連続女性失踪事件
作:ともゆき



(第4話)


 10月9日、巴が行方不明になって2日目の朝。
「これから所員だけで話したいことがある」としばらく忠と良平の二人の世話を見てもらうように美和に頼んだ時人は千鶴、滋乃、そして蘭丸の3人を事務所に集めた。
 巴が行方不明になった、と言うことで眠れぬ夜を過ごしたのか、どの顔も憔悴しきっている表情だった。

「…鹿瀬さん、大丈夫でしょうか?」
 千鶴が呟いた。
「…きっと大丈夫です。とにかく、今は鹿瀬君が無事なことを信じるしかないでしょうね」
 時人が言う。

 その時だった。
「よお、先生」
 諸星警部が事務所に入ってきた。
「あ、警部。…どうですか、あれから?」
 そう、時人は諸星警部に頼んで巴の捜索を依頼していたのだ。
「うーん…、こっちも必死になって探してるんだがなあ…。ただな、昨日の夜に横浜へ向かう汽車の中に鹿瀬のお嬢ちゃんらしい人物が乗っていた、という証言が取れたんだ」
「…じゃあ、鹿瀬君はやはり…」
「…おそらくな。その、先生が解いた暗号のとおりに横浜港へ行ったんだろうな。ただ時間が時間だけに、横浜港周辺でお嬢ちゃんを見かけた、という証言がないんだ」
「じゃあ、鹿瀬君は…」
「ああ。横浜港に停泊しているという白龍丸のところに向かったのは確実だろうが、それ以降の足取りがつかめてねえんだ」
「じゃあ、鹿瀬君はおそらくその前後で…」
「かもしれねえな」

 そのとき、不意に事務所の扉が開いた。
「…やはりここにいたんですか」
 栗山刑事が探偵事務所に入ってきた。
「どうした、栗山?」
 諸星警部が栗山刑事に聞いた。
「いや、大変なことがわかって…」
「大変なことだと?」
「先ほど神奈川県警から連絡があって、昨夜横浜で酒に酔って暴れていた男を取り押さえて調べていた所、例の失踪事件で行方不明になっていた女性の写真を何枚か持っていた、と言うんですよ」
「何だと?」
「県警によると、今朝から横浜署のほうで男の取調べをしているらしいんですが、おそらく今回の事件に何か関係があるのではないか、と」
「…どうやら今回の事件、この間諸星警部が言ったように背後でなにやら組織が動いているようですね」
「そのようだな。…確か先生が解読した暗号によると10日の夜9時に白龍丸で何かあるようなんだな」
「はい」
「…なんとかそれまでに解決できればいいが…」
「それから警部。ちょっと気になることがあって」
「気になること?」
「例の白龍丸ですが…。11日の朝早くに横浜港を出港して、香港に向かうことになっているそうです」
「香港だと?」
「…だとしたら急がないと…」
 時人が言う。
「あ、ああ、そうだな。公海に出られたらもうオレたち日本の警察じゃどうしようもなくなる」
「それに公海上で取引なんかされたら我々も手の打ち用がありません」
「そうだな。それで香港の警察に協力を頼むにしても…」
「おそらく時間が掛かるでしょう。その間に鹿瀬君たちが…」
「…わかってる。いまから礼状を取って白龍丸を徹底的に捜索する。栗山! 神奈川県警に連絡を取れ!」
「はい!」
 そして栗山刑事が出て行った。
「じゃ、先生。オレも警視庁に戻るからよ」
「はい、わかりました」

 諸星警部が出て行くと事務所はしんとしてしまった。
 やはりどこかで巴がいない、ということが今ここにいる所員たちにも何らかの影響を与えているのであろうか。
「…先生」
 千鶴が話しかける。
「…ん? あ、ど、どうしました?」
「どうした、じゃありませんわよ。先程から時人様、桧垣さんやわたくしが話しかけても何も聞いてないように見受けられますし…」
「あ、す、すみません。考え事をしていたもので」
「…巴さんのことですか?」
「ほんとですわね。…鹿瀬さん、大丈夫なのかしら?」
「…大丈夫、きっと鹿瀬君は大丈夫ですよ」
 時人のその言い方は二人に話しかける、というよりは自分に言い聞かせているように思えた。
「…さて、我々もこうしてはいられないようですね」
 そういうと時人は立ち上がった。
「先生、今から何をするんですか?」
 千鶴が聞く。
「…我々も横浜に行きましょう!」
「横浜に…、ですか?」
「ええ、こうしてじっと待っていたって情報はやってきませんからね。今回の事件に関するどんな小さな情報でも掴まなければいけません。今回の事件の鍵は横浜にあると思います。ですから今から行きましょう!」
 そして時人は蘭丸に後のことを任せると千鶴と滋乃と共に横浜へと向かった。
    *
 横浜港。
 時人たち3人が到着すると、諸星警部が時人を出迎えた。
「よ、先生。待ってたぜ」
「待っていた?」
 滋乃が聞く。
「あ、さっき諸星警部に連絡をしておいたんですよ。…それで、どうなんですか?」
「ま、とにかく来いよ」
 そう言うと諸星警部は時人たちを近くの旅館に招きいれた。
 聞くと、諸星警部たちが臨時の捜査本部に使っている、ということだった。

「…それで、白龍丸のほうはどうなんですか?」
 時人が諸星警部に聞いた。
「ああ。今神奈川県警と協力して中の捜索を始めた所だ。よかったら先生も見てみるか?」
「あ、お願いします」
 そして時人たちは諸星警部の案内で白龍丸に向かった。

 白龍丸の出入り口に栗山刑事が立っていた。
 彼は諸星警部たちを見つけると階段を降りて下にやって来た。
「あ、先生も来てたんですか」
「…それでどうだったんだ?」
 諸星警部が聞く。
「いやあ、弱りましたねえ〜」
「どうしたんだ?」
「実はあの後礼状を持って白龍丸内を捜索したんですが、船内にはこれといった手懸りがなかったんですよ」
「手懸りがない?」
「ええ。白龍丸の船員達に彼女の写真を見せて聞いたんですが、そんな子はここで見かけていない、って言うし…」
「…まあ、そう言うだろうな」
 諸星警部が吐き捨てるように言う。
「それで白龍丸を隅々まで調べてみたんですが、さっきも言ったとおりこれといったものは見つからなかったし…」
「…やっぱり…」
 それを聞いて時人が呟いた。
「やっぱり、って…何がやっぱりなんですか?」
「いえ…、そのくらいのことは相手も計算に入れていると思いますよ。少しでも怪しいものが見つかったらこの計画はオジャンになりますからね」
「じゃあ先生…」
「ええ。おそらく女性達は――もちろんその中には鹿瀬君もいるのでしょうが――別の所で監禁されていると思いますよ」
「成程、そう簡単には尻尾を掴ませない、ということか…」
「…それで警部…」
「心配するな。神奈川県警の方には周辺の捜索も依頼して、何かあったら連絡するようには頼んでいるし、オレ達もこれからここにいるからな」
「そうですか」
「…なんなら先生も一緒にいるか?」
「え、いいんですか?」
「心配するな。部屋は取っておいてもらうから」
    *
 そして時人は事務所にいる蘭丸に「今夜は泊まりになる」と連絡を入れ、美和の方にも蘭丸たちの世話を頼むと再び諸星警部たちの捜査に合流した。

 そして旅館の一室を借り切って捜査会議が開かれることになり、諸星警部は時人にどうしても出て欲しい」と頼み込まれ、さすがの時人も断ることが出来ず、捜査会議に出席することにした。

 そして捜査会議が始まる部屋に移動しようとした時だった。
 旅館の従業員であろう人物が時人に近づいて来た。
「…あの、御神楽様ですか?」
「…あ、そうですが」
 時人が言うと、
「お電話が入っておりますが」
「え? 僕にですか」

「はい、お電話替わりました。…あ、蘭丸君」
 どうやら電話の相手は蘭丸のようだった。
「…え? そうですか。…はい、はい、わかりました。じゃ、こちらに来るように言っておいてください。お願いしますよ」
 そして電話を切る時人。
「…蘭丸君、なんて言ってたんですか?」
 いつの間にか千鶴と滋乃の二人が来ていて時人に聞いた。
「ええ、何でも古久保さんが事務所のほうに見えたらしいんですよ」
「ああ、古久保さんが…」
「それで蘭丸君に彼女にこちらへ来るように伝えておいたんですよ。後1時間も掛からずにこっちに来ると思いますよ」
「そうですか」
「…それじゃ、僕は彼女が来るまで捜査会議に出席してるんで久御山君と桧垣君は先ほどお願いしたように周辺の聞き込み捜査をしてくださいね」
「はい」
 そして二人は旅館を出て行った。

 それから1時間ほど経って古久保幸子が時人の元にやって来た。
「やあ、古久保さん」
 そう言って時人が出迎える。
「…お忙しい中すみません」
「いえいえ、こちらこそ。…立ち話もなんですから…、あそこに行きましょう」
 と、時人は旅館の前にある甘味処を指差した。

「そういえば古久保さん。妹さんの件ですけど」
「…あれからどうなったんでしょうか?」
「ええ、余り詳しいことはいえないのですがもうすぐ解決すると思いますよ」
「そうですか。…でも、御神楽さん。何故横浜港なんかに?」
「どうもこの辺に事件解決の手懸りがあるそうでして。私の知り合いの刑事もここに来てるんですよ」
「…そうですか…。何か手懸りが見つかるといいですね」
「大丈夫ですよ。警察は今それを捜しているし、我々もいま捜している所なんですから」
「…でもそれまでに妹の身に何かあったらと思うと…。妹や鹿瀬さんが売られたりしないか、と心配で…」
「…まあ、それほど心配しないでいいですよ。もうすぐ事件は解決すると思います」
「…それじゃ、また伺うと思いますので」
 そういうと古久保幸子は立ち上がった。
「はい、そのときはまた」
 時人がそう言うと古久保幸子は店を出て行った。
 時人はそれをじっと見続けていた。
 そして既にぬるくなった緑茶をひと口飲んだ時だった。
「先生、ここにいたんですか?」
 千鶴の声がした。
「…どうしたんですか、桧垣君」
「ちょっと来ていただけませんか?」

 そして千鶴の案内で時人が来たのは倉庫街だった。
 滋乃と何人かの警官が立っている。
「時人様、お待ちしておりましたわ」
「…一体ここがどうしたんですか?」
「いえ、何だか怪しい気がして…」
 見ると「立入禁止」の立て札がある。
「…ここに巴さんたちが監禁されているんじゃないか、と思って…」
「ここは調べてみたんですか?」
 時人が滋乃の傍にいた警官に聞く。
「一応調べはしたんですが、一ヶ所だけ鍵が掛かってた所があって…」
「そこだけ調べていない、というわけですね」
「…はい」
「…わかりました。諸星警部を呼んできますので一寸待っててください」

 やがて時人が諸星警部と栗山刑事を連れて戻って来た。
 そして警官の案内でその鍵が掛かっている倉庫にやって来た。
「…ここか…」
 諸星警部がノブをひねる。警官の言う通り鍵が掛かっていた。
「…どうしますか?」
 栗山刑事が聞く。
「仕方ねえ、ぶち破るか」
「久御山君、桧垣君、下がっていてください」
 時人は滋乃たちにそう命じると男達がドアに向かって体当たりを始めた。
 何回か繰り返しているうちに蝶番が壊れたか、ドアがぶち破られる。
 そして中に入る一同。

 あたりは何もなかった。
「…誰もいませんね…」
 千鶴が言う。
「…やっぱり女性達がここに監禁されていた、というのは考えすぎだったんじゃないのか?」
 栗山刑事が言う。が、
「…いや、そうとも言い切れませんよ」
 時人の声がした。
「…どういうことだ?」
諸星警部が聞いた。
「ちょっと来てください」
 そして時人がそこにいた一同を呼ぶ。
「どうしたんだ?」
「これを見てください」
 そして時人が指を指す。
床は何かで拭いたかのように綺麗になっていたのだった。
「…床がどうかしたのか?」
「この床が何かで拭き取ったかのように綺麗になっている、ということは、ここに誰かいた、ということになりますよ」
「…じゃあ先生…」
「…断定は出来ませんが、桧垣君の言うとおり連れ去られた女性達がここに監禁されていた可能性がありますね」
「…じゃあ、先生」
「…はい。彼女達はどこかに連れ去られたのかもしれませんね」
「もし、そうだとしたら、彼女たちは何処へ行ったんだ?」
「…さあ、それがわかればいいんですが…。とにかく時間がありませんね」

(最終話に続く)


(作者より)この作品は作者の開設している「ともゆきのホームページ」が「小説家になろう」のNW−SYSTEMを使って掲載していますが、「採点システム」は採用していません。
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