25
曲り角の先で、大柄の男が女の子の手首を掴んでいた。
女の子は銀髪のサイドテールで、身軽そうなピンクと白のドレスを着ている。
彼女にしても大男にしても、ここの人間にしては服装が綺麗だった。
「そこの人っ! 助けてくださいっ! この人、誘拐犯ですっ!」
俺がその言葉に魔導書を握る手に力を込めると、大男は女の子の手首を放し、俺を睨む。
こっちが戦闘態勢であると判断したのだろう。
「ちぃっ!」
大柄の男は腰に剣を差しており、こめかみから顎に掛けて大きな切り傷があった。
かなり戦闘慣れしている相手だと、俺はそう判断した。
魔法を使うべきか否か、悩む暇はなかった。
「世界を覆い尽くさんとする悪意も、深淵ではただ一本の凡草に過ぎない。禁魔術、『魔界庭園の賑やかし』」
大男の足許に魔法陣を浮かべる。
「この魔法はっ!」
大男がその場から跳んで回避しようとするが、そこから伸びた紫の草が足首に巻き付き、大男を引き倒した。
「がはっ!」
頭を地に打ち付けた大男は、一度は俺に向けて手を伸ばしながら立ち上がろうとした。
草を操り再び逆側に勢いよく倒してやると、意識を失くしたらしく動かなくなった。
それなりに戦えそうな雰囲気があったので警戒していたが、禁魔術で先手さえ取ることができればどうとでもなりそうだ。
女の子の方を見る。
「へえ、貴方、結構強いじゃない」
先ほどまで危機に瀕していた女の面構えとはどうにも思えない。
大男の服装からして、少し違和感は覚えていた。
剣を持っていたので万が一を考えて先に攻撃させてもらったが、やっぱりおかしい。
「お前……どういうつもりだ?」
「実は私、家を抜け出してきたところなのよ。ケイルがもうしつこくてしつこくて。あの手この手で撒こうとしてたんだけど、こんな南部の奥まで追い込まれちゃって……ああ、もう、サイアク」
俺は、ケイルと呼ばれた大男を見る。
どうやら彼は家出娘を連れ戻そうとしていた使用人か何からしい。
悲鳴に騙されて余計なことに首を突っ込んでしまった。
「貴方、つていきてもらえるかしら?」
「なんで俺が……」
「ひとりでこんなところ歩いてたら何があるかわかったもんじゃないわ。北部に戻るまで、しばらく護衛をお願いしたいの。別にいいでしょう? このままだったら私、本当に誘拐犯に襲われちゃうわよ。いいでしょう?」
ふてぶてしい。
が、しかしこっちとしても、まともに話の通じそうな相手というのはありがたい。
口を開けば金金という貧民と、目が合えばこちらをせせら笑う富豪ばかりでは情報収集もまともにできやしない。
「メアリーはどう思う?」
待っていろとは言ったが、メアリーは結局俺の真後ろにぺったりと張り付いてきていた。
「あら、連れがいたの?」
女は、俺がメアリーに声を掛けるまで彼女の存在に気付いていなかったようだった。
メアリーはおどおどした様子で、俺の後ろから出て横に並ぶ。
女はメアリーを品定めするようにジロジロと見た後、彼女の胸を見て目を止め、勝ち誇ったように鼻で笑う。
「な、なんでしょうカッ!?」
声を荒げるメアリーを無視し、女は俺の方を見る。
「貴方達、お金、持ってないんでしょう? 今日一日私の護衛として付き合ってくれるのなら、服の一着や二着見繕ってあげてもいいわよ」
俺は女の言葉を受け、自分の血だらけの足に目を落とす。
明日の食糧も怪しいほど、金銭面的に厳しいのは事実だ。
一日ついて回っただけでお金がもらえるというのは美味しい。
「今日一日、暴漢から守ったらいいってことか?」
「ええ。今日の夜に、ちょっとしたお祭りがあるのよ。それが終わった後に家の近くまで送ってくれたらいいわ。パパが私を連れ戻そうとして、他の誰かを使うかもしれないし」
危ない人間に命を狙われている、というわけでもないらしい。
単に祭に行きたいけど家が厳しいのだと、それだけの話のようだ。
「わかった、引き受ける。その代わり、祭りまでの時間はこっちの用事に付き合って欲しい」
「ええ、結構よ。私は、ミーシャ・ミリュコーフ。今日一日、よろしくお願いするわ」
すっとミーシャが手を出してくる。
「カタリだ」
名前を言いながら、手を握り返す。
「ワ、ワタシはメアリーデス!」
俺とミーシャの間に入るようにし、メアリーが割り込んでくる。
「ああ、そう」
ミーシャは興味なさげに言う。
「さて、じゃあとっとと行きましょうか。この辺りじゃあまともな靴も買えないわよ。特別にこの私が選んであげるわ、ほら早く早く」
ミーシャが握ったままの俺の手を引く。
「ちょっと待て、あのオッサンはほったからしにしていいのか!」
「大丈夫よ。頑丈だし、すぐに起き上がるわ。むしろもうちょっと痛めつけといた方がいいくらいよ。ケイルはほんっとにしつこいんだから」
頑丈とはいえ、こんな人目のない治安の悪いところで置き去りにすればとんでもないことになりそうだが……。
「そういえば、祭りってなんなんだ?」
「あら、余所者でも知ってると思ってたのに……。いいわ、貴方も連れて行ってあげる。入場料も結構高いんだから、感謝しなさいよ」
単数形なんだけど、それにメアリーも含まれているんだろうか。
「っていうか、俺達は別に……金掛かるなら外で待ってるし」
入場料の掛かるところなら、金に困っている人間がたむろしていることもないはずだ。
「私が払ってあげるって言ってるでしょう! いいから、来なさいよ。見て損はしないわ」
ミーシャの声からは、少し苛立ちが感じられた。
ひょっとして、一人でその祭りとやらに行くのが寂しいだけなんじゃなかろうか。