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薇仕掛けの用心棒 作者:蝦夷 漫筆
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変調

 覆面の男、ゾーレス・ニーヨは賞金稼ぎ。
 大戦に敗れ荒廃した冥界に跋扈する賞金首たちを狩り、大金を手にするアウトロー。

 「さて、予定通り。仕事はこなした…」
 クアッツァ高原からヨーロッシ山脈伝いに北上、チャコス川を渡ってノースミル公国領に入ったゾーレスは、マヴァン川近くの牧場で二人の男を殺害した。

 挿絵(By みてみん)

 「どっちも最低のクズ野郎…まあ、死んじまったら大人しい顔してるがな」
 横たわる二つの屍体を見下ろしながら、ゾーレスは目を閉じて軽く十字を切る仕草。
 ほどなく、それらを防水加工が施された布で厳重に包む。

 「モラド・エスフォリオ…お前さんにゃ確か以前一回会ってる。覚えちゃいねえだろうがな。大戦の時、ホスコ=イソスの酒場で一緒に呑んだんだ」
 懐かしむような表情でモラドの屍に語るように呟いた。
 「いい兵隊だった、あんたは…戦争に負けて、何もかもが狂っちまったんだな。今じゃ誰もが小便ちびる大悪党さまだ…ああ『だった』だな。もう悪さも出来なくなっちまったな、モラド」
 もう一つの賞金首はポドリーヨ・ガモー。モラドの子分で黒髪の小太り。
 「小さいくせに重いな、あんたは。しかし邪悪な顔してるねえ、戦災孤児だったのを拾われ物心ついてからずっと、犯罪で生きてきたってんだから当たり前か。まあ、あんたも戦争の被害者には違いねえ」

挿絵(By みてみん)

 顔の部分の布には切れ込みを入れておく。役場に持っていったとしてもこれが誰か判別できないようでは一銭にもならない。
 「防腐剤は…ああ、ここだ」
 乾燥した草原とはいえ、役場のある最寄の町までは丸一日以上かかる。もうすぐ日が落ちれば夜露で屍も痛むだろう。特に念入りに防腐剤が振りまかれた顔の部分は真っ白に。
 「ちょいと不恰好だが悪く思うな。弔いの一種とでも考えてくれ」
 まるで生きている者に話しかけるようなゾーレス。
 賞金稼ぎ、という商売で身を立てる以上、死は彼にとっても身近なもの。もしかしたら立場は違えど賞金首たちにはある種のシンパシーを抱いているのかも知れない。


 「さあ、出るとしよう。タビーニャスまでおおよそ十オリコグの行程…到着は明朝か」
 大きな布を広げて荷台全体が隠れるように覆うゾーレスは、急に身を強張らせて振り返った。
 「んっ?」
 探るように見渡す鋭い目。ゾーレスの背後で夕陽に照らされて何かが光ってわずかに動いた、そう感じた。
 「誰か…いるのか」

 にわかに強まった風に草原がうねり、波立っている。
 「……」
 しばらく目を凝らしたが、草の合間を縫うように跳ねる野ウサギが数匹認識されただけだった。
 「気のせい、か」
 ホッと一息ついたゾーレスは、荷車の引き手に手を掛けた。

 「いや、やはり誰かがいる…」
 背後。
 風にそよぐ草の擦れ合う音が乱れている。研ぎ澄まされた感覚がそれを見逃さない。
 「誰だっ」

 やはり気のせいではなかった。
 背の高い草が揺れるのに身を紛らわせながら、夕陽に向かって一つの影が走り遠ざかってゆく。
 「俺の仕事を見た者は…」
 懐に忍ばせた手裏剣に手を掛けたゾーレス。しかし、その手を緩め、逃げさる影をじっと見つめた。
 「この風、この距離なら…」
 荷台に積んであった大きな箱を取り出して開けた。粛々とした手つき。
 「こいつで仕留める」
 黒光りする長い銃身、いくつかの金属製の部品を手早く取り付けて組み上げる。

 「いた…」
 照準器スコープの真ん中に捉えられたのは躍るように逃げ去る影ひとつ。

 挿絵(By みてみん)

 右の脇を締め銃床ストックに頬を押し当てる。
 両肩の力を抜いて手首から指先に神経を集中し、ゆっくりと引き金に示指を引っ掛けた。

 「うっ…」
 ゾーレスはしかし、急に脚をよろめかせた。
 「まただ…よりによってこんな時に」
 数度、目をしばたかせながら胸を押さえ込んだ。明らかに息が乱れている。冷や汗をたっぷりかいた顔は血の気が失せかけていた。
 「発作だ…いよいよ頻繁になってきやがった」
 しかし気を取り直したように両の脚を踏ん張り、二度深呼吸する。
 「ちょっと胸が苦しいくらい…今までくぐってきた修羅場に比べればこんなもの」
 ブルっと身を震わせて再び銃を構える。
 「ようし」
 照準器の赤い画面の中、標的の影は描かれた十字に重なった。
 「今だ」

 パアン、と空気を切り裂く破裂音。続いて硝煙の臭いが鼻を衝く。

 「なにっ」
 しかし、標的はまだ動いている。右へ左へ揺れながら草原を走り去って行く。

 「ま、まさか…」
 狙いを外させたのは強烈な逆光を演出している夕陽のせいではなかった。
 「俺としたことが…」
 引き金を引くゾーレスの指が、銃床を支える肩が、震えていたのだ。
 奥歯を噛み締めたゾーレス。
 「まだだ」
 急いで銃をクルリと回しながらレバーを下げてダストカバーを開くとともに再度レバーをコックし次弾を装填、狙いを定めた。
 「まだ間に合う…」
 小さな点になった標的を照準器が逃すまいと追う。
 息を止め、引き金を引いた。

 再び夕刻の空、乾いた空気の中を破裂音が広がった。
 「くっ、くうっ…」
 しかし逃走者は足取りを緩めぬままに遠ざかっていった。
 手足をガタガタを震わせながらもう一度ループレバーを捻るが、次に照準器を覗き込んだ時には、もう動くものは風に揺られる草だけになっていた。

 「こんな失態…はじめてだ」
 ゾーレスは震える手で懐から幾つかの丸薬を取り出し、水筒の水で流し込むように飲んだ。
 胸を手で押さえながら荷台に寄りかかって座り込み、ゆっくりと目を閉じた。
 「北へ逃げた、か…むこうは山賊の縄張りだな。ヤバい土地だ…深追いは危険リスクがデカすぎる」

 しばし体を休め、薬の効果かゾーレスの顔に生気が戻った頃にはすでに日は落ちていた。
 「やむを得ん…捨て置くとしよう」
 何度か大きく息を吸い込んでは吐き、気を取り直したように荷台を引いて東へと歩み始めた。

 「急がなくては…」


 つづく
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