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第二の人生
浜辺の旅館②~若女将奮闘記
女の身の上は薄幸なものであった。過疎化が進むような田舎の多産系に生まれているが父親や母親の顔をまともに知らないほどである。

産みの母は物心がつく年頃には家庭に姿はなかった。
家庭の温かさや親からの愛情を知らずに育っていたのである。

浜辺旅館の老夫婦は廻り合わせの妙から親代わりとなってくれた。

「私にお父さんやお母さんが出来て嬉しいです」

薄幸な生い立ちを知り老夫婦はしばし涙する。

そして二重三重の喜びが待っていたのである。

旅館の働き手になってもらえる。

娘は出来る。

孫はいる。

夢見心地に思っていた
娘と天使のような孫である。

「ワシらは幸せだよ。あなたが来てくれたお陰で楽しくてね」

おじいさんは頭を何度もさげて喜びをかみしめる。

「美人の娘とかわいい孫といっぺんに出来たんだから。こう言ったら失礼だがばあさんと夢にまでみた家族が出来たもんさな」

老夫婦は両手を挙げて万歳した。

楽しい楽しい賑やかな老後が拓かれたようであった。
「こちらこそお礼を言わなくてはなりません」

老夫婦の親切心がなければこの世にはいなかったかもしれない。

産後の肥立ちも順調で女は元気になる。

過剰なストレスと栄養失調から体調を崩していた。

温かな情けに触れたことが良かったのである。

「ふつつかな者でございます。よろしくお願い致します」

床からあがると旅館で働くのである。

赤子を手元に置いて旅館を切り盛り。願ったり叶ったりの話しである。

料理は好きで研究熱心である。

人一倍気難しい老境の代議士を世話したことは皮肉なことに旅館業務で充分に役に立っていた。

さらに…

女は気立てがよいのである。細身のからだで器量よし。誰が見ても美人であると評判だった。

一躍泊まり客の気を引く若い女。

「浜辺の旅館は美人女将さんだ。なにげなく釣りにいってびっくりしたよ」

人気のある若女将となるのである。

この近辺の旅館や簡易宿舎はシーズンオフと閑散期がはっきりしていた。

夏の海水浴連日満員の大盛況だがオフは閑古鳥である。

ポツリポツリ来る冬の釣り客が唯一の収入だった。

それがどうしたことか!

若くて器量がある女が旅館にいるとわかると事情は一変する。

"若女将"を目当てに男性泊まり客が徐々に増えていた。

ひょっとすると夏の繁忙期ゃより実入りがよいかもしれない。

老夫婦は唸った。

「おじいさんこりゃあ大変なことですよ」

閑散としていた料理旅館にオフシーズンがなくなったのである。

「"我々の娘さん"はよう出来た娘だ。若女将さんは大したものだ」

老夫婦は旅館が繁盛しホクホクである。

年中忙しいためアルバイトや主婦のパートを雇うことになった。年間の売り上げは数倍。いや数10倍ぐらいに増えていた。

気立てのよい女には商才があったのか。旅館というサービス業務が水に合っていたのか。

女の才覚には理由があった。囲われた代議士を手本にしている。

政界の裏の世界や反目する政党に根回しする。

代議士の処世術をヒントに人の心をつかむことは容易であった。

旅館という"国会"にお客様は簡単に集められたのである。

旅館経営が潤ってくると男児もスクスクと成長する。
「旅館が繁盛することは私たちの孫も立派になられることよ」

旦那の代議士は東京帝国大学法学部政治学科出身である。優秀な遺伝子は見事に開花され受け継がれていく。
生まれた子供は素晴らしかった。老夫婦には2歳頃から子供の物覚えが早いことがわかる。

"祖父母"の老夫婦はかわいい孫がよりいっそう賢いとわかり自慢の種となる。

「ウチの孫は凄いね。一度聞いた言葉はまず忘れない。旅館に泊まるお客様の顔と名前なんてたちどころに覚えてしまう」

顔と名前を覚えるのは政治家の基本である。代議士(父)の血筋は脈々と受け繋がれていく。

泊まり客の宿帳は墨書きである。筆と硯の書道一式。
幼い孫はこれが珍しい。泊り客が畏まり筆を持つ姿がことのほか面白い。

老夫婦が墨を摺りお客様に宿泊帳に署名をしていただく。

孫も祖父母の後ろをちょこちょこついていく。

筆を持ち見よう見真似で書道してみたい。

「おやアンタも署名してくださるかい」

孫は二歳児であるが筆をちゃんと持つ。墨を溢したり畳を汚すことも少なく字を書いた。

いや字ではない。丸や三角四角と思うように書いた。
「婆さんや、婆さんや。孫が筆を持つよ。素晴らしく上手く書くじゃあないか」
丸印や三角の筆書き。

二歳児は腕の見せどころで繰り返し筆を奮った。

孫を老夫婦は誉めた。

やがてあいうえおの平仮名を教えられた。ひらがなは三歳の誕生日前にすべて覚えて書いた。

毎日の筆捌きにより達筆である。

老夫婦は幸せそのものである。

旅館経営は女の才覚で順調であり従業員も正規雇用できた。

旅館があるのは若女将の美貌がすべてである。

海水浴の夏は満員。冬の閑古鳥はこなくなった。

売り上げは毎年確実に伸ばした。お客様を増やしたければ別館を建てたい。

毎年の旅館予約状況から充分にやっていけそうだった。

娘に恵まれ孫にも恵まれた老夫婦である。幸せを絵に描いたような老後の毎日を暮らす。さらに笑いもあった。

「ワシら夫婦には出来すぎた娘さんだ。ワシらはいつ死んでも悔いはないなあ」
老夫婦は寄るとさわると娘を若女将を誉めた。

今や浜辺の料理旅館は看板娘の器量と才覚で切り盛りである。

女も女で老夫婦にいたく感謝である。

子供を身籠り身投げをするためにやってきた海岸。

まさかこんな幸せをつかむとは!

子供を授かり人柄のよい老夫婦に巡り合うとは人生はわからないものである。

若女将は旅館に宿泊のお客様を近くの岩場に案内することもある。

女が見投げをっと"決めていた"岩場である。

「こちらの岩場は魚がよく釣れます。ですが危険でございます。潮の満ち引きに気をつけてあそばせ。江戸の昔には岩場から落ち溺れた者も数知れずでございます」

身投げの場として選んだ岩場で危険を避けよと女は言う。

危ないですよっと言った自分を女は可笑しくなった。
老夫婦は赤の他人の女を養女にしてもよいと思う。

旅館の権利書や土地を相続させ女や孫に好きにしてもらいたいとまで思うようになる。

女を夫婦の養女とすれば戸籍の上で孫は本当の孫と呼べる。

これが年寄りにはなによりの喜びである。

老夫婦は養女の話をいつ言い出したものかと鳩首会議を繰り返した。

「養子縁組みはワシらの面倒を見てもらいたい」

もし嫌がられたらどうしようか。

孫と一緒に出て行かれてしまえば大変である。

元の寂れた旅館に舞い戻ってしまうのではないか。

「おじいさん。時期を見計らって養子の話しは」

寝枕は老夫婦の悩みが錯綜をする。
見投げをしようかと辿り着いた浜辺。

人のよい老夫婦と出会ったら女の人生はガラリと変わった。

だが流転なる女の人生は安穏なものとはならなかった。


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