隣の契約精霊制度被害者様
俺の名はゼロ。
零と書いて、ゼロだ。
カッコイイ名前だろう、『病』をこじらせた感じで。
今、ゼロと聞いて某ディ○ニーのナイトメアなキャラクターの白いシーツ犬を思い出したヤツ。
あんなファンシーなかわいいヤツと一緒にするとは、本来ならば言語道断なわけだが、実は俺も結構あの犬が好きだから不問としよう。
俺は、厨二病という名の病気をこの年(肉体年齢 33歳)までこじらせただけ、といったような風体の、ごく普通の青年だ。
こじらせている時点でごく普通というのは当てはまらないことくらいわかっている。
右腕に包帯を巻いたり、左目を覆う眼帯をつけたり……、そんな病をこじらせた感満載のナイスガイ。
それが俺。
特技は、前世での記憶を覚えている、それだけだ。
はじめに、言っておこう。
好きで病をこじらせたわけじゃない。
本当だ。
名前については不可抗力であるし、記憶云々も不可抗力だ。
腕に包帯を巻いているのだって理由がある。
俺と契約してくいる精霊との『契約印』が腕に描かれているのだが、これが大変な『印』だったため、どうしても人目に触れさせたくないのだ。
一方、眼帯の方もそうだ。
これまたもう一体の精霊との契約印がその場所に描かれているのだが、こっちも人目に到底晒していいものではない。
苦肉の策でこうして隠しているのだ。
とはいえ、隠すだけなら包帯でなくとも戦闘で役立つ籠手でもいいだろうし、眼帯にいたっては、ゴシックというかロックというか、そんな装飾のものでなくともいいだろう。
だが、「なんで隠すの!? 世間体~!? そんなの知らないよぉ。どうしてもって言うなら、キラマギのキャラみたいに包帯で隠してよ。じゃないとたすけてあーげなーい!」とか、「アタクシの印を隠すというなら、アタクシ好みのモノでなくては許さなくてよ!」と、俺の契約精霊たちがごり押ししてくるので仕方なく従っているのだ。
契約精霊とは、その名のとおり、契約者の魔力を対価に力を貸してくれる精霊のことだ。
この世界では珍しいことではない。
特別な力などない俺だからこそ、過酷な世界を生き残ってやろうと力を求めた。
そうしてたどり着いたのが、他力本願にも程がある、精霊との契約によって得られる力だった。
たどり着いたからとはいえ、すぐに手に入れることができたというわけではない。
精霊というのは世界にあふれている割には、人の目に触れることはない。
人の目に触れることができるほどに力のある精霊が力を貸すのは、それなりに力のある者にのみ。
俺は、そんな単純な条件に当てはまることができない、面白みもない、名前だけ病を患っているだけのただの人間であったのだ。
俺は、武芸に秀でているわけではなく、それでもロマンと生活の向上を追い求めて冒険者になった、夢見がちな男。
俺が生まれた村は農村であったが、あまり実り豊かな土地というわけではなかった。
だから、年若い者はみな、都会へ出て行くのが当たり前となっていたのだ。
コネがあるならば就職先もあろうが、我が家にはそんなもの無かった。
ゆえに俺は、もっとも『就職』しやすい冒険者として生きていくことにしたのだった。
農民出の俺にはすぐに限界が見えた。
一生のうちに、自分は何かを達成したと感じることができる者は少ないだろう。
皆、何かしら後悔して死んでいく。
前世の記憶がある自分が、事実そうであるのだ。
俺は、それが今生でも起こり得ることだと十分理解できていた。
だから俺には必要だったのだ。
圧倒的な力が。
力を欲していたあの頃に、戻れるならば戻りたい。
前世でも何度も体験した後悔を、また味わうことになろうとは、夢にも思わなかった。
そう、俺は、選択を間違えたのだ。
何故。
何故俺は力を欲したのか。
何故俺は冒険者になったのか。
何故村を出たのか。
何故。
それは、自分の中に残り香としてとどまっていた、恋慕にも似た厨二心。
貧しい暮らしの中で、もしかしたら自分は特別な存在なのではなかろうかなどと、そんな愚かな思いがうかつにもよぎった、弱い心。
俺は、生まれ変わった時にすべてを捨てなければならなかったのだ。
体験するはずのないことを体験し、夢見心地で浮かれている状態であるなどと気付けなかったのは、正しく自分自身が未熟であったからだった。
それに気づいたのは、もはや手遅れになってから。
俺に力を貸してくれているヤツらは、精霊になる前は、人間だった。
それも、俺がかつて生活しており、無理やりに引き離された地球の住人だったヤツらだ。
はじめは俺も嬉しかった。
故郷の話を語り合えるヤツラがいたと。
しかし、今は後悔している。
ある廃屋の地下で、俺は一人目の精霊に出会った。
ヤツは俺に見つかると、目を細めて笑った。
その笑みは形容しがたい悪意に満ちている、と、その時の俺は思った。
地下の部屋は広く冷え切っていたが、ヤツの周りは火山の淵に立たされたかのような熱風が吹き荒れていた。
ただそこにいるだけで、精霊としての属性が現象として発現するような高位の火の精霊。
千載一遇のチャンスと、俺は契約を結んではくれまいかと頼んだ。
すると、ヤツはハンズアップして、おっけー! 久しぶりのおんも、wktk! と、軽く了承の返事をくれたのだった。
お、おっけーって、言ったのか? この精霊……? わくてか、って、言ったのか……?
ヤツは……、火の高位精霊は、日本文化に程よく浸食された元・オタク日本人(♂)だった。
「いいんだな? 本当に。俺と契約して」
その後、互いに互いの自己紹介を終え、もう一度確認のために問いかけた。
その頃には、ヤツの最初の意味深な笑みが、久しぶりに会った人間にどうしていいかわからず、あいまいに笑っただけのもであったことが判明。
そのほか、たびたびここにやってくる人間から隠れ暮らしていたが、それもだんだん飽きてきた頃であったことなどがわかった。
「ぜーんぜんいいよー! だってさ、契約したらこの土地から違うところにも行けるしー。お約束なエルフの集落とかも見てみたいしー!! 自宅警備員もいいけど、そこに桃源郷があるというなら飛び出します!」
「……うん、まあ、……動機の不純さが気になるところだが、俺が生きるためにはいたしかたないか…。よし、さっそく頼む」
「はいはーい! 僕が宿るための『契約印』はどうしようかなー。こう、ドラゴンとか雄々しくカコイイやつがいいかな? いやそれとも、アーティスティックな文様にしようか……? ……よし、決めた! やっぱり、『NPO法人魔法少女団 キラリン☆マギカ』の、ミーナちゃんだな!! うぉおお! 萌えよ! 我が魂! 一筆入魂ー! かわいいは正義ぃー!!」
突然のヤツのおたけびに呼応して、辺りを焼き尽くすかのような熱風が吹き荒れた。
ちょ、おい、ここ、地下……!!
そんな俺の心配も直後に杞憂に終わった。
俺はすでにヤツの加護を得、熱風はただのそよ風にしか感じなかった。
ただし、廃屋にとっては嵐のような熱風であることに変わりはなく、屋敷はあらかた吹き飛んだ。
地下にいたはずが、頭上に広がる青い空。
遠くで瓦礫が落下する音が聞こえた。
そんな中、俺は初めての精霊との契約を体験し、茫然としていた。
だが、次の瞬間。
ちりちりと感じる痛みに右腕に視線を落とした俺は、先ほどのヤツのおたけびとは違う、心からの悲鳴を上げることとなる。
「……おい、なんだこれは。なんなんだこれはぁああああ!?!? なんだこのアニメキャラ! 俺は、俺は……痛車じゃねぇんだぞ!!! ぉおおいいいいい…!! 上手いけど! マジでイラスト上手すぎるけど、なんの慰めにもならねぇええええ……!!!!」
「よっしゃ、できた!! はぁあ! ミーナたーん! 野郎の中に入るのなんてホントありえねーけど、新車だと思えば我慢できるー! ミーナたんprpr!! hshs!!」
「俺は、車じゃねぇええええ!!!」
叫び声が、熱風と共に辺りに響き渡ったのは言うまでもない。
「……とまあ、そんなこんなで、すでに先住者(精霊)が居る訳だが、それでも、俺と契約するのか?」
とある、これまた古い古い廃城の一室。
俺は、力はあるが俺に一生消えない傷をつけた火の精霊に納得がいかず、新たな力を求めていた。
課金ガチャで納得のいかない品が出てきたので、涙をのんでもう一回課金する心境だ。
課金(精霊を探し、その場所に到達するまでの苦労)をもう一度体験することになるとは、俺も思っていなかった。
そうして、もう一体の精霊と出会ったのは、割とすぐのことだった。
とはいえ、それまでの苦労と労力を考えれば、ではあるが。
曲がりなりにも、一応は、世間的には、課金ガチャ(現存する精霊)の中でも高位精霊(強キャラ)であるデブリ(火精霊の名前。この宇宙のゴミが!! と、叫んだ俺のおかげで、命名されたらしい。前世は肥満体系だったらしいので、まあ、間違ってはいない、と、本人も言っていた。)がいるおかげで、旅は順調に進むようになったのだ。
不本意だが、感謝はしている。
不本意だが。本当に不本意だが。
そうして新たな精霊を見つけたため、俺はデブリに契約印の中に入ってもらい、交渉をすることにした、という次第だ。
出来れば、まともであってほしい。
しかし、まあ、デブリ以上はいないだろう、と、俺は高をくくっていた。
世の中、そう簡単にいくわけがないことくらい、俺が一番知っていたはずなのに、俺は能天気な考えをまだ捨てきれていなかった。
課金なんか、ゲーム会社(世界)の策略なんだ。
それに気が付いていなかった俺は、この時、まだ懲りていなかったのだ。
「ええ。アタクシも古城で過ごす事に飽きてきておりましたの。誰も来ないですし」
今度の精霊は、ほっそりとした女性型の精霊であった。
こちらも、デブリと同じようにただそこに存在するだけで暴風吹き荒れる、高位の風の精霊であった。
「いいんだな?」
「もちろんですわ。先住精霊が戦闘特化系ガチムチ精霊(♂)というのが気に入りましてよ。うふ、うふふふふ。私の中の血が騒ぎますわ。腐った血が……!」
「腐った……? なんか勘違いしてるようだが、アイツは見掛け倒しで、オタク自宅警備員だぞ? アイツ自身は戦ったことないぞ…?」
「まああ! アイツだなんて、とっても親しげ! どちらを『下』にしても『上』面白くてよ!!! 俄然やる気になってまいりましたわ! さあ、契約印はどういたしましょう? やはり、薔薇……そうね、薔薇よね! 顔に……まぶた……ベ〇ばら?」
「は……?」
ベル〇ら、って言ったか? この精霊。
俺は、いやな予感がした。
「そうね、そうしましょう。やっぱりBLはキラキラですわね!」
「びーえる……?」
「目を閉じてくださいませ。そう、そのまま……。まあ、素敵! 目にキラキラと星が散っておりましてよ!」
「いや、俺まだ、目、閉じてんだけど……」
「本当は両目に施したいのですけれど、私ではこれが限界ですわ。はぁ、残念。目を閉じても起きているように見えるなんて、授業中や会議中にお役立ちですわねー。トーンも無いのに、久々にいい仕事しましたわ。ああ、薄くて高額な本、作成したいですわぁ……。大人買いしたいですわぁ……。秋葉、そして池袋……! 懐かしいですわ!」
「オイ、まさか……。なんだこの少女漫画チックな落書きは!!! 俺のまぶたに! キラキラしい少女漫画調の目が落書きされたぁあああ!!」
「落書きなんて酷いですわ! これはアタクシの契約印でしてよ!!!」
「こんな契約印あるかぁあああ!!! つーか、アンタも日本人かぁああああ!?!?!?」
直後に判明したのは、二人目が日本文化に程よく浸食された元・オタク日本人(♀)であること。
日本人、オタクしか居ねぇのか……!?
ていうか。
「神様!! この課金ガチャ(精霊制度)、バグってる!! バグってるから!!!」
俺が神殿にて悲痛な叫びをあげている中、精霊たちは和やかに会話していた。
「あら、課金廃人でしたのかしら? 非オタの方が自制きかずに課金地獄にはまり込むなんて、よくある話ですものねぇ」
「まあね。オタは自分の限界知って経済回してっからなー」
「あらやだ。また精霊探しに行くようですわよ。懲りませんわねぇ。アタクシたちだけでも十分すぎる戦力だってこと、気づいていないのかしら」
「やー……、あれは、ハマった目をしてるな。課金ガチャに……。僕がリアルガチャでフィギュアフルコンプできなくて、大人買いした時と同じ目だわ」
「まぁ……。 ドハマりですわね。 アタクシとしては、BL三角形やハーレムを形成するためにいくら増えてくれてもかまいませんわ」
「エルフっことか、全然触れ合えてないから、旅の続行は僕も嬉しいけどなぁ……」
騒ぎに驚いて駆けつけた神殿の神官に泣きついている間に、ハンズアップしあった精霊たちがタッグを組んでいることなど気が付かなかった俺。
やがて月日が経ち、『精霊の王』とまで呼ばれた俺の銅像が建てられ、俺の物語が絵本として世に出回ることになった時。
俺は、泣いた。
どこのコスプレ野郎かという出で立ちの銅像は、実際に忠実に再現されたものだった。
絵本の中の俺の髪は銀色に染まり、瞳は赤く、背から蝙蝠の翼と白い鳥のような翼が一対。額には第3の目が開き……。
ああ、これ以上は、俺の口からはとても言えない。
何故、俺はあの時、諦めなかったのだろう。
俺は、力を得た。
名声を得た。
けれど、人として、大事なものを失ってしまったことを、今、後悔している。
みんな! 課金ガチャは、程々に……!
end
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零
元・日本人。
前世ではゲームしながら歩きスマホをしていて、死亡。課金も辞さない、と、いう覚悟でゲームに挑んでいた。
今世では農民から英雄まで上り詰めた男。ハイスペックながら残念な精霊たちに囲まれ過剰な武力を得、もはや最後には何を求めていたのかすら忘れるほど精霊を集めることに奔走した。
ハマったら、最後、な、人。
デブリ
高位の火の精霊。元・日本人オタク(♂)。
スペースデブリ(宇宙のゴミ)から名がつく。
別作品にも一瞬名前が出てきた、『キラリン☆マギカ』というアニメが大好きだった。
愛車はもちろん、痛車。
ローズ
高位の風の精霊。元・日本人オタク(♀)。
ローズは、そのまま、薔薇。深く探ると痛い目を見る(ゼロ・デブリ・体験済)。
貴腐人らしく、ベーコンレタスおいしい、ゼロxデブリもデブリxゼロもごちそうさま、どっちかって言ったら後者かな、くらいのことを日常的に考えている。