第十一話☆準備完了!
「ホラ、早く入って」
蘭が美佳子に連れてこられたのは、二年B組の教室だった。彼女除いた全員が何かしらの形で劇に関わっているので、中には当然誰もいない。
蘭の背中を軽く押してから入ってきた美佳子は、教室にある前後両方の扉の鍵を閉めた。
その行動に思わず身構えた蘭に動じることもなく、自分の机の横に掛けてあるバッグを手に取った。
「どこでも良いから、座って」
「え?」
戸惑う蘭にとっては、その言葉は余計に事態を複雑化させるようなものだった。しかし、とりあえず目の前にある席に腰かけた。
その机に美佳子は例のバッグをぶっきらぼうに置いた。そして華奢な手で、閉じられているバッグを開いてゆく。その中身には……
「メイク道具?」
思わず口に出すと、美佳子はその中からヘアバンドを取り出し、蘭の前髪をさっと上げた。そして、制服の袖を肘まで捲り上げた。
「工藤君に釣り合うくらいの綺麗な女じゃなきゃ、相手役はさせたくないから」
そう言う間にも、どんどん蘭の顔にはメイクが施されていった。プロ顔負けと言っても過言ではないくらいの手際の良さと技術で、蘭自身が一番驚いていた。 目まぐるしい展開に付いていけなくて、硬直状態のまま時間を消費した。
そしてものの十分後、メイクは完成した。
「あらら、残念。思ってたよりもよくなっちゃったわね」
無表情で言ってから、一番近くの扉の鍵を開けた。その音は、何とも言えない空気の流れを変えた。
「……連れ出した私が言うことじゃないけど、もうそろそろ時間ヤバいわよ? 急いだほうがいいんじゃないかしら」
「あ、本当だ! わざわざありがとね、安堂さん」
美佳子を一瞥すると、廊下の天井にある時計を見ながら体育館に向かって掛けていった。
蘭のそんな姿に、やれやれと微笑みを漏らしてから、後をゆっくりついていった。
「ゴメン、皆!」
蘭の声を耳に感じて、皆一斉にその方向へ目をやった。
特にずっと蘭のことを考えていた新一は、無意識の内に真っ先に駆け出していた。その後を園子が付いていく。
「オメー、安堂に何をされたん……だっ?」
目に入ってきた蘭の姿に気を取られ、真剣な問い掛けが間抜けな言葉になってしまった。
(すっげー綺麗……)
感想が見つからず、口をパクパクさせつつ赤面している新一を、蘭は不思議そうに見つめる。自分に見とれているなど、努々思わなかった。
「そのメイク、まさか安堂さんが?」
新一の後ろで立ち止まっていた園子の言葉に、謎めいた微笑みを浮かべた。
「彼女、本当は凄く優しいんだよ」
消え入るほどに小さく囁いた言葉は、誰の耳に入ることもなかった。
やっと我に返った新一が、当然の如く蘭の聞こえなかった言葉を知ろうとする。
「おい蘭、聞こえねーぞ? もう一回」
「新一には秘密」
「……何でオレだけ」
「さぁね」
「ホラ、そろそろ時間よ! 王子様と白雪姫は早く舞台裏に行かなきゃ」
園子は放っておいたら永遠に繰り広げられそうな会話を遮って、二人の背中を押した。驚いていた両方に向かって、ウインクを投げ掛けた。
(頑張ってね。おしどり夫婦さん?)
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