逃亡者・大神一郎〜大神一郎の殺人〜
作:ともゆき



(第2話)


 大神が姿を消したその日の午後のことだった。
「米田支配人、おられますか?」
 さくらが支配人室のドアをノックした。
「おう、さくらか。ドアは開いてるぞ、へえれ」
「失礼します」
 そしてさくらは支配人室に入った。
「…さくら、何の用だ?」
「いえ、その…」
「…大神のことか?」
 その言葉に一瞬言葉に詰まるさくら。
「…へ、おめえの考えてることなんか簡単にわかるぜ。大神の事を聞きてえんだろ?」
「…はい。あたし、大神さんがとてもそんなことをする人には思えないんです」
「オレだって同じだ。ただ、大神のヤロウも何考えてんだか…」
「大神さんは自分ひとりの手で事件を解決するつもりなんだと思います。…それでですね、支配人」
「何だ?」
「昨日聞いただけですからあまりよくわからないんですけど、その事件、と言うのは…?」
「ああ、それか…。警察から聞いただけだからオレもよくわからねえんだが、大神の士官学校時代の小野寺、とかいうヤツが同窓会が行なわれていた料亭の裏庭で殺られていたらしい。その点に関しては大神の同級生の千葉と増田、ってやつが証言しているらしい」
「そうなんですか…」
「そうなんですか、って何か他人事のように言うな」
「いえ、その…、千葉さんと増田さんと言う二人が大神さんがその、小野寺さんと言う人を殺害する場面、と言うのを見たんでしょうか?」
「いや、見てないらしいな。だから本当に大神が殺ったのかどうか、オレにもわからねえんだが…」
「…そうですか…」
    *
「あ、さくら、こんなところにいたの」
 支配人室を出たあと、さくらはマリアに呼び止められた。
「なんですか、マリアさん」
「悪いんだけど…、買い物に行ってくれないかしら? 買ってきて欲しいものはこれなんだけど」
 とマリアはさくらに1枚の紙を手渡した。
「わかりました、行ってきます」
そしてさくらは自分の部屋に戻って、財布を取り出すと買物に出掛けた。

 いくつかの店に寄って買い物をを済ませた後だった。
さくらはある店の前で足が止まった。
(…ここは…)
 そしてさくらが辺りを見回す。
 そう、そこは大神が同窓会に出席した、という料亭だった。
 勿論さくらはこの店に入ったことがないのだが、米田やあやめから話を聞いてその店の名前を覚えていたのだろうか。

「…あんた一体どうしたんだい?」
 いつまでもその料亭に立っていたからだろうか、さくらに一人の中年の女性が話しかけてきた。
「あ、ご、ごめんなさい」
 その女性はさくらの顔を見て、
「…おや? あんた、もしかして、帝劇の…」
「え、ええ。真宮寺さくらです」
「やっぱりねえ…。私はこの店の女将だよ。何か聞きたいことでもあるのかい?」
「え…、その…」
 さくらは一瞬迷ったが思い切って聞いてみることにした。
「…あの、女将さん。3日前に大神さんがここでお友達のことを…」
「ああ、そのことかい。警察にもそのことは何度も聞かれたよ」
「あの、女将さん。女将さんはもしかして大神さんが…」
「さあ、何とも言えないねえ。私は直接その現場を見たわけじゃないし。何の物音もしなかったから」
「しなかった、ってどういうことですか?」
「うん。現場が裏庭だったからね。普段あそこは人の出入りが少ないから、別に気にも留めないんだけど…」
「女将さん、その現場、見せていただけませんか?」
「ああ、勝手に荒らさなければいいよ」
「有難うございます」

 そしてさくらはその現場と言う裏庭にやってきた。
(…ここで、その大神さんの友達と言う人が…)
確かに女将の言うとおりこの現場は目に付きづらい場所である。
さくらは現場に何か落ちていないか、と屈んで周りを見回すが、これと言って落ちているものはなかった。
それに考えてみると警察も現場検証をしているのだ。何かあったら警察が持っていっているだろう。
(…でも、何か見つからないかなあ…)
 そう思いながらあたりを探すさくら。…と、
「あれ?」
 何やら白いものが落ちているのが目に入った。
 拾ってみると、それは煙草の吸殻だった。
 よく見ると何本か捨ててある。
「…なんでこんなところに…」
 さくらは辺りを見回すが、その裏庭は道に面しておらず道を歩いていた誰かが捨てた、と言うわけではないようだ。
 となると、ここで誰かが吸っていたのだろうか?
「…変だなあ…。大神さん、煙草吸わないのに…」
 となると、その殺された、という小野寺と言う男が吸っていたのだろうか?
 さくらは懐紙を取り出すと、吸殻を包み込んで袖に入れた。
そして立ち上がると玄関に戻り、
「有難うございました」
と、女将にお礼をいい、その場を立ち去った。

 そのあとさくらはその足で警察へと向かった。
 米田から話は聞いていたのだが、どうしても自分の耳で聞いておきたかったのだ。

「…というわけで、我々としても大神少尉を容疑者として考えざるを得ないわけでして」
 担当と言う刑事がさくらにこう言った。
「…でも、目撃者はいないわけですよね」
「まあ、確かにそうですが…。念のためにその、現場を見た、と言う二人にも話を聞いたわけなんですが、二人の証言も一致してますし…」
「そうですか…」
 さくらはそれだけ言うと、
「どうもありがとうございました」
 刑事に頭を下げるとその場を後にした。
    *
 帝劇に戻ったさくらはシャワーでも浴びようか、と着替えを取り出そうとしたときだった。
 さくらの着物の袖から何か紙に包んだものが転がり落ちてきた。
「…これは…?」
 そう、昼間拾った煙草の吸殻をどうやらそのままにして入れておいたようだ。
 さくらはそれを広げた。
 そう、煙草は昼間に拾ったままで折れておらずそのままの状態で残っていた。
 あの現場で目に付いたものを拾ってきたのだが、一本は短く、もう一本は長く吸殻が残っていた。
 それが何を意味するのか、当たり前のことだが煙草を吸ったことのないさくらにはわからなかった。
    *
「…さくら、さくら!」
 マリアの声がする。
「…どうしたの、さくら。ここはあなたの台詞でしょ?」
「あ。ご、ごめんなさい」
「…さくらさんも相変わらずですわね」
 すみれが言う。
「最近みんな練習に力が入らないようね。…いいわ、今日はもう解散しましょう」
 マリアの声に花組はその場を解散した。
    *
その夜のことだった。
 帝劇のテラス。さくらは窓越しに外を見ていた。
(…大神さん、今頃何やってるんだろ…)
 そんなことを考えていると
「さくら、何やってるの?」
 背中で声が聞こえた。
「あ、あやめさん…」
 あやめはさくらに近付くと、
「…大神くんのことを考えていたの?」
「いえ、そ…その…」
「どうやら図星だったようね。顔に書いてあるわよ」
「…あの、あやめさん」
「…どうしたの」
「い、いえその…」
 一瞬さくらは言おうかどうか躊躇った。
「だからどうしたの? 話してごらんなさい」
 しかし、相手はあやめである。彼女は必要以上のことは誰にも言わないであろう、さくらはそう判断すると、
「一寸あやめさんにお聞きしたいことがあって…」
「なんなの?」
 さくらはあやめに昨日のことを話した。
「…駄目でしょ、さくら。現場にあるものを勝手に持ち出したりしちゃ」
 さくらが事件現場から吸殻を見つけて持ってきた、と聞いたあやめはそう言った。
「…ごめんなさい、でもどうしても気になって」
「…まあ、でもその吸殻って言うのは今持ってるの?」
「え、ええ、ここに…」
 そしてさくらは袖から懐紙を取り出した。
 あやめはそれを受け取ると、それをじっと眺める。
「…別にこれといって手懸りになりそうもないわね。何処にでも売ってる普通の煙草よ」
「…そうですか…。大神さん、煙草喫わないから手懸りになると思ったんですが…」
「あら、少なくとも海軍では大神君のように喫わない人のほうが珍しいのよ」
「そうなんですか…」
「でもそんなに心配しなくていいわよ。大神くんは誰よりも花組のみんなのことを思ってるんですもの。さくらたちに迷惑を掛けたくなくて、きっとああいう行動を取ったんだわ」
「でも…」
「大丈夫、大神君だって子供じゃないのよ。心配しなくていいわよ」
「はい…」
「じゃ、さくら、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
 そういうとあやめは自分の部屋に戻っていった。
 さくらはしばらくあやめの去っていった方向を見つめていた。

…やがてさくらは何かを決意したような表情をする。
 *
翌日。
さくらは帝劇を出ると海軍省の事務局へと向かった。

「…これはこれは…。なんでまた帝國華撃團の真宮寺隊員が?」
 いきなりさくらが訪ねてきたので驚いたか、その海軍の大佐はさくらを丁寧に迎え、来客用のソファに座らせた。
「あ、いえ、そんなに重要な用件ではないんですが…。大神さんの事件について…」
「大神? …大神一郎少尉のことですか?」
「はい」
「…小耳に挟んだんだが、小野寺俊一少尉のことを殺害して逃亡をしているそうじゃないですか。まったく軍法会議物ですよ」
「…その件なんですけど…。その、大神さんが小野寺さんを殺害した、という現場を見た、という方がおりますよね」
「ああ、そんな話を聞いてますな」
「あたしも警察で聞いたんですけど…。その人たちに会わせていただけませんか?」
「は? どういうことですか?」
「いえ、その方たちに会って話が聞いてみたいんです」
「うーん…」
 さくらがそういうとその大佐は黙り込んでしまった。
「どうしたんですか? 何かまずいことでも?」
「いえ、そういうわけではないんですが…。我々も個人のことに関してはあまり情報を教えられないんですよ」
「そこを何とかお願いできないでしょうか? 勿論帝國華撃團の真宮寺さくらとして会うのではなくて、一個人として話を聞きたい、というだけなんですが…」
「…一寸上と相談してみます。待っていてください」
    *
 どのくらい待っただろうか。
「お待たせいたしました」
「どうだったんですか?」
「あくまでも一個人として会う、ということでしたら構わないそうです。こちらに彼らの下宿先を書いた紙がありますので」
 そしてその大佐はさくらに一枚の紙を渡した。
 さくらはさっとそれに目を通す。
「…但し、これはあなたがあくまでも個人的に会う、ということを忘れないで下さい。何かあっても海軍は一切関係ありませんし、今回のことに関して米田一基中将や藤枝あやめ中尉が何か言っても我々は一切関知しませんからね」
「わかってます。どうもありがとうございました」
 さくらは大佐に一例をすると、海軍省を出て行った。

(第3話に続く)


(作者より)この作品は作者の開設している「ともゆきのホームページ」が「小説家になろう」のNW−SYSTEMを使って掲載していますが、「採点システム」は採用していません。
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