表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

怪談竒譚

身代わり

作者: 鵜狩三善

 霧雨の夜の事だった。

 日付を跨ぐほどに帰りが遅くなった僕は、家路を急いで橋を渡っていた。

 すると下流の方から、ばしゃばしゃと水音がする。


 何だろう。

 傘をもたげて夜を透かすと、もこもこと(うごめ)く何か黒いものが、水を蹴立て川を(さかのぼ)ってきていた。

 夜の暗さもあって、川面を覆うその何かは、まるで人の毛髪のように見えた。ぐっしょりと重く濡れておどろに絡み合い、毛皮めいた体を為している。

 昔何かの折にテレビで、生きた絨毯(じゅうたん)のように動くネズミの群れを見た事がある。その印象が丁度だった。複数の生き物が統一した意志を持って移動している。そんなふうに感じられた。

 その毛皮の表面でもこもこと瘤のように上下しているものは、やはり真っ黒だった。大きさは人の頭くらいで、数は六つか七つ。

 だが川といっても、さして広くも深くもないものだ。人間、或いはそれに類するサイズの生き物が存分に泳げるはずがない。

 足を止めて眺めていたが、距離が近付いても正体は一向に掴めなかった。


 やがて、それは橋の下に消えた。

 川のサイズに比して橋の幅もそれなりだ。僕は上流の側に視線を移した。今までの移動速度からしてすぐにまた姿を見せると踏んだのだが、現れない。

 おや、と怪訝(けげん)に思うのと、水音が止んでいるのに気がついたのはほぼ同時だった。

 突然、妄想が頭を過ぎった。

 橋の下の闇、僕の足下の見えないところでそれは川を上がって、もこもことここまで這い上がろうとしてきている。

 ただの想像であるはずなのに、ぞわりと産毛が逆立った。それは予感と呼ぶべきものであるのだと、稲妻のように理解できた。

 僕は傘を放り出して、一目散に走って逃げた。



 翌日、日のあるうちに橋に行った。

 骨も柄もぐしゃぐしゃに噛み折られた僕の傘が、寂しく欄干(らんかん)にぶら下がっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 ぽちりとやっていただけましたら、大変励みになります。 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[一言] 欧州民話の死者のミサでのマントや、日本神話の櫛にあるような、身に付けていたものを投げつけて逃走すると投げたものが災いを受けてくれ、その間に逃げられるというテーマを思い出しました。 第六感って…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ