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影ふたつ 作者:塚原 蒔絵
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二章ノ八

 水島は怒っていた。苛立ちのせいで歩幅が大きくなり、コンクリートを鳴らす靴音が大きい。
 道行く人が(おびえるほどだ、顔にも苛立ちが出ていたのだろう。
「くそ、あの野郎」
 鼻息荒くはき捨てる。
 先ほどの岩下の言葉。
 ――ひとみは犯人の顔を覚えている唯一の存在。
 もし岩下が四年前の事件の首謀者なら、あのような言い方はしないだろう。
 どんなことがあっても笑って隠す、彼はそういう男だ。
 岩下が主犯でない証拠などないが、そんなものはこれから探せばいい。
 手っ取り早く、問い詰めるのもいいだろう。彼が自ら話すとは思えないが、なにかボロを出すかもしれない。
 しかしそれ以上に、今まで彼が自分たちを欺いていたことに水島は苛立っていた。
 互いに、真実を話せる時間はなかった。だが思ってしまうのだ、それほど自分は信用の置けない人物なのかと。真実を話すに値しない相棒だったのかと。
 強く握る拳のせいで、爪が肌に食い込む。
 その痛みで、ふと水島は考えた。岩下はなぜ犯人に甘んじているのだろう。彼が冤罪えんざい甘受(かんじゅ)する必要がどこにあるのか。
 考えても分からないと頭を振る。
 それを探るため、再び警察署に足を運んだのだ。
 玄関を囲むようにある植木鉢。その後ろにはそれぞれ『Z県警察官募集中』『身近な犯罪防止実施中』と書かれた看板が立てかけられ、傍には数台のパトカーと自転車。
 警察のシンボルでもある星を見上げる。無駄に立派に造ってある外装とは裏腹に、中身は面白味のない警察署。この建物を忌々しげに睨む日が来るとは思ってもみなかった。
「だぁれが、あの野郎なの?」
「うお!? お前、キティ」
 警察署に意識を向けていたせいか、背後から抱きつかれ水島はバランスを崩した。驚きに相手を見やれば、いたずら成功といわんばかりの顔をしたキティがいる。
「はぁい、みずっちが心配で追いかけて来ちゃった」
 ひらひらと手を振りながら挨拶するキティ。ここまで来るのに走ったのか、少し汗をかいている。
 水島は自分の背中に張りつく泥棒をはがすと両腕を組んだ。
「お前な、俺が今から行くのは警察署だ。さっさと帰れ」
 先日、キティが警察署の中庭で見せた一面。それを思い出して水島は追い払うように手を振った。しかしキティは水島をまじまじと見ながら近づいてくる。
「なにしに行くの?」
「関係ないだろう」
「あー、そんなこと言っちゃう?」
 手で顔を覆い、泣きマネをするキティ。
 どこから見ても嘘泣きなのだが、水島は眼を閉じて頭をかいた。
「お前、警察嫌いなんだろ。警察署も居心地悪そうだったし、もう帰れ」
 ぶっきらぼうに言い放たれた言葉に、キティの動きがとまった。
 今、彼女がどんな感情を抱いているのか、水島に推し量ることはできない。けれど、雰囲気が陽気でなくなったことは肌で感じ取れた。
「……嫌いだよ、警察。酷いことするから。うわ、なにその知りたいーって顔」
 顔を覆っていた手を下げると水島を見て、にやつくキティ。
 そうなると立場が弱くなるのは水島で、咳払いで誤魔化すと、そっぽを向いた。
「別にんな顔してねぇ」
「もー、みずっちてば、考えてること全部顔に出てるよ」
「ンなもん出てる奴がいたら、それは人間じゃねぇ」
 邪険に言い放つが、キティは水島に近づいたまま離れない。
 慰めたいわけではない。キティもそんなこと、望んではいないだろう。
 ただなぜか、泣きそうな子を前にしているような気分になったのだ。夕闇迫る公園で、みんなは親が迎えにきているのに、自分だけ誰の迎えもない。そんな、どこか泣きそうな子供が目の前にいる。そんな気がする。もちろん、気がするだけだ。
「あたしさ、父親が刑事だったのよね。だから昔は好きだったのよ、警察署も、刑事だって」
 水島から離れ、後ろで手を組むとゆっくり歩くキティ。昔を思い出しているのか、少しだけ懐かしそうに語る彼女。
「嫌いになったのか? 酷いことされて」
「教えてあげない。だって知ったら、きっとみずっち泣いちゃうから」
「泣くわけないだろ!」
「えー、絶対に涙もろいタイプだもんなー。あ、そうだ。ね、これ聞く?」
 言ってキティが懐から取り出したのはⅠCレコーダ。見たところ普通のⅠCレコーダだ。水島は眉を寄せ、悩んだ。
 そんな彼にキティが頬をかきながら問う。
「あのー、みずっち、今なんで俺が音楽なんて聴かなきゃならないんだ、とか思ったりした?」
「……ああ」
 イヤフォンを片方、耳につけた状態でキティが脱力(だつりょくする。
「あのね、なんでこのタイミングであたしが音楽聴けって言うの。これは盗聴器。みずっちの職場にばらいたの」
「なに、お前そんなこと!」
「あ、これみずっちの後輩くんの声じゃない? ふむふむ、……間宮って誰?」
 後輩くんとは一之瀬のことだろう。職場になにを撒いてくれるのだと飛びかかるが、ひらりと避けられる。
「聞きたいの?」
 犯罪者の力など借りるものかと、答えられたらどれだけ良かっただろう。だが現状、そんなことを言っている余裕はない。
 水島は一呼吸置いて落ちつくと、
「聞きたい」
 そう答えた。
 ふと、胸元の携帯が鳴る。
「電話? はい、みず――え!?」


「どういうことですか!」
 珍しく一之瀬は声を荒げた。
 眼前には上司の間宮真二郎(まみやしんじろう)がいる。先日他界した谷本警視の跡を継いだ人だ。
「静かにしたまえ、ここは病院だぞ」
 コツリと軽い靴音を立てて一之瀬を制すると、間宮は低く貫禄のある声を廊下に響かせた。
 高級なスーツに身を包んだ恰幅(かっぷく)のいい男性だ。眼は鋭く、まるで肉食獣を連想させる。
 しかし、そんな外見に構うことなく一之瀬はなおも間宮に詰め寄った。
「ですが、トラックで突っ込むなんて! 彼女が死んだらどうするんです!」
「ショック療法だよ。村田さんには昔を思い出してもらわないといけない」
「しかし!!」
 村田ひとみがトラックで()ねられたことは、警察内部に知れ渡った。ことの全ては警察が仕組んだこと。
 村田ひとみは四年前の事件、その犯人を知る唯一の存在。
 世間的には岩下が首謀となっている事件だが、仲間の数、犯行の目的と手段、それら事件の全貌は未だ知られていない。故に警察内部では村田ひとみに記憶を取り戻してもらうため、ショック療法として危険な目に遭わせろという意見も少なくない。
 谷本警視時代には過激派の活動もいったん収束しゅうそくを見せたのだが、間宮が実権を握るようになり、再び過激派が動き出したらしい。
「君も納得済みのはずだ。あの事件の犯人、関わった全ての輩を裁きたいのだろう?」
 間宮は一之瀬を見ながら肩を竦める。人を殺すようなマネをしながら詫びる様子は一切いっさいない。
 一之瀬は不満を隠そうともせず間宮を見据えるが、相手は薄く笑ったまま、やれやれと首を振る。
「まあ、また村田ひとみのことでなにかあれば連絡しなさい。君が彼女の監視役なのだから」
「自分は……」
「事件解決に犠牲はつきものだよ、一之瀬くん」
 言って一之瀬の肩を叩き、立ち去る間宮。その後姿を悔しげな表情で見送る。
 もっと発言力が、その地位があれば食ってかかれるのだが、今の一之瀬では力不足だ。若輩者なのは十分に理解していたつもりだが、いざ現実を目の当たりにするとやりきれない気持ちでいっぱいになった。
 そうして間宮が姿を消すと、見計らったかのように廊下の角から頭に包帯を巻いた麻生が姿を見せる。息を詰め、一之瀬は凍りついた。彼の顔を見る限り、今の会話を聞かれたとしか思えない。
「今の、どういうことだよ」
 大股で近づいてくる麻生は、一之瀬の前でぴたりととまった。
 彼の眼は一之瀬とよく似て、強く意思を宿す。その眼は今、憤怒だけに染まっている。「どういうことだって訊いてんだ!」
 やけに大きい声が廊下に響いた。
 怒り、憤り、やるせなさ、その全てを含有した言葉に対して返す気持ちを見出みいだせない一之瀬は口をかみ締める。
 自身のしていることを今更正当化する気はない。村田ひとみが危険な目に遭っていると知りながら、黙秘していたのは事実だ。けれど、麻生だけには――弟だけには知られたくなかった。
 正義のため、明日香――妹のためと言いながら上層部の指示通りに動くしかない自分。どれだけそれが不満でも、耐えるしかない現実。
 全ては岩下を捕らえるため。憎い仇を牢獄ろうごくに叩き入れるため。
 そう念じて今までも、たくさんのものを犠牲にしてきた。だから、もう引き返せない。水島に嘘をついてだましていることも、慣れてしまった。
 なんのため? 事件解決のため。
 誰のため? 明日香のため。
 いいわけを並べないと自分のしていることを正当化できないのか。そう自問すると、答えはYesだった。
 黙ったまま動かない一之瀬に苛立ちを募らせた麻生が詰め寄る。胸倉を掴み、乱暴に揺らす。
「なんとか言えよ! なんで村田が()かれなきゃいけないんだ!」
 いつもなら(たしな)める行為も、今は甘んじて受けた。小さく言葉を返す。
「真実を知るため」
「はあ?」
「村田さんは事件の真相を知ってる。だから思い出してもらわないといけないの。危ない目に遭えば思い出すだろう。これが上層部の意思」
 一之瀬から手を離すと、麻生は信じられないと首を振る。
「なんだよそれ、一歩間違えば死ぬところだったんだぞ!」
「私は、明日香を殺した犯人を見つけなきゃいけないの!!」
 悲痛にはき出す自分の声が耳に届いた。酷く耳障りで、嫌な声だ。
 最初はあった罪悪感も嘘をつくたびに鈍くなって、今ではもう、なにも感じない。
 悪事を暴くには犠牲はつきものと、見ない振りをしてきた事実を突きつけられ、一之瀬の心はきしんでいた。
 自業自得。当たり前だ。自身で納得していないことを正当化するなどできるはずもない。
 悔しいなど、言えるはずもない。
「私は――」
「煩せぇ!」
 麻生は一之瀬を強引に押すと廊下の壁にぶつけた。ぶつけられた一之瀬は一瞬呼吸がとまり、麻生を見つめ返す。彼は泣きそうな顔をしていた。
 強い子なのだ。麻生大樹は、自分の弟は強くて、明るくて、滅多(めった)なことでは泣かない。そんな彼の眼が(うる)んでいる。
「明日香、明日香って、煩せぇんだよ。現実見ろって。村田はトラックに撥ねられたんだ!! ……なんでだよ、なんでそんなこと」
 いつかの自分のように、なぜこんなことをするのだと叫ぶ少年がいる。
 上司に問いかけ、捨ておかれた疑問。今でも問いかけられるなら問いたい、なぜこんなことを、と。
 ふと、麻生の力が緩んだ。こちらを見据えながら真剣に問われる。
「ネェちゃんがトラックの指示したのか」
「違う。けど、村田さんを見張るのが私の仕事だから……あそこに村田さんがいるって報告したのは、私」
「ふざけんな」
 麻生の手が襟首から離れたかと思うと、がつん、と顔を殴られた。痛むはずの頬は、まるで痛覚を感じない。呆然と立ち尽くす自分がいる。
 こうなることを、心のどこかで望んでいたのかもしれない。自分ではどうにもできない現状を、過去の憎しみに囚われて動くしかない自分を、誰かに強く否定してほしかったのかもしれない。それを弟からされるのは、酷く無様だが。
「明日香は、絶対こんなの望まないし……俺だって」
 感情の(たが)が外れてしまったのか、堪えきれず頬から零れた麻生の涙が一之瀬の手に落ちた。
 しかし、涙を拭ってやれない。手が伸ばせない。自分などが触れてはいけない、そんな気がしたのだ。
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