3 主のお呼び-2 美味なる待ち合い場所-2
「そうだわ、アンタたち。せっかくメンヤンに来たんだから、アタシのショーを見てから帰んなさいな!」
それを聞いたカンクが振り返った。
「マジで? 行くよ、チケットくれ!」
「くれってのは何よ! 厚かまし〜男ね!」
「だって金ねーんだもーん」
「金ないって…、ちょっとアンタたち、食い逃げする気っ!」
「いや、ここ食う分ならある!」
そんな二人のやりとりを目で追いかけ、マリアが不機嫌そうに独り言を言う。
「…なんでお前ら、こんな特殊な環境にすぐ馴染めんだよ」
テーブルでつまらなそうに頬杖をついていたマリアのもとに、何とも食欲をそそる不思議な匂いが漂ってきた。その匂いに前で座るタットが、くんくんと鼻を鳴らす。
ほどなくして料理を持った太い腕が、カウンターの中からにゅうっと飛び出してきた。
「料理、出来たぞ」
その料理を受け取ったシャファルルが、「アンタも早く座りなさいよ! 行儀の悪い」と言って、カンクの襟足を引っ張る。
次から次へと運ばれる料理。その最後に、ほんのりと甘い湯気を湛えた山盛りの白飯が配膳された。
席に戻ったカンクが、待ってましたとばかりに両手をこすり合わせて喜び、割り箸を手に取って力強く合掌する。
「いただきます!」
堰を切ったように料理をかきこむカンクの横では、慣れない箸と格闘するタットがやっとの思いで料理を口にした。
「すげーうまい…」
予想以上の美味にタットがそう呟くと、ずっと頬杖をついてタットの反応を確認していたマリアが、静かに箸を取り用心深く食べ始める。
今まで味わった事のないような旨さに、三人はそのまま物も言わずに食べ続けた。食器の触れ合う音と、咀嚼音だけが店内に響く。しばらくして一番に食べ終えたマリアが、水を一気に飲み干すとシャファルルに向かって告げた。
「イカメシ、二人前追加!」
シャファルルが上機嫌で厨房にいるゴビに注文を伝え、マリアのコップに水を注いでから食器を下げ始める。
一足遅れて食事を終えたカンクが、まるで呼吸など忘れていたかのように大きく息を吐いた。
箸を置き、腹をさすりながら唇を舐めたカンクが、パンパンと手を打ち深々と一礼する。
「ごちそうさまでしたーっ!」
食器を下げるのに忙しいシャファルルに代わり、イカメシを持ってきたゴビが渋い声で返礼した。
「…おそまつさまでした」
カンクがそのごつい腕をむんずと掴み、唐突に叫びだす。
「なぁ、アンタ! 俺の為に毎日、飯を作ってくれないか!」
その瞬間、マリアが飲んでいた水をブバッと吹き出した。
見ると、カンクの目は輝き、頬はうっすらと染まっている。
言葉を失った三人が、青ざめた空気でカンクの顔を凝視した。
厨房から、シャファルルがヒールの音を響かせて駆け寄り、嬉しそうに言う。
「あら〜、ステキじゃないの! アンタも遅咲きながらそのケに目覚めたのね? うぅん、ゴビちゃんってやっぱり罪作りな、オ・ト・コ!」
カンクが周囲の疑惑に気づき、ゴビの手をパッと離すと訂正した。
「いや、そうじゃなくて! 専属シェフとして、俺の船に乗ってくれないかって事! もちろん、金は十分払うから!」
「断る」
冷たいほどすぐにゴビの答えが返る。
手早く食器を片づけて厨房へと戻るゴビの後を追うカンクが、カウンターに手をつき身を乗り出して言った。
「俺、こういう味たまんなく好きなんだよ! アンタ、料理上手すぎだって! いいだろ? な? 頼むよ! この通り!」
頭を下げたカンクが、勢い余ってテーブルに額をぶつけ、「いてぇ!」と叫ぶ。
「…あんなまずい飯、もうヤなんだよぉー」
額をさすりながら泣き言を言うカンクに続いて、タットも「確かにまずいんだよな」と相槌を打った。
マリアが輪切りのイカメシを食べながら言い放つ。
「ロムとゾランを解雇しろって、前から言ってんだろ! あいつら漕ぐしか能がねえんだよ」
カンクが座敷を振り向き、口を尖らせて言う。
「また、そんな事言うー。そういうお前だって、ロクなもん作れねーだろー? 昨日だって何作ったよ?」
「オレは航海士だからな、料理を作るために居るんじゃない」
言い合う二人の間を割って、シャファルルが口を開く。
「残念なんだけどねぇ、ゴビちゃんには愛しい愛し〜い『待ち人』がいるの。だからその人が見つかるまで、ここを離れるわけにはいかないの〜、そうよねっ? ゴビン?」
ゴビが無言でうなずく。
カンクは失意に満ちた表情でカウンター席に座り込んだが、すぐになにやら思いつきポンと膝を叩いた。
「じゃあ、その待ち人とやらを、俺が連れてきてやるよ! そしたら船に乗ってくれるよな? よし、そうと決まれば…、なぁそいつ、どこにいるんだ?」
「それが解れば苦労はないわねぇ〜。だってゴビちゃんたら、相手がどんな奴かも知らないんだもの」
「何だ、そりゃあ…?」
カウンターの向こうでゴビが言う。
「『宿命』が出会わせてくれる、と言われた」
それを聞いたマリアが、うんざり顔で呟いた。
「…そんなんばっかしか、嫌な街だな」
「…宿命の出会い……」
そう呟くカンクの胸に、ひとつの思いがよぎる。
カンクは急に振り向いて座敷に駆け寄ると、マリアの胸倉を掴み大声で叫んだ。
「って、この事か!」
「うるせーな! 馬鹿がデカイ声出すんじゃねぇ! 何だよ一体!」
迷惑そうに耳を塞ぐマリアを離し、カンクがタットに同意を求める。
「タット! さっきの『宿命の出会い』ってこの味の事だよな!」
「はぁ?」
「絶対そうだぜ、この旨さ! だって俺一生忘れられねーもん! そーかそーかコレだったのかぁ! やるなぁ、あのチビ!」
カンクが楽そうにチョンマゲを弾ませ、きゃっきゃと笑いながら店内をウロチョロする。
その様子を一瞥したタットが、溜め息まじりに呟いた。
「浮かれちゃって…。『探すなら食べろ』とか言われてたからなぁ…」
マリアも「すいませんね」とゴビにこぼす。
「さっき来る途中、占い師にからかわれて。コイツ、阿呆なんスよ」
そのセリフに、ゴビとシャファルルの表情がさっと変わった。
今度はシャファルルが、マリアに飛びつくようにして座敷へ上がる。
「う、占い師…? あのちびっこい、こういうほっぺの?」
そう言って彼女は、ラメの光る人差し指で、頬の前にクルクルと渦を作って見せた。マリアが「そーそー」と答えながら、水のおかわりを要求する。
「……ゴビちゃんは『探すなら作れ』って言われたのよ」
シャファルルは差し出されたコップを受け取りもせず、まじまじとカンクを見つめた。
ゴビも見開いた目でカンクを見定めながら、調理場から出てくる。
「では……あなたが『待ち人』か……」
タットはただポカンと口を開けて、目前の四人が繰り広げる会話を追いかけていた。
口一杯の食べ物を飲み込んだ後、タットが当然の事を口にする。
「そんなの、偶然じゃないんですかー?」
言い終わるかどうかのところで、シャファルルがマリアの頭を叩いた。
「お黙りっ!」
「今のは、オレじゃねーだろ!」
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