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電気的な彼女
作:天海 沙月


 長い黒髪を揺らしながら先を行くかなの手を見ながら、そろそろ手をつないでみたいな、と唐突に思った。
「何してんの宮野? 置いてくよー」
「あ、悪いすぐ行く」
 色白の肌に、細い指先。ピアノを習っているために爪はちゃんと切ってあって、もし手をつないだ時に爪が刺さって痛い思いをする心配はなさそうだ。いや、もしの話だぞ? if。
 俺は叶が鞄を持っていない方にすいっと移動する。
 ああ、なんと正直な自分。いやでも、叶とは付き合ってもう数ヶ月経つんだ。手くらいつないだって不自然ではない。
 喋ってみたら一番気が合ったのでなんとなく、というのがきっかけだから、一緒に帰るくらいで、それらしいことは何もしていないに等しいけど。
 俺はそっと叶の手に指を伸ばす。
 自然に、なるべく自然に。叶が嫌そうにしたら偶然を装ってすぐに離せばいい。さりげなく、さりげなく。
 指先が、僅かに叶の手に触れた。

 バチッ

「おうっ!?」
「何?」
「何って……すごい静電気が来たぞ今」
 放電の瞬間の音まではっきりとわかる、いっそ清々しいまでに強烈な静電気だった。
「ああ……私静電気体質なのよ。この季節、ホントに酷くって。黒板や水道の蛇口に触れただけでバチバチくるんだから」
 そうだったのか。
 それにしても、電撃を受けた指先が痛い。
 視線を上げると、手をつないで歩いている奴らがいる。
 俺も、いつか。
 ――しかし、これが俺と静電気との戦いの始まりだったという事に、その時の俺は気づいていなかった。

 *

「あ、叶消ゴム落としたぞ」
「ありがと」
 拾った消ゴムを叶の掌に落としてやる。
 そっと指先が重なるのはお約束。
 頬を微かに赤らめる叶。「わ、悪い」俺はもうちょっとそのままでいたいのを我慢して、慌てて手を引っ込める……ということにはならず。
「あべしっ!」
 叶のじゅうまんボルト! こうかはばつぐんだ!
「お前……さては電気タイプだな?」
「宮野が水タイプなんじゃないの?」
 叶はさらりとそう言ってのける。
 性質の悪い事に、叶は相手が生物である限り、静電気の影響を受けないのだ。
 つまり、痛い目に合うのは俺だけ。
「大げさよ。そこまで痛くはないでしょ?」
「いや、痛いんですよそれが。マジで」
 正直、叶の静電気体質がこれほどのものだとは思っていなかった。
 授業が終わった後は、椅子と制服が擦れて静電気が発生しやすくなるので要注意。ほんの少しでも触れただけで、静電気の容赦ない一撃が走る。俺のような輩から叶を守る、形のないナイトのようだ。
 裏を返せば、それだけ叶と触れ合う機会が多いというわけで、その点はまんざらでもない。
「それじゃ、帰りますか」
「だな」
 玄関で靴を履き替える間も、叶に触れないように細心の注意を払う。俺と叶は出席番号が近いから、接触の危険性は中々高いのだった。
 静電気の季節が終わるまでの辛抱だ。
 歩いている途中、何度か叶と手が重なりそうになったが、その度にさりげなく避けてしまった。
 数日前なら、手をつなぐチャンスだと喜んだだろう。
 ゆるせ叶、俺はお前の静電気が怖い。
「……宮野って手つなぐの嫌い?」
「え?」
 思ってもない叶の言葉に、俺は驚いた。
「最近避けてくる。ホントに静電気のせい?」
 静電気は嘘じゃない。
 でも、叶は放電するだけで、自分では静電気をほとんど感じないから。
「曲がりなりにも付き合って数ヶ月で、手すらつないだことないってどうなのよ。宮野は鈍感だってわかってるよ? 私だって必要以上にベタベタするのは嫌だし」
「叶、誤解……」
「手くらいつなげ鈍感男っ!」
「おわ!?」
 遠心力を利用した鞄のフルスイング。
 角は反則……!
 避け損ねた一撃に悶絶している間に、叶は走って行ってしまう。
 細身で脚が長い叶は、走るのが非常に速い。陸上部から勧誘がかかるくらいだ。
 ――ああ、叶のこと不安にさせてたんだな。
 静電気との戦いに手一杯で、全然気づいてやれなかった。
 俺だって手くらいつなぎたいさ。それを静電気なんかにびびって。
「叶っ」
 俺は叶を後ろから抱きすくめるように捕まえる。
「はなせ馬鹿っ。ホントは、私のこと嫌いなんじゃ……」
 ぴりりと走った静電気も、もう気にしない。

「痺れるくらい好き」

 ずっと前から、叶の電気にやられてる。

 *

 うん、よし。
 さすが俺。これなら絶対に大丈夫だ。
「叶、手つなごうぜ」
 俺は叶に手を差し出した。
 叶は俺の手を見るなり、怪訝な顔をして上げかけた手を引っ込める。
「……何よこれ」
 よくぞ聞いてくれた。俺は叶の質問に堂々と答える。
「静電気対策」
「なんでゴム手袋よっ! 嫌がらせにしか見えない!」
 やっぱりアウトだったか。
 仕方がない。俺はゴム手袋を外し、昨日買ってきた静電気除法リングを探して鞄の中をあさり始める。 
「ばーか」
 何を、と反論しようと顔を上げると、叶の顔があった。
 叶はそのまま、近づいて。


 あ、電気味。














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