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影ふたつ 作者:塚原 蒔絵
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三章ノ二

「あ、雨」
 窓の外を見ると、小さな(しずく)が空から降ってくるのが見えた。
 最初は控えめだったそれは次第に勢いを増し、サーと音がするほどになる。
「また降ってきたのか?」
「やーね、湿気ムンムンで参っちゃうわ」
 手で風を送っているキティを見ながら、麻生が控えめにひとみに近づいてきた。
 犯罪者を警戒しているのか、やや緊張ぎみだ。手と足が同時に出ていることからもそれは(うかが)える。
「……なあ村田。あの人、犯罪者なんだよな」
「そうだよ」
「危なくないのか?」
「こーら麻生少年、こんないい女捕まえて危ないだなんて、酷いぞー」
 小声で話していたが、どうやら聞こえていたようで、いつの間にか背後に忍び寄ったキティが麻生に抱きつく。
「うわ、わ、わ!?」
「わー、純情な反応」
 抱きつかれ、真っ赤になった麻生はどうにか逃げようともがくが、羽交(はが)()め状態からでは上手く逃げ出せないようだ。
「村田、見てないで助けろよ」
「キティさんは危ない人じゃないから、大丈夫だよ」
「そーそ。恐くない恐くなーい」
 麻生が気に入ったのか、キティは麻生の頭を()でながらにこやかに笑う。反対に麻生はどうしていいのか分からず、複雑な表情だ。
 岩下は麻生の姉と話をしているらしい。それを聞いて自分も混ぜてほしいと、ひとみは言い出せなかった。
 岩下はひとみを事件に関与(かんよ)させたがらない。安全のため、当たり前なのだが、やはり()に落ちなかった。
 危険があるからと安全な場所にいて待つだけでは、ただのお荷物だ。嫌われたくない、(あきれられたくない、その願いが強くあるからこそ、役に立たない自分にもどかしさを感じる。
 横を見やると、キティは麻生とじゃれるのが楽しいのか、彼の首を持ちながらすこぶる笑顔だった。
 麻生の首を持ちながら、すこぶる――麻生の顔が青い。
「キティさん、麻生くんの首、本当に絞まってます」
 ひとみの声に、驚いたようにキティが麻生を手放す。
 解放された麻生は転げるようにキティから逃げ、ひとみの背中に回る。その姿はさながら小型犬だ。
「っは! てか、なんでアンタ、村田のとこに来たんだ? 岩下と一緒にいろよ」
 飼い主を盾にして()える、そんな感じだろう。
 キティは肩を(すく)めてウインクする。
「えー、だって話つまんなさそうだったし」
「……マジ、それだけ?」
「違うよ麻生くん。……たぶん私のせいですよね」
「そーゆ言い方、キティちゃん好きじゃないなー」
 言ってキティはベッドに座るひとみの傍に寄った。
 ひとみは決まりが悪くなり、(うつむ)いてしまう。
 見つめられている。分かっている。
 でもどう答えるべきなのか、ぐるぐると頭の中で言葉を探し、けれど見つからず、結局は小さく謝罪を口にした。
「ごめんなさい」
「うん、許したげる」
 消え入りそうな声に、キティは軽く頷いた。
 一人、会話に取り残された麻生は二人を交互に見ながら不安げな顔をした。
「あのー、俺にも分かるように話してくんない?」
 どう言葉を繋げればいいか分からないひとみは、黙ったまま自身の手を握った。
 キティは天井を見上げるとゆっくり息を吸った。
「そねー、簡単に言うと、まだひとみちゃんは狙われてる最中なの。警察に。もっと簡潔に言うと、あなたのお姉ちゃんたちに」
「あいつら、まだ諦めてないのか」
「警察の上の連中がそう簡単に諦めるとは思えないわ。だからひとみちゃんを守ってあげないとーって思ってキティちゃんが来たのよ」
 キティが来るまでは麻生とひとみの二人だった。
 ひとみが一人でいるより、麻生がいた方がいいだろう。
 だがいかんせん、彼もまだ高校生だ。対処できることにも限界がある。相手が大人で、しかも警察となれば太刀打ちしようがない。
 それが分かっているのか、麻生も反論はしなかった。
 それどころか少し落ちついた様子で、丸イスに腰かける。
「なあキティさん。ちょっと聞いてもいいかな」
「なにかな、麻生少年」
「どうしてキティさんは、岩下の仲間になったんだ?」
「なんでそんなこと訊くの? 訊いてどうするの?」
「……分からない。でも――信じたいのかもしれない」
 犯罪者――岩下を。
 その言葉は声にならなかった。
 けれどキティには伝わったようで、彼女は頭をかくと困ったように腕を組んで(うな)る。しばらく、と言っても数十秒だろう、沈黙が続いたあと、ようやくキティの口が開いた。
「まぁいっか。もう随分昔のことだしね。研ちゃんが拘留中に処刑されそうになったってことは、知らないよね」
 キティの言葉にひとみが声を荒げる。
「そんな! どうしてですか。岩下さん、そんなこと言って」
「ひとみちゃんだけには言わないだろうね」
 騒がれるのが分かっていたのか、キティはストレッチをしながら受け流す。
 黙るひとみの言葉を引き継ぎ、麻生が身体を乗り出した。
「普通、裁判があって刑が決まるんじゃないのかよ」
「そうだよ、でも警察は不都合なことを隠したがる癖があるからね。あの事件のことも、闇に葬ろうとしたのよ」
 キティが真実を容赦(ようしゃ)なくぶつけると、ひとみも麻生も押し黙った。
 まだ夢も希望も抱ける年頃の子供に、真実をありのままで受け入れろというのは酷な話だ。
 ひとみが自身の手を白くなるほど握り締める。
「どうして? 岩下さん、悪くないのに。あれは……あの人、岩下さんじゃないのに」
「村田、犯人思い出したのか?」
 問いかけてくる麻生にひとみは力なく首を振った。
「……分からないの。ぼんやりしてて、でも、岩下さんじゃないって、そう思うの」
 おぼろげに思い出せるのは、見上げたときに見えた男の影。顔を思い出そうとすると頭痛がする。
 思案顔(しあんがお)のひとみを背に、キティは指を絡め、ひとみのベッドに座った。
「そうね。あの事件は研ちゃんが犯人じゃないわ。で、心優しいキティちゃんが、冤罪で処刑されそうな研ちゃんを助けて」
「それ、嘘だろ」
 言葉を(さえぎ)るように発言する麻生に、キティは頬に手をついて首をかしげた。
「麻生少年、酷いぞー。傷ついて泣いちゃうよ?」
「俺、全然キティさんのこと知らないけど、そういうので動くような人に見えない」
 麻生の言い分にキティは苦笑する。普通なら失礼な奴だと怒りを買ってもおかしくないのだが、キティはクツクツと肩を揺らしながら笑うだけ。
「眼がいいね、麻生少年。刑事にでもなる?」
「俺の夢はメジャーリーガーなの!」
「ひとみちゃんは? 将来の夢、お嫁さん?」
「えっと、保育園の先生になれたらなって……じゃなくて、話を戻して」
「あーそうそう、で、まぁ、あたしが研ちゃんを助けたのは、落ちていく姿が見たかったからなのよ」
 ベッドから降りると、戸棚に近づきティーパックを取り出すキティ。
 お湯が沸騰しているか確かめ、ポットから熱湯をカップに注ぐ。
「こう見えてもキティさん、警察が大嫌いでね。だから刑事が落ちぶれてく姿を近くで見たかったの」
 ことも無げに言った台詞に、麻生が眉をひそめる。
「悪趣味っすね」
「どーも。でもあのときは本当、刑事が死ぬほど嫌いだったわ」
「なにかあったんですか?」
「あったよー。でも内緒」
 カップに紅茶のティーパックを()れて、ゆらゆら揺らすキティ。
 そんな彼女を見ながら、ひとみは思い切って訊ねた。
「あの、もし私が犯罪者になったら話してもらえるんでしょうか」
「はえ?」
「内緒って言われたこと、犯罪者同士なら話せますか?」
「おい村田、なに言って」
「麻生くんは黙ってて!」
 自分のことを頼ってほしいなどおこがましい感情で、立場からも、能力からも、そんなお願いはできない。でも、だったら自分が同じ立場になれば、役に立てるのではないかと考えたのだ。
 岩下が隠したことも、キティが(にご)した言葉の先も、同じ場所に立てば話してくれるのでは。そんな(あわ)い期待をひとみは抱いた。
 キティはカップを持ったままひとみに近づくと額にデコピンをする。
「できもしない話はしない方がいいよ」
「やってみないと、分からないじゃないですか!」
「分かるよ。絶対にできない。犯罪者ってのはそんな簡単じゃないし、ひとみちゃんの場合、周りがそれを認めない」
「でも! 私だって……少しでも、なにかの役に立ちたい」
 ひとみはキティを見つめ、いや、睨んで唇をかんだ。
 憎いわけではない。けれど、飄々(ひょうひょう)と自分の意見を却下されると、不満が(つの)る。あれも無理、これは駄目、では自分にはなにができるのか。
 守ってもらうだけでは、お邪魔虫でしかない。そんなことは誰に言われなくても理解しているつもりで、その状況が嫌だから、もがいているのに。
 キティは静かにひとみを見つめ続けたが、やがて再びカップを揺らしだした。
「そっちから転がり落ちてくるのは簡単だよ。研ちゃんがそうだったように」
 砂糖の袋を破り、カップに入れる。
「でも、だから留まれる人には留まってほしい、今はそう思ってるよ」
「キティさん」
「ありがとうね、ひとみちゃん。同じ場所でしか見えないモノはきっとあるよ。でも、違う立場だから見えるものも、きっとあるから」 
 こちら側に来るなと、拒絶された気がした。いや、拒絶された。
 静かにひとみを(さと)しながら、キティは境界線を引いたのだ。これ以上踏み込むなと、眼に見えないラインを提示してくれた。
 それは優しくもあり、残酷(ざんこく)でもある。
 ひとみは落ちつくため、大きく息を吸った。
 そうすると、なにかの甘い匂いが部屋に(だだよ)っていることに気づく。
 甘く、どこか頭がぼうっとする匂い。
 顔を上げると不自然に視界が(ゆが)んだ。
「キティ、さん。なんか、甘い匂いが」
「うん。するね。いい匂いでしょ?」
 カップの紅茶をスプーンで回しながら、感心なさげにキティは返した。
 やはり、くらりと眩暈(めまい)がする。
 傍にいる麻生を見てみると、彼は椅子に座ったまま爆睡(ばくすい)していた。
「あれ? さっきまで麻生くん、起きてたのに」
「眠かったんでしょーね。ほら、ひとみちゃん、紅茶だよ」
 キティが紅茶を差し出してくれる。飲めと言うことなのだろうか。
 笑顔で、いつもと変わらないはずなのにどこか恐くて、ひとみは我知らず後ずさった。
 しかし、ベッドの上ではいくら後退しても、すぐ壁にぶつかる。
 甘い匂いは濃くなる一方で、ずんずんと頭がぼやけ、眠くなかったはずなのに(まぶた)が重い。
「あの、キティ、さん。わたし……眠くて」
「いーよ、眠っても」
 おぼろげな視界の中、キティが手を差し出した。その手を握り返せば、いつもどおりになる、そう信じてひとみはキティの手を取った。
 途端、息苦しいほどに抱きしめられる。
「あ、の」
「あたしなんか、信じちゃ駄目だったのに」
 耳元で聞こえる声に、なにをと問い返そうとするが口が上手く動かなかった。
 口どころか手足も自由に動かなくなり、ひとみは怯えた表情でキティを見つめる。そんな様子にキティはひとみを優しく抱きしめ直した。
「ひとみちゃんには教えてあげるね。あたしの本当の名前。あたしの本当の名前は谷本真由美(たにもとまゆみ)、谷本警視の娘だよ」

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