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  当世柳生新陰流異聞 ~幼年時代(「あいつ」外伝) 作者:泊瀬光延&サー・トーマス
4 約束
 林太郎は泣いた。

 口惜しかったし、三太に勝つどころか無様ぶざまに負けたことが情けなかった。三太に一番、見せたくなかった自分だ。可愛い綺麗な顔がくしゃくしゃになった。
「う・・・うっう・・・」
 三太は林太郎の前に座り込んで謝った。
「許してけろや!つい、本気で打っちまった・・・お前の振り、鋭かったから」
 林太郎はきっと三太を睨んで言った。
「お前だって嘘つきだ!俺が女みたいだから・・・そう言って慰めているだけだろ!」
 三太は目を丸くして林太郎を見た。
 林太郎ははっとして目をそらし俯いた。涙がぽたぽたとその大きな瞳から流れ出ていた。

 三太は、道場の外から照る月の光にきらきらと落ちる宝石を、口を開けて見ていた。こんなきれいなものを見た事が無かった。

 三太の顔が林太郎に近づいた。
「!」
 ばしっ!

 林太郎は、三太の顔を思い切りひっぱたいていた。
 三太はその拍子に後ろに転がり、背中から一回転しそうになる。しばらく尻を上げたその窮屈な姿勢を続け、足を丸くして両方の足の裏を付けていた。その姿勢から戻り、胡座をかいて林太郎に向いた。
 三太の左の頬は、林太郎の手の跡がありありと付いていた。三太はその跡を触れない様に手を翳して、
「痛って~!・・・でも美味うまかった~!」
 三太は、林太郎の涙を舐めたのだ。

 林太郎は力が抜けて、はあはあと言いながら三太を見ていた。ぼそと言った。
「強く・・・なってやる!」
「え?何?」
 三太は、林太郎が小さな声で言った事を聞き返した。
 林太郎は大きな声で叫んだ。
「お前より強くなって、お前をこてんぱんにしてやる!」
 三太は笑った。
「あはは!その調子だ!かわい子ちゃん!」
 林太郎は宣言した。
「二年後、今日と同じ日にお前と決闘する!」
 三太は口をあんぐりとして、
「・・・本気・・・?」
 林太郎は三太を睨んで頷く。
「お前にそんな可愛い顔で睨まれても恐くねえぞ。それに俺・・・忘れっぽいんだ。約束するには、なんか、証拠が欲しいね」
「証拠?」
「ほら、けいやくしょ、みたいな。親父がお前の爺さん、いや、先生に入門する時、何か書いてたぜ」
「・・・どんな証拠が要るんだよ?」
「お互い、絶対に忘れない様なものだな・・・」
「?」
「そいで二人だけの秘密になるもの・・・」
 三太の顔がゆっくりと近寄ってくる。
「秘密・・・?」
 林太郎の息が三太に掛かる。潮騒の匂い。
「そう、秘密・・・」
 二人の柔らかい唇が触れ合った。


 林太郎はその翌日から、祖父に新陰流の教えを請うた。祖父は喜びを隠しながら、厳かに言った。
「林太郎。一度、男が決めたら後戻りは出来んぞ!」
「お爺ちゃん・・・いえ、お師匠様。絶対止めません!」
(二年経って、『あいつ』を負かす日まではね・・・)
 林太郎は祖父の前に正座しながら、心の中でぺろと舌を出した。


 三年経ち、林太郎はあの時の三太と同じ歳になった。合い掛けを会得してさらに上達していた。一年前に彼らは立ち会うはずだった。
 しかしそれは実現しなかった。
 三太は林太郎と会って一年後に、家の事情で北海道に引っ越して行った。
 彼らの秘密は三太との別れで永遠となった。
 林太郎は、三太が最後に言い残した言葉を忘れない。
「おいらはもう、新陰流は出来ないかも。北海道に稽古するとこ、無いって言うから。でも他の流派でも剣術は続けるつもりだ。もっと新陰流、やりたかったな・・・りんと・・・一生・・・」





 三太が林太郎の小手を打った技を、取上げ使いの『斬釘截鉄ざんていせってつ』と呼びます。

御読了有り難う御座いました。林太郎は6歳から剣術を習い始めますが、剣を極める修行を成し遂げるためには、6歳からの開始が最低必要と言われています。柳生石舟斎は79歳の晩年まで修行を続け、その技を孫の兵庫助に伝えようとしました。これは伝書の奥付で分かる事です。
林太郎はその後、サッカーを始め、世界的な選手になりますが、この武道の身のこなしが役に立った事は言うまでもありません。
 ここに出てくる新陰流の技を小説中に使用したのは私が始めてと思います。
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