第十七話 そして二人は
現在、レンゲルドとシルヴィは城の客室にルドヴィリーとともにいた。
レンゲルドとシルヴィは向かい合うように座り、それをルドヴィリーは横から見ているかのような構図になっている。
ついさっきまでレンゲルドは夜会が行われていた会場にてシルヴィを横抱きにし、シルヴィに熱い視線をおくっていたのだが、事態の収集に動いたルドヴィリーと宰相のロンフィルによって、この部屋に連れてこられたのであった。
ルドヴィリーは彼らの観察をしながら、この面白い状況をどう解説すればよいだろうかと爆笑したい気持ちを必死に抑えていた。
まず、シルヴィは、熱があるのではないかというほど、顔が火照り、白い肌をバラ色にそめている。
無表情、鉄仮面と言われていたことなど吹き飛ばすかのように大変可愛らしい顔になっているのだが、シルヴィはまったくもって気がついていない。
レンゲルドを見たいのだろうが、直視するのが恥ずかしいらしく、レンゲルドの顔の下の服にばかり目をさまよわせている。
そしてレンゲルドはむしろルドヴィリーの存在など無視するかのように、シルヴィだけをまっすぐ見据えている。
その目はただひたすらに愛しいという愛情のこもった目をしており、シルヴィのバラ色の頬に今にも唇を押し付けそうだ。
というより、今この部屋に二人きりにした場合いまにもレンゲルドはシルヴィに飛びかかりそうなのである。現に愛情のこもった目には欲望も見え隠れしているのが、同じ男であるルドヴィリーには分かっていた。
なんとなくだが、飛びかかったとしてもシルヴィが拒絶するのをなんなく懐柔した上で、じっくりとねちっこく愛を囁き洗脳し、まるで合意のようにやることやってしまいそうな気がする。そして既成事実とばかりにルドヴィリーの約束と合わせて結婚をどうどうと申し込むであろう。奴はやる。必ずそこまで徹底的にやる。
お前は肉食獣か、今は待て状態で我慢しているのかと、突っ込みたい気持ちがでてくるのだが、所詮ルドヴィリーの想像なので、心の中で盛大に笑っておく。
彼らは二人だけの世界を作り上げており、ルドヴィリーにしてみれば、僕はここに居ない方がいいのでは?とも思うのだが、彼らはまだ、お互いに両片思いであることを知らない。
この状況になるまでに長い年月をかけてセッティングしてきたルドヴィリーにしてみれば、今更手を抜くことなどできない。というより、やっと苦労して彼らを引き合わせることができたのだ。この面白おかしい状況を見ずにしてどうすると開き直る。
そして、八年前から彼らを最高の形で引き合わせるための工作をしてきた同志たちに、この状況を報告してやらねばならないと、にんまりとした笑顔を出しながらルドヴィリーは考えた。
通称、彼女らを見守る会と呼ばれる団体は小規模ながらも様々な者が入り乱れている。
その代表格がシュバルティ国の王弟殿下であるルドヴィリー、シルヴィの母でありシュバルティ国王の后であられるルキニア様、そしてこのヴィングリー国の宰相のロンフィル、王都騎士団のシィーリィー、シルヴィの侍女であるアンナが挙げられる。
もちろん発足した瞬間は彼らが恋に落ちた瞬間で、その直後にルドヴィリーは、ヴィングリー国の宰相であるロンフィルに話を持ちかけた。
レンゲルドにシルヴィのことは一切教えるな、知らせるなという指示を出し、シルヴィを謎の女として、レンゲルドの中に印象づけようとした。
大抵の男は、シュバルティ国の姫だときくと、野心家になるか厄介事はゴメンだと尻込みして身を引くからである。
ルドヴィリーは、シルヴィの初恋をできうる限り実らせてあげたかった。
それはルドヴィリー自身が体験した過去がきっかけともいえるのだが、ただの親ばか(シルヴィは姪だが)ともいえる。
まあレンゲルドの執着が思ったよりも強かったのには驚いたが、この調子でいくなら無事に結婚までいきつくであろうとルドヴィリーは考える。
「それで?お二人とも、そろそろ僕の相手をしくれませんかね?」
はっとするように目線をルドヴィリーに向ける二人。本気でお互いにしか目がいっていないようだった。
「君たちはどうやら一度どこかで会っているみたいだね。お互い認識もあるみたいだし、二人がいいのなら、婚約を結んではどうかな?シルヴィーはもともと后候補として来ていたのだし、特に不思議ではないと思うけど。」
自分は会ったことを覚えているが、相手はきっと覚えていないだろうという考えが両者の頭の中に浮かぶ。
しかしながら婚約という言葉を聞いたとたんシルヴィは思わず仰天してしまった。
まさかそこまで話が進むなどシルヴィは思ってもいなかったのである。
「そんな!急にいわれてもレンゲルド様に迷惑がかかります。」
顔をさらに真っ赤にさせて、必死に動揺を隠そうとしているが、まったく隠されていない。
その様子にレンゲルドはといえばますます愛しさを募らせているのだが、シルヴィはいっぱいいっぱいで気付くことはなかった。
シルヴィは自分の初恋を叔父が叶えさせようと、レンゲルドに無理やり圧力をかけていると思っているようだ。
違うんだけどなぁと思っていると、レンゲルドがシルヴィに語りかけるように言葉を紡ぐ。
「迷惑などといわないでください。私はあなたと婚約が結べるのでしたら喜んで行いたい。もちろん、あなたが嫌でなければの話なんですが。」
「そんな・・・・嫌だなんて思うはずもありません。」
どこの出来立てカップルだと、砂を吐きたくなるのをルドヴィリーは必死にこらえた。もちろん、爆笑したいのもこらえた。
どうやら、遠まわしではあるが、お互いに婚約の意思があるのは伝わったようだ。
お互いの思いを伝え合うことなど、これからいつでも出来る。今無理やり伝え合うことはないだろうと、ルドヴィリーは思った。
これまで八年もの長い年月をかけて、片思いを温めてきた彼らだからこそ、ゆっくりとしたペースでその年月分の愛を語っていくほうがいいだろう。
お互いを見つめ合う二人をルドヴィリーは端からみながら、そろそろこの硬直状態から動き出さねばと、腰をあげる。
もちろん、そのルドヴィリーの様子に二人が気付くことはなかったため、
「とりあえず、そろそろ休まない?。」
もう夜中だし、夜会もそろそろお開きになりそうだよ?
とルドヴィリーが話しかけると、二人は夢から覚めたかのようにはっとし、ルドヴィリーに目を向けた。
「ほら、また明日ゆっくり話したらいいんじゃない?」
と提案するも、二人はなかなか頷こうとしない。
どちらもまだ、離れがたいような気をだしていたが、ルドヴィリーの提案を無下にするわけにもいかず、シルヴィにもしっかり休んでほしかったレンゲルドは、搾り出すような声で、シルヴィに声をかける。
「では、また明日お会いしましょう。ゆっくりと、おやすみください。」
「・・・・はい、レンゲルド様。おやすみなさいませ。」
そのレンゲルドの表情は、まるで体中を引き裂かれるかのような苦痛に満ちた表情をしており、一方のシルヴィも無表情の顔の中に、切ない感情が見え隠れしていた。
結果的に、やっと会えた二人を離すようなことになってしまい、そろそろ休もうと提案しただけなのにまるで僕が悪者のようだ・・・。とルドヴィリーが思ってしまったのも、無理はないと思う。
後宮の部屋へと帰るシルヴィを送れるところまで送り、後宮の前で待っていた侍女のアンナにシルヴィを任せたあと、ルドヴィリーはこれから行うべきことを頭の中で考える。
いろいろとやることはあるものの、とりあえずはミッションクリアの報告を「彼女らを見守る会」のメンバーにしなくてはならないなぁ、とルドヴィリーは心の中でウキウキとするのであった。