしていると、山を降りてきた兵士に見つかるかもしれない。ファラたちはひたすら歩いた。途中で何度もモンスターに出遭った。戦うことなんてできないので、逃げた。だが逃げ遅れた子もいた。逃げ遅れた子のことは、見捨てるしかなかった。夜通し歩いているうちに、一人、また一人と減っていって、とうとうファラともう一人の子だけになっていた。その子は、ファラと同い年で、何度か一緒に遊んだこともある女の子であった。
ファラはその子と二人で生き残りたいと思った。しかし、そろそろ山を降りきるという時、その子は急に座り込んで、「もう歩けない。ファラちゃん、先に行っててよ。私、少し休んだらまた追いつくからさ」と言った。ファラは一人は嫌だったし、その子を待とうと思ったのだが、その子はどうしても先に行ってくれと言って聞かなかった。しょうがなく、「絶対また会おうね」と泣きながら約束をして、ファラはその子を置いて、先に行った。
山を降り、道もわからずにずっと歩き続けた。すると運よく旅人に出会った。旅人は南のある村からテーゼに向かう途中だった。その旅人にお世話になり、テーゼに着いた。
テーゼに着いてまず、ギルドに行きこれから生きるあてを探してもらうことにした。その時、ファラはまだ十四歳。身寄りのない子供の依頼ということで、ギルドは無償でファラの依頼を引き受けてくれた。
そしてギルドの計らいで、ファラは子供のいない老夫婦のところに住むことになった。
老夫婦の家は小さな雑貨屋だった。ファラは一生懸命店の手伝いをした。明るく接客し、熱心に仕事をするファラは近所でも評判が良く、客も増えるようになった。
老夫婦のおじいさんとおばあさんはファラをわが子のように可愛がってくれた。
だが数年して、おじいさんが死んでしまった。それからはおばあさんの方も元気をなくしてしまい、病気がちになった。ファラはその看病をしながら、一人で店に立って仕事をした。
そして一ヶ月前、おばあさんは亡くなった。
ファラは店をたたむことにした。そして、一つの決意をした。
「この島を出て、大陸に行くことにしたの。私はもっと広い世界を知って、たくさんの人と出会ってみたいから」ファラは言う。「……でも、心残りがあった。私はこの村が焼かれたあの日以来、この場所へ来ていないと。もう一度この場所へ来て、お父さんやお母さん、お姉ちゃんや弟、そして村の友達だったみんなにちゃんと別れを告げようと思ったの。だからギルドに依頼を出した。今日、この場所まで来れてよかった」
ファラはそう言うと、悲しそうに笑って、黙ってしまった。
エレンはファラの肩にそっと手を置き、言った。
「今まで悲しいことばかりで、落ち込むかもしれない。でも俺はファラさんの悲しそうな顔を見たくない。ファラさんの明るく笑っている顔を見ていたい。だって俺は……俺は、ファラさんが好きだから」
エレンの言葉に、ファラは顔を赤らめた。
「俺、今はまだ子供だけど、早く大人になって、もっと強くなって、ファラさんに振り向いてもらえるくらい、立派な男になるから。早く1stクラスになって、有名になって、そして、えーと、……っ!?」
エレンの言葉は途中で遮られた。突然、ファラの唇が、エレンの唇に押し当てられたからだ。
エレンから顔を離すと、ファラは言った。
「待ってるから……エレンくんが、カッコいい大人になって、私をお嫁さんにもらってくれるのを、待ってるから」
一週間後。大陸への一日三本しかない連絡船。
その船の甲板の上で、北に小さく見える大陸の南端を見つめる、十五歳の少年と、二十一歳の女がいた。
船は波をかきわけ、北へ向かってグングンと進んで行く。
青く澄んだ空、白い雲、強い日差し。
夏の暑さの盛りは、まだまだこれからのようである。
私は今大学三年生なのですが、この小説を書いたのは高校三年生の時です。
拙い部分が多々ありますが当時の自分を否定したくないのであえて手を加えていません。
普段小説とか書かないし、人に見せたこともほとんどないので、感想を書いていただけたら嬉しいです。
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