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薇仕掛けの用心棒 作者:蝦夷 漫筆
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3/12

酒場にて

 無法者たちが跋扈する冥界に暗躍する賞金稼ぎ。覆面の男、ゾーレス・ニーヨもその一人。
 辺境の牧草地で難なく二人の牧童を始末した彼だったが、突如身体の変調に襲われ目撃者を仕留め損じてしまった。
 大きな荷車を引き東を目指すうちに辺りはすっかり夜の帳が下りていた。

 真っ暗な中、草を踏みしめる音が一定のリズムを刻む。その後にゴトゴトと荷車の乾いた音が続く。

 やがてポツリ、ポツリと灯りが見えてきた。
 「こんなところに町が…?」
 狩猟民の野営にしては明るく数も多い。
 「地図にゃ載ってない」

 物騒なご時世だというのに、検問や警備兵の姿は見えない。
 「なるほど、そういうわけか」
 狭い路地にひしめくように並ぶにわか作りの建物はいかにも安普請。殺風景な草原にはおよそ似つかわしくない極彩色。
 妙に明るいランプの下で、肌も露わな女たちが艶めかしく踊っている。
 「春をひさぐ宿、か…」

 合法、非合法を問わず、この手の商売は大戦後に急増した。
 酒場や仮眠のできる宿泊施設を伴っており、社会の底辺に暮らす者たちにとってはオアシスのような場所。

 「少しばかり、身体を休めるとするか…」
 ゾーレスは人混みの中に身を融かし、酒場に入っていった。

 ごちゃごちゃとした喧騒、雑多な人種、お世辞にも上手いとは言えない楽団。場末の酒場とはどこの世界も似たようなものだ。
 「俺みたいな者にとっちゃ安息の場所だな」

 陽気な音楽が煙たい空気を揺らす中、ゾーレスはカウンターの端に腰掛けた。
 「なあ、水をくれないか」

 太り気味のバーテンダーは下を向いたまま。
 「……」
 ゾーレスは声のヴォリュームを上げた。
 「おい、聞こえてるか。水を…」

 眉をひそめて面倒くさそうな仕草のバーテンダー。
 「ここにゃ水なんか無え、あるのは酒だ。水が欲しいんなら外にある馬用の桶ん中にいくらでもある」
 言葉に詰まるゾーレス。

 ふと、後ろの席でちょっとした騒ぎが起こっているのに気付いた。

 「気に食わねえんだ、そのツラが」
 「償えよ。でねえと俺たちも帰れねえ」
 一見してそれとわかる荒くれ者二人が、給仕の若い女に突っかかっていた。

 ゾーレスはバーテンダーに尋ねた。
 「やけに威勢がいいな。誰だ、あいつら?」
 「さあな、見知らぬ連中だ。もっとも此処じゃ、誰もが見知らぬ流れ者だが」
 荒くれ者たちはどんどん声のトーンを上げる。
 「このままじゃ済ませねえぞ、女」

 よくよく聞けば、きっかけは「麦酒がぬるい」だの「言葉遣いが気に食わない」だの、些細な事だったようだ。
 だがもはや元の理由などそっちのけで、ひたすら給仕の女が責められ続けている。
 「女が清算しよう、ってんなら方法は一つしか無えよな」
 「いひひ、判ってんだろ。ほら」
 一人が女の腕を掴んだ。もう一人が後ろから抱きつく。
 「うひひひ。実は喜んでるんじゃねえか、お前。うひひ」

 「どこにでもいるもんだ。面倒なヤツらってのは」
 ゾーレスは知らん顔を決め込んだように背を向けた。

 奥から老紳士が飛び出してきた。おそらくこの店の主人。
 「すみません、すみませんっ。無礼があったならこの通り、お詫びいたします」
 エプロンを外しながら荒くれ者二人の前に跪き、禿げ上がった頭を床に擦り付けんばかり。
 「許してやってくださいまし。その娘は給仕で、ええ、いい子なんです。そういった商売の女とは違いまして…」
 「お前にゃ関係無え。俺たちとこの女の問題だ」
 酒の勢いも手伝って、男たちの興奮は収まらない。
 「いひひ、お前さんにも、この女が俺たちに償うところを見せてやろう」
 男の一人が給仕娘の胸元に手を入れ、もう一人が衣服を剥がしにかかった。
 「さあ、いい子にしてろ。暴れるとその喉切り裂くぞ」
 「んんっ、やめてっ」

 娘は目を潤ませながら抵抗する。
 「お願いっ」
 やみくもに両腕をジタバタさせて叫ぶ。だが周りの男たちは見て見ぬフリを決め込んでいるようだ。
 「やめてえっ」
 卓上に置かれた酒瓶に振り回す腕がぶつかった。
 瓶は中身をぶちまけながら吹っ飛び、ゾーレスの背中に当たって落ちた。
 ガシャンと硝子の割れる音。

 「チッ…」
 ゾーレスは背中を向けたまま舌打ちした。
 「馬鹿が二人、か」

 「ん?」
 ゾーレスの呟きを聞いた二人の荒くれ者は顔を見合わせると、ゆっくりと近づいてきた。
 「おい、てめえ。何か言ったか?」
 「……」
 背を向けたまま相手にしようとしないゾーレス。

 荒くれ者の一人が、ゾーレスの背に唾を吐きつけた。
 「妙な恰好しやがって。ここらじゃ見ねえ野郎だな」
 「……」
 相手にしようとしないゾーレス。
 「ナメやがって…」
 背後からゾーレスの肩に手を掛けた。いや、掛けようと手を伸ばしたその時。

 「ナメてんのは俺か、お前か?」
 ゾーレスは男の手首を掴んでぐいと捻り、その場に跪かせた。
 「うっ、うぐっ…」
 間をおかず、その男の顔を激しく蹴り上げた。
 「ぶぐうっ」
 首をガクンと反らして倒れた荒くれ者。
 口から泡を吹き出して仰向けに倒れて気絶した相棒を見て、もう一人が顔を真っ赤にして腰に下げた剣の柄に手を伸ばした。
 「殺す…」

 ゾーレスは男をギロリと睨みながら視線を外すことなく、ゆっくりと近づいていった。
 「聞こえねえな…」
 板張りの床にかかとの拍車が当たるカチン、カチンと云う音だけが響く。
 「もう一度言ってみろ、てめえ」
 羽織ったポンチョをサッと翻す。使い込まれた剣の柄に、ゾーレスもゆっくりと手を伸ばす。
 ぐっと腰を下ろし半身に構える。

 「う…」
 荒くれ者の額から一筋の汗が垂れ落ちた。
 ジリジリと歩を詰めるゾーレス、ひとたび抜けば剣先は十分に相手に届く距離。
 「うう…」
 唇を震わせながら、荒くれ者は仰け反り気味に後ずさりした。
 ゾーレスはさらに距離を詰めた。
 「さあ、抜けよ…」

 「……」
 荒くれ者の手が柄を握る。震えているのが鍔から小刻みに発せられるカタカタという音で判る。
 「ち、ちくしょう…」
 ゴクリと唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。

 ゾーレスは睨みつけた目をそのままに大きく一歩、踏み出した。大声を発しながら。
 「抜けっ、て言ってんだっ」
 「ひいいっ」
 身を強張らせながら荒くれ者は剣を抜き、前に突き出した。
 「あっ」
 一瞬早く抜かれたゾーレスの刀身にパンッとはじかれたその剣は荒くれ者の手を離れ、クルクルっと回転して床に突き刺さった。

 「死ぬか? お前」
 一方、ゾーレスの剣は鈍い光を放ちつつ、その切っ先をピタリと荒くれ者の首筋に押し当てていた。
 「い、いいえ…」
 荒くれ者はひきつった表情を青白くしながら冷や汗を噴出させ、首を横に振った。
 ポタリポタリと床に垂れ落ちる雫は、冷や汗だけでなく股間から垂れ流れたものも含まれているようだ。
 全身を震わせ涙を流して懇願した。
 「お、お願い、です…た、たすけて…」

 「二度と、来るな」
 ゾーレスは剣を引き鞘に収めた。
 「は、はい…誓って…」
 荒くれ者は背中を丸めながらいそいそと、気絶した仲間を二、三度張って目を覚まさせ、連れ立って酒場から出て行こうとした。
 「もう二度と…」
 「ああ…そうだ、忘れ物だぞ」
 ゾーレスは床に刺さったままの剣をサッと抜き、投げつけた。
 「ひっ」
 荒くれ者の顔をかすめ、剣は入り口の柱に突き刺さった。
 再び気絶した仲間を背負い、剣を鞘に収めた荒くれ者は後ろを振り返ることなく去っていった。

 「ふう…」
 まるで何事も無かったかのように、再び楽団は陽気な音楽を奏で始め、人々はグラスを傾けながら喧騒に身を投じた。

 「カネにもならん殺しをするところだった…」
 腰掛けてため息をつくゾーレスの目の前に、バーテンダーはたっぷり水が注がれたグラスを置き「どうぞ」と目配せをした。
 「あるじゃねえか、水」
 ニッコリと笑って飲み干すゾーレス。

 「あんた…」
 一人の女が近づいてきた。
 「腕が立ちそうじゃないの」
 金髪、厚化粧。立ち居振る舞いから見ても、さっきの給仕娘とは違う。
 生業がどんなか、一見してわかる。
 「何処から来たんだい?」
 「……」
 そっぽを向いたゾーレスの顔を覗き込むように、女は回り込んで笑顔を振りまく。
 「まあ、何処から来たって関係ない。いい男なら」
 「ちっ…」
 再びそっぽを向くゾーレス。女はまた回り込んでまとわりつく。香水の甘い香りがフワッと漂う。
 「この辺じゃね、あんたみたいないい男は滅多にいないよ」
 「そうかい、そりゃ光栄だ」
 目線を外すゾーレスに付きまとうように、女は右へ左へ回り込んで顔を覗き込む。
 「加えてさっきの剣さばき、もう惚れ惚れしちゃうねえ」

 挿絵(By みてみん)

 女はゾーレスの手を握り、耳元まで顔を近づけてきた。
 「ねえ、さっきは助かったよ。どうかあたしにお礼をさせておくれ」

 ゾーレスは女の食い入るような目をやり過ごすように俯きながら軽く頷いた。
 「お礼は要らない。が、少し横にならせてくれ。休みたいんだ」


 つづく
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