第十二話☆明日はもっと……
『皆様、長らくお待たせしました。これから二年B組の劇・白雪姫の開演となります』
スピーカー越しの声が響いて、観客たちは次々と席に着いていった。
それから数秒後、深紅のカーテンが重々しく開くと、無数の拍手が迎えた。
それに伴ってあらわになっていく蘭の姿に、誰もが見とれていた。
「ラララ……」
蘭の透き通った歌声が、観客の耳にそのまま届いていく。
そんな蘭の後ろを、新一は通り過ぎてから静かに立ち止まった。
「ああ、私の心に響くあの澄んだ美しい声の持ち主は、一体何者なんだ?」
(慣れねぇな、この台詞)
観客たちには全く気づかれていなかったようだが、新一は恥を捨てられていなかった。
そんな新一をよそに、劇はどんどんと進んでいった。
「白雪姫っ、白雪姫! ……ダメです、起きません」
「どうすればいいの?」
魔女に毒リンゴを食べさせられ、眠ってしまった白雪姫がガラスのベッドに横たわっているシーン。新一は、舞台裏から劇を見守っていた。この後は、小人たちが魔女に白雪姫を目覚めさせる方法を聞きに行くシーンだ。出番までは、時間がまだある。
そんな中、新一を後ろから魔女の衣装に身を包んだ園子が突っついた。新一は彼女の気配に全く気づかなかったため、体を震わせてから振り向いた。
「な、何だよ」
「リップクリーム塗った?」
真剣な態度とは正反対の言葉を投げ掛けられて、新一は思わず拍子抜けした。
あのなぁ、と続けると、スタンバイしなくてはいけなくなった園子は新一の言葉を遮ってピシリと言った。
「ちゃんと姫を捕まえなさいよ、王子様?」
バーロ、オメーに言われなくてもちゃんとやっからよ。そんな誰にも聞こえない言葉を、舞台へ向かう園子の背中に軽く投げた。それは、どうやらぶつかってくれたらしい。
そして、例のシーンへと物語はたどり着いた。新一は軽く咳払いをしてから、舞台へと上がった。
小人役の1人が台詞を言う。
「王子! 白雪姫を目覚めさせるために力を貸して下さい」
「彼女のためなら何でもする。どうすれば良いのだ?」
「白雪姫にキスをして下さい」
「ああ……分かった」
小人役らの視線の先を目指し、新一は静かに歩き始めた。会場が静まり返っているため、その足音も大きく響く。
新一はガラスのベッドに近づくごとに、心臓の鼓動が速まっていくのを感じた。
近くまでたどり着き、ベッドの中を覗き込むと、本当に眠っているかのような蘭がいた。メイクが施されていて、いつも近くにいた自分さえも知らない顔を見て、新一は改めて深呼吸をする。
音も立てずにしゃがみこむと、視界の端にカンペを持った園子が見えた。
『直接五秒間』
だから、分かってるっつーの。そう目で言うと、新一は蘭の頬に手をそっと添え、唇を蘭のそれに運んだ。微かに触れたか触れなかったかの微妙な距離を保ちつつ。
新一がちゃんと五秒数えてから唇を離すと、蘭は目をゆっくり開け、体を起き上がらせた。
「王子、様」
しゃがんだまま蘭に抱きしめられ、新一はバランスを崩しかけたが逆に抱きしめ返すことで何とか持ちこたえた。
無意識の内の新一の行動に、蘭は幕が閉じ拍手が止むまでそれに身を任せた。
「二人とも、凄く良かったわよ」
言葉にまだまだ答えられる余裕がない二人に、気を利かせて園子は付け加えた。
「まだ片付けまで時間あるし、ゆっくり帰ってきていいからね?」
「あ、うん」
園子がいなくなり、観客らも帰っていったために体育館の中には新一と蘭だけ。
どこか気まずい空気をまぎらわそうと、2人は同時に話し始めた。
「あのさ」
「あ、あの」
綺麗に被ってしまい、ますます変な空間が形作られた。しかしそれを断ち切るべく、新一が先に言葉を発した。
「マジで直接しちまって……えっと、えーっと」
発したのは良いが吃りっぱなしの新一に蘭は、恥ずかしげに笑った。そして新一の代わりに付け加えた。
「別に嫌じゃなかったよ? むしろ」
嬉しかった。
その言葉に、新一は目を大きく見開いた。思わず、さっき蘭と触れた唇に手を持ってくる。
固まったままの新一に、蘭は何もなかったかのように更に続けた。
「先に戻ってるね」
「あ、待てよ。オレも行く」
新一の言葉を待たずに舞台からさっさと降りていく蘭。そんな蘭を追いかける新一。
いつもと変わらない日常を正反対にしたこの劇での出来事は、必ず両方の心に残り続ける。その証に、この時の二人の気持ちの中に“後悔”と言う名の感情は一切なかったのだから。
きっと、明日はもっと良い日になるはず。
そんな曖昧なのにどこか確証を感じる思いを抱きつつ、夕日に照らされた二つの影は教室へと戻っていった。
ちなみに、戻って早々にクラスメートたちからからかわれたのは言うまでもないことである。
|