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影ふたつ 作者:塚原 蒔絵
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二章ノ九

 警察署前でひとみが()ねられたと連絡を受けた水島はキティに事情を説明し、急いで病院に駆けつけた。ひとみは既に集中治療室の中で面会は叶わず、パニックでナースに突っかかる水島をキティが椅子に座らせることで事態は収束(しゅうそく)した。
 集中治療室の赤いランプが(ともっている。廊下は静かで、人気がない。その様子が四年前と重なり、水島の心を波立たせた。
 あのときも酷く動揺したものだ。傍には誰もいなくて、今思えば心細かったのだろう。「四年前も、ここで俺は待ってたんだ。ひとみが重傷で、岩下が主犯だって聞かされて、なにも考えられなくなって……」
 当時を思い出しながら静かに語る。
 四年前、岩下と共に暴力団、会津組の幹部を見張っていたときのことだ。
 最初はうまく尾行していたのだが、途中で彼らに感づかれ、逃亡を謀った会津組を水島は追いかけた。
 岩下はその場にいた組員を押さえるため残ったのだ。
 まだ経験も浅く、まんまとかれた水島が警察署に戻ると、待っていたのはひとみが重傷を負ったという報告と、その犯行が岩下によるものだという情報だった。
 全力で病院に駆けつけたものの、集中治療室の前で待つしかない自分が無力で、歯がゆかったのを覚えている。
「岩下がひとみを殺そうとしたなんて、信じてない。でも、待ってる間に」
「一之瀬明日香ちゃんが死んだって連絡があった?」
「ああ。家の人たちが泣き崩れる姿を見て、数時間後、俺もああなるかも知れないって思った……それが、恐かった」
 いつも傍にいてくれたはずの岩下も怪我のため警察病院に搬送(はんそう)されたらしい。誰も傍にいないことがこれほど恐怖を増長させるとは思ってもみなかった。祈るような気持ちで治療室の扉が開くのを待つ。そんな自分が哀れで滑稽(こっけい)ですらあった。
 あのときと同じように不安だけが心中を支配する。手を組み合わせて祈ったところで、神も(ほとけ)も助けてくれないことは知っている。けれど祈らずにはいられない。
 そんな水島の手をキティが握った。驚いて顔を上げると子供にするようにポンポンと頭を軽く叩かれる。
「なんて顔してんの。そんなんじゃ、ひとみちゃんに笑われるよ」
「そうだな」
 頷いて無理やり笑顔を見せる。
 そうすると、水島に合わせて笑うキティ。
 ふと、集中治療室が騒がしくなった。ガタリと扉が揺れて開く。
 担当医がゆっくりとこちらに向かってくるのを確認すると、水島は慌てて椅子から立ち上がった。
「先生、ひとみは!」
「もう大丈夫ですよ。出血が多いので大事だいじを見て一週間ほど入院が必要になりますが」
「そう、ですか。ありがとうございます!」
「良かったね、みずっち」
「ああ」
 集中治療室から病室に向かうタンカーの上で横たわるひとみを見たとき、(こら)えようのない怒りが水島を襲った。誰の仕業なのかなど分からない。分かるのは、今回の件に警察が関与しているということ。

 ひとみの病室まで付き添おうとした水島の服を、後ろからキティが掴む。そのため自然と足がとまり、振り向けば複雑な顔をしたキティがいる。
「みずっち、これあげる」
 小型のモバイルフォンを渡される。首をかしげる水島に笑い、キティは壁に背を預けた。「それ、警察署内にばら撒いた盗聴器の録音データが入ってるから」
「いいのか?」
 確かめるように問いかけた言葉への返事はない。少しカールした明るい色の髪を(いじ)りながらキティが眼を閉じる。
「悪かったと思ってるよ、もっと早く渡せてれば」
「いや、いいんだ」
 犯罪者に信じてもらえていない、そんな当たり前のことに腹を立てるほど水島も幼稚ではない。
 ふと、キティが苦く笑う。
「お詫びに速報として教えてあげる。誰を信じちゃいけないのか――」
 キティは水島の腕を取り、自分の方へと引き寄せた。
 引き寄せられたことで相手の香水が(かす)かに匂う。そうして彼女は水島の背後を指差した。
「みずっちが信じちゃいけないのは、あの女だよ」
 指の先に視線をやると現れたのは一之瀬だった。いつもとは違い、随分(ずいぶん)気迫(きはく)を失っているようで、凛々(りり)しさも影を(ひそ)め、自信あふれる眼は焦点(しょうてん)が合っていない。
 こちらに気づいた様子がないので水島はとりあえず声をかけた。
「一之瀬?」
「水島刑事」
 (ゆる)やかに上がる顔。その顔を見て水島は顔色を変えた。
「おい、誰かに殴られたのか?」
 一之瀬の頬は見事なほどに()れ上がっていた。明日にでもなれば(あざ)になっているだろう。
 一之瀬の横に少年が現れる。ふてくされた表情で、しかし水島を見つめると口を開いた。「俺が殴りました」
「お前は?」
「麻生大樹。私の弟です。親が離婚しているので姓が違いますが」
「こーらこらこら、みずっち、信じちゃ駄目な相手だって教えてあげたでしょ。仲良くしないの」
 一之瀬に近づこうとする水島をキティが後ろから引っ張り戻す。
「俺の部下だぞ?」
「でも間宮の部下でもあるよね」
「そうだが?」
 キティの言わんとすることが分からない水島は首をひねった。
 水島の鈍さに苛立ちながら、キティは頭を抱えた。
「あーも、その間宮ってのがボスなの。ひとみちゃんに手出せって命令してる奴」
「なに!?」
「本当だよ。水島さん、だっけ? 里奈ネェが村田のこと間宮に教えてたんだ」
「そゆこと。そこの阿呆がひとみちゃんの情報を売り飛ばしたんだよねー。で、自分の弟まで殺そうとするなんて、さすがは刑事さんの鏡!」
「おい、キティ」
「しっかし、警察が事件解決のために犯す罪は犯罪にならないんですねー。知らなかったわ」
 嫌みだろう、キティは挑発的な声色で告げる。いつもの彼女らしくない、それは発言からも態度からも分かった。
 一之瀬を見やると、キティを威嚇するようににらんでいる。
「犯罪者の分際で」
「そう犯罪者。アンタも晴れて犯罪者のお仲間入り。人を撥ね殺そうなんて殺人罪だよ?」
「私はそんなこと!」
「してない? ああ、ひとみちゃんがどこにいるか教えただけだから、自分はなにも関係ない? そーですかそーですか。……お前みたいな奴がムカつくんだよ」
 怒気を孕んだ声。見たこともない凶悪な顔になると一之瀬に向かって走り出そうとするキティ。そんな彼女を水島は片手で抱き寄せる。
「キティ、ちょっと待て」
「ちょ!? ……もー、なにすんのみずっち!」
 力強く引き寄せたつもりはなかったが、キティの身体は軽く傾いた。バランスを崩され、慌てて傍にある水島の腕を掴むキティ。しかし水島は放さない。このまま放してはいけない、そんな気がしたのだ。
「いや、なんとなく」
「断りもなく女性を抱きしめたりするんですか、みずっちは」
「いや……そうか、お前女だったな」
「ムカ!」
 あっけらかんと言う水島から離れようと暴れるキティだが、力の差のせいか拘束(こうそく)は解けない。
 水島はゆっくりと顔を上げ、一之瀬を見据(みす)えた。
 見つめられるとバツが悪そうに(うつむ)く一之瀬。麻生はフォローをする気がないのか、動かない。
「一之瀬……俺は罪を犯せば、(つぐな)うのが道理だと思ってる。例えそれがどんな理由で起きた犯罪であっても」
「……自分は」
 ふと、水島の携帯が鳴った。メールが届いたようだ。
 ひとみが意識を取り戻したと、岩下からの文面を(しぶ)い顔で確認し、そして、
「一之瀬、岩下に会わせてやる」
 そう告げた。
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