ある晴れた日。コナンは帝丹小の教室内で、
「(ハァ…退屈……)」
と思いながら、珍しく元太達に出す暗号を考えていた。
「あら、珍しいわね。あの子達に与えるエサを用意するなんて」
横から哀が皮肉をたっぷりと乗せて言う。
「エサってなぁ…あいつらは犬かよ」
コナンは呆れ返って呟いた。哀は平然として、
「エサ、でしょ?あの子達にとっての暗号は。他にどう
例えたらいいのかしら?名探偵さん?」
そう言ってコナンを困らせると、自分は教科書の下に隠した
薬学の本を読んでいた。
コナンは本を覗いてみたが、自分でも分からない化学式が
ビッシリと詰め込まれていた為、読むのを諦めて暗号作りに
集中する事にした。
小林先生は、この二人に当てようとはしない。当ててしまえば
すぐに答えてしまい、他の児童達がついて行けないのだ。
それで二人は余計に退屈な気分になったのである。それからは、
二人とも自然に他の事をする様になった。
放課後、お馴染みの元太、歩美、光彦が、どこで仕入れたのか、
誰に聞いたのかも知らないのだが、コナンに向かって、
「暗号考えたんだってなコナン」
「早く見せて見せて!」
「すぐに解いてみせますよ!!」
と、殆ど同時に話し掛けた。コナンはその時、
「(…なるほど。犬だ。やっぱ暗号はエサだな)」
とつい思わず考えてしまった。が、その考えは何とか振り切り、
問題を出す事にした。
「校庭のどこかにな、博士の作った新しい探偵団バッチを隠したんだ。
これがその場所を指した暗号だ」
コナンは三人に一枚の紙を渡して教室を出た。光彦は難しそうな顔をして、
「バッチのある場所は、19 1 11 21 18 1 14 15 11 9 14 15
13 9 26 15?訳分かりませんよ」
それを聞いた途端哀はクス、と笑い、
「江戸川君も洒落た真似するのね」
と言った。それを聞いた三人は、哀に答えを教えてくれる様にせがんだ。
すると哀は、笑いながらこう言った。
「26までしかない文字。これだけ言えば、貴方達の中の一人位は
気付くんじゃないかしら?」
それだけ言うと、哀は「先に行ってるわ」と言いながら、教室を
出て行った。元太はつまらなさそうに机にどっかと座って足を乗せ、
「なんだよー!あれだけじゃ分かんねーぞ!!」
と吐き捨てる様に言った。だが、光彦はきょとんとした顔で、全く
思いがけない事を口走った。
「…分かったかも知れません」
その言葉を聞いた拍子に、元太はバランスを崩して机から落ちてしまった。
「えーっ!?本当なの?光彦君!!」
二人は光彦に駆け寄り、彼の見解を聞いた。
「まず、先ほど灰原さんが言っていた、“26までしかない文字”。
これは、アルファベットの事を意味しているんです」
「アルファベット?」
「知っているでしょ?ABCっていうアレですよ。Aを1として考えると、
全て辻褄が合うんですよ!『19 1 11 21 18 1 14 15 11 9 14 15 13 9 26 15』
は、何と、『桜の木の溝』って読めるんです!!」
光彦は嬉しそうに話した。二人の瞳も輝きだし、
「よぉーし!桜の木に向かってレッツゴー!!」
と、三人は教室を飛び出した。
校庭の隅にある桜の木。皆から忘れられた様に立っていて、
この季節以外は邪魔者扱いさえされている木である。
「貴方にしては随分簡単すぎる暗号ね…何か思い入れでもあるの?この木に」
桜を近くで見ていたコナンに、後から来た哀が言った。コナンはゆっくりと
語りだした。
「…小学校に上がった年にな、俺んとこの家族と蘭の家族とで、ココに
花見によく来てたんだよ。けど…あれから三週間後に例の事件があって、
蘭んとこのおばさんが出て行っちまってよ。あれ以降もココには俺達で
木登りしたりしに来てたんだ。つまり、ココは俺の一番の思い出の場所、
って訳だ」
コナンは懐かしそうに桜を見上げていた。哀も桜を見上げながら、
「…私も、桜には思い出があるの」
と呟いた。だがコナンには聞こえなかったらしく、ただただ
見上げているばかりだった。哀は微笑して、五年も前の事を思い出していた。
五年前。まだ明美が生きていた頃、喫茶店で食事をした
帰りに近くの公園に行ってみたのだ。
その公園にはたくさんの桜が植えられていて、二人共まるで桜吹雪の
中心にいる様な気分になっていた。
「志保。私、何だか凄く気持ちいいんだ。桜を見てると、まるで
ドロドロした黒い気分が一気にスーッと消えていくみたいで」
と笑顔で言った。志保も笑いながら、
「…私も。薬や試験管やパソコンの画面とばかり睨めっこしてたから、
すがすがしくて気持ちいい」
と返した。明美と志保は顔を見合わせ、再び笑った。
「ねえ志保。私達、絶対に生きていこうね」
突然笑顔で重い事を言われた志保はびっくりしたが、それでも志保は
姉・明美の事を信じて、笑顔で頷いた。
あれから五年。明美は組織の手にかかり、志保は組織から抜け出す為に
薬を飲んで、今はこう着状態。哀は溜息を吐きながら、暗くなった気分を
追い出し、周りが見えなくなっているコナンを、
「ホラ、あの子達が来たわよ」
と言って無理やり現実に引き戻した。
「探せ探せ!溝だ溝!!」
元太達は完全に『桜の木の』という事を忘れている。その内、
「あ!ありました!!コレですよ!!」
光彦が小さな袋を溝から引っ張り出した。
そして開けてみると、今までと同じ型のバッチが入っていた。
「なあコナン、コレのどこが新しくなったんだ?」
元太が胡散臭そうな表情で聞いた。コナンはバッチを取り出して、
「ここ。表面が十枚ぐらいシールになってるんだ。このシールが
盗聴器になってるんだとよ」
と面倒そうに言った。
「それにしても綺麗ですねえ。桜の木がこんなに綺麗だとは
知りませんでしたよ」
光彦が言い出すと、
「本当…綺麗……」
「気付かなかったな」
歩美と元太も続いて言った。
「桜の木は学校の春を告げる役割をしているんですね…」
少年探偵団はこの日を忘れない様に、それぞれ心に刻んでいった。 |