逃亡者・大神一郎〜大神一郎の殺人〜
作:ともゆき



(最終話)


 ある日の帝劇の玄関。
「…? さくら何処にいるか知らない?」
 マリアが紅蘭に聞いた。
「…いや、ウチ知らんわ」
「変ねえ…。何処に行ったのかしら? 最近、さくらの様子が変よね」
「そうやな…。ここの所何処にもいない、思うたらいつの間にか帰って来とるいうこと多いわ」
「ほんとに何処行ったのかしらね…」
「…ホンマやな。大神はんがあんな事になってもうて今度はさくらはんまでが…」
 その時、
「…こんなところに居たのね」
 あやめが二人のもとに来た。
「あ、あやめはん、何か用でっか?」
「何か用、じゃないわよ。稽古の時間よ」
「あ、もうそんな時間ですか。紅蘭」
「わかったわ」
「…ところでさくらは?」
 あやめもさくらが居ないことに気がついたようだった。
「あやめさんも知らないんですか?」
 マリアが聞く。
「え? あなたたちも知らないの?」
「ええ。今、紅蘭とも話してたんですよ」
「…まったくさくらも…。とにかく二人は楽屋に行ってなさい」
「はい」
    *
 そして楽屋にさくらを除く全員が集まった。
 聞いてみるとすみれ、カンナ、アイリスの3人もさくらの姿を見かけていない、と言う。
「…おかしいわね。さくらが誰にも言わずに出かけるなんて…」

 その時だった。
「すみません、遅くなりました」
 楽屋の外で声がした。
 見るとさくらが扉の前に立っていた。
「さくら、何処行ってたの?」
 そう言いながらそこにいた花組の全員とあやめがさくらを出迎えた。
「いえ、ちょっと…」
 そう言いながらマリアはさくらの後ろを見た。
「…その人は誰なの?」
 そう、さくらの後ろに一人の絣の着物にハンチング帽をかぶった一人の男が立っていたのだ。
 マリアはその男をじっと見る。
「…まさか…。隊長…、隊長ですか?」
 そこにいる全員が「え?」という表情をする。
「…どうやらわかったようだな。…その通り、オレだよ」
 そう言うと大神はハンチング帽を脱いだ。
 それは数日振りに見る大神の顔だった。
「隊長…」
「お兄ちゃん、一体何処行ってたの? アイリス心配してたんだよ!」
「ん? 一寸な…」

 その時だった。
「…見つけたぞ、大神だな!」
 扉の外側の方で声がした。
 大神が振り向くとそこに二人の男が立っていた。
「あなた方は…」
「我々は警察だ! 大神によく似た男を見つけたので尾行してみたらやはりお前だったのか!」
「大神一郎、殺人および死体遺棄の容疑で逮捕する!」
「いい加減に観念したらどうだ?」

 次の瞬間、大神は信じられない行動に出た。
「うおおおおっ!」
 大神は拳銃を取り出すと傍にいたさくらの腕を掴む。
「きゃああああ!」
「さくらっ!」
「さくらはん!」
 大神はさくらの腕を逆手に捻りあげ、こめかみに銃口をつきつける。
「動くな! さくらくんがどうなってもいいのか!」
「……しょ、少尉……」
「マリア、そこをどけ!」
 大神は花組に向かって拳銃を向ける。
「どくわけにはいきません、隊長!」
 マリアが言う。
「どけと言ったらどくんだ!」
 さくらがマリアに、
「マリアさん、ここは大神さんの言うことを聞いてください!」
「し、しかしね。さくら…」
 その時だった。あやめが花組の前に立ち、
「…わかったわ。みんな、ここは大神くんの言うことを聞きましょう」
「しかしあやめさん…」
「さくらが人質なのよ! ここでへたに大神くんを刺激したら取り返しのつかないことになるわ!」
 大神はニヤリ、と笑うとさくらのこめかみに拳銃を突き付けたまま部屋を出ていった。

 さくらは玄関で解放されていた。
「さくら、怪我はない?」
「え、ええ。大丈夫です」
「大神はんがあんなことするなんて思いもせんかったわ…」
「…隊長、見損なったぜ。やっぱり隊長が殺ったのかよ…」
 カンナが言う。
「アイリス、お兄ちゃんのこと信じてたのに…」
 と、あやめがその様子を見て、何か考え事をしていたようだった。
「…あやめさん、どうかなさいましたの?」
 すみれが聞く。
「…え? あ、何でもないわ」

 それから数時間後のことだった。
 帝劇米田支配人室に一本の電話が入ってきた。
 大抵は事務局経由で回ってくるのだが、こうして直接支配人あてに掛かってくる、ということはよっぽどの急用なのだろうか。
 そう思いながら米田は受話器を取った。
「…大帝国劇場、米田です。…あ、花小路さん、一体何の用ですか?」
    *
 ある倉庫街の一角。
 そこにある小さな倉庫の一角に一人の人物が向かっていた。
 先ほどその人物宛に「夜九時にこの工場にて待つ」との内容の電報が届けられたのだった。
 その人物は倉庫の前に立つと扉を開けた。
 その扉は鍵が掛かっているわけでもなく、あっさりと開いた。
 その人物は首を傾げながら、その倉庫の中に入った。

…と、
「…待ってたぜ」
 中に入るといきなりそう言う男の声が聞こえてきた。
「…その声は?」
 不意に部屋の中が明るくなった。
 その人物の目の前にはハンチングを目深にかぶり、絣の着物を着た人物が立っていた。
「…おまえ、まさか…」
「…そうだよ、オレだよ」
 そう言うと男はハンチング帽を脱いだ。
「…お、大神…」
 そう、その男は大神一郎だった。
「お…、大神、お前なんでここにいるんだ?」
「…お前に用があるんだよ」
「用だと?」
「ああ、あの電報を打ったのはオレだよ。お前に聞きたいことがあってな」
「オレに?」
「…話してもらおうか、何でお前が小野寺を殺したのか。…どうなんだ、増田!」

「…ば、バカ言うなよ、大神。お前は自分で小野寺を殺したんだろ? 何でオレに罪をなすりつけようとするんだ!」
 増田敏光は声を荒げて大神に言った。
「…それはこっちの台詞だぜ、増田。よくまあ、オレに小野寺殺しの濡れ衣を着せたな」
「…お前がそこまで言うなら、オレが殺した、と言う証拠があるんだろうな?」
「ああ、お前が小野寺を殺した、と言う証拠はここにあるぜ!」
 そういうと大神は紙袋を取り出した。
中には煙草の吸殻が2本入っていた。
「これがどうかしたのか?」
「この吸殻は現場でさくらくんが拾ったものだ。…よく見ろ。一本は短くて、もう一本は長いよな」
「それがどうかしたのか?」
「一人の人間がこんな風に一本はここまで短く、もう一本はここまで長く吸うことはありえない。つまり、これは他にもう一人の人物がいた、ってことなんだよ」
「それが何の証拠になる、ってんだ?」
「忘れたか? オレは煙草は吸わないんだぜ」
「た…、確かにそうかもしれないな。でもよ、大神。士官学校には煙草吸っているヤツなんていくらでもいただろ!」
「ああ。士官学校じゃ煙草は黙認だったからな。確かにさくらくんがお前に話を聞きにいった時も煙草を吸っていたそうだな。お前だけじゃない。千葉も広沢も煙草を吸っていたそうだしな」
「それが?」
「さくらくんが言ってたし、オレも思い出したが、お前確か吸殻を半分くらい吸ったらもう煙草を消してたよな」
「ああ、オレは何口か吸ったら満足するからな。小野寺や千葉みたいに最後の方まで吸うなんてみみっちい事はしねえな。だからといってオレを犯人扱いするのか? 大体、お前だって広沢もオレと同じように半分くらいしか吸わないのを知っているだろう?」
「ああ、確かにな。…でもな、お前はもうひとつ、犯人だという証拠を持ってるんだよ!」
「証拠だと?」
「ああ。小野寺の死体が発見された時だ。確かお前、オレにこんなことを言ったよな? 『お前まさか、小野寺のことを』って」
「それがどうかしたか?」
「確かにあの時、オレは小野寺の傍らに転がっている棍棒を拾って小野寺の傍らに立っていた。そしてそれを見たのがお前と千葉の二人だった。それで気がついたんだが、お前たちはオレの背中から声をかけたな?」
「それで?」
「あの時オレは庭になにやら棒の様なものが転がっているのを見て、何かと思って近付いて見てようやく小野寺が倒れていると知ったんだ。あたりは暗かったし、オレだって近付いてようやく小野寺が何者かによって殺害されている、と知ったんだ。それなのに何故お前は一目見ただけで傍らに転がっているのが小野寺の死体だと知っていたんだ?」
「…そ…、それは…?」
「どうやらボロを出したようだな。お前の言った余計な一言がオレにお前を疑わせる要因を作ったんだよ!」

「…やれやれ。どうやらオレはお前のことを少し甘く見くびっていたようだな」
 長い沈黙の後、増田が口を開いた。
「…増田、やはりお前…」
「ああ、そうだよ、オレが小野寺を殺したんだよ」
「…お前、何で小野寺を…」
「我慢できなかったんだよ、アイツのやってることが」
 増田は吐き捨てるように言った。
「我慢できなかった?」
「…あれは2ヶ月くらい前のことだ。ある夜、オレはある用を済ませて帰るところだったんだ。海軍から車を借りて、それに乗ってな。その時、急に前に飛び出してきた子供を轢いちまったんだよ」
「…何だって?」
「それでオレ、そのまま逃げちまったんだ」
「…それって轢き逃げじゃ…」
「ああ。道は暗かったし、誰も居なかったからバレないと思ったしな。…それにあの時オレは酒を飲んでたし…」
「…おまえ、飲酒運転までしてたのか」
「ああ。幸い奇跡的に相手は軽症で済んだんだけどな。…でもな、それをたまたまその日、休暇だった増田が目撃してたんだよ」
「増田が?」
「ああ、それでアイツ、オレに向かって『黙っててやるから口止め料よこせ』と言ったんだよ」
「…つまり、お前を強請ってたってことか」
「…そういうことだな。…あとはお決まりの通りさ。段々とあいつの要求額が大きくなっていってよ。オレの我慢の限界を超えちまったんだよ。丁度その頃に士官学校の同窓会の連絡があったからな。それを使用してやろうと思ったんだよ。そしてあのときにあいつを呼び出して…。上手くいきゃ誰かに罪をなすりつけられると思ったんだよ」
「それがたまたまオレだった、ってことか。…オレも随分と舐められたものだな」
「…さてと、おまえがそこまで見破っていたとはな…。そこまで知られたら仕方ねえ。おまえも只で帰す訳にはいかねえな」
「…それはどうかな?」
 その言葉にも動じず大神が不敵な笑みを浮かべた。
「どういうことだ?」
「…話は全て聞かせてもらったよ」
 いきなり大神の後ろで声がし、一人の男が入ってきた。
「よ…、米田中将閣下!」
 増田が直立不動になる。
 そう、その男は大帝国劇場支配人にして、帝国陸軍中将の米田一基、その人だった。
「増田敏光、既にお前のことは陸海軍及び警察に連絡した。間もなく警察と軍の関係者がここにやって来る。軍法会議を覚悟しておけ。以上だ」
    *
 そして警察と軍の関係者に増田が連れて行かれた。
 それを見送る大神と米田。
「…やれやれ。花小路伯爵から連絡があって来てみりゃ、こういうことだったとはな…」
「米田中将、ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」
 大神が深々と頭を下げる。流石にこの時は「支配人」と「モギリ」の関係ではなく「陸軍中将」と「海軍少尉」の関係のようだ。
「まあいいさ。事件の真相が明らかになったんだからな。ま、とりあえずご苦労さん、って所だな」
「ははは…」
「さ、大神、帰るぞ。あやめくんや花組の連中も心配してるぞ。せいぜいみんなに謝っておくんだな」
「はい」
     *
 帝劇のサロン。大神と米田が戻ってきて、大神が事の次第を話すとようやく帝劇に明るい雰囲気が戻ってきた。
「いやあ、ようやく事件が解決したな」
「一時はどうなることかと思うたわ」
「本当に少尉があんな行動を取った時、私、驚いてしまいましたわ」
「ああいうこともあるか、と思ってね。あの時はああでもしないと逃げることが出来なかったし…。まあ、さくらくんのおかげでなかなかいい芝居ができたよ。な、さくらくん」
「え?」
 そこにいた全員の目がさくらと大神に注がれた。
「はい。あれ、あたしと大神さんが前もって打合せて、やったことなんです」
「…ってことは、さくらはんを人質にとったアレ、二人のお芝居やったんか」
「ああ。実はさくらくんにはいろいろと情報を集めてもらったんだ。おかげでオレの知らなかったことがいっぱいわかったよ」
「…つまりさくらさんは少尉のスパイをやっていた、ってことなんですわね」
「なんだよ、だったら前もってあたいたちに言ってくれればよかったのに。あたいは本当に隊長が殺ったのかと思ったぜ」
「前もって言ってたらせっかくの芝居が台無しだろ。それに、よく言うだろ? 『敵を欺かんと欲すればまず味方より』ってさ」
「…やっぱりね。何か変だとは思ってたのよ」
 あやめが言った。
「変? 何でや?」
「あの時、妙にさくらが落ち着いてたように見えたのよ。それに何やら着物の袖を探ってたようだったし…。だから大神くんがどう出るか見てみたくて、大神くんの言うとおりにしたのよ」
「ごめんなさい。あれは大神さんに言われて、あたしがこれまで調べてたことを書いた紙を探してたんです。あの後、玄関で大神さんに紙を渡して、大神さんと別れたんです」
「ま、オレも芝居がバレやしないかひやひやしてたんだけどな。…でも、さすがさくらくんの演技力はたいしたもんだったよ」
「…まったく隊長もさくらも…」
    *
 それから数日後。
「あ、大神さん」
 由里が大神を呼び止めた。
「なんだい、由里くん」
「大神さんあてに手紙が届いてますよ」
「オレに?」
 そう言うと大神は由里の差し出した封筒を開いた。
 中には今度中学の同窓会をするので来て欲しい、と言う案内状が入っていた。
「…ははは…」
「? どうしたんですか? 大神さん」
「いや、なんでもないよ」
 そして大神は足早に由里の元を去った。
(…同窓会はもういいよ…)

(おわり)


(作者より)この作品は作者の開設している「ともゆきのホームページ」が「小説家になろう」のNW−SYSTEMを使って掲載していますが、「採点システム」は採用していません。
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