逃亡者・大神一郎〜大神一郎の殺人〜
作:ともゆき



(第3話)


 大帝国劇場。
 さくらは海軍省でもらった紙を眺めていた。
 そこには、

 千葉和也
 増田敏光
 広沢功治

 という名前が書かれていた。
 いずれも大神の士官学校の同級生であり、同窓会の日に出ていた、という。そして、海軍省や警察で聞いた話だと大神の反抗を現場で目撃していた、と言うが…。
(…でも、大神さんがそんなことするのかしら?)
 さくらはどうしてもその話が信じられなかった。
(…とにかく、明日話を聞いてみなきゃ…)
   *
 そして翌日。
 さくらは通りを一人で歩いていた、

「…確かこの辺なんだけど…」
 さくらは辺りを見回す。
「…あれかしら?」
 そこには1件のアパートメントが建っていた。
 既に海軍士官学校を卒業し、それぞれ別の部署に配属になった、ということで3人とも別々の場所に住んでいるそうなのだが…。
 さくらは階段を昇っていくと「千葉和也」と表札代わりに紙が貼ってあるドアが目に入った。
「…ごめんください」
 さくらがドアに向かって言う。ややあってひとりのの青年が顔を出した。
「…あれ、君は…?」
「千葉和也さん…、ですよね?」
「そうだけど」
「あたし、真宮寺さくらです」
「真宮寺…? ああ、大神の所の…」
「ご存知なんですか?」
「まあね。お芝居も一度見に行ったことがあるよ。それで、何の用なんだい?」
「いえ、一寸お話をお聞きしたくて…」
 さくらがそう言うと千葉和也はさくらを部屋に招きいれた。

「…それで、何を聞きたいんだ?」
「…大神さんのことなんですが…」
「ああ、あの事件のことか…」
 そして千葉は煙草を取り出すとマッチで火をつける。
 さくらは余り煙草の臭いが好きではなかった。
 しかしそんなさくらの気持ちを知ってか知らずか、千葉はせかせかと煙草を喫い、あっという間に1糎ほどに短くなってしまった吸殻を灰皿に投げ込んでしまった。
「…あの時、オレは確か増田と一緒だったんだよな。ちょっと酔ったみたいでさ、外の風に当たろうとしたんだよ。そしたらさ、何か裏のほうで物音がしたから、増田と一緒に駆けつけてみると、誰かが倒れてて――すぐには小野寺だってわかんなかったんだけどな――、傍らに大神がいたんだ」
「…そうですか…」
 そして新たにもう1本取り出すと、火をつけ、あっという間に喫ってしまった。
「しかし、大神があんなヤツだとは思わなかったぜ」
「どうしてですか?」
「あの野郎、オレと増田のことを殴り倒して逃げたんだぜ」
「そうですか…」
 どうやら大神は咄嗟にカンナから教わっていた格闘術を出してしまったらしいことにさくらは気づいたが、その事は黙っていた。
「…それで、その後はどうだったんですか?」
「その後は広沢が来て、倒れているオレたちを見て、慌てて通報したんだ」
「そうですか…」

 そしてさくらは早々に話を切り上げ、アパートメントを立ち去った。
   *
「…ここか…」
 さくらは「増田敏光」と名前が書かれた紙が貼り付けてあるドアの前に立っていた。
 そして扉をノックする。すると程なく、
「誰?」
 中からくわえ煙草をした男が出てきた。
「あの…、増田敏光さん、ですよね?」
「…そうだけど」
 そう言うとますだは自分の前に立っている人物がさくらだ、と気づき、
「あ…、君は…」
「はい。大神さんの所の真宮寺さくらといいます」
「ま、まあ、立ち話もなんだから中に入って」
 こんな所にさくらのような情勢がいきなり訪問してくるとは思わなかったのだろう、増田は慌ててくわえていた煙草を灰皿に捨てた。
 かなり吸っていたのだろうか、灰皿の上にはうずたかく吸殻が乗っていた。
 ただ、どれもこれも半分以上残っている吸殻だった。

「ふうん、あのことで話を聞きたいのか」
「はい。あたし、どうしても大神さんが人殺しをしたなんて信じられないんですけど…」
「でもな、オレと千葉が見た時は大神が呆然と立ち尽くしていたんだぜ」
「そのとき、増田さんは何か物音とかを聞いたんですか? …例えば争う音だとか」
「…いや、何も聞こえなかったな。…君の話だと現場を見たそうだから知ってると思うけど、あの現場は少し離れた裏庭だからね。よほど大きな物音でもなければ聞こえなかったと思うけど」
「…じゃあ大神さんが犯人じゃない、ということもありえるんですね?」
「…そうかもしれないけど、もし大神が犯人じゃないとして、だ。何で大神が棍棒を持って小野寺の隣に立ちすくんでいたんだ?」
「…そりゃあ、誰だってそのときは慌てると思うし…」
「…それに大神のヤツ、オレと千葉を殴り倒したんだぜ」
「だからといって大神さんが…」
「ま、信じる信じない、は君の自由だけどな」
    *
 さくらは最後の一人、広沢功治を訪ねることにした。

 ドアをノックすると、
「…誰?」
 広沢功治がドアを開けた。
「あたし、真宮寺さくらといいます」
「さくら? …ああ、大神のところの…」
「いえ、ちょっとお話を聞きたくて。よろしいですか?」
「ああ、別に構わないけど」
 そして広沢はさくらを招きいれた。

「…それで、何の用なんだい?」
「大神さんのことなんですが…」
「…ああ、小耳に挟んだんだけど、大神のヤツ逃げ回っているらしいな。…まったくアイツらしくもねえ…」
 そういうと広沢は煙草をくわえ、火をつけた。
 部屋の中に煙草の臭いが充満していたからである。
 思わずさくらはムッという表情を見せる。
「…どうしたの?」
「あ、いえ。何でもありません」
 慌てて取り繕うさくら。
(…士官学校、って煙草を吸う人が多いのかしら?)
 煙草の臭いが嫌いなさくらはそう思った。

「それで、何ですけど…。何でも増田さんと千葉さんから聞いたんですが、大神さんに殴り倒された、という二人を介抱したそうですが…」
「悪いけど、オレも詳しいことは知らないんだ。なにやらうめき声が聞こえたから、その声がしたほうに行ったら二人が倒れててさ。二人から話聞くまで大神がそんなことしたなんて思ってもいなかったんだ」
「そうですか。…それで、どうしたんですか?」
「それで、って…。女将さんに頼んで二人を病院に連れて行って、それから警察に事情話したんだ。…だからさ、オレはその、大神がなんで小野寺のヤツを殺したのか、とかいった詳しいことは知らないんだ」
 そして広沢は半分くらい残った吸殻を灰皿で消した。
「そうですか…」
    *
 結局何の手懸りもないままさくらはとぼとぼと帰り道を急いでいた。

 そのとき、さくらは見覚えのある後ろ姿を見た。絣の着物に袴、ハンチング帽。カンナが言っていた、衣装部屋からなくなった衣装ではないか? となると…、
(…大神さん!)
 さくらは直感で大神だ、と思った。
「大神さん!」
 さくらは思い切って声を掛けた。
 前を歩いていた男が振り向く。間違いない、大神だった。
「大神さん!」
 大神はさくらの姿を確認すると走りだした。
「大神さん、待ってください!」
 さくらは大神の後を追った。

 百米ほど追っただろうか。ようやく追い付いたさくらは大神の腕を掴んだ。
「…さくらくん、離してくれ!」
「いえ、絶対離しません! 大神さん、もう逃げるなんてやめてください! …話せば…話せばきっとわかってくれます!」
「…そんなことでオレは逃げてるんじゃない! この事件、オレひとりの手で解決するんだ。もとはと言えば、オレが原因で始まったことなんだ。…落とし前はオレの手できっちりと付けるんだ…、だから、さくらくんは手を出さないでくれ!」
「大神さん…」
 さくらはまだ大神に向かって何か話したいことがあるようだ。
「…どうかしたのかい?」
「…いえ…。一寸大神さんに話したいことがあって…」
「話したいこと?」
「一時間たったらまた来ます。それまで…、そうですね。そこの河原で待っててください。必ずですよ!」
     *
 一時間後。
 橋の下の河原に大神が座っていた。すると、
「大神さん」
 さくらが何やら風呂敷包みを抱えて戻ってきた。
「さくらくん…」
「お弁当作ってきました。食べてください」
 と、大神の前に風呂敷包みを開いた。
 中には握り飯がいくつかとおかずの入った重箱があった。
「…じゃ、せっかくだから、いただこうかな」
 そして大神が風呂敷包みを開けたときだった、
「…あと、このお金使ってください」
 と紙包みを差し出した。
「それは…」
「今月のお給料の一部です」
「…し、しかし、そんなことしたら……」
「いいんです。欲しい着物やアクセサリイを我慢すればいいんですから」
「…」
 大神はじっとさくらを見つめていた。
「…さくらくん…」

「…それで、さくらくん。話したいこと、ってなんなんだい?」
「いえ、その…」
 そしてさくらは大神に自分が何とか大神の無実を晴らしたくて独自に事件のことを調べていることを話した。
「…そうだったのか。さくらくん、すまない。君にまで迷惑をかけて」
「いえ、いいんです。あたしはどうしても大神さんの容疑を晴らしたいだけなんですから」

「…そうか。わかったよ、さくらくん」
 そしてさくらは風呂敷包みを持って立ち上がったときだった。
「さくらくん」
「はい?」
「…これからも事件について調べてくれないか?」
「はい、わかってます」
「それと、今日、ここでオレに会ったことは誰にも言っちゃ駄目だよ。まだオレはみんなの前に姿を現すわけにはいかないんだ」
「はい」
「あ、それから…」
「なんですか?」
 すると大神はなにやらさくらに耳打ちをする。
「大神さん、そんなこと…」
「…こういうことを頼めるのは君しかいないんだ。わかったね」
「…はい」

 そして大神とさくらは別れた。

(最終話へ続く)


(作者より)この作品は作者の開設している「ともゆきのホームページ」が「小説家になろう」のNW−SYSTEMを使って掲載していますが、「採点システム」は採用していません。
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