第二話 嫁ぐ?
始まりは叔父のこの一言だった。
「シルヴィはまだヴィングリー国の王子が好きなの?」
この日は、諸各国の動向を監査するという建前で、様々な国を放浪してまわる自由気ままな叔父が一年ぶり帰ってきたため、稽古をつけてもらっていた。
叔父のこの言葉は、私をどうようさせるには十分な言葉だった。
「隙あり!!」
その叫びと共に、木刀が頭にあたる寸前で止まった。
「な、なななな。」
私は叔父に負けたことすら気付く余裕もなく、なんで知っている!と叫びそうになったが、そういえば王子のことを教えてくれたのは叔父だったと思い出して脱力した。
「うむ。シルヴィはまた強くなったね。ちょっと冷や冷やしたよ。」
あっけらかんにつぶやく叔父・・・私の父の弟である・・・は私の驚きぶりに、私がまだ彼のことを好きなのだと察したらしい。
「恋歴8年か。年季はいってるね。」
ほっといてくれ。
「君たちが恋に落ちた瞬間を見た僕としては、なんとか君たちをくっつけたいんだけどね。あっちもいろいろ大変だったみたいで、僕としてもこんなに時間がかかると思わなかったんだよ。」
「?なにをごちゃごちゃいっているんだ?」
なにやらぶつぶついっている叔父についていけず、滴る汗をぬぐうためにタオルをとりにいく。
風呂でもはいりにいくかな・・・と思っていると、
「けどやっと君は19歳にしてお嫁にいけるよー。よかったねぇ。」
叔父が突然爆弾発言をした。
「・・・・は?」
普段無表情な自分の顔がぽかんしているのがわかる。
「いまヴィングリー国が側室候補を募っているんだ。王が国同士の戦争をなんとか終わらせたらしくて、周りの大臣とかが、今度は世継ぎ世継ぎうるさいらしいよ。まだ王になって2年なのに色々と大変だよね彼も。」
まだ頭が混乱していて、でもふと疑問が浮かぶ。
「・・・なぜ候補?」
「王と大臣が互いに譲歩した結果らしいよ。王はまだいいと言い張って、大臣はとりあえず側室だけでもと縋り付いて、結局大臣の粘り勝ち。とりあえず王が気に入った人を側室なりあわよくば正室なりにしてくれたらよしとなったらしい。あそこの大臣たちも悪くない人たちなんだけど、いかんせん王への愛が強いんだよね。うん。ちょっと曲がってるけど。」
彼が王となって2年。即位してすぐにヴィングリー国は両隣の国から攻められ、それがようやく最近になって収まったらしい。うちの国も影響が過多になりすぎない範囲でヴィングリー国を支援しているのは知っていたが。
私の国は、贔屓する国を簡単につくってはいけないから。
本当はすぐにでも飛んでいきたかった。なにか力になりたいと。
けれど私はこの国の姫で。彼とは一回も接触すらしたこともなくて。そんな状況で動けるわけもなく、ただただ悔しい日が続いた。
戦乱がおさまったことは安堵していたが、次は后か。大臣たちの気持ちはわかるが少し早急すぎる気もする。
彼は大丈夫だろうか。
ちゃんと休めているのだろうか。
「ほらほら、恋する乙女の顔になってるよ。そんな顔はほかの人にみせちゃだめだからね。」
私の無表情から表情を読み取れる人なんてなかなかいないし、第一そんな顔をした覚えもない。
むっとしながら叔父を見つめると、そんな私の考えを読み取ったのか
「初恋しかしたことないから鈍感なんだろうねきっと。」
といわれた。悪かったな初恋歴8年で、未練たらしくって。
「というかそこでなんで私が嫁ぐ話になる?」
「うーん、まだ今から兄さんに提案するんだけどね。シルヴィだって19歳だからそろそろ結婚の話がでないと、さすがにおかしいだろう。大丈夫、シルヴィがずっと彼のことを好きだったとかは言わないから」
まあそれは最近不思議に感じていたが。
私が武術を習うことはなんとか黙認した両親も、結婚にはいろいろいってくるだろうなと思っていたら、なにも言ってこないし。
武術を習わせてくれるから、ほかの作法も少なくとも、嫁にだすことに両親が恥ずかしく感じない程度には頑張ったつもりだ。
妹のシェリーには負けるが。
彼のもとに行ける。
それはシルヴィを甘く痺れさせる。
それは恋に落ちてから何ども願ったことで夢のような話だった。
けれど口下手な自分は、ただでさえ自分が恋に落ちたことを誰にもいえず、恥ずかしさともんもんとした思いをずっと心の中にとどめてきた。
でも、叔父は私が男の子のことを聞いたときから、私の恋を分かっていたとは・・・・。
今更ながら、恥ずかしくてうわー!としてくる。
「はいはい。脳内会議はそこまでね。兄さんとこにいこー。」
「え、今から?」
お風呂入りたいし、着替えてから・・・。
「今のふわふわしたシルヴィを見せたほうが効果あるしね。」
叔父がぼそっといった言葉の意味が分からず、私は叔父に背を押されつつ、父のもとへと向かった。
彼に会えるかもしれないという期待から、少しだけ頬が熱いのを感じていたが、とくに自分の表情にかわりはないだろうとおもっていた。
(うわあシルヴィーの体中に花が咲いてる。)
と叔父に思われていたことも、叔父でさえ気付く私の変化に家族が気づかないはずがないことも、なにも気付くことなく、私ははたから見ると無表情のまま、心はうきうきで父のもとにむかったのであった。