4 何がしたいの どこ行きたいの-8 女の影-2
「ははー! ここにいたかぁ! 見つけたぜ、エマ〜!」
「あーん、カーンクー」
甘え声を出したエミュレンが、八の字眉で振り返る。カンクはテーブルの上にカードが広げられているのを見て、ねたむように文句を言った。
「なーんだよ、マリア。最近タットと仲がいいじゃねえかー。今日くらい俺と飲もうぜーほらー、肉だぞー」
カンクが散乱するカードの隣に皿を置き、そこから一串取り上げて豪快にかぶりつくと、持ってきた缶ビールをあおる。
その脚にエミュレンが飛びつき、不満たっぷりの声を出した。
「カーンクー! マリアったら教えてくれないんだよぉ!」
「なっはっは! ほんとに聞いたのかよ。やるじゃないの〜エマ」
カンクはそう言っておどけたように眉を寄せ、楽しそうに笑った。
カードの切り方をタットに教授していたマリアが、串焼きを頬張ったまま忠告する。
「小娘に汚ねぇ言葉教えんじゃねえよ。この変態が」
カンクは空いていた椅子に腰掛けエミュレンを膝に乗せると、その愛らしいおでこに自分のおでこをくっつけて、うりうりと押し合った。
「しょうがないよなぁ〜覚えちゃったもんはさぁ。……で、何だってエマ? マリアが話してくれない? じゃあ、俺が話してやるよ。何が聞きたいんだ?」
袂から数本の缶ビールを取り出すカンクから視線をそらし、エミュレンはチロッとマリアを確かめる。
そしてすぐに、つんけんした態度でカンクの方へと向き直った。
「オーケー。聞きたいことはひとつよ、カンク・バルガン。あなたと、このマリア・ウィルスンってお方とは、いったいどういうご関係?」
怒ったような表情で見上げてくる少女の頬を、軽く指先で押したカンクが微笑を湛えて応える。
「昔なじみだよ」
そう言ったあと、突然カンクが吹き出した。
嬉し恥かしげな表情を作るカンクが、マリアの肩を叩いて言う。
「なんか俺、恋人の尋問受けてるみたいな気分よ♪」
マリアは呆れ顔で溜め息をつき、再びカードをシャッフルし始めた。
タットが身を乗り出しながらカンクに尋ねる。
「昔なじみって…。一体どんな風にマリアさんと出会ったんだよ」
「どんなも何も……、俺の親父が、マリアの親父さんとこで専属用心棒やってて。それで知り合った感じだよなぁ?」
同意を求めてくるカンクに、マリアは面倒臭そうに頷いた。
それを見て、タットが唸りながら腕組みをする。
「やっぱりそうか」
二本目の串焼きを食べ始めたカンクが、片眉を上げてビールを飲んだ。
「なんだよタット、やっぱりって」
タットが隣同士に座るマリアとカンクをじっくりと見比べ、確信を持って言い放つ。
「キャプテンがマリアさんと自発的に出会うとは思えねーもん。だって、共通点が一切ないから」
その言葉に、マリアがくっくっと笑い声を上げた。
隣にいたカンクは、いじけたように目を座らせて呟く。
「ひどいわね。随分とイヤミが上手くなったじゃない」
タットが肩をすくめてとぼけると、カンクは鼻筋にしわを寄せて一度だけ吠えた。しかしすぐに「ま、いいや」と言ったカンクはマリアに視線を移す。
カンクの膝では会話の内容に興味を失ったエミュレンが、つまみ皿のチーズを美味しそうにぱくついていた。
「一番初めに出会ったのは、俺が十一で、マリアが九歳の時だった。よな?」
「ああ」
マリアが頷きながら三人分のカードを配り始める。
その横顔を眺めていたカンクが、にたーっと意地悪そうな笑みを顔中に広げてタットに言った。
「あの頃のマリア、すんげーかわいかったんだぜ」
「てめぇぶっ殺すぞ」
ギッと睨んだマリアに、カンクが「だって」と続ける。
「初めて会った時、俺ホントに女の子だと思ったもん。名前だってマリアだしよ。タットもちょっと想像してみろよ、マリアのガキの頃! この顔だぜ? どんだけラブリーだったか解るだろ? くせっ毛がもぉ、クリックリしててよぉーっ」
そこまで話した所で、テーブルの下からガンッと鈍い音がし、カンクの顔が痛みに歪んだ。
横目でカンクを睨んでいたマリアがタットに視線を移すと、タットの両目はマリアの顔をじっと見て「ラブリーなマリア」を想像していることがうかがえる。そのときめきにも似た目線を投げかけてくるタットに怒りを覚えたマリアが、つまみ皿のナッツを鷲づかみにして思いきり投げつけた。
タットの顔面に打ち付けられたナッツたちが、四方八方に飛び散り床の上で乾いた音を立てる。
それを聞きつけたナジャルがどこからか現れ、落ちているナッツを拾っては忙しなく口に運んでいた。
「この子ったら、会ったときから乱暴なのよ、せっかく見た目かわいいのに。昔から変わんねーんだ、乱暴なとこは」
噂好きのおばさんめいた口調でタットに話しかけるカンクを、マリアが蛇のように睨みつける。
「お前こそ、ハナっから最悪だったじゃねーか」
刺々しく放たれた言葉にカンクが不服を唱える。
「げー、心外。何でだよ? …ああ、解った。初めて会ったとき、チャドがなついたからだろ? しょうがねーじゃん、純粋なのよ動物って」
飄々と言ってのけるカンクに対し、青筋を立てるマリア。
「お前のせいで、賢かったチャドはダメ犬になったんだからな!」
「…犬…?」
タットの疑問にカンクが頷く。
「ああ。その頃マリアには犬がいたんだよ、チャドっての。オスの番犬でさ、こーんなでっけぇの!」
カンクの腕が目一杯広げられ、犬にしてはかなり大きいサイズを示していた。チャドという名の犬を思い出しているカンクが、「エマくらいなら、チャドの背に乗って走れたろうなぁ」と付け加えると、膝にいたエミュレンが「のってみたーい!」と身を乗り出す。
「チャドに会ったら、必ず乗っけてやるよ」と言って、そのふわふわの頭にキスをした。顔を上げたカンクがマリアの話を続ける。
「マリアの横にいるチャドを見たとき、あまりの対比に驚いたよな。この子そのうち犬に食われんじゃないかなと思ったけど、マリアが歩き出した途端、犬はこの子の護衛なんだってピンときたさ。ぴったりマリアの横について歩くし、耳も目もマリアからの命令を待ってたもんな。マリア以外には誰にもなつかねえぞってオーラがギンギン!」
凛としたチャドの肢体とそれを包む真っ黒な毛並みを思い出し、マリアは細い溜め息を吐いた。
「当たり前だ。多大な時間と金をかけて、あいつを立派な軍用犬にしたんだからな。愛玩するための犬じゃない」
微笑を湛えてノスタルジックな空気を漂わせているマリア。
それを見たカンクが、信じられないと言いたげにマリアの腕をはたく。
「そのあと起こした残忍な行動とは、結びつかない顔してるじゃないの!」
カンクの言葉に眉間をよせ、チッと舌打ちをしたマリアが手持ちのカードを一枚捨てた。
大仰に騒ぐカンクが、手の平をさらしてタットに訴える。
「聞けよ、タット! こいつなぁ、そんなチャドを俺にけしかけたんだぜ! 本気で! ひどくねぇ?」
ビールの缶を開けたマリアが、表情も変えずに吐き捨てた。
「初対面のお前が、しつこくて、うるさくて、邪魔くさいからだ」
「いや、おま、なに言ってんの! 一歩間違ったら死んじゃいますよぉ? あいつ、俺の喉もと狙ってましたから! 聞いてます、マリアさん?」
ふんと鼻を鳴らしたマリアの脳裏に、その後展開した状況が思い出される。
マリアがけしかけたのも束の間、気がつくとカンクはチャドの下に潜り込んでいた。
うつ伏せになって地面に伏せていたカンクが、勢いよく背中を持ち上げてチャドの腹部を押し上げる。
初めてチャドの攻撃をかわした男を、驚愕の面持ちで眺めていたマリア。
その顔が嫌悪で歪んだのは、数秒後のことだった。 |