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私のあなた、あなたの渡し
作:ぐろわ姉妹



3 主のお呼び-3 それは東の昔話、昔々の御伽噺-1


 追加注文の、塩ダレ焼き鳥の盛り合わせを、テーブルに運んできたゴビが低い声で呟いた。
「操魂の丸薬……」
 顎に手を当てて唸るゴビの横で、シャファルルがカンクに話しかける。
「あらいやだ! それってもしかして二種類あったりするんじゃない?」
「あるある。黒いのと白いのがあって、黒い玉を使えば永遠が、白い玉なら一瞬が手に入るんだと」
「きゃーっ! ちょっとちょっと、今の聞いた! ゴビちゃん!」
 シャファルルが興奮した様子でゴビの肩を叩き、いそいそと店の奥に消えていった。
 座敷に座るカンクが、焼き鳥をパクつきながら尋ねる。
「アンタら二人とも、丸薬のこと何か知ってるみたいだけど、良かったら教えてくんないかな?」
 それを聞いたゴビが串を持つカンクの手を掴み、力任せに握り締めると高揚した様子で叫びだした。
「まさに『待ち人』! それは『海妖の目玉』に相違ないだろう!」
「痛いたいたいたい!」
 強烈な痛みを訴えるカンクの前で、マリアが眉を寄せる。
「カイヨウ?」
 ゴビが「うむ」とうなずき、カンクの手を離した。
 すると、どこからかスローテンポな音楽が流れ出し、店の奥からはマイクを手にしたシャファルルがゆっくりと現れる。
「海妖っていうのはねぇ…、空想上の生き物なの…」
 エコーのかかったシャファルルの声が店全体を震わせた。
 続いて店内が暗くなり、スポットライトに照らし出されたシャファルルはうっとりとした表情で話を続ける。
「今宵もようこそ、シャファルルのゲリラ・ショーへ! ね〜え…、アンタたちは遠い遠い東の国へ行ったことがあるかしら? …え? なあに? アタシが行ったことあるかって? あ〜〜〜、ざぁ〜んねん! 残念だけど、アタシは一度もないのよぉ〜」
 その抑揚あふれる口調と同じように、シャファルルの仕草は独特なものだった。
「東の国ではね、昔話やおとぎ話に操魂の丸薬って代物が、たびたび出てくるのよ…。それを持ってくるのは決まって、海妖ちゃんなの。…それはなぜかって? うぅん、お利口さんな質問ね。い〜い? 良く聞いてなさい。……実はこの『操魂の丸薬』は…『海妖の目玉』、そのものなの!」
 カンクが焼き鳥を頬張りながら、首を振る。
「目玉なんだ! へー、そんなもんが薬になるのかぁ」
「そ・う・な・の・よぉ〜〜〜! 黒い右目が『永久の眼』、白い左目が『刹那の眼』って呼ばれているらしいわ。だけどさっき言ったとおり海妖ちゃんは空想上の生き物、所詮は埃臭いおとぎ話の登場人物…実在なんてしないの」
 そこまで聞いたマリアが、大きな溜め息を吐いた。
「物語を知っている誰もが、今のヒヨッ子みたいに溜め息を吐くわ。……でもねぇ、それとは逆に、こんなお話があるのよ…」
 シャファルルの語り口が佳境にさしかかると、カンクはしっかりと座りなおし、タットもごくりと喉を鳴らした。
「さ〜あゴビちゃん、坊やたちに言ったげて?」
 と、シャファルルがマイクをゴビに向ける。
 少し驚いた表情を見せたものの、ゴビはゆっくりとカウンターの椅子に腰をかけた。
 追いかけてくるシャファルルのマイクが、ボボッとゴビの鼻息をとらえる。
 「いいだろう」と言ってゴビは口を開いた。
「長い話だ、かいつまんで話そう……」
 ゴビの声にエコーがかかったその時、
 突如として店の扉が開かれた。
 ガラガラという音とともに、黄色い声を響かせて、数人の女性が入ってくる。
「きゃーっ! ここよ、チョ―おいしい店っ!」
 顔を上げた彼女たちが見たのは、真っ暗な店内でスポットライトに照らされた、割烹着の巨漢とド派手なオカマだった。
 彼女たちの歓声がピタリと止み。その視線が光輪の中を凝視する。
「…いらっしゃい……」
 愛想なく立ち上がった巨漢に、女性たちは感電したように飛び上がった。そして、毛の逆立つような悲鳴を一斉に上げ、ドタバタと競い合うようにして店を後にする。「ごめんなさいっ!」と言う声と共に扉が激しく閉じられ、走り去る足音が我先にと遠ざかっていった。
「…繁盛してんの?」
 マリアの一言に、無表情に黙り込むゴビ。
 「失礼しちゃうわねー!」と、シャファルルが外に向かってマイクで怒鳴る。
 ゴビは静かに椅子に座りなおすと、何事もなかったように話を再開した。シャファルルが慌ててゴビにマイクを向け直す。
「三百年ほど前の話だ……、ある国に一人の男がいた。その男の生まれた家は大変厳しい家柄で、成人の儀式を受ける二十歳までにマスターになれなかった者を村から追放する、という『しきたり』があった。その男の家業は『魔術師』で…」
「ご愁傷様」
 ゴビの話を打ち切るように、マリアが横槍を入れた。
「ま、魔術師?!」
 タットが間の抜けた声をあげると、ゴビは目で頷いてから話を続ける。
「しかしその男は、どうも魔術には向かなかったらしくてな」
 カンクがゴビの後を受けるように口を開いた。
「落ちこぼれって事か」
 タットは話についていけず、全員の様子をチラチラとうかがう。
「うむ。魔術師のマスターになるには、最高難度の魔術『操魂術』を習得しなくてはならないのだが、男は操魂術の認定試験に九回も落ちていたため、もう自分の実力では合格できるはずがないと思っていた。そうして男は十四歳のとき、辛い修行を諦め……禁断の道を選んでしまったのだ」
「はーん。いいね、掟破り。オレごのみだ」
 そう言いながらマリアがタバコに火をつける。
 するとシャファルルの瞳が光り、カウンターの裏に置かれた金属製の灰皿を凄い速さで投げ飛ばした。空を切り裂く灰皿がマリアの頭にヒットする。
「ってーな! あるならさっき出せよ!」
 それを見たシャファルルが、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
 身を低くしたタットがこそこそとカンクに話しかけた。
「キャプテン、何か…話がおかしいですよ」
「うん、おかしいよなぁ…マスターになれなきゃ落ちこぼれなんて…、高望みしすぎだよなぁ?」
「そうじゃなくて!」
 ゴビの話は先に進んでいく。
「禁断の道…、それは試験の際に不正を行う事を指す。しかし操魂術というのは、人の魂を…生き死にを操る最高難度の魔術…。試験官の目を誤魔化そうにも、そんな大それたことができる方法など在るはずがなかった。……たった、一つを除いては」
 カンクが勢い良く身を乗り出して言った。
「それが…操魂の丸薬なんだな!」
 ゆっくりと頷いたゴビは、その深くて渋い声を店中に響かせる。
「同じ魔力を持つ操魂の丸薬…。それを試験の場で、誰にも見つからずこっそり使う。黒い玉で永遠を、白い玉で一瞬を操る…そうすれば、術を習得せずともマスターの称号は手に入る訳だ」
 シャファルルが、ゴビに向けていたマイクを振り回すように自分に向けて口を挟む。
「でーも、海妖なんて、そんなものただの言い伝え。夢物語に過ぎないって、みぃんなそう知ってたのよ? でも…その馬鹿な男は…どうしても村を出たくなかったの。村から追放されるくらいなら、どんなに儚い可能性であろうと必死になってしがみついたわけ…」
「ワラにもってヤツだな。意外と根性あるじゃねえか」
 と言ってマリアが煙を吐く。
 更に身を乗り出したカンクがわくわくとした表情で目を輝かせると、ゴビを見つめて催促するように言った。
「夢じゃ…なかったんだな…? 海妖は、存在した! …さあて、大事なのはこっからなんだろ? その目玉を一体どうやって手に入れるんだ?」
 シャファルルがゴビの口元にマイクを差し向け、ゴビが粛々と話を続ける。
「修行を諦めた男は、丸三年もかけて海妖の出てくる昔話を調べ尽くした。…すると、海妖を食らうという『ネンデイリュウ』の存在に辿り着いた。男はそれに心当たりがあり、すぐさま行動に出た。秘伝の粘土を使って見事な龍を作り上げると、それに魔術を施し海へと放した。その龍に海妖を食らわせ、海妖たちを『危機的な状況』に追い込むためだ」
 怪訝な顔で質問をするマリア。
「何で危機的にまで追い込むんだ? その龍が食いついた海妖を、横取りすりゃいいだけじゃねーか。目的は目玉だろ?」
 うんうんと頷くカンクがゴビを見やると、ゴビの代わりにシャファルルが答えた。
「ヒヨッ子、アンタ意外と目のつけ所がいいじゃないの。男の目的は海妖の目玉…でもね、操魂の丸薬になるのは『胎児の目玉』だけ、そして胎児を手に入れるためには、海妖を危機に追い込まなきゃいけないのよねぇ…」
 切なげに溜め息を吐くシャファルルに、カンクが眉を上げて訊ねる。
「そりゃまた、なんで?」
 シャファルルはカンクを見て、寂しそうに話し始めた。
「だって海妖は通常、卵で殖える生き物なの。胎児じゃないわ。それが絶滅の危機を感じると身体に変化が起こって、海ではなく陸で、卵ではなく胎児を産み落とすんですって…。出産なんて…何だか、人間みたいよね…」
 そう言ってうつむいたシャファルルが、ゴビにマイクを傾ける。
「二年で…、全ては終わった」
 カンクが驚き、低く呟いた。
「広い海を、たったの二年で…!?」
 ゆっくりと頷いたゴビが話を続ける。
「ネンデイリュウを放してから七百三十一日目の朝、男は昔話に記されていた孤島に一人で出向き、そして、空想上の生き物と言われた海妖との遭遇を果たした。男はその場にいた二匹の海妖を捕まえると、身動きが取れぬよう島の洞窟の岩肌に…二匹を鋼の杭で磔にしたのだ。絶対に逃げられぬよう念入りに…」
 カンクは小さく唸り、顔をしかめると腕をさすった。
「そんなことして、海妖は死んじまわないのか?」 
 ゴビが首を横に振り、答える。
「海妖は驚くほどの生命力を持つ生き物で、四肢に杭を刺された位では死なない。…男は杭を打ち終わると海妖の腹を裂き、中から胎児を引きずり出して、その小さな目玉をくりぬいたのだ。手に入れた操魂の丸薬の威力は伝説に違わず強力で、男は自分の一族をなんなく騙し、マスターの称号を手にしたという話だ……」












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