秋桜学園合唱部2019 ~華奈~
さくら学院の生徒さん達をモデルにしたお話、今度の主人公は「華奈」です。今の藤平さんのAvengersとしての活躍も意識しながら物語を作ってみました。ラストの救世主役には、やっぱり永遠の推しのあの方にご登場いただいちゃいました。
楽屋で百恵とステップのチェックをしてる所で、楽屋の扉が開いた。中里先輩が顔を出して、私を見て、手招きした。ちょっと顔がこわばってる。嫌な予感した。
「華奈ちゃん、ちょっと来て」
廊下に出ると、幹代先生が立ってた。やっぱりこわばった顔をしてる。「何ですか?」
「理沙ちゃんが足首痛めた。」
血の気が引くのが分かった。「出られるんですか?」
「骨に影響ない。痛み止めとテーピングでなんとかなりそうだって言うんだけど」中里先輩が言った。ちょっとほっとする。うちのダンス部はただでさえ人数が少ない。アンサンブルにどうしても必要って、合唱部の私が駆り出されるくらいだから。
「よかった。じゃあ、みんなで出られるんですね?」
幹代先生が中里先輩に視線を投げた。嫌な予感がまた湧き上がる。
「怪我の処置が終わって、薬が効いてくるまで時間が必要なの。事務局に相談したら、出演順を変更してくれるって。入れ替えをお願いした学校も、協力してくれるって言ってくれてるんだけど、かなり出演順が遅くなる。多分、終演は16時過ぎになっちゃう。」
え?てことは?
「この会場を16時半に出るとして、合唱部のコンクールに間に合わない」中里先輩が言った。お腹にずーんって、その言葉が落ちてきた。
「華奈ちゃんのおかげでここまで来れた。理沙ちゃんのおかげでここまで来れた。みんなギリギリの中で、一生懸命頑張ってくれた。私は、みんなを誇りに思っています。」
幹代先生の声に涙が混じるのを、頭を下げて聞いていた。隣の百恵を横目でこっそり見たら、膝の中に顔を埋めて、表情を見ることができない。でも泣いてるって分かる。
「こんなギリギリになって、出場辞退っていうのは、みんな悔しいとは思います。全部、私の責任。理沙ちゃんの体調管理をしっかりできなかった。華奈ちゃんに綱渡りのスケジュールで無理させた。全部私の責任。みんなは何一つ悪くないし、何一つ、後悔することはありません。自分達がやってきたこと、ここまで来れたことを誇りに思って、胸を張って、学校に帰ろう。」
ダンス部、といっても正規の部員は6人、助っ人の私を入れて7人の急増チームだ。医務室に行ってる理沙を除いた6人で、会場のロビーの隅っこにいる。関東甲信越大会の会場。県大会をこの7人で乗り切ろう、と、急ごしらえで作ったチームだったのに、県大会で入賞、関東甲信越大会の出場資格を獲得してしまった時には、嬉しかったけど、正直やばいなって思った。私は合唱部の部長だし、ダンス部の助っ人活動は、県大会までって決めていた。サマーコンサートの練習にだってかなり迷惑かけたし、県大会終わったら合唱部に完全復活する約束だったのに。
ダンス部の連中もそれを分かっていて、関東甲信越大会は別の助っ人を頼むって言ってた。「なんとかそれっぽく立ってるだけの人でもいいわけだし」って、百恵が、くしゃっとした笑顔で言って、私はなんだか胸を突かれた。「まぁ、関東甲信越大会は記念出演ってことでね。」
最初に私をダンス部に引っ張った百恵。幹代先生の授業の時、ペアで踊って、百恵の激しいステップとしなやかな動きにヘロヘロになりながらついていった私を見て、目を輝かせて、「ダンス部手伝って!」って言ってきた百恵。「カナみたいなパワーダンスが欲しかったんだよ。今のうちのダンス部に、カナのダンスは絶対力になる」って、言ってくれた百恵。その百恵が、くしゃっとした笑顔で微笑みながら、ちょっと寂しそうに、「カナの代わりなんか、見つかるわけないからなぁ」って言った。泣きたいの我慢しているみたいな、優しい笑顔で。
そこまで来たなら、やりなよって、背中押してくれたのは、ダンス部じゃなくて、合唱部の連中だった。みんな声を揃えて、「もったいないじゃん」って言ってくれた。「折角大きな会場で、カナのダンスを見せられる機会もらえたんだから、やればいいじゃん」って。
それでも迷ってた私の決め手になったのは、サヤの一言だった。「カナは歌もダンスも好きだし、上手なんだから、両方頑張ればいい」って、サヤは言ってくれた。「今からどっちかに決める必要なんかない。どっちも好きで、どっちもできるのなら、どちらか一つに絞る必要はない。私たちは可能性の卵なんだ。卵のうちから、与えられたチャンスを捨てる必要はないよ。
「私は部長になりたかった。だから今だって、カナのいない合唱部、引っ張っていく自信はある」サヤは言った。「安心して、ダンス部頑張りな。最低限カナに参加してほしい練習は、事前にちゃんと教えるし、ミナミがしっかり調整してくれるから。」
それで私はここに来たんだ。ここにいるんだ。色んなものを犠牲にして。なのに、こうして膝に顔埋めている百恵に、何もしてあげることができない。折角、助っ人って言われてるのに。誰も助けてあげられない助っ人なんて。
みんな鼻ぐずぐずさせながら、そろそろ荷物をまとめようって立ち上がったら、携帯の着信音がした。Lineのメッセージ。ミナミから。
「理沙ちゃんから、サナエ経由で話聞いた。正確な終演時間教えろ」
何考えてる?とりあえず、先生からさっき聞いた、「会場を出るのが16時半になる」って返信。
「それならなんとかなるかもしれない。幹代先生に、辞退ちょっと待てって伝えて」
受付の方に歩いていく幹代先生の背中に向かって叫ぶ。「幹代先生!」
「会場まで車で移動することはもう考えたのよ」幹代先生が言う。
「父兄の方に検討してもらったの。確かに直線距離は短いけど、日曜日の渋滞がひどくて、かえって電車より時間がかかるから無理ですって言われて。」
「車じゃなくて、バイク手配するって言ってました。」
「バイク?」中里先輩が叫ぶ。「かっこいいなぁ。」
「森山さんのお父さんがバイク出してくれるらしくて。」
「コンクールの出場時間が17時15分。バイクだと渋滞あまり関係ないので、30分でなんとかなるだろうって。」
「でもギリギリでしょ?」幹代先生が言う。「これ以上、西野先生にもご迷惑かけられないし。」
「合唱部のみんなが、言ってくれてるんです」私は言った。声が裏返りそうになる。「ギリギリまで、諦めないでやれって。最悪、私抜きでも合唱部はなんとか歌える、でもダンス部は、カナがいなかったらフォーメーションが成り立たないからって。」
言いながら涙出てくる。ごめん、みんな。合唱部のみんなだって、絶対不安だ。合唱部だって、すごい少人数で、これまでじっくりアンサンブル煮詰めてきた。私がいないことで、ダンスのフォーメーションよりも繊細な声のバランスが崩れた状態で、本番を迎えないといけなくなる。それでも、あの三人は、なんとか歌うって言ってくれた。サヤ、モエ、ミナミ。カナがいない分、私たちで何とかするって。
カナがいなくても、カナの声はみんな知ってる。カナの声を想像しながら歌えば、声の響きは自然に変わる。カナの声を補おうと自然に声が出る。大丈夫、信じろ。離れていても、私たちは一つだ。
「分かった」幹代先生が頷いた。「あとで西野先生に、私から謝っておく。」
舞台袖に行ったら、理沙がぐしゃぐしゃな泣き顔で抱きついてきた。「足は大丈夫なの?」
「大丈夫。ごめん。みんなごめん。カナごめん。」
泣くな、笑え、もうすぐ本番だぞって、笑顔向ける。心の中の不安の波風は押さえろ。今のこの舞台に集中する。合唱部のみんなも、コンクール会場で緊張してるんだろうな。頑張れ、私も頑張る、そして、絶対、みんなの所に行くから、待ってろ。
舞台に出て行って、立ち位置につく。他の学校の人数から比べれば、たった7人のうちのダンス部は、見るからに見劣りする。でもね、この7人は正直選りすぐりだよ。県大会でも、始まった瞬間から、一瞬で会場全体を支配した自信がある。一回できたんだから、また絶対できる。そう、私たちは選ばれた7人だ。
激しいドラムのビートとともに、大きな三角形の形をまるで心臓の鼓動のように激しく鳴動させながら回転させる。三角形から四角形、六角形、星形と形をかえながら、中央に立つ百恵が刻む細かいビートに連動していく。メタルロックの現代的な響きの中に、ラヴェルの「ボレロ」のような原始的な一定のリズムを身体の動きで強調する。百恵の身体がしなやかにくねり、会場の視線が百恵に集中するのが分かる。
そこで突然、音楽の調子が変化する。その瞬間、一瞬聴衆の視界から百恵が消えて、理沙と私がシンメトリーに立つ。そこからは二人のコンビネーションダンス。高速のビートに合わせたブレイクダンス。身体の柔らかさが持ち味の百恵と、動きのキレとパワーが持ち味の理沙と私の三人だから、効果が際立つんだ、と幹代先生が言った。音楽に合わせて自分の関節の可動域を思いっきり活かしてくれる幹代先生の振付が好きだ。ライトの中に自分の汗がはじけて光る。歌もいいけど、やっぱり私はダンスも好きだなぁ。
それぞれのソロパートを微妙にずらして絡め、一体感を失わずにつながっていく7人の体の動き。7つの別の生き物が、時に1つの生き物になり、時に7つに分裂し、時に3つに、時に2つに、と変幻自在に変化していく。2分間、私たちは見えない絆でつながっている。この感覚がたまらなく好きだ。
ラストが近づく。理沙が笑顔をこっちに向ける。ちょっと顔がゆがむ。やっぱり無理してるよな。最後の大ジャンプ、理沙の代わりに私がやるしかない。視線を飛ばすと、理沙は視線で答える。よし、行くぞ。
二人が投げ上げた百恵の身体が回転しながら後方の二人に受け止められたら、上手と下手から理沙と私が駆け込む。本当なら理沙と交差するところで、理沙が姿勢を低くして滑り込む、その手に向かって身体を預けて、飛んだ。一瞬世界が大きく回転して、着地。
その瞬間、音楽が止んだ。拍手が起こって、なんだか体中が脱力する。なんとか終わった。ギリギリまで、冷汗かいたけど。
客席に向かってお辞儀して、舞台袖に駆け込む。結果発表とか待ってる暇ない。時計を見る。16時20分。着替えて、駐車場に5分で行かなきゃ。
「カナ!」と、楽屋を飛び出した私の後ろから声がした。百恵が追いかけてくる。「何?」
「とにかく走れ、走りながら言う。」百恵が私を追い越して、エレベーター見て、「階段が早い」と叫ぶ。
「森山さんのお父さん、到着できてないらしい」百恵が私と階段を一段飛ばしで駆け下りながら言った。
「なんで!」私は叫ぶ。こんなに必死に頑張ったのに。
「連絡がうまくつながらなかったみたいで」百恵はそれでも、立ち止まろうとしない。駐車場に向かう廊下を走る。「でも、代わりのバイクを調達したみたいだ。」
「代わりって、誰?」私は叫ぶ。16時25分。駐車場に二人で駆けだして、周りを見回す。それらしいバイクなんかいないぞ。
「16時30分って言ったから、時間通りに来るのかな」百恵が言った。
「ちょっとでも早く来て欲しいんだけど」わたしはイライラ呟く。その時、爆音がした。小ぶりのバイクにまたがった黒いライダースーツの上下がこっちに向かってくる。女の人か?
「早いね!」とヘルメットを外しながら、明るい声が言った。ショートヘアの笑顔。「いいダンスだったよ!」
「綾ちゃん先輩!?」なんで?
「夏に免許取ったばっかりだから、命の保証はない」綾ちゃん先輩が言いながら、ヘルメットを投げてきた。「ほれ、早くかぶって、後ろに乗りな。」
後部座席にまたがって、ヘルメットつけようとしたら、百恵がバックを背負うのを手伝ってくれた。「カナ、ありがとう。」
「助っ人が逃げちゃったら困るもんね」って言ったら、百恵がまた、クシャっとした笑顔で頷きながら、ぽろぽろ涙流した。「楽しかった。」
「私も。」
「それ、行くぞ!」綾ちゃん先輩がアクセル踏んだ。
「私会場に来てたんだよ」信号待ちの時、綾ちゃん先輩が言った。「カナのダンス見たくてさ。コンクールの時間知ってたから、私も、これやばいんじゃないかな、って結構心配してたんだ。そしたら、中里先輩からSOS来て。私がバイクの免許取ったって、報告してたから。」
「なんか、私のために、すごく沢山の人たちに迷惑かけちゃった。」
信号が変わって、バイクがスタートする。渋滞している車の脇を、すいすい抜けていく。これなら本当に間に合うかもしれない。すごく綱渡りだけど。でも、綾ちゃん先輩は「五体満足かどうかは分からないけど、絶対間に合わせるよ」って笑顔で言った。いや、できれば五体満足で到着したい。
「私がダンスやりたい、なんて言わなかったらよかったのに。部長なのに」って言ったら、綾ちゃん先輩が大声で、「聞こえない!」って返事してくる。信号の手前で、振り向いた。「タンデムだと声聞こえにくいんだ。耳元で喋って。こっちは運転集中してるから、返事は信号待ちの時だけ。OK?」
「OKっす」信号が変わって、またバイクが進む。
「私がダンスやりたい、なんて言わなかったらよかったんですよ」綾ちゃんの耳元で叫ぶ。「合唱部の部長なのに、無責任に、自分のやりたいこと優先して、みんなに迷惑かけて。歌もダンスも、なんて、二つとも頑張る、なんて、こんなに沢山の人に迷惑かけて。」
あれ、叫びながら、なんか涙出てきた。ごめんみんな。余計な心配させて、無理させて、私なんか、部長失格だ。
「合唱部のみんなだけじゃない、綾ちゃん先輩にも、モエのお父さんにも、色んな人振り回して、私が贅沢言うから。」
分かってたんだ。絶対無理が出るって。合唱もダンスも、なんて欲張って、結局どっちも中途半端になる。それだけじゃない、色んな人に迷惑かけて。
信号が変わって、バイクが止まると、ヘルメット押し付けた綾ちゃん先輩の背中の奥から、「迷惑なんかじゃないよ」って声がした。
「迷惑なんかじゃないよ。みんな、カナのダンスが見たいんだ。カナの歌が聞きたいんだ。カナが贅沢だっていうんだったら、みんな贅沢なんだよ。」
バイクがスタートする。風切り音の向こうから、綾ちゃん先輩が叫ぶように大声で言う。
「カナは、みんなを笑顔にできる人なんだから!歌で、ダンスで!だからみんな、カナのために色々頑張ろうって思うんだ。カナが一生懸命だから、みんなもカナのために、一生懸命になるんだよ!それを迷惑なんて、言っちゃだめだ!」
綾ちゃん先輩の背中から回してる腕、ぎゅっと力入れる。泣いてるの気づかれただろうな。歌頑張る。絶対、みんなと一緒に歌うんだ。みんなと一緒に、「信じる」を。
「綾ちゃん先輩」耳元で叫んだ。
「何?」叫び返してくる。
「ショートカット、似合ってますね!」
「そいつはどうも!」
バイクが進む道の先に、県立芸術劇場の建物が見え始めた。「まくるぞ!」綾ちゃん先輩が叫ぶ。
「安全運転でお願いします!」と耳元で叫んだけど、綾ちゃん先輩の返事はない。
(了)
最後まで読んでくださった方がいらっしゃったら嬉しいです。