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薇仕掛けの用心棒  作者: 蝦夷 漫筆
5/12

宿場町タビーニャス

 冥界の賞金稼ぎ、ゾーレス・ニーヨが殺害した牧童は悪名高い山賊・ペコの手下だった。

 町へ向かうゾーレスが立ち寄った郭の町にリベンジにやってきたペコの手下を返り討ちにしたゾーレスだったが、またしても身体に変調を来たした。

 ゾーレスは戦時の負傷により機械仕掛けの身体になっていたのだが、介抱した商売女・マーシアも同じく消えない傷を身体に抱えていた。

 似たもの同志の二人は心を通わせ、一夜の愛を交わした。


 白んでゆく空。光の筋がカーテンの隙間から差し込んでくる。


 部屋の外、軋む階段の音が穏やかな夢の中にまで響いてきた。

 「う、ううん…うるさいなあ」

 ベッドにまどろむマーシアは目をこする。

 「あ、あれ…」

 隣には誰もいなかった。

 

 階段を軋ませる足音の後には拍車の金属音が続く。

 「あのひとっ」

 マーシアは慌ててローブを羽織って部屋の扉を開けた。


 「待って…行っちゃうの?」

 「ああ。俺にはやることがある」

 ゾーレスは振り返らずに階段を下りてゆく。マーシアは声のトーンを上げた。

 「待ってよ、あたしに出来ることなら何でもするから…ここに残ってよ」


 足を止めたゾーレスがゆっくりと振り返った。

 「それは…用心棒として俺が必要だ、ってことか?」

 マーシアが首を振る。

 「まさか、そんな事はもうどうでもいい。あたしはあなたが…」


 ゾーレスが言葉を遮った。

 「悪いが、俺は行かなきゃいけない」

 「ど、どうして? どこに?」

 胸を指差してゾーレスが答えた。

 「こいつが持たないんだ、もう。機械仕掛けの心臓が、な…動力源の波動石の寿命が近い」

 「波動石?」

 「こいつは電磁場を生み出す。昔はあちこち鉱山があったが今や枯れ果てた。だが、東の町に一個あるって噂を訊いた」

 「東の…タビーニャスに?」

 「ああ。とんでもなく高価なそいつを買い取るために、俺はこの商売を始めた。そして…残り時間は少ない」


 マーシアは階段を駆け下り、ゾーレスの前に立った。

 「じゃあ、さ、ちょっと待っててよ。あたしも付いて行くから…」


 ゾーレスはニッコリと笑った。

 「いや、足手まといだ」

 ふっと顔を寄せ、マーシアに口づけするとゾーレスは再び覆面で顔を覆った。


 「あ、あ・・・」

 手を握ろうとするマーシア。その手を振り払うようにしてクルリと背を向けたゾーレスは足早に階段を下りてゆく。


 「せめて、せめて名前だけでも…」

 「ゾーレス。ゾーレス・ニーヨ、だ」

 振り返ることなくゾーレスは夜明けの草原へと出て行った。


 

 正面から差す真っ赤な朝日を避けるように、ゾーレスは荷車を引きながら南へ逸れるように渓谷に降りた。

 曲がりくねったチャコス川に沿って東へ歩を進める。


 「ううっ」

 勾配を越えるたび、胸を押さえて座り込む。

 「いよいよ厳しくなってきたな…」

 河原に下り、川の水を掬って口に運ぶ。

 「むっ・・・ううっ」

 顔をしかめて思わず吐き出した。


 「昔は清流と言われたもんだが…台無しだな、こりゃ」

 見れば川の水はどんよりと濁り、川魚も見当たらない。

 「鉱山開発で波動石が採り尽くされた、か…波動の乱れが自然系を変容させちまってる」

 ところどころ線虫が水面に蠢いている。

 「欲に駆られた事業家たちの『成功』とやらの報いがこれ、というわけだ…」


 少し休んで、再び歩き出す。

 「なあに、慌てることはない。昼前にゃ町に着けそうだな」

 渓流伝いに進めば、川沿いにある目的地にたどり着く。



 「何年ぶりかな」

 高台の上に立ち並ぶ家々。窓が小さいのは、時折やってくる砂嵐で中に砂埃が入るのを防ぐ造り。

 白壁は、以前よりややくすんでアイボリー調になったように思えた。

 

 町の入り口には大きな門がある。看板には「ようこそ宿場町、タビーニャスへ」とある。

 「昔と同じだ。変わってねえな」

 

 門の横には検問所らしきものが。

 物干し竿のような長い木の棒に、男女四人が裸に向かれて逆さ吊りにされている。

 「昔と違うな…変わっちまったのか、この町は」


 吊るされた者たちにムチを振るうのは髭面の大男。

 「懲りたか、クソ野郎ども。町の住人なら住人らしく、義務を果たせってんだ」

 その隣で兵装した男が酒をあおりながら、ニヤニヤ笑みを浮かべて囃し立てている。

 「ああ。義務を怠ったお前らは盗っ人だ。ムチがお似合いだ、ひひひ」

 耳に痛い悲鳴を切り裂くようにムチが撓う音。そして皮膚が裂ける音が、あたりの山々にこだましているようだ。


挿絵(By みてみん)



 「……」

 町の人々は、それが目に入らぬかのように、その音が耳に入らぬかのように、黙して傍を通りすがってゆく。


 「何だ、ありゃ…」

 ゾーレスは顔をしかめる。

 「一体、どういう咎人なんだ? あの吊るされてるのは…」

 門の周りで掃除をするせむしの老人に尋ねてみた。

 「ああ。ありゃあ、な…」

 ゾーレスに、顔を近づけるように仕草しながら老人は小声で答えた。

 「滞納だ。今月分を払えなかった店の主人とおかみ、息子と娘、さ…」

 「…租税の滞納、か」

 老人は眉をひそめながら首を振り、声をさらに小さくした。

 「去年からこの町じゃ、正式な租税に加えて、住民にゃ役所への上納金が義務付けられたんだよ」

 「なんだそりゃ。なんでそんなのがまかり通る?」

 「北からやって来る山賊の襲撃が何度かあってな、町の衛兵が撃退してくれたのはいいんだが、経費の上乗せが必要と云う話になって…」

 「あ、ああ、そうか…」

 自らも賞金稼ぎなどというアウトローな生業、一歩間違えば山賊も同様だという思いから、ゾーレスは少し申し訳ない気がして言葉の歯切れも悪くなる。

 「ま、まあ。止むを得ない、か…」

 老人は滅相も無い、という顔。

 「とんでもねえ。そりゃ最初はたいした額じゃなかった、だから住民たちも承諾した。ところが一旦承認を得たらどんどん値上げだ。いまやこの町じゃ食っていくので精一杯さ」

 首を捻るゾーレス。

 「へえ。だったら町を出りゃいいじゃねえか。そんなに住みにくいんなら」

 「ああ、そう言って夜逃げしたヤツもいた。ところがこの周りは山賊だらけ、その全員が屍になって草原でハゲタカの餌になったのよ」

 老人はふう、と大きくため息をついた。

 「イヤでもなんでも、この町にすがって生きるしかねえんだ。俺たちは…」



 「変わったな…」

 ゾーレスはゆっくりと門をくぐった。

 「クアッツァからミッケンノにかけて、執行人をしている者です。公国の懸賞金対象者を連れて来たのですが…」

 引いてきた荷車を指差す。


 門番が立ちはだかった。

 「怪しいな、お前…なんだその覆面は」

 「あ、あの。これはちょっとした皮膚の病で、手も足も…」

 怪訝そうな顔で見下すように、門番が言う。

 「ちっ…で、手形はあるのか。手形を見せろ」

 ゾーレスは少し声を荒げた。

 「この町は…タビーニャスの宿場町に手形は要らないはずだ。ずっと前からそうだったんだ。さあ通してくれ、こっちは正式な手配書も持ってるんだ」

 たじろぐ気配の無い門番。

 「無理だ。手形無き者、通すべからず」

 「じゃあ、ウォリーノさんを呼んでくれ。知り合いなんだ、ウォリーノさんなら通じる。話をさせてくれ」

 

 「あ?」

 門番は首を傾げた。

 「誰だ、そいつは」

 ゾーレスは詰め寄る。

 「お前さん知らないのか、ウォリーノさんを。この町の執政官ティボリ・ウォリーノさんだよ。早く呼んでくれ、話がしたい…」

 門番は大声で笑い出した。

 「ぶははは、何言ってやがる。死んだよ、ティボリは。とっくに、な」

 目を丸めたゾーレス。

 「え、え…ウォリーノさん、が…死んだ?」

 「ああ。一年も前にな」

 ゾーレスは信じられない、という顔で門番の襟を掴んだ。

 「何言ってる、まだ若いじゃないか。病気だって話も聞いてない」

 「チッ、てめえ」

 手を振り払いながら門番は大声で言った。

 「処刑されたんだよ、ティボリは。公国がこの一帯を管理強化地域に指定した時に執政官の権限を縮小しようとしたのに反対して、な」

 「それで処刑って…」

 「公国は絶対だ。あの野郎、山越えして東の都ノスミラスまで抗議に出向いたところを捕えられ、反逆罪でその日のうちに断首刑さ」


 ティボリ・ウォリーノは、傷痍軍人となったゾーレスにイリアッシで港湾事業の事務などの仕事を世話してくれた恩人だった。

 ゾーレスが賞金稼ぎの道を選んでからも幾度か相談に乗ってくれた理解者であり、数年前に事業の手腕を買われてタビーニャスの執政官に出世したと訊いていた。

 「まさか、そんな…」


 言葉を失い立ち尽くすゾーレスを、門番は追い返そうとする。

 「さあ、帰れ。ここはお前みたいな流れ者が泊まれる町じゃねえんだ」

 「しかし…」

 ゾーレスは食い下がる。

 「ここまで来て、帰るわけにはいかないんだ。なあ、頼む」

 押し付けられた警棒をぐいと押し返した。

 「とにかく執政官に会わせてくれ。ウォリーノさんじゃないなら誰なんだ、誰が今、タビーニャスの執政官なんだ?」

 「しぶとい野郎だな…」

 面倒くさそうに門番がため息をつく。

 「ふう、レンディ大尉だよ、新しい執政官さまは。マクウォル・レンディ大尉。お前みたいな野良犬に取り合うはずが無い」


 「マクウォル…だと?」

 ゾーレスは眉を寄せた。


 門番が腕組みしながら言う。

 「ああ。ノースミル公国正規軍の大尉どのだ。てめえみたいな汚いヤツを会わせるわけにはいかねえ?」

 「……」


 しばし目を閉じて俯いていたゾーレスだったが、ひらめいた様に顔を上げた。

 「なら誰でもいい。こいつを引き取ってもらわなきゃ困るんだ」

 荷台の覆いをサッと外した。

 目をひん剥いて土色に変色した死体が二つ。

 「ひいっ」

 屍と思わず目が合ってしまった門番が顔を引き攣らせた。

 「そ、そんなのしまっとけ。見せなくたっていい、お前さんは賞金稼ぎ、さっき聞いたから知ってるっての」

 ゾーレスは門番にぐいと近寄った。

 「じゃあ、こいつらが悪名高きペコの手下だってことは知ってるか?」

 門番が驚いたようにゾーレスを見た。

 「なに、ペコの手下? 本当かい、そりゃ」

 手配書を取り出して掲げたゾーレス。

 「間違いない。モラド・エスフォリオとポドリーヨ・ガモーだ。見ろ、生死を問わず、二十ヤキム、と書いてあるだろう。これを届けてカネをもらう権利が俺にはある」

 「手配書は…確かだな。ううむ、ちょ、ちょっと待ってろ。いいか、動くなよ」

 言い残して門番は急いで町の中へと走っていった。


 「そうか…ペコってのは大した山賊なんだな。この町を脅かしてるのがペコ、そういうわけか」

 

 ほどなく、門番の先導で数人の衛兵がやって来た。ノースミル公国の腕章が日に照らされツヤツヤと光っている。

 「賞金稼ぎ、だな。名前は?」

 「ゾーレス。ゾーレス・ニーヨだ」

 「ん? 聞かねえ名だな」

 衛兵は携行した帳面をパラパラとめくる。

 「少なくとも公国に登録された執行人じゃねえな。一体どこから来た?」

 

 目を逸らすようにゾーレス。

 「何処だっていいだろ…現に手配書と屍が揃ってんだ。文句はねえだろ」

 鼻で笑いながら衛兵が言う。

 「昔とは違うんだ。公国の管理下では身元のハッキリしないやつに大金は払わねえぞ」

 「チッ…」

 舌打ちをしたゾーレス。

 「南のホスコ・イソスで登録してある。前の執行人のウォリーノさんなら知ってたんだが…まあ、仕方が無い。向こうに問い合わせりゃわかる話だ」

 「うむ…」

 再度、手配書と屍二つ、さらにゾーレスを見比べるような仕草の衛兵。

 「まあ、よかろう。透かしと印鑑、手配書は間違いの無いものだしな」

 人差し指を掲げて衛兵は、来いという仕草。

 「こっちだ」


 門をくぐり、幾つか角を曲がれば広い路地に出る。真っ直ぐ進めば中心部に至る道。

 町の住民たちは、公国の腕章が光る衛兵を見るなり目を逸らすように姿を消す。

 退屈しのぎ、とばかりに衛兵は尋ねた。

 「ゾーレス。お前、なぜまたホスコ・イソスからこんな遠くにまでやって来た?」

 「額面が高い獲物を追うのが賞金稼ぎってやつだ」

 「はは、確かにそうだな」

 衛兵は急に表情を強張らせながら小さな声で言った。

 「ところで、この屍を役所に持って行くんだが、いいかゾーレス。レンディ大尉にゃナメた口をきくんじゃねえぞ」

 「レンディ…あ、マクウォルか?」

 「バカっ。名前を呼び捨てになんか絶対ダメだ。レンディ大尉、と呼べ。とにかく厳しいお方だからな、逆らったり不満を言ったり、とにかく俺も面倒はごめんだ。頼むぞ」

 ゾーレスは軽く頷いた。

 「ああ。カネさえ貰えりゃ文句は無え。しかしそのマクウォ…いや、レンディ大尉どのは、随分キツい男のようだな」

 「キツい…いや、厳しいお方だ。決して妥協しない、町の治安のために尽くしておられる」

 「モノは言いよう、だな…」


 真っ直ぐ東に向かって伸びるメインストリートには数多くの宿屋や飲食店が軒を連ねる。

 二カ所ほどカギ状に道が曲がっているのは古い時代の、外敵用のトラップの名残。


 「ああ、そういえば…」

 今度はゾーレスが衛兵に尋ねた。

 「ペコって山賊。一体どんなヤツなんだ? 誰もが恐れてるじゃねえか。たいした有名人だ」

 衛兵が顔をしかめる。

 「イヤな名前を出しやがる…ありゃただの山賊じゃねえぞ。海の向こうバロウズ王国の後押しを受けてる、ちょっとした軍隊だ」

 「後ろ盾がいる、というわけか」

 「そうだ。バロウズ王国が侵略の手先に使ってるのさ。実際北のボブラス=ハイナスとクアンティナスの二つの町はペコの一味に乗っ取られちまってるのさ」

 「なるほど…で、次はこの町が狙われてる、というわけか」

 衛兵は声を荒げた。

 「まさか。レンディ大尉がそれを許さんよ。いつでも来いってんだ。あいつら根絶やしにしてくれる…」

 もう一人の衛兵が苦々しい顔で声を上げた。

 「おいおい、いい加減にしろよ。余所者相手にベラベラと喋るんじゃねえっての」


 

 やがてメインストリートの奥に大きな建物が二つ見えてきた。

 美しい白壁が真昼の陽光を反射して、まるで周囲を威圧しているようにも思える。 


 「さて、もうすぐ役場だ」


 左側はタビーニャスの町役場と銀行を兼ね、右側はかつて議会として使われたが現在はノースミル公国軍の駐留所で、裁判所と拘置所を兼ねる。

 町の中枢をなす二つの建物の間には大きなグリフォンの彫像が町を見下ろしている。



 つづく

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