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 意識の戻らないメアリーを背負い、とにかく崖沿いに歩いてみることにした。


 頭を殴られたメアリーを下手に動かすとまずいのではないかとも思ったが、危険な動物の出るという森に彼女をひとり置き去りにするわけにはいかない。

 食事を探さなければいけないから、ずっと立ち止まっているわけにもいかない。


「それで……お前は、その魔導書に封印されている悪魔なんだな」


『いかにも。妾こそが世界で最も高貴な悪魔、怨恨の王女、純粋なる破壊と狂気の権化、トゥルム・ナイビーネインである。長らく魔と縁のない世界に隔離されていたため力を失っておったが、こっちの世界に戻ってきたことで目覚めることができた。礼を言うぞ』


 頭に直接声が響く。

 どうにも信じ難い話ではあるが、メアリーの持っていた本は悪魔を封印していた魔導書であったらしい。


『さて、カタリとやらよ。先ほどの魔法、見事であった。妾の魔力を多少貸してやりはしたが、初見で禁魔法を成功させ、どころか杖もなしにあれほどの規模の蔦を生み出せるとは思いもしなかったぞ。更には、あれほど自身とは遠くの位置に魔法陣を生成するとは……。貴様には、間違いなく魔術師としての才能がある。この妾が保証してやろう』


「助けてもらった……て、ことなんだろうけど。お前は、どうして俺を助けたんだ?」


 魔導書が最初に言っていた、『妾に心を捧げよ』という言葉が引っかかる。

 悪魔らしく、見返りとして魂でも寄越せと、そういうことなのだろうか。


『なに、簡単なことよ。見ての通り、妾の今の姿ではできないことが多すぎるのだ。妾の力を貸してやる代わりに、妾の下僕となれ。そして分断された妾の力を集め、封印を解いてほしいのだ』


「……わかった。その役目、俺が引き受けよう」


 この魔導書の力があれば、あいつらを皆殺しにすることができる。

 そのためならば、悪魔の下僕になったって構いはしない。


『妾が復活した暁にはこの世界に破滅を与えてやろうと考えておるのだが……安心するがいい。その前に、妾の力で貴様だけは元の世界に返してやる。その時がくれば、礼として妾の力が及ぶ範囲で願いを何か一つ叶えてやろう』


 元の力さえ戻れば妾はほぼ全能であるからな、と魔導書……トゥルムが笑う。


『そうそう、最後にこれだけは了承しておいてもらわねばならん』


「なんだ?」


『妾の禁魔術は、使えば使うほど、貴様の心を蝕んでいくであろう。それだけは、よーく覚えておくことであるな』


 なんだ、そんなことか。

 最後の最後に厄介なことを言い出すのではないかと怖かったが、その程度のことなら何の問題もない。


「ああ、わかった」


 俺が答えると、頭に響いていたトゥルムの饒舌な声が急に止んだ。


「どうした?」


『む……いや、随分とあっさり了承するものだと思ってな。わざわざ最後までこの問いを引っ張ったのが、ちょっと恥ずかしくなってしまったわ。本当に、いいのだな?』


「まさか、悪魔に心の大事さを説かれるとは思わなかったよ」


 心が喰いつくされようが、奴らへの復讐心が残るのならば、俺はそれで構わない。


『クックックッ……言ってくれるわ、百も生きておらぬ小童が偉そうに。いい、いいぞ、気に入った』



 しばらく歩いていると、崖の遥か向こう側に集落があるのが見えた。

 あそこまでいけば、安心してメアリーを休められる。


 辺りを見渡してみるが、地平線いっぱいまで見ても向こうに渡れそうなところはない。


『む、妾の下僕よ』


 誰のことを言っているのかと思ったが、俺のことなのだろうか。

 ちょっと嫌なんだけど……まあ、いいか。


「どうした?」


『妾ら、魔獣の群れに囲まれておるな』


 言われてから首を回してみるが、動物の姿は見つからない。


『気配を消し、ゆっくりと確実に囲もうとしておる。軽く火でも放って、ビビらせておいた方がいいかもしれんな。そろそろ来るぞ』


 トゥルムの忠告を聞き、俺は崖端へと移動しながら魔導書を開く。


『む、どうした? 火魔法ならば、もっと最初のページであるぞ?』


 俺は足許に魔法陣をイメージし、崖の向こうへと手を翳す。


「グルゥワゥッ!」「バウッ! バウッ」


 獣の鳴き声が聞こえてきた。

 ちらりと後ろを見れば、どこからともなく現れた十匹近い数の赤目の犬が、俺を囲んで吠えていた。

 中には、口の周りがべったりと血で汚れている者もいる。


 魔犬が飛び掛かってくると同時に、俺は崖側を向き直し、呪文を唱える。


「その蔦は地の果てから天にまで伸び、やがては神々を穿つ一本の槍となった。禁魔術、『魔界庭園の暴れ者オルトゥムアリムヘデラ』」


 崖端から数多もの図太い蔦が伸びて向こう側と繋り、橋となった。

 魔法に驚いてか、魔犬の動きがピタリと止まる。


『さっきの闘いから時間もさして経っておらんのに、そうも大型魔法を連発してれば、すぐに力尽きてしまうぞ。にしても、さっきよりも遥かに規模の大きい蔦を……』


「なんとなくコツがわかってきたからさ。これくらいなら、できるんじゃないかと思ってな」


 魔法を使うと疲労感と頭痛が増したが、覚悟していればどうってことはない。

 こんな対価で橋ができるのなら安いものだ。


『むう……簡単に言ってくれるわ。ま、まあ妾の下僕はそれくらいでないと務まらんからな。一応言っておくが、妾の全盛期はもう世界を覆わんとするレベルの蔦を出せたからな!』


「別に張り合う気はねぇよ……」


 俺は蔦の橋に足を踏み入れる。

 しっかり安定している。これなら崩れることもないだろう。


「ああ、そうだ」


 俺は魔犬の方を振り返る。

 魔犬は凍り付いたように固まっていたが、俺と目が合うとびくりと身を震えさせた。


「その口の血……矢口と水野の死体を喰い散らかしてくれたんだな。感謝するぞ」


 恐らく血の匂いを追って彼らの死に場所まで行った後、喰い足りずに俺の方まで追いかけてきたのだろう。


 礼だけ言って、俺はまた前を向き直す。

 散り散りになって魔犬が逃げていくのが視界端に見えた。


 半分を過ぎた程度まで渡ったところで、一匹の魔犬が駆けてくる足音が聞こえてきた。


『一番大きい奴、どうやらあの集団のボスであるな。プライドが高いため、逃げられなかったのだろう』


「グゥルオォウッ!」


 俺は鳴き声を聞き、少しだけ足を早める。

 渡り切ったところで振り返ると、すぐそこまで魔犬が迫ってきていた。


 俺が指を蔦の橋に向けると、崖に掛かっていた部分が外れ、崖底へと蔦が垂れ下がった。

 当然、魔犬もまっ逆さまに落ちていく。


「キャィィィィンッ!」


 巨体に似合わぬ、甲高くて哀れな断末魔だった。


 俺は魔導書を閉じ、左手で抱える。

 これで安心してあの集落まで行ける。

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