ふたりのゆう 零・ZA・音編
これは、「グループ小説」の第七弾です。同じ設定と登場人物で書いてますので、他の先生方の作品もよろしくお願いします。
また会えたら、その時は―――
そう思っていたあの頃が懐かしい。だけど、俺は今でもここに来てしまう…。
ここで、出会った不思議な奴とのおかしくて楽しくて…そして、少しだけ心が痛かった出来事。
それは、鮮明に思い出せる昨日の事のような出来事―――
「で…お前、誰?」
吐く息は白く流れて、吹いてくる風は冷たく俺の頬を撫でて通り過ぎてゆく。
今は寒いとかそんな事を言っている場合ではなく、この状況を理解するのがやっとだ。
「だぁから、私は悠菜だって言ってるでしょ。…頭、イってる?」
「イってるのは、お前の頭の方だ」
なんだか無性にムカつく顔をしているこいつを殴り飛ばしたくなる。しかし、ここは駅前の広場にある噴水の前。
人通りが多すぎる。そんな事すれば、赤いランプを乗せた白黒ツートンの車がお迎えに来てしまう。
ちらりと横を見ると、片手に肉まんを持ち上機嫌でおいしそうにかぶりついてる女の子が一人。
口を開かなければ、とても可愛いと思うが開けば最悪だ。年の頃は、俺より二つぐらい下だろう。
十四・五といったところか、まだあどけなさが残る子供っぽい顔つきをしている。
「おいひいよ、食べる?」
「いらん…お前が喰え」
「むぅ…なんか冷たい。でも、肉まんはあっつあつぅ」
ムスっとした顔で、また肉まんを頬張り始めた。そんなに頬張ると窒息するぞと思うが、お構いなしに押し込んでいく。
大体、俺にこんな危ない知り合いや、友達はいない。いや、友達が全然いない訳ではないぞ?
こんな危ない奴が友達にいないだけだ。そして、こいつは俺の友達でも顔見知りでも知り合いでも
隣人でも、クラスメイトでもその他大勢でも何でもない。
「何をっ、失礼なぁ!こんな可愛い女の子を後ろから捕まえて……この犯罪者めっ」
「だから、それが頭がイってるって言ってんだよっ!」
「嫌がる私を無理やり押し倒して…あんな事やこんな事をする前に、栄養剤を飲んで…」
「押し倒してねぇし、飲んでねぇよっ!」
顔を赤くして俺を上目遣いに見るんじゃないよっ!そのぶっ飛んだ思考回路をどうにかしろって。
話がまったくさっきから進んでないだろうがっ。
「まぁ、いいじゃん。ここで遭ったが百年目…地獄の底までお付き合いしますわぁ、お兄様」
「して欲しくないっ!って言うか、まだ行きたくないっ」
「え…生きたくない?」
「違うっ、行きたくないだぁ!どんな耳してんだよ」
こいつ、絶対天然で馬鹿だ。素で馬鹿だ…こんな馬鹿見た事ないぞ。
「こんな耳…可愛い?」
「見せんでいいわっ!」
「ノリいいなぁ、兄ちゃん。合格やぁ」
「やかましいわっ!お前はどこぞの審査委員かっ」
色白のうなじが見えてちょっと得した気分。少し、福耳っぽいかな?これなら幸せが…って、馬鹿っ、俺の馬鹿っ!
トコトン人を小馬鹿にしやがってっ!なんなんだよ、こいつは本当にもう…。
「ったく…。それより、手…離してくれ。いい加減、痺れてきたし疲れてきた」
「それが無理やねん。離れたくてもぉ〜離れられない、さだめぇなのさぁ」
「やかましいわぁ、歌うなっ」
「痛い…ツッコミは、もう少し相手の事を考えて、ソフトに流れるように…」
俺を睨みブツブツ言っているこいつ―――悠菜は、俺の左手をしっかりと繋いで離そうとしなかった。
これではどう見ても、ラブラブカップルではないかっ!しかも、こんな昼間からイチャイチャと…。
バカップル決定である。これをバカップルと言わずして何と言う?
「ラブラブのバカップル決定っ!イエィっ」
「自分でいうなぁ!」
「いたたぁ…そんなに引っ張ったら、生まれるやんっ」
「何がだっ!」
離そうとしても、本当に離れない。瞬間接着剤で着けたみたいに、ピッタリと着いている左手を
恨めしそうに眺めてため息一つ。なんだって、こんな事になってるんだよ。
こいつが現われたのは、つい数分前の話だ。それで、これだけ馴染んでいる俺達もすごいと思うが…。
いきなり俺の前に現われて、「私と遊ぼうよぉ、お兄さん」って頭の痛い事を言い出し、今度は俺の手を取り
「私を好きにしていいからっ」と自分の胸に手を持っていこうとする始末。あまりの事に呆気に取られて
危なく間違いを犯しそうになった。決して、アッチ方面の話ではなく、手が後ろに廻る事をしそうになった訳ですよ。
そんなこんなで、とりあえず落ち着かせようと近くのコンビニでエサを与えて、今に至る訳だ。
「って、兄ちゃん。私達、人気者やんっ」
「なんで、そんな妖しい方言使ってんだよっ」
「いいから、見てみぃ」
「何が―――って、うおっ!」
いつの間にやら、俺達の周りにはもの凄い人だかりが出来ていて、拍手喝采。何故かアンコールの声も聞こえる。
って、俺達は漫才をしている訳ではないし…。誰だよ、俺の前に空き缶置いてる奴はっ!しかも、結構入ってるし…。
すごい、万札が見るぞ…。
「大もうけだね。にいちゃん」
「アホかっ、んな呑気な事、言ってんじゃねぇよっ」
なんで、こんな駅前で、路上ライブをやらねばならんのだっ!
「逃げるぞっ」
「え、あぁ、ちょっと待ってよぉ。わぁたしぃの肉まんがぁ〜!」
「うっさいっ、また買ってやるから黙ってろっ」
「ほんとだよ?約束だよ?嘘ついたら、プルトニウム飲ますからね、100リットルっ!」
「怖ぇよっ」
騒ぎ続ける悠菜を抱えるようにして、俺は走り続けた。こんなところにいたら、明日には色んな意味で有名人だ。
いや、すでに有名人かも知れない。でも、そんな事より今はここを逃げるんだっ!
だって、恥ずかしいだろ―――
「はぁはぁ…ここまでくれば―――」
「うぅふぅ…うっぷ……気持ち悪い。肉まん様が、私を呼んでいる…」
「うっせよぉ…はぁはぁ。まったく、なんでこんな目にあってるんだよ」
息をするにもきつい。駅前から、かなり離れたこの公園までほぼ全力疾走だったのだ。
さすがにこの冬空を走るのは、喉がヒリヒリするし肺が痛いぞ。さらに、空きっ腹に走ると辛い。
近くにあったベンチに座り隣を見ると、もう平気そうに辺りを見渡している悠菜の顔があった。
無性に腹が立つのはなんでだ?それは、全部こいつのせいだからだっ!
「それで…結局、お前は何者なんだよ?」
「私?私は―――幽霊だよ」
「は?…ゆうれい?」
「オォイエスっ、そうです。幽霊です、浮遊霊です。そして、いつもは飛んでます」
妙なテンションの悠菜は、俺の周りを飛び回って―――飛び回ってっ!?
「うおっ!…ほんとに飛んでるよ」
俺の左腕を軸にクルクルと廻っている悠菜は、楽しそうにはしゃいでいる。
「だって、浮遊霊だもん。飛んでなんぼの人生よん」
「いや、死んでるんだろ?お前…」
「じゃぁ、霊生?幽霊だから、幽生?なんだろぉ」
ズレてる頭をフル稼働している悠菜が、俺を見て笑っていた。それを見て俺も何故だか知らないが
笑いが止まらなくなってしまった。こんなハイテンションな幽霊なんているのかよ。
「と言うか、なんで見えてるんだ…?俺、霊感なんてないぞ?」
「私にも分からないけど、誰でも見えるらしいよ。とってもすごい幽霊って事でオッケー?」
「変わった幽霊だな…」
それに、どうやら俺以外にもばっちり見えてるみたいだし、それなら全然怖くないぞ?
「それより、なんで死んだのとか…聞かないの?」
「聞いて欲しいのかよ。普通は、黙っているもんだろ…」
「別に私は、気にしないもんっ。だって、死んだものはしょうがないじゃんっ」
「どれだけ、ポジティブなんだよ…」
目の前で、ごく普通に話しているがかなりヘビーな内容だぞ?俺はあえて聞かない事を選んだのに
自分から言うのかよ。本当に変わった奴だよ、こいつは。
「えっとねぇ。私ね、子供の頃から病気で……去年ポックリ逝っちゃったんだよ」
「え、あ……そうか…」
「それだけなの?随分と冷たい反応だねぇ。もう少し、「苦しかった?」とか「痛かった?」とかないの?」
「あのな…」
本当に面白くなさそうに話すこいつは、頭がおかしいと思うぞ。どこの世界に、病気で死んだ人間に
そんな事を聞く奴がいるんだよ。もしいたら、俺はそいつの事を疑うぞ?
「だって…死んじゃったものは―――しょうがない…。生き返る訳じゃないしねぇ」
俺だって、そこまで馬鹿じゃないし、今の話を聞いて少し胸が痛いんだ…。こいつは、こんなに楽しそうだが
本当は、まだ生きていたかったんじゃないか?未練がない訳じゃないだろう。なのにそれを感じさせないのは
悠菜の天性のものなのかもしれないな…。
「まったく…ところで、なんで俺なんだ?」
「ん…何が?」
そこで首を傾げるな、馬鹿幽霊。いや、首傾げられてもこっちが困る訳だ。
「つまり…お前が幽霊なら、俺に憑り付いた訳だろ?」
「ん?―――おぉ、そっかぁ…そうだよね」
ポンっと手を叩き、納得顔の悠菜。なんだ?この展開は。
「まさか、お前…」
「何も考えてなかった…てへっ」
「なんだとっ」
これまた、スペシャルな解答が返って来たもんだ。これは予想外で、「てへっ」はいらないんだよっ!
「だって、暇そうに立ってるんだもんっ。だったら、遊んでもらえるかなって思って…」
「アホかっ、暇そうなら憑りつくのかっ!」
「むぅ…だって、一人はつまらないし、面白くないし…」
途端にしおらしく俯いて、ブツブツと言い出した悠菜の顔は、なんだか寂しそうに見えた。
どうした事か…こいつもこんな顔が出来るのか。今までのハイテンションぶりが嘘のようだぞ。
なんとも、似合わないというか…こいつらしくないっ!
「まったく…とんでもない奴だな、お前は」
「お、おこってる…?」
「別に…」
「あうっ、もう…」
俯き加減に俺をチラチラと見ている悠菜の髪の毛を、クシャクシャと乱暴に撫でると
奇声を発して頬を膨らましていた。どうにもこんな悲しそうな顔を見るのは、嫌な気分だ。
それにどうにも調子が狂う。会って間もないが、そう思わせる何かがあるんだろうな、こいつには。
「えへへ…。ところでさぁ」
「なんだよ?気色悪い笑い方して…」
「お兄ちゃん、名前何て言うの?」
俺を見ている目には、好奇心が宿っている。子供が興味を持った事をなんでも聞いてくる、あの必殺技。
教えてオーラがバンバン出てるぞ。
「教えない」
「なんでよぉ、ケチっ!……あっ、分かったぁ。変な名前なんでしょ?ポポタマス三世とか」
「んな訳あるかっ」
「だったら、教えてよぉ。ケチケチすると、ハゲるよ…しかも、右側限定で」
言っている意味が分からんぞ、お前は。なんで、右側限定でハゲるんだよ。
それを、そんな真剣な顔を言うんじゃないよ。一瞬、信じそうになっただろうが…。
「ケチケチケチ…」
「悠一郎だ…」
「え…?」
「俺の名前は、悠一郎だっ」
無性に恥ずかしくてそっぽを向いてしまった。なんで俺、こんなに恥ずかしがってるんだ?
たかが、名前を言うだけでこんなに照れてどうするんだよ、まったく。
「悠一郎…?、そっか…私と同じ『ゆう』がつくんだね」
「そうだな…」
「うわ…寂しい返事。もう少し、凄いとか嬉しいとか、結婚してくれとかないの?」
「アホかっ、お前はっ!」
「あはははっ、やっぱり悠一郎は面白いねぇ」
大笑いしているこいつは、どうしてこうも元気なんだよ。幽霊だから、体力は底なしか?
それなら、俺にはついていけないぞ。いい加減、疲れてきた。
「うっせよ。しっかし、どうすりゃいいんだよ…これは」
「さぁ?どうにかしたら、離れるんじゃない?」
「お前は知らないのかよ?一応、幽霊なんだろ」
「幽霊でも知らない事ぐらいあるさねっ」
「何、開き直ってんだよっ」
大威張りで言い切る馬鹿が一人。なんで、こんな奴に捕まっているんだよ…俺は。
「はぁ…疲れた」
「私もぉ…」
いや、俺はお前のせいで疲れんたんだっ!お前が疲れるなよっ。
「ところで、悠一郎はなんであそこにいたの?」
「ん…あぁ、人と待ち合わせていたんだよ」
「そうなんだ…彼女?」
「ばっ、ち…違うっ!友達だ。それも男のな」
俺の前をウロチョロとする楽しそうな悠菜のうっとうしい顔を手を押さえて退かすが、一向に引き下がる気配がない。
何気に白状してかなり寂しい気持ちになっているぞ?俺。
「妖しいなぁ、本当かな…実は、やっぱり彼女とか」
「何が妖しいだよ。別に誰に会おうといいだろ」
「そりゃ、そうだけどねぇ。でも、聞きたいじゃん…私、恋ってした事ないからさぁ」
寂しそうに呟いて、俺を見ている悠菜の瞳は、ユラユラと揺れていた。
恋がした事がない?そうか、子供の頃から病気って言ってたからな…。
「だから、恋ってどんなのか憧れがあってね…」
今までの楽しさはどこへやら…。途端にへこみ、ベンチに座り込んでしまう。
だから、そんな悲しそうな顔をするな。俺はどうすればいいんだ?お前のそんな顔を見て、なんて言えばいいんだよ。
「ねぇ―――悠一郎はどんな人が好き?」
「は?俺…?って言うか、突然だな…」
「いいじゃんっ、悠一郎の好きなタイプを教えてよ。私は、悠一郎の事気に入ったよんっ」
俺を真っ直ぐ見つめる目には、一点の曇りも無く澄んでいる。そんな瞳で言われるともの凄く照れてしまうではないかっ!
こいつは、恥ずかしくないのか?俺は、今恥ずかしくて逃げ出したい気分だぞ。
「ねぇねぇ…教えてよぉ。悠一郎は、どんなのがタイプなの?」
「いや、それは…あの、そのだな……」
「もうっ、ハッキリしないなぁ。ちゃんと、こっち見てスパッと言ってよっ」
「うがっ―――うっ」
俺の首をこれでもかという力で強引にひねっている悠菜と、思いっきり目が合ってしまう。
悠菜自身も驚いて目が見開いていたが、段々と頬が赤く染まってくる。目と目と合うと恥ずかしそうに
微笑んでいるが、次第に目に熱が帯びて空ろな感じになってきている。
「あ、あの…」
「うっ…な、なんだよ」
「ゆ、悠一郎の好み…私にならないかな……」
「あ…その、な…」
戸惑ったような、それでいてどこか懇願するような悠菜の声が聞こえている。
考えるのも暫し、時間が掛かるこの状況。お互い動けないんだ。少しでも動けば、何かが壊れそうで…。
俺の視界には最早、悠菜の顔しか入っていない。それぐらい近い場所に顔があり、息が鼻を…頬をくすぐっていく。
「悠一郎…」
なんで目を閉じているんだ?悠菜。俺はどうしたらいいんだよ。まだ、会ったばかりだぞ?
それで、いきなりはまずいのではないかな?俺はそう思うわけですよ…ダメだ、頭が混乱している。
うまくこの場を乗り切る考えも思いつかない。
「あ、あの…だな―――」
「私…悠一郎がいいの……悠一郎じゃ…なきゃ、イヤ」
ただ、それだけを言うとまた瞳を閉じる。これは、恋に憧れる女の子特有のものではないか?
しかし、そこまで言われて、何もしないのは男の名折れと言うものだ。
だが、それは建前で実際のところは、悠菜の事は俺も嫌いではない。好きか嫌いかで聞かれれば、間違いなく好きだ。
だけど、恋愛感情とは違う別なもの。本当にそれでしてしまっていいのか、分からないが…。
「―――んっ…」
軽くだが触れる感触は、身体中に電流を流していく。甘い…なんとも甘いキス。
もっと、この甘さを味わっていたい気持ちになるが、悠菜の体がビクンと動き現実に戻された。
「ふぁ…」
「ど、どうした…?」
トロンとした目をしている悠菜は、心ここにあらずという顔をして俺を見ていた。
「えへへへっ…キス―――しちゃったぁ」
「うっ」
「へへへっ、嬉しいなぁ。悠一郎とキスしちゃったよぉ…きゃぁ、どうしよぅ」
嬉しそうに頬を染めている悠菜は、両手で頬を押さえてはしゃいでいた。
あれ?両手…?なんでおかしいって思ってるんだ、俺は。
「うおっ」
「な、なにっ、どうしたの?」
「手―――離れてる」
「あ…本当だ」
驚いて右手を眺めている悠菜と同じように、俺も左手を眺めている。いつの間に離れたんだ?
あれだけ、頑固に引っ付いていたのに不思議なもんだよ。
「離れたかぁ…一時はどうなる事かと思ったぞ」
「そうだね…」
「どうした?嬉しくないのか…?」
俯いて下を向いたまま、囁くようにボソリと声に出す悠菜は、妙に元気がない。
小刻みに震えている肩。もしかして、泣いているのか?しかし、なんで泣くんだよ…。
「私は…嬉しくないよ」
「何がだよ?あのままだと、どうしようもないだろうが…」
「嫌なのっ!」
「おい…」
大きな声を出したかと思えば、俺を見据えている瞳には大粒の涙が溢れそうになっていた。
「私…また、一人。ずっと一人……もう…嫌だよ」
「どうし―――」
咄嗟の事に驚いて声が出なくなっていた。「どうしたんだ…」そう聞きたかったが、それが出来なかった。
俺の体を包む温もりに、俺の感覚は麻痺していたのかも知れない…。
「悠一郎……私、もっと一緒にいたいよぉ。悠一郎と、もっと一緒にいたいよっ」
俺の胸を濡らすのは、悠菜の涙。零れ落ちてくるのは、悠菜の気持ち。
ボロボロと泣きじゃくる悠菜は、俺を離すまいと必死に力を込めて、抱きしめようとしている。
指が服に食い込み、シワをつくるがそれは悠菜の溢れ出した気持ちを代弁しているんだ。
その気持ちに俺はどう答えたらいいんだ…。悠菜、俺はどうしたらいいんだよ。
「ふふふ…」
「な、なんだよ…」
「本気にした…?悠一郎」
「なっ!」
俺を見上げている悠菜は、悪戯っ子のように笑っていた。だけど、どこか違う…今までとは、違う笑顔。
クスクスと笑う悠菜は、目尻の涙を拭いながら―――
「冗談だよ…もしかして、本気にした?悠一郎も意外と純情だねぇ…うんうん」
そう言って、おどけて舌を出していた。
「ふふふ…。おっかしい顔をしてるぅ」
「なんだとっ」
俺の顔を指差して大笑いしている悠菜は、お腹を抱えて転げまわりそうな勢いだ。
「あはははっ―――はは……ねぇ、悠一郎」
「今度はなんだよ…?」
「私、一人でも平気だから…」
クルリと後ろを向いて、俺からは顔が見えないけど、揺れている肩は分かる。あれは、笑っている訳ではない。
「だから、ここでお別れだよ―――」
かなりの意地っ張りだな、こいつは。
あんな下手な演技までして、お別れしなくちゃいけないくらい、寂しいんだろ?
「よかったよ…一時は、離れなかったら…っ…どうし…ようかと思ったよ」
「いいのか…?」
「うん、いいんだよ。やっぱり…悠一郎は優しいね……ほんとうに、やさ…し…」
だけど、それを知っても俺には何一つ、してあげれる事はないんだ…。
「私が、幽霊だって言うと…みんな、変な顔をして……どこかに、行ってしまう…」
「悠菜…」
「やっぱり…気持ち悪いんだよね。だから、私は一人がいいんだよ。誰にも…迷惑、かけないから…」
それは俺に話していると言うよりも、自分自身に言い聞かせていると言った方がいいのかも知れない。
そうでもしないと、耐えられないのだろう。ぼんやりと俺は左手を眺めていた。
一番最初に繋がれた手は、一人は嫌だと思う悠菜の心が無意識に、反応したんだろう。
だから、なにをやっても離れなかった…そう思いたい。
「悠一郎は…私が幽霊でも……ううん、なんでも―――」
「お前は、お前だろ…悠菜」
「あり…がとう」
出来れば、声を上げて大声で泣いて欲しかった。そうやって耐えられると俺の方が辛いんだよ。
「そっか…じゃ、俺は帰るな」
「うん…。それ、じゃ…ね」
「あぁ―――なぁ、悠菜」
「なに…?」
素っ気無く俺に返事をする悠菜。だけど話し掛けても決して、俺の方を振り向こうとはしない。
多分、今振り向いたら負けなんだろう…。指をギュッと握りしめているのが、それを表している。
少しの間だったけど、楽しかったぞ。俺は、忘れない…だから、お前も―――
「もし、また会えたら…その時は、また遊ぼう…な」
「―――っ!」
声にならない声。それが漏れ聞こえていた。俺は酷い奴だ…悠菜を苦しめている。
あれだけの決心をしている悠菜に、酷い事を言っているのは分かっている。だけど、このままじゃ寂しすぎるだろう。
いつ、会えるかなんて分からないけど、もう一度悠菜に会えたのなら、その時は―――
ゆっくりと、それだけを言うと俺はその場を後にした。気付けば、頬に幾筋もつたっていくものがあった。
遠ざかって行くにつれて、次第に聞こえ始めた嗚咽。
「ひくっ……ゆうい……ろ…」
泣き声と俺の名前を呼ぶ声がいつまでも、俺の耳に残っていた…。
あれから、一年―――
俺は、あいつとは会ってない。もしかしたら、もうこの世にはいないのかも知れない。
成仏していたらちょっと寂しいが、あいつも幸せになる事が、できるだろう。そうなって欲しい。
でもなんとなくだが、あれで結構寂しがり屋だと思うから、未だにこの世に彷徨っているのかもと思ってしまう。
「さて…ここにいてもしょうがないか。どこ行こうかねぇ…」
その場で踵を返して歩き出した俺の手を、不意に包み込む暖かな温もり。
優しく、それでいてしっかりと繋いで、もう離さないとばかりに力を込めて握ってくる強さと
少し控えめな、懐かしい声が聞こえてきた。
「また―――私と…遊んでくれますか……」
しっかりと繋がれた左手に、あの時の懐かしい感覚が戻ってきていた…。
読んできたいただきありがとうございます。
次は、戻って第六弾を書かなければ…。しかし、ホラーは苦手です(汗)