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異世界の姫さまが空から降ってきたとき 作者:杉乃 葵

第七章 美雨

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第九十三話 『恐慌』 (be panic-stricken)

「この辺でいい。その壁にもたれさせてあげて。」

 麗美香の指示通りに、女子寮を取り囲む塀に抱えていたタマを座らせて壁にもたれさせる。人生二人目のお姫様抱っこの相手は見ず知らずの女の子だった。麗美香がタマと呼んでいる人物。そしてこの子の顔はファイルに在ったので本名やら何やらは覚えている。ただ、取り立ててそのプロフィールには特徴的なものは無い存在だった。まさに無個性。それ故にスパイに向いていたのかもしれないが。



 事は半時ほど前に遡る。麗美香と別れて、自分とニーナは家に帰る途中だった。美雨とヤマゲンもそれぞれに寮に戻ったはずである。麗美香からの連絡待ちという事で今日は解散となった。子猫については美雨が部屋に連れて行った。ここの寮はペット禁止であるが、こっそり部屋に入れるつもりらしい。ルームメイトにも頼み込むつもりとのこと。猫が嫌いな人は居ませんから、という美雨の言葉。いや、猫嫌いな人も居るぞと思ったが黙っておいた。
 そんな時である。ニーナと一緒に帰宅のバスを待っていたのだが、麗美香から電話が在ったのだ。

「ポチだけすぐに来て。大至急。他の子には何も云っちゃダメ。わかった?」

 一方的に捲し立てられた。かなり焦っている様子だった。他の子に云っちゃダメって、まあニーナしか此処には居ないけど、そして今まさに帰りのバスに乗ろうとしていたところなのに、どう云えと。下手な云い方したらニーナの奴も絶対一緒に来るって云うと思うからな。うーん。

「ごめんニーナ。急用が出来た。先に帰ってくれ。」

 不審な顔をして乗り掛かったバスを降りようとするのを両手で押し止めて、

「なんか、麗美香が自分にだけ話があるらしい。」

 あれ? なんか凄く下手な云い方した気がする。ニーナの眼が見開かれて硬直した。そのまま上手い事にバスの扉が閉まり、中にニーナを残したままバスは出発して行った。バスの運ちゃんグッジョブだ。
 まあでも、アレじゃ戻ってきそうだなあ。その辺は不安ではあるが、今は急ごう。麗美香の焦った様子が気になる。タマに会いに行って何か不測の事態が起きたのだ。

 指定された場所に着いて驚いた。薄暗い公園に麗美香がハルバードの先を何かに突き付けていた。その先に女の子が倒れていたのだ。

「麗美香、お前、殺っちゃったのか? すまん、死体遺棄の手伝いなら勘弁。まだ犯罪者になりたくないし。」

「死んじゃいないよ。ただ、さっきからまったく動かないけど。ちょっとポチ、その子触って確かめて。」

 おいおい、此方に罪を擦り付けるつもりかこいつ。指紋でも付けさせようってのか。ひでえ奴だ。とりあえず倒れている女の子の側まで行き、状態を観察する。微かに呼吸はある様子だ。僅かだが身体が呼吸に合わせて動いている。

「遠慮なく、好きに色んなとこ触っていいよ。視なかった事にしてあげるから。」

「そんなことしねーーーよっ! お前、何云いやがる。」

「ちっ。役立たず。まあいいわ。じゃあ、その子抱えて。移動するから。」

「なあ、ひとつ確認したいんだが、この子がタマなのか?」

 ハルバードの先を倒れた女の子に突き付けたまま目線も此方に向けずに不機嫌そうに「そうよ。だから?」と吐き捨てた。なおも事情の説明を求めるが、

「説明は後。まだ闘いの真っ最中よ。いいからこの子を抱えて。此処から離脱するから!」

 いつもの冗談めいた声音ではなく、本気の声だと感じた。それだけに事態の切迫感が伝わった。詳細がまったくわからないのが不満であるが、麗美香の言を信じるのであれば一刻も早く此処から立ち去るのが正解なのだろう。色々聞きたい事はあったが、今は麗美香に従って置いてやる。

 タマを抱え上げた。想像よりも随分軽かったので少し驚いた。小柄で細身ならこんなものなのかとよくわからない感想が出た。

「じゃ、ポチが先頭で歩いて。女子寮の方に戻るよ。」



 そして女子寮の壁にタマをもたれさせるに至る。

「で、この子どうするんだよ? このまま此処に放置するのか? 部屋に連れて帰るんじゃないのかよ。」

「此処に女の子が倒れてるって通報しておくから大丈夫よ。後の事は知らない。」

 公園と同じく、タマにハルバードを突き付けながらそんな事を云う麗美香。

「ポチ。あんたポチだよね?」

 視線はタマに向けたまま、麗美香が尋ねる。質問の意味がわからない。

「意味がわかんねえよ。いい加減事情を説明しろよ。」

「そうね。ちょっとわたしも混乱中。なので、上手く説明出来ないけど。この子の身体はタマだけど、中身はタマじゃなかった。別の奴。あいつはわたしの御姉様とか云ってたけど。本当かどうか知らない。なんていうの? 乗り移り? 違うか、えっと、入れ替わりみたいな感じ。あいつがタマと入れ替わったって事。」

「すまん、何云ってるのがよくわからないが、この子とお前の姉さんが入れ替わったって事か? でも、確かタマってあの子猫になってるみたいな感じだったじゃねえか。」

「わたしが知るわけないでしょ。あいつが猫だったんじゃない? そんな事はどうでもいい。問題は、今あいつが何処に居るか。まだタマの中に居るのか、それとも別の生き物と入れ替わったのか。それに、どうやって入れ替わるのか、その方法がわからないから、気をつけなきゃ。ポチも気をつけて。あんたこの子に触ったでしょ。わたしはまだ触れてないから大丈夫だと思うけど。」

 おい、今聴きづてならない事云ったぞ、こいつ。触ると入れ替わられるかもしれないから、麗美香は触らずに此方に触らせたのか? ひでえ奴だ。なにが味方だからだよ。信用できねえ。

「だって、わたしが入れ替わられたらポチにどうにか出来るの?」

「いやまあ、確かにそうだけど、此方が入れ替わられたらどうするつもりだったんだよ?」

「ポチが入れ替わられても、わたしは簡単に倒せるから問題ないし。」

 倒す事が前提なのかよ。確かに云う通り、麗美香の判断は間違ってないかもしれないけど、納得いかねー。

「ごめん。ほんとは悪かったと思ってる。ごめんね。でも、ポチならやってくれると思ったから。」

 潤んだ瞳で突然そんな事云われたら、許そうとしてしまうそんな男心が嫌だ。まったくこいつは卑怯だ。

「まあ、最良の判断だったと納得しておいてやるけど、その代わりちゃんと始末をつけろよ。」

「わかってる。ありがとう。絶対あいつ、ぶっ倒す。」

 麗美香はタマの身体に注視しながら少しずつ距離をとって女子寮方へ移動して行った。

「なあ、このままこの子の身体拘束して監禁とかしなくていいのか? 放置してたらどんどん別の生き物に移動してってすげえ厄介な事になりそうに思うんだけど。」

「ポチ。女子高生監禁陵辱で逮捕されたいの? そんな事したら余罪まで暴かれて大変な事になるよ。」

「まて、陵辱とか云ってないし、それに余罪が在る事が何で前提なんだよ。」

「今のわたしたちに出来る事は此処まで。後手後手だけど、悔しいけど。」

 麗美香の沈痛な表情に何も云えなくなった。不安要素だらけだ。このまま放置するのも不安だし、側に居るのも不安である。

「とにかく、他のみんなにはわたしから説明しておく。ポチも充分に気を付けて。」

 そう云うと、さっさと女子寮の中に入っていった。

 そうだ、万が一の事がある。まだ自分が自分で在る内にニーナには伝えておかなければならない。麗美香がみんなに伝えると云っていたが、いつ伝えるつもりなのかわからない。ニーナには帰ったらすぐにでも会う事になる。その時に何か在ってからでは遅いのだ。

「お掛けになった電話は、機嫌が悪いためお繋ぎできません……」

 ニーナの声が電話口から聴こえる。ごめんよ。どうやらバス亭での事で怒ってる様だ。

「ごめん。ニーナ。ほんとうにごめんって。とりあえず、今から大事な話をするから、聞いてくれ。頼むから聞いてくれ。」

 そう云って懇願するより他に無かった。
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