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若き作家の憂鬱
作:花咲 甲二郎


「出だしの三行が全てだよ」
ネット上に小説を公開しようとした僕に彼はポツリと言った。つまりこれでは駄目だと言いたいのか。液晶画面で読む小説は目に悪い。長い時間をかけて読むには辛い。単行本なら本の厚さを確認してそれに合わせて読み始める。仮に出だしがまったりとした文体でも後半の盛り上がりに期待できる。液晶画面ではそうはいかない。三行読んで入りこめなければ戻るボタンをクリックしてしまう。
 液晶画面用にプロローグを書き直そう。

 
はっとした。こんな筈ではなかった。良子は思った。私が浮気だなんて・・・。言葉にできない気持ちが湧きあがった。夫にあ@尾s


腕を捕まれた。
「ちょっと、何するのさ」
「お前さ、言葉にできないとか書くなよ。小説家失格。」
厳しい彼は僕の兄。去年、新人賞を取った兄は小説を書くことを僕に進めた、違う、薦めた、ん?勧めた。週に一度文章を批評してくれる。ありがたいことだ。でも性描写まで見るなよ。恥ずかしいだろ。でも言えない。兄は喧嘩が強くて反抗できない。僕は弟ではなく兄の下僕だと思う。まさか僕を育成してゴーストライターにする気じゃないだろうな。この予想が的中するのは三年後だが今の僕には知る術はない。また書き直しだ。
 

 良子はイッた。


「パシッ」
口語体は入れるなと頭を軽く叩かれた。目が痛いと兄に言うとマウスを動かし背景色を灰色に変えてくれた。だいぶ楽になった。
 議論した。僕は良子を恥じらいの残る乙女の心を持った中年だから柔らかい文章にしたかった。兄は良子を痴女だと言った。女の性をわかりやすい言葉で説明してくれた。感度は男の二倍以上あるらしい。童貞の僕には刺激が強い。兄はすごいな。何でも知っている。説明もうまい。憎たらしいところもあるが尊敬している。兄のような男になりたい。でもやっぱり憎たらしい。
「手本を見せてください、師匠。」
思い切って言ってみた。右手を出してきたので僕は五百円玉を乗せた。鼻で笑ったが一行だけだと言ってキーボードに触れた。兄は人差し指だけで打つ。これで長文も書けるのが信じられない。


すでに濡れていた。皮膚が泡立ち芯が溶ける。良子は恍惚の表情で叫んだ。「カミーン!」


勃起した。読めない漢字があった。じゅれていたと読むのだろうか。でも伝わった。とてつもない圧力を感じた。助詞連続への疑問はその圧力によって強引になぎ倒された。芯ってなんだろう。兄は女性器の上部にあるものを芯という言葉で比喩したと教えてくれた。知らないがすごいことを教えてもらったような気がした。僕の内部にある箍が外れた。解放。自由。アナーキー。頭の中を多数の単語が駆け巡った。兄の顔も紅潮していた。それから一時間以上も議論し、また書き直した。三行の重みを教えてくれた兄はやはりすごい。良子の性格が統一していないのに気がついたのは日出國に旭日が昇天した時であった。

 母はドアの前で動けなかった。盆の上にある熱い紅茶が冷えるまで。重いのはこの扉だわ。思いのほか重いわ。そう心の中でつぶやいた母は足音を消して台所へ向かった。














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