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異世界の姫さまが空から降ってきたとき 作者:杉乃 葵

第七章 美雨

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第八十三話:possession

 放課後、一緒に帰ろうとコーイチに話しかけた。

 でもコーイチから返事がない。
 何か凄く難しい顔をしてぶつぶつ云っている。

 背中でも叩いて私に注意を向けさせようかとも思ったけど、コーイチの顔があまりにも真剣だったので、辞めておいた。
 こーいう時は、そっとしておくのがきっと良いのだと、自分に言い聞かせてそっと教室を出る。

 そのまま帰ろうと思って、正門の方に向かったけど、このまま帰ってお母様のお手伝いをしてもいいのだけれど、そんな気分にも慣れなくて、その足を中庭の方へと向けた。

 ここしばらくの事。

 慌ただしくいろいろな事が起きた。

 屍魔の大群に追われ、マルニィを失い、多くの城兵たちが犠牲になった。
 お爺様にこの世界に送られ、死なずに済んだ。

 それでも私は確かめずにはいられない。
 私がそれまで居た世界が、今どうなっているのか?

 あの状況を考えると、みんなきっと・・・・・・

 仮にそうだとしても、やはり自分の眼で確かめなければ気が済まなかった。
 戻った結果、誰も居なくても。全てが無くなっていても。
 確かめなければ、ずっと私は動けないで居る。
 確かめる事が出来れば、結果がどうあれ、私は踏み出せる気がするのだ。

 歪がまだ存在していたと分かった時、まず始めに考えた事は、そこから元の世界に戻れるのではないかということ。
 歪を通って屍魔たちがこの世界にやって来た。その事への懺悔の気持ちはある。でもそれ以上に元の世界へ戻れる可能性に私の心は踊ってしまっていた。

 歪が閉じたと理解した時、自分に言い聞かせた。
 もうこれで希望は無いのだと。
 私は、ここで生き、ここで死んでいくのだと。

 コーイチが傍に居てくれる。

 それなら不安は無い。
 いや、無いことは無いのだけれど。
 知らない世界にたった独りになった気持ちを緩ませてくれている。
 プロポーズもしてくれたし。
 あれにはびっくりしたけど。
 悪い気はしなかった。
 受けるかどうかは別にして、すごく心強かった。
 コーイチを通して、この世界に居る事を許されている。そんな感じ。

 他の人と仲良くなれないことはないけれども、少なくとも今はその気持ちになれない。

 きっともっともっと時間が経って、この世界が自分の世界のようにちゃんと感じらる時が来たら、そんな未来も待っているかも知れない。

 いつの間にか中庭に着いていた。
 放課後のこの時間、人は居なかった。
 いや、独り、白い猫とまるで会話しているような女生徒以外は、居なかった。

 バリンっと、遠くでガラスの割れる音が聞こえた。

 驚いて音がした方に眼を向けると、白い病衣を着た見知らぬ女の子が私に向かって突進してきた。
 本能が危険を察知し、身体が自然に身構える。

 「「ニあぁぁぁーナがぁ!!ちゃん」」

 咆哮に混じって私の名を呼ぶ声が聞こえた。

 『ニーナちゃん。生きてたのね! よかった!』

 突進しながらの叫び。喜びに湧き上がるその音。
 その声を聞いて、私の思考は停止した。

 もう私には二度と聞くことが出来ないと思っていた音、発音、イントネーション、言葉。

 それは、慣れ親しんだ私の国の言葉だった。

 そして、私の事を私の国の言葉で『ニーナちゃん』と呼ぶ者は、唯一人しか居ない。

 『マルニィ・・・・・・なの?』

 その顔立ちは全く私の知るマルニィとは別人。
 でも、その口から紡がれる言葉はマルニィでしか有り得なかった。

 喉元に喰らいつこうとする彼女から逃げる事を、私の思考が、感情が邪魔をした。

 がしゅぅう

 身体に組み付かれ、押し倒され、喉元に噛みつかれる。
 小柄な少女とは思えない強烈な力で締め上がられ、引き剥がすことが出来ない。

 本能が命の危険を感じた。
 猛獣に喰われる獲物はこんな気分なのだろうかと思う。
 必死に抗い、引き剥がそうとしても全く微動だにしない。
 喉元が噛み切られるような感覚があり、もう終わりだと思った。

 最後の抵抗にしては抵抗にすらならないけど、相手の素性ぐらい知ってから逝きたいと思った。

 手を彼女の頭に当てて彼女の情報を探る。
 コーイチに禁じられたけど、もういいよね? 私の最後の意地だから。

 掌を伝わって彼女の情報がやって来る。

 だがそれはあまりにも暴力的な情報量だった。
 堰き止められていた堤防の水が決壊によって一気に濁流となって襲ってくるかの様な暴力。

 そのせいなのか、それとももう私の時間が終わりを迎えたのか、意識が真っ白に遠のく。

 こんなところで終わってしまうのか・・・・・・

 死に際を間違えた結果なのね。

 それならばいっそ、あの時、元の世界で死にたかった。
 助けてくれたマルニィには悪いけど。

 はっ! そうだ! マルニィ!

 意識が覚醒して身体が跳ねるように起き上がった。

 起き上がった?

 気が付くと私を組み敷いていた彼女の身体は無かった。

 喉元に手をやる。
 噛み切られたと思った喉には傷一つ付いてなかった。
 あれ? なんで?

 足下を観ると、コーイチが彼女を取り押さえていた。

 「コーイチ?」

 なんでコーイチが? いつの間に?

 「ニーナ。気が付いたか? 大丈夫か? 噛みつかれてたみたいだけど。」

 コーイチは押さえつけている彼女の予想外の抵抗の強さに戸惑った様子ながら、なんとか動きを封じていた。

 「あ、うん。大丈夫。怪我も無いみたい。」

 まだ、突然の出来事に興奮してしまったためか、現実感の無いままに感情の無い返答をしてしまった。

 「そうか良かった。でも、この子どうしようかって、余裕もないんだけど、今にも引き剥がされそうっ!!」

 「あぁぁぁがぁ!!!!」
 『ニーナちゃん。助けて! ここ何処? わたしどうなるの? お願い! 助けて!』

 マルニィの言葉で語る病衣の少女を視て、そして、先程、私に流れ込んで来た濁流の様な情報で掴めた範囲での推測。
 それをマルニィの意識に伝えるべきかどうか、私は逡巡した。

 しかし、コーイチに押さえ付けられながら、必死に叫び続ける少女を視るに耐えかねて決断する。
 マルニィの意識は本物。そしてそれはきっと、今だけなのだから。

 『マルニィ。ごめんなさい。私はあなたを助けられないっっ・・・・・・』

 気持ちを抑えようとしていたけれど、身体が言う事を訊かなかった。嗚咽し、その場で膝をついた。
 彼女の頬に手を添えて、伝えなければならないことを伝える。

 『マルニィ。あなたはもう死んでしまったの。もうゆっくりお休み。その身体はあなたの物じゃない。』

 マルニィの言葉を発する少女はぽかんと口を開けて私を観ていた。
 その表情が懐かしいマルニィを思わせた。

 『私はあなたに助けられた。ありがとう。感謝してもしたりないぐらい。だからもう、安心して。』

 命の恩人に、その死を告げなければならない。
 これもまた、死に場所を間違った私の罪なのかも知れない。

 マルニィに心の中で懺悔する。
 マルニィには伝えられない。

 マルニィが此処に現れた理由。
 それは私の生死を確かめたかった事だから。
 私が無事に安全な場所に居て、この先も幸せである事。

 それがマルニィが・・・・・・屍魔に喰われ、屍魔の中で生き続けていたマルニィ意識が願っていた事だから。

 この病位の少女は霊媒。
 屋上で死んだ屍魔の霊魂を憑依させてしまったのだ。

 『ニーナちゃん。良かった。』

 マルニィの意識はそう呟くと、マルニィらしい柔和な笑顔を創り、そして消失した。

 ガクリと、その顔が落ち、少女の全身が脱力する。

 その様子に死力を尽くして取り押さえていたコーイチはバランスを崩して転がった。
 何が起こったのかわからない様子で私を観た。

 ああ、そうか。
 私の国の言葉で話していたから、コーイチにはわからなかったんだと、気づく。
 コーイチに事の顛末を説明しようとしたとき

 「貴方たちはいったい何なんですか?」

 見知らぬ女生徒が後ろから声を掛けてきた。
 そういえばこの子、さっき猫と会話してた子だ。

 何処まで観ていたのだろう?
 何処まで説明していいものだろうか?

 助けを求めて、コーイチを観ると、コーイチも私に助けを求めて観ていた。

 「貴方たちはいったい何なんですか?」

 返事の無い私たちに業を煮やしたのか、彼女は同じ質問を少し強めの語調で繰り返した。

 「何って、あの私にも今何が起こったのか解らないんです。突然襲われまして。」

 コーイチに答えて貰いたかったけど、明らかに私に向けて詰問していたので、私が答えざるを得なかった。

 「いえ、その事ではありませんです。」

 彼女は静かに首を振り、まるで私の心に問いかけるように、その言葉を発した。

 「マルニィって誰なんですか?」 
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