第五話 誤解
私はあの日から少し変だ。
会えるだけでよかった。
それだけで、よかったはずだったのに、私はもやもやとする気持ちが抑えられなかった。
あの日から一週間。
私は彼にあの日以来あっていない。
レンゲルド・スティーンボルグ
彼の名前だ。
自分の国にいたときは、この名前を口にすることはほとんどなかったし、心の中でそっと名前を復唱するのみだった。
しかし今は
「レンゲルド様は昨日私の部屋にこられたわ。」
「まあ、私は昨日の昼にレンゲルド様からじきじきに声をかけられましたのよ。」
「私は今日の夜のお約束をしていただきましたわ。」
ところかしこでその名前が言われている。
いろんな人の話が聞こえてくるたびに、キリキリと胸が痛くなる。
一体私はどうなってしまったのだろうか。
こんな痛みはしらなかった。
ドロドロとした、気持ち悪い欲が溢れてくる。
自分が自分でなくなってしまうようで怖かった。
私も、レンゲルド様にお会いしたい
彼の声を初めて聞いてから一週間。
女の人たちは、みんなレンゲルド様にお会いできているが、私は後宮の中を歩き回ったり、庭にでたりしても一度もお会いすることがなかった。
どうやってお会いしているのだろうか。
とりあえず行動しようと思い立ってはいたものの、なかなか事はうまくいかないものなのだと落胆する日々。
身分の低い貴族のつながりは欲しくないらしく、まだ私は女の人たちとあまりしゃべったことがないため、レンゲルド様の情報も分からずどうしようかと考えながら、今日も散策を続けていた。
一時間ほど、のんびり歩いていたとき一緒に散歩に付き合ってくれたアンナがふと、立ち止まった。
「なにか、叫び声のようなものが聞こえてきませんか?」
え?と思って立ち止まり、耳を済ます
「・・・・・やめて!!」
聞こえた!
と同時に走り出す。
ドレスはこんなとき本当に邪魔だ。
幸いにも愛剣はアンナが袋に入れて持ってくれていた。
うん、今日目立たない場所ですぶりをしようと思ってもってきといてよかった。
少し走ると、そこには一人の女の子が男二人に囲まれていた。
男たちは腰に剣をぶら下げていて、女の子の手を引いている。
「あら?あの人たちは・・・」
とアンナのつぶやく声が後ろから聞こえたが、意識は既に前方へとむいていた。
気づかれる前にかたをつけようと、さらに加速し、愛剣の袋と鞘をそこらへんに投げる。
一人の男がこちらをみて驚いた顔をするも、もう遅い。
すかさず剣の柄の部分で殴り倒し、もう一人の、女の子の手を引く男の首先に剣先を突きつけた。
「女の子に、少し乱暴なのではないか?」
無表情が相まって、剣で迫る私の顔はそれはそれは怖いらしいとうちの団員がいっていたが、この男も顔がすっかり青くなっている。
さて、女の子のほうは・・・・とみると
キラキラと目を輝かせていた。
え?
「お、お姉さまかっこいいー!!!!」
「姫様!なにか誤解を受けられているようなので説明をおねがいしますよ!」
剣先を突きつけている男がなにやら女の子に懇願している。
あれ?君、無理やり連れていかれそうになったんじゃ・・・
「お姉さますっごいかっこよかったんだけど、この人たちは私のごえいたちなの。べんきょう部屋につれていかれそうになって、ていこうしてたの。」
あっけらかんという女の子に目が点になり、慌てて剣を離す。
もう一人のほうをみると、完全にのびていた。
これは・・・やばいんじゃないだろうか
「あらやはり王都騎士団の方たちですわね。」
とアンナまでのほほんと言うもんだから、なんだか肩の力が抜けてしまう。
「も、申し訳ない。叫び声が聞こえたもので。」
というと、男は苦笑気味に
「いや、誤解を受けても仕方なかったでしょうし。それより、見事な剣さばきでした。」
といわれたため、思わず戸惑ってしまう。
ドレスを着た女性が、後宮近くからきたということで、側室候補だということはバレバレだろう。
なのにその候補が剣を振り回し、到底貴族の女のすることではないような勇ましい様子を見られては、ますます側室候補などふさわしくないと思われ、この王宮から出されるのではないだろうか。
顔が青くなっていく(無表情なので男は気づいていない)が、男は怒っている様子もないし、見事だと褒めてくれた。これは素直にありがとうと言うべきだろうか。
「もしよかったら、騎士団の訓練所をみにきませんか?」
これは突然のお誘いだった。
「剣を持っていたということは、どこかで訓練でもするつもりだったのでしょう?」
う、鋭い。しかし、貴族の女が訓練所にはいるなど、騎士達の邪魔になるのではないか?
そう思いきいてみると
「では騎士の見習いの服を貸しますよ。僕と一緒にくれば、僕付きの見習いと思われるでしょうし。なにより、あなたの剣さばきをみてから、僕も含めて、うずうずしそうな男たちが沢山おりますので、ぜひ見に来てください。」
どうやら、見習いを付けることができるほどの位を持つ男のようだ。そこまで言ってくれるのならばそのお誘い、乗るとするか。
「では、ぜひ。」
この訓練所での訪問が、のちに事態を急速にはやめていく結果となったのだが、今はまだ知るよしもない。