第十六話 レンゲルドの愛の始まり
「うん合格!」
それは突然の宣言であった。
真剣な表情はどこにいったのか、にっこり笑っていった殿下の言葉に思わずぽかんとしてしまう。・・・合格?
「いやぁ、まさかここまで彼女に依存しているとは俺としても予想外だったなぁ。まさか国ごと変えてくるなんて思ってもみなかったよ。彼女を守るっていっても、僕直々に剣術とかを指導したから、彼女が簡単にやられたり、誘拐されたりすることはないと思うけど、まあ君も相当強いってきいたから彼女を守ってやってよね。あの子には自分のことは自分で守れと言い聞かせてきたから守られることに慣れていないと思うんだ。」
口をはさむまもないままにマシンガントークを繰り広げる殿下に俺は、回らない頭を必死に回転させようとしていた。
つまり、俺は彼女に結婚を申し込んでいいと認められたのか。
彼女を、后にできる権限をもらったのか。
自覚のないままに、殿下へ目をむける。すると殿下はにぃっこりと笑顔を向けたあと
「まあ、結婚を申し込んだところで、簡単にはいくはずないんだけどね。」
といった。
その言葉に、思わずぐっと口を噛み締める。
冷水をかけられたかのように、浮かれた気持ちはあっという間にしぼんでいく。
それは、当たり前のことなのかもしれない。
彼女が結局誰なのかはまだ掴めていないにしろ、シュバルティ国の人間だ。
そう簡単に他国の者と結婚など出来るはずがない。
それがたとえ、他国の王としても。
浮かれた心を落ち着かせるかのように、冷静に物事を考える。
けっして焦ってはいけない。
これは長期戦なのだと、自分に必死に言い聞かせる。
そう、これまでと同じように、衝動を我慢し、暴れ狂う気持ちに蓋をして・・・。
そう、冷静になろうとしていたところで、殿下はあざ笑うかのように最大級の爆弾を放った。
「彼女、実は后候補でここに来ているんだよねぇ。」
頭が、今さっき以上に真っ白になる。
そして、激しい衝動が雄叫びをあげるかのごとく全身を包む。
彼女がいるだと?
ずっと、ずっと焦がれて焦がれて、身が張り裂けそうなほどに会いたかった彼女が、ここにいる?
「だから、これは俺からの最後の課題。彼女を、見つけてあげて。そしたら、彼女との結婚を俺が国にすすめてあげる。いい話だと思わない?王弟殿下の口添えだよ?」
王弟殿下の口添えとの提案に、ぴくり、と体が反応する。
「彼女が・・・・ここに?」
「うん、そう。だから、彼女を無事見つけることができたら、結婚の口添えを約束するよ。僕は約束を破ったりしないから安心してよね。」
彼女との結婚が急に、鮮やかに、目の前を彩る。
もう、我慢しなくてもいいのだろうか?
いや、もう、我慢できない。
リミッターが振り切れる音が、どこからか聞こえたような気がした。
地をけり、扉を蹴破るように開き、廊下を駆ける。
彼女が、彼女がいるのだ!!
もう、冷静になるなど今の俺には到底無理な話。
この浮き立つ思いはスピードを増し、加速してゆく。
体が燃え上がるように熱い。
何度彼女を思い描いただろうか。
何度会いたいと願っただろうか。
たった一度の逢瀬でなにをいうといわれるかもしれない。
しかし、そんなもの関係ない。
俺は自分の片割れに出会ったのだ。出会うことができたのだ。
それは、奇跡だと常日頃思ってきた。
一体この地に生きるものたち数十億人の中から、どれだけの者たちが、片割れとも言える運命の人に出会うことができるのであろうか。
彼女を思うだけで狂いそうになる。
いやすでに狂っているのかもしれない。
この熱を宿させるのも、この衝動を癒すのも彼女でしかできない。
長い廊下にイライラしながらも、頭の中では、先日のシィーリィーとの会話が浮かんでいた。
后候補の中に水色の髪などいなかった。そうなると、彼女は髪を染めていたのだろう。
そして、ルドヴィリー殿下が直々に剣術を指導していたという事実から、シィーリィーが褒めたたえるほどの剣術を持つ茶色の髪の女性が、なんとなく彼女につながっているような気がしてくる。
もし、その女性が彼女だったとしたら、あまりにも出来すぎているだろうか。
なんにせよ、まずはその女性をみつけなければならない。
少しでも彼女につながるものがあるならば、たとえほんの小さなことであろうと見逃すことは絶対にできない。
この半端ないほどの執着心は、俺が今まで培ってきた中で、一番といえるかもしれない。
そして、この執着心のおかげで、彼女に会えるのだとしたら、ここまで俺が育つきっかけをあたえてくれた殿下には感謝しなければならないな、と苦々しい表情を浮かべつつも考える。
というより、この数年で風貌は変わったにしろ、髪を染めた程度で彼女に気付かなかった自分を殺してやりたい。
どがぁん!という音と共に、俺は夜会が行われている会場のドアを開けた。
厳かで、キラキラと輝くものたちには一切目を向けず、吹き出す汗も、荒い息も気にかけずに、ただひたすら茶色の髪の女性を探す。
当たりを見渡すと、たくさんの茶色の髪が目に入った。
この茶色の髪は、我が国でも、他の国でも主に一般的といわれる色なので、后候補の髪色の中で一番多い色ともいえるだろう。
思わず舌打ちを打ちながらも、体は休めることなく、彼女らの顔をひとりひとり探して見ていく。
曲も止み、誰一人動かず、静かになったことすらまったく気づかずに、俺はただただ目を周囲に巡らせる。
誰もが、俺を見ていた。
こちらに体を、顔を向けているために、俺としても探しやすい。
そんな中、俺はふと、なにかに引き寄せられるように背後を振り向く。
それは本当に、何気ない思いつきであった。
ただ無性に、後ろを振り返りたくなったのだ。
別になにかを期待していたわけでもなかった。
彼女をみつけることへの確証はもちろんあったが、後ろを振り向こうというその衝動は、本当に何気ないものだった。
すると一人だけ、こちらに背を向けて、扉へと歩いていく女性がいた。
髪は一般的な茶色で、ドレスも他の后候補に比べると、あまり印象に残らないような色をしている。
こちらを、振り向いてはくれないだろうか。
俺が走っていき、顔をのぞけば早く確認できるというのに、体は固まったように動くことなく、足は地面にはりつけられたようだ。
願うように、恋うように、俺は彼女を見続けた。
振り向け!
そう、強く思った瞬間、彼女は、誰かとぶつかり、体を大きく揺らしてしまう。
こちらを完全に見ることはなかったが、顔が半分だけ、こちらにみえる。
その顔が見えたと同時に、おれは力いっぱい走り出していた。
扉の奥にはちょうどルドヴィリー殿下がいたのを確認し、一度だけ視線を送ったあと、目の前の彼女を強く、強く抱きしめた。
息がひゅっとなるのを聞いて、彼女の吐息をきいて、俺は感激のため息をもらす。
ああ、彼女だ。
俺の腕の中に収まる彼女は、華奢で、突然のことに体が固まっているようだったが、それすら愛しいと、感じた。
勢いのままに、彼女を抱える。もちろんお姫様だっこというやつだ。
そしてその体制のまま、俺はルドヴィリー殿下を見すえて、堂々と宣言した。
「ルドヴィリー王弟殿下、これで約束を果たしていただけますね!!!」
俺はいま、自分がどういう顔になっているのかまったく分かっていなかった。
約八年ぶりにもなる、心からの笑顔を出しているとはまったくもって気づくことなく、俺はただただ胸を熱くさせていた。
そう、俺は今、やっと彼女を手に入れることができたのだ。