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私が傍観者な妹になった理由 作者:夏澄

出会い編

1・お兄ちゃんと私

嘘つきな兄と妹の話です。
「那智。今日は一緒に帰ろうか」

 放課後、わざわざ教室まで迎えにきてくれたのは、私の大好き(仮)なお兄ちゃんである桂木 恭平だった。その作り物めいた綺麗なご尊顔に、教室内に残っていた女生徒から桃色の吐息が漏れる。
「お兄ちゃん。那智嬉しいっ!」
 大好き(仮)なお兄ちゃんの登場で、私は頬を染めて(嫌々)抱きつきに行く。
この間、私の脳内では、
(ちっ。今日はどんな嫌なことがあったんだよ。どうせ、ライバルにおいしいとこ持ってかれたに違いない。放課後はみんなでクレープ食べに行こうね、って言ってたのに。イラついてるからって、妹の楽しみを奪うことないのに。)
 という文句の嵐が渦巻いているのだが、そんなことはおくびに出さず、大好き(仮)なお兄ちゃんの腕にひっついて幸せな微笑みを浮かべる私は女優だ。

 ここで、何故「大好き」の後に(仮)が付くのか補足を。
 私(桂木 那智)は高校一年生。お兄ちゃんこと桂木 恭平は高校三年生。
 私と彼の間に血の繋がりは一滴もない。私が小学五年生のときに母が再婚した相手の連れ子がこの兄である。格好良くて、頭もすこぶる宜しくて、運動神経もばっちりで、何をやらせても器用で、先生受けも良くて、…etc。
 いつもにっこりとした神々しい微笑みを称えた人格者。
 これが私のお兄ちゃんである。とても羨ましがられます。嫉妬もされます。目が血走ったお姉様方に呼び出されて脅されます。そのときは、いかにお兄ちゃんが素晴らしい人間であるかを、いっちゃった目で語りつくしました。呼び出したお姉様方には「何、このブラコン。気持ち悪い」という目で見られました。
(あっ、目から心の汗が)
 今では、お姉様方にお兄ちゃんに関する色々な情報を提供してあげたり、ラブレターや贈り物を運んだりする便利屋してますよ。
(自分の保身に走って何が悪い!)

 私はお兄ちゃんのことが大好きでもない。だからと言って嫌いでもない。ただ、真面目に相手をするのが面倒な相手だということだけは認識している。
 初めて出会った時のことは昨日のことのように思い出せる。
 お兄ちゃんはそれはそれは綺麗な微笑みで私に笑いかけてくれたのだ。そのときの笑顔に私は……さぶいぼを立てたことを覚えている。
「君が僕の妹になる那智ちゃんだね? 嬉しいな。お母さんができて、その上こんなに可愛い妹ができるなんて」
(んなこと、一ミリたりとも思ってないよね。あぁ、ヤダ。こんなのが兄になるのか。こういうときってぎこちない笑みの方が好感持てるんだけど……。笑顔がデフォな人って、だいたい根が暗いんだよね。
でも、お母さんの決めた人の子だから、こちらとしても無碍には出来ないし。やぶ蛇突っつくより、ここは一つ大人になるか。夫婦円満で、子供同士仲が良いほうが家族も幸せだよね)
「那智も嬉しい。こんなに格好良いお兄ちゃんができて。これからよろしくね、お兄ちゃん」
 内心でむくむく湧き上がる不審を抑えて、目を輝かせ、頬を紅潮させて兄となる人の手を取った私はえらい。実際よくやったと思う。

 兄の異常さに父も母も気付くことはなかった。お互いに仕事をしていて忙しかったのもあるが、大きな要因は、二人ともよく言えば「朗らか」で悪く言えば「鈍かった」からだ。
 兄は兄で、良い子の自分を演じ、それを家族が疑っているとも思わないのでそれを続けている。
 私は私で、そんな兄に気付きながらも、その心の闇をとっぱらってあげようという気概もないので、「お兄ちゃん大好きっ娘」を演じている。そういうことをしてあげられるのは、真に心の明るい良い娘さんだけだと思っている。
(自分でも酷い人間だとは思うよ? でもね、家族ってだけで踏み込んでいい領域じゃないんだよね。むしろ、何の関係もない人の方が楽に入り込めるんだと思うのだよ。
だって、綺麗な人間を演じてるってことは、お兄ちゃんもそう思われたいという願望があるからだと思うんだよね)
 私が「お兄ちゃん大好き!」って言うたび、「何も分かってないのなコイツ」って目で見てくる割に、お兄ちゃんは私がひっつくことを拒絶しない。嫌なら、引き剥がして「離れろ」と言えばいいのだ。
 それだけのことが「優しい」を演じるお兄ちゃんはできないのだ。
(マジ面倒な性格してるよね。こんな暗部にいちいち私の気力を使い果たして付き合いたくない)
 これが私の本音だ。
 だから、わたしの「大好き」の後ろには(仮)がついている。

 そんなお兄ちゃんにもついに女神様が現れました!
 可愛くてキラキラしていて、愛らしくて。少女漫画に出てくるような明るい良い娘さんだ。
 その子は名前を「水野 愛梨」と言って、私と同学年。ついでに同じクラス。サラサラの黒髪に大きな瞳、ぷっくりとした桜色のクチビル、モデルのような綺麗な肢体。&性格もバッチグー!
 こんな彼女は非常におモテになる。学校のイケメンと名のつく面々は、「みなさん彼女を好きになるのがデフォルトですか?」っていうくらいに惹かれております。

 お兄ちゃんと彼女の出会いは、入学式のこと。
 桜舞い散る校門で、学級委員長であるお兄ちゃんは新入生の胸に花を付ける役割を負っていた。
「おいで那智。花を付けてあげよう」
 大好き(仮)なお兄ちゃんの元へ子犬のように走っていき、嬉しそうな顔をして花を付けてもらっていたときだった。
 風が吹いて、桜が舞った。そんな中現れた桜の精、じゃなかった彼女の姿に一瞬で兄は恋に落ちた。
(どこの少女漫画だよ)
 とそのときの私は内心でツッコミを入れながら、ポーっとするお兄ちゃんからそっと離れた。
(いや、出会いの場に妹っていらなくね? むしろ邪魔者で排除されるべきはブラコンの妹だから。良かったねお兄ちゃん。私が真性のヤバいブラコンじゃなくて。私のはブラコン(仮)だから。こういうときは邪魔したりしないからね)
 たまにお兄ちゃんが廊下で女子に囲まれて困っているときは、「那智のお兄ちゃんに近づかないで! プンプンッ!(うえっ)」ってして追い払ってるんだけど、こういうときは場をわきまえているのだ。

「花をどうぞ」

 笑顔で差し出された花。兄の笑顔に「?」と疑問符を浮かべた彼女は中々に洞察力に溢れていたと思う。それに気付いた兄は、彼女の容姿以上にその態度を気に入ったらしい。益々のめり込んでいくきっかけとなった。

 この出会いから、徐々に二人は仲良くなっていった。お互いを「恭平先輩」「愛梨」と呼び合う二人はお似合いだ。
 彼女は実に巧みにお兄ちゃんの心を掴んでいった。
「私の前で無理に笑うことなんてないですよ」
「あっ、今笑いましたね!……でも、いつもの笑顔よりずっと良いです」

(うん、すごいよ愛梨ちゃん。あの兄の心を鷲掴みだね! その調子で兄の心の闇をとっぱらうんだ!)

 けれど、そこにライバルが何人も登場してくることとなる。可愛い桜の精には当然たくさんの虫が寄り付いてきた。しかも極上の。
 私も陰に日向に参戦し、できるだけ二人きりになれるチャンスを作るようにはしている。
 それでも、ときどきおいしいところを持っていかれるようで、そんなときはこうして私の交友関係にヒビを入れに来るのだ。
 けど、お兄ちゃんにその自覚はない。お兄ちゃん信者第一号の嬉しそうな顔を見て、内心でほっとするのだ。自分には無条件で慕ってくれる存在があると。それを断れない私も大概毒されているが……。
 私はお兄ちゃんのことが「大好き」ではないが「好き」なのだ。大事な家族であるとは思っている。心に踏み込みたくはないが、傷付く顔は見たくない。
「さ、鞄は僕が持ってあげるから」
 優しい微笑みに、私に向けられる女生徒の目が厳しいです。
「そういうことだから、私はお兄ちゃんと帰るね!」
 スキップしながらルンルンと教室を出た。
(あー、本当に私って歪んでるけど良い妹だよね。こんな茶番に付き合ってあげるんだから)

 帰りの道中は終始笑顔。学校であった色んなことを話しながら帰る。プチ愛梨ちゃん情報も入れ込む私は何て便利な情報屋。
(笑顔って疲れる。マジしんどい)
と表情筋の疲れのピークを迎える頃、家に着く。
(ずっと笑顔も疲れるだろうな。私も疲れるし)
 家に帰ると「那智、部屋で勉強してくるね」と言って、さっさと部屋に引っ込むことにしている。
「分かんないことがあったら僕に聞きにおいで」
 さりげない優しさを見せてくれるが、調子に乗って行く様なことはしない。
「はーい」
 そう返事をしつつも、彼の部屋に入ったことはない。精々が部屋の扉まで。家の中のプライベート空間に入り込むつもりはないのだ。

 これが私とお兄ちゃんの距離。

 私はこの距離を今以上に離すつもりもなかったが、今以上に詰め寄るつもりもなかった。

 その距離が、彼女との出会いを切欠に徐々に変化していくとは、このときの私は少しも思っていなかった。



那智:それなりに可愛い容姿をしている。事なかれ主義なので、兄の暗部に気付いても手を差し伸べようとはしない。けど、兄の心が救われればいいな、くらいには情があるので、多少の手助けはしてあげる。

恭平:腹黒だけどそれを隠している。気付いているのは妹と愛梨のみ。
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