表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

好き。 ⇒ 四角方向。

2021.3.13 挿絵を挿入しました。

 それは、見事な幕切れだった。

 一人きりになってしまった部屋で、ミノルは尻もちをつく。逃亡したアサギを追う力はなく、投げ棄てられた言葉の意味も理解出来ず放心する。開いたドアから、生ぬるい空気が部屋に侵入してきた。微かに、アサギの柔らかな香りが鼻先をくすぐった。


「あの子……って、まさか」


 思い当たる人物はいるが、アサギが知っている筈がない。ミノルは、そう思い込もうとした。しかし、先程の悲痛な叫びがこびりついて離れない。疚しい事があるから、忘れられない。

 

「なん、で、知ってんだよっ」


 憂美とアサギが繋がる筈はないと、過信していた。

 それが、()()()()()だったとミノルは知らない。

 大事な彼女はアサギ。彼女を護るのが、彼氏の役目。泣いていたら傍に居てやりたい、助けに行きたい。けれども、足が竦んで動けない。

 どう考えても、非はミノルにある。


 キィィィ、カトン。


「ア、アサギッ」


 名を呼んだミノルだが、声は届かない。呆然とその場に座り込んだまま、宙を見つめる。眩暈と混乱、そして羞恥心で額に手を添え、事の大きさに気づき一筋の涙を零した。


――あと少しだよ、君は悪くない悪くない悪くない悪くなーい、君は君の好きな少女を選べばいい。面倒な勇者の子は、君に相応しくないよ。君とは違う次元のモノだ、君は何も間違っていないよ。不要なものは斬り捨ててしまえばいーいよ。


 肯定するように、ねっとりとした何かが囁く。

 追うべきだと、追わねばならないと思うのに、身体が動かない。まるで、床から得体の知れない触手が伸びてきて、全身を絡めとっているようだった。


「うご、動け、俺の身体っ」

 

 全身の毛穴から厭な汗が吹き出し、流れ落ちていく。一緒に、自分の過ちも流れて消えてくれたらどれだけ嬉しい事か。瞬きすることも忘れていた、歯がカタカタと音を立てて鳴る。

 この境遇から抜け出す為に、ミノルは思案した。しかし、思考回路は掻き回され破壊されてしまった様で、対策など出てこない。悪いのは、明らかに自分だった。浮気をしていた自覚はあった、だがバレなければ良いと思っていた。

 トビィに付きっきりのアサギを疎ましく思い、嫉妬の念に駆られていた。自分に対して所有欲のない彼女が、憎らしかった。


――大丈夫、君は何も悪くないーよ。あちらだって君以外の男と始終一緒にいるじゃなーいか、同じだよ。


 呪文のような声が聴こえる。耳元で囁いていた声は、いつしか自分の声になっていた。自責の念から逃れる為に防御策を練り、自分を庇護する。心に残っていた罪悪感や謝罪の言葉は、隅に追いやられていった。


「憂美がいるから、いらない。アサギは、いらない。あんな可愛くない態度の女はいらない」

――そう、それで良い。こちらから願い下げだよ。あんな、得体が知れないオンナ。


 ミノルは、そう結論付けた。すると急に楽になり、金縛りにあっていたような身体がすんなりと動き出す。身も心も軽くなった、耳元で含み笑いをしている声は先程と違い、今の自分を激励してくれている気がする。

 味方がいるというだけで、強気になれる。髪をかき上げ、ミノルは舌打ちした。

 先程のアサギを思い出す、『あの子はだぁれ? 私は?』と、不安や疑問はぶつけてくれたらよかったのに。俯いて、震えながらか細い声を出してくれたら、真正面から抱き締めてキスをして、それから耳元で。


「好きなのは、アサギ」


 そう囁けば丸く収まった。だが、それは自分勝手な妄想。ミノルは壁を蹴り上げ、小さく吼える。あからさまに余所余所しいアサギの態度に憤りを感じた。

 人気者、高嶺の花、優等生、利巧で物分りがよすぎる、子供らしくない可愛げのない女。

 再度壁を蹴り上げた、何度も蹴りつけたが、腹の底から溢れてくる怒りは収まらない。家が軋むその音が、心の悲鳴に思える。

 アサギの心ではなく、ミノルの心は踏み躙られた。被害者は自分だと思い込む。


「冗談じゃない、引っ掻き回され、裏切られたのは俺だろっ」


 悲しみよりも怒りが勝る、相手を貶める事で、自分を正当化する。その苛立ちを鎮める為に、怒りの形相のままミノルは階段を駆け下りて自転車に跨った。

 憂美に会いに行くことにした。癒してくれる()()()少女に会えば、気がまぎれる気がした。

 風をきって力任せに漕ぎ続ける、自転車で三十分もすれば憂美の家に到着する。


「そうとも、俺の彼女は憂美。大丈夫、憂美がいる」


 悲観することは無い、傷つく事もない。これからは正々堂々ともう一人の彼女と付き合えばよい。

 だが、その途中のコンビニでミノルは急ブレーキをかけた。

 入口付近で憂美を見つけた、数人の少女達と一緒にいる。派手な容姿の少女達は、他の客の迷惑になっていた。出入り口を塞ぐような形で密集しており、店員も困惑している。

 他人の事など気遣うこともなく、少女達は愉快そうに大騒ぎをしていた。爆笑し、手を叩いて、酒盛りでもしているような雰囲気だ。

 ミノルは眉を顰める、率直に下品だと思った。自分もよくコンビニで友人達と騒ぐが、あんなに気分を害するものだったろうか。声をかけ難いが、自転車を降りて近寄ってみる。近づけば近づくほどそこは異様な雰囲気で、知り合いだと思われたくないと胸がザワザワする。

 そこには、ミノルが知らない憂美がいた。


「どうよ、あの女、フラれた?」

「さぁ、もうすぐじゃない?」

「ばっかだよねー、実君もさ。ホイホイ騙されちゃって」

「だって、単純だもんアイツ」

「憂美の演技が上手なんだよ、女優になったら?」

「あはは、なれるかなっ。奇跡の一枚とか撮れないかな」


 大声で騒いでいたので、ミノルの耳にもそれが届いた。

 一気に血の気が引いた。

 こちらに気づくこともなく、あっけらかんと会話している少女達の下卑た声は、ミノルの思考を揺さぶるのに十分だった。『騙されて』『単純』『演技』という単語が耳に残って離れない、放心する。

 ()()()ミノルも、憂美に手玉に取られたことを知った。つまり、恋人同士ではない。


「はっ……」


 乾いた唇から、情けない溜息が漏れる。

 その集団の顔つきは、なんと醜いのだろう。他人を見下し、面白おかしく貶めている。近寄りたくない、ヘドロのような生物。

 怒りが込み上げるを通り越し、泣きたくなったミノルは踵を返す。意気消沈し、のろのろと自転車に跨ると家へ帰る。真っ直ぐ走れなくて、ふらついた。

 憂美に遭ったことで、確かに怒りは消沈した。物の見事に粉砕してくれた、しかし望んでいなかった感情が湧き上がる。憤怒のほうが、まだマシだった。

 静まり返っている部屋に戻ると、まだアサギの香りがした。二人きりのデートは、最初で最後になってしまったことを、いい加減思い知る。

 こんなはずでは、なかったのに。


「デート」


 壁にもたれて座り込んだミノルは、ぼんやりとそう呟いた。記憶が飛んでいる様だった、アサギとデートの約束をしていた筈だが、その日はどうしたのか記憶が抜けていた。


「プール。……あれ、俺とアサギってプール行ったっけ? あの日、何やってたっけ」


 せめてアサギに電話をかけるべきだと思ったが、何を切り出して良いのか解らず行動に移せない。茫然自失で部屋の天井を見上げたまま、いつしか眠りについていた。考えることから逃げた、夢であれば良いのにと思って眠っていた。

 二人でプールに行き、部屋で楽しくゲームをして、嬉しそうなアサギを見て微笑むそれが現実であれと願う。キスなど、しなくてもいい。ただ、無邪気に笑う彼女が傍にいれば構わない。

 一筋の涙を流すミノルの室内に、夕日が差し込んできた。乱雑に物が置かれている勉強机には、写真立てがある。シンプルなそれには、アサギとミノルがいた。美少女と普通の男、不釣合いな二人だった。

 約束したプールの日、ミノルは憂美といた。

 憂美に夢中だったミノルは、自分のスマホを勝手に操作されていることに気づかず、見ていないメッセージが『既読』になっている。アサギがずっと待っていたことなど、知らない。

 夢の中で、ミノルはアサギを追いかけていた。走っても、距離は縮まるどころか離れていく。叫んで呼び止めても、振り向いてくれない。


「アサギ、待ってくれ、アサギ!」


 夢中で手を伸ばす、けれども、届かない。

 何故、あのような感情を抱いたのか。恋心を抱いていたアサギを、どうして裏切ったのか。憂美さえ目の前に現れなければこんなことにはならなかったと責任転嫁するが、結局は言い訳。

 アサギ、そして憂美という美少女。二人に告白され、有頂天になっていた自分を恥じる。どこまで愚かで馬鹿なんだろう、後悔したところでもう遅い。


「アサギ、アサギ、アサギ……ごめん」


 夢の中で、泣きながら謝罪した。耳元で自分を擁護する声は、聞こえなかった。


 意気地なしのミノルは、アサギと真正面から向き合う勇気がなかった。

 その為、校内でアサギの姿を見つけると逃げる様にして避ける。謝りたいのに、怖くて先延ばしにしてしまう。

 結局、頼みの綱であるトモハル経由で様子を窺うことにした。あわよくば、助けてくれないかと切実に願って。

 けれども、毎朝必ず顔を合わせるのに、切り出すことが出来ない。正義感の強いトモハルに全てを知られたら罵られることなど解りきっているので、億劫になる。あの澄んだ瞳は、全てを白日の下に曝す。

 金曜日になって、ようやくミノルは窓を叩きトモハルに話しかけた。

 気軽に出入りしていたトモハルの窓が、妙に遠い。部屋に上がることはなく、互いの部屋から会話する。上ずった声になるミノルと、何処か冷めた雰囲気のトモハルの間には、今までにない緊張感が漂っていた。


「あのさ……アサギなんだけど、最近どう? いや、あんまり顔が合わせられなくてさ」


 彼氏の台詞とは思えないとミノルも解っていたが、差し障りなく訊くにはこれしか思いつかなかった。

 全てを知っているトモハルは、煮え切らない態度のミノルに怒りを覚えつつも、努めて冷静を装う。


「さぁ? 普通じゃないかな。何かあれば、明日訊いとくけど?」


 トモハルから見ればアサギは弱っているが、普通を装っている。ユキはアサギに聞いて事情を知っていた為、二人で陰ながら見守っていた。

 普通と聞き安堵したミノルは、顔を曇らせた。


「明日?」

「あぁ、約束してるから」

 

 さらりとトモハルは告げた。ダイキがアサギの弟をブラックバス釣りに連れて行くので、トモハルとアサギも同行することにしたのだ。

 二人で出掛けるわけではない。

 しかし、過敏になっているミノルは突き放されたような言い方に()()()だと、勘違いをした。何もかもが気に入らない、アサギを裏切り他の少女に浮気した自分が悪いのだが、他に怒りをぶつけないと発狂しそうだった。

 トモハルは、何も悪くない。トモハルとアサギ、二人が並んでいる姿を想像したら自分よりも似合っていて、哀しくなった。嫉妬の念にかられ、皮肉たっぷりに吐き捨てるように叫ぶ。


「あぁ、アサギから俺の事聞いたのか? 何、二人付き合うわけ? へー、やっぱりなぁ、互いに優等生様だもんなぁ! 案外……」


 急に右頬に激痛が走った。

 言葉が途切れ、呻き声が唇から漏れる。床に叩き付けられ、何が起こったのか解らず狼狽する。

 トモハルが窓枠に足をかけ、ミノルを殴り倒した。本気の一撃だった。何処までもはぐらかし、小馬鹿にしたような態度に堪忍袋の緒が切れた。

 久し振りに受けた重過ぎる痛みで、目が覚める。唖然と見上げれば、トモハルが涙目になっていた。その悲壮な表情に胸が痛む。


「付き合うわけ無いだろ! 俺達に恋愛感情はない、ただ、大事な仲間で友達なだけだっ」


 悔しいと思ったが、あの日のアサギを思い出してトモハルは涙を流す。


「アサギはっ! 付き合っている筈の男に『彼女じゃない』とかふざけた事言われて、号泣してたんだ。ミノル何やってんだよ、見損なったぞ! アサギとプールに行く約束、お前がしたんだろ!? あの日、炎天下でアサギは待ってたんだぞ!? どうして他の女の子と一緒にメシ食ってるんだよっ」


 息を荒げ憤慨しているトモハルを、呆然とミノルは見つめた。記憶が甦る、アサギの笑顔や泣き顔が走馬灯の様に流れ出す。それでも、かさついてひび割れている唇から、間抜けな一言が飛び出した。


「な、なんだよ」


 ここまで問い詰めても自白しないミノルに、産まれて初めてトモハルは人を殺したいほど憎らしく思った。


「白を切るな! お前の彼女はアサギなのか、あの憂美って子なのか! どっちなんだっ」

「ど、どうして憂美のこと知ってるんだよ」


 背筋から流れ落ちる多量の汗を感じつつ、ミノルは瞳を泳がせる。衣服が絞れるほど濡れてしまったようで、気持ちが悪い。鼓動の速さと音がトモハルにも聞こえてしまうのではないかと、焦っていた。

 トモハルは、一呼吸おいてから静かに告げる。偽りもなく、隠しもせず。


「……アサギと見てた。ミノルがその子とキスするトコ」


 ミノルが、大きく息を飲んだ。数時間にも感じられたその一瞬の間に、逃げる糸口を探して、反撃の言葉を掴みとる。


「あ、あぁ!? どうして二人が一緒にいるんだよ! ほらみろ、お前らだって俺に隠れてこそこそと」


 トモハルは、幻滅した。まさかここまで往生際が悪いとは思わなかったのだ。


「違うっ! 偶然一緒になっただけだっ」

「信じられないねっ、あー、あー、そーですかー、やっぱりお前ら」

「いい加減にしろっ!」


 トモハルの絶叫が響き渡る。

 鬼のごとき形相に、ミノルも口を噤むしかなかった。


「頼むよ……。ミノルが誰と付き合おうと、そりゃお前の勝手だよ。好きな子と一緒にいればいいと思う、でもそれは一人だけにしろよ。だけど、アサギは……。お前と付き合ってるって、あの瞬間まで思ってたんだ。残酷にも程があるだろ? 約束すっぽかされた帰路の途中で、違う女の子と愉しそうに遊んでいるお前を見てさ。あの時お前、何を言ったか、何やってたか憶えてるか? 全部アサギ、聞いてたんだ。なんとか視界は遮ったけど、声は……多分聞こえてた」


 トモハルは床に崩れ落ちる。嗚咽を上げて泣いているその姿に、ミノルは大事な人を二人も傷つけてしまったことに気づいた。取り返しのつかないことをしてしまった。


「ぅ、ぁ」


 震える足で立ち上がると、ゆっくりと窓に近寄る。項垂れているトモハルが、涙で霞んで見えない。

 鼻を啜り、衣服の裾で涙を拭いたトモハルは、ミノルに背を向けて胡坐をかいた。頭部が下がり、その背中が小刻みに震えている。


「謝って来いよ。お前の口から彼女の事説明して、アサギを」

「え、お俺は、俺」

「きっと、アサギなら赦してくれるよ。お前が誰と付き合ってても、今まで通りに接してくれるさ。あの子は、()()()()()だ」

「え、いや、その」


 トモハルの口調からすると、本命は憂美だと思われている。それは違うと否定したいのに、ミノルにはそれすら出来なかった。口が思うように動かない、何を言っても間抜けな言い訳に聞こえてそうで、言葉が出てこない。


「でもさ、ミノル。あの憂美って子、つい最近まで彼氏がいたんだ。お前も知ってる隣の学校の六年、沓野だったかな。何度かサッカーの試合で対戦してるから、見れば解ると思う。ソイツがアサギに一目惚れして、憂美を振ったんだってさ」


 トモハルの口から、遣る瀬無い溜息が零れる。


「解るか? お前、あの子の腹癒せに使われたんだよ。どうしても態度が気になって、俺、調べたんだ。明らかに挑発的な態度とられたんでね。あの子は、俺とアサギが見ていることを知っていた」

「……っ! クッソッ」


 ミノルは、部屋を飛び出した。

 階段を下りていく音を聞きながら、脱力したトモハルは床に寝転がる。


「頼むよ、ミノル。もうアサギを傷つけないでくれ」


 切に願い、祈る。


 ミノルは転がるようにして家を飛び出すと、迷うことなく自転車に跨った。


「アサギ!」


 名前を呼んで、猛然と漕ぐ。信号も無視し、何度も危険な目に遭い、怒鳴られながらアサギの家を目指した。

 その途中にあるコンビニの駐車場を横切れば、もうすぐだった。


「あれ、ミノル君だぁ」


 甘ったるい声がした、一気に鳥肌が立つ。

 もう二度と聞きたくない声だ、耳が拒否して吐き気がする。止まることなく、視線も投げかけずにミノルは怒鳴りつけた。

 今は顔も見たくない、この声は憂美だ。


「うっせぇ、どブスっ! 二度と面見せんなっ」


 後方からぎゃーぎゃーと喚き散らす数人の少女達の声が聞こえたが、無視する。罵倒されても構わない、嫌われたほうが楽だ。そもそも、互いの間に恋愛感情などなかった。

 憂美にとっては復讐の材料でしかなく、ミノルにはただの埋め合わせでしかない。何故、隠された思惑に気づけなかったのか、自身に腹が立つ。

 今は、アサギ以外のことなど考えられない。手放してはならない、護りたい存在だ、笑顔を見ていたい大事な相手だ。

 二度と間違えない、謝って気持ちを伝えたい。


 アサギの家の前に到着した。

 大きな家を見上げ、固唾を飲み込む。自転車を停めていると、玄関からリョウが出てきた。互いに、視線を軽く合わせてムッとする。親しい仲ではないので、声はかけない。自分のテリトリーを護るようにして、距離を保ち威嚇する。

 社交辞令で、同時に軽く会釈をする。

 大体状況を把握しているリョウは、顔を顰めて睨み付けると立ち去った。

 その後姿を忌々しそうに見つめたミノルは、心に広がる黒い滲みを感じている。


 ……トモハルの次はコイツか。


 アサギの幼馴染で家が近いことも知っているが、新たに現れた厄介な存在に気づかされる。僅かな苛立ちを感じながら、ミノルは家のチャイムを鳴らした。

 アサギの事だけを考えていたいのに、取り巻く環境がそうさせてくれない。キスをした、しないは有耶無耶に出来ないが、アサギの周囲には男が多過ぎる。

 おまけにその男達は皆アサギに惚れている。美しい花にたかる虫。今のリョウとてそうだ、それくらい鈍感なミノルでも解る。

 そうなると、急に不安になった。アサギには自分じゃなくてもよいのではないか、自分達は釣り合っていないのではないか、本人もそう思っているのではないかと。

 数分して家から出てきたアサギは、ぎこちないながらも笑顔だった。

 頭部に大きなリボンをつけている。ネイビーのサマーニットに、チェックがひらひらしたミニのスカートをはいている。何処かの雑誌から飛び出てきたような美少女だが、まるで新人モデルのように緊張している。


「おはよう……ミノル。おはよう、じゃないね。もうお昼だね」


 肩を竦めてそう告げたアサギが、ひどく弱弱しく感じられた。


「お、おぅ。あ、あのさ」

「い、今ね、みーちゃんにね、この間ミノルとしてたゲームを借りたトコなの。()()()()遊ぶとき、私も強くなっておこうと思って。下手だと、つまんないでしょ。だから」

「そ、そっか。あ、いや、それでさ」

「そうだ! 明日ね、ダイキが弟達をブラックバス釣りに誘ってくれたの。以前から興味があったみたいで、教えてくれる人を探してて。私もトモハルも連れて行って貰うんだよ。よかったら、ミノルも一緒に……って、忙しいよね、ごめんね」

「いや、明日は別に」


 アサギの言葉が堰を切ったように溢れ出して、止まらない。

 頷くことが精いっぱいで、話を切り出したくともミノルは遮ることが出来なかった。間を持たせようとしているのか、話題を見つけては必死に話し続けるアサギの声は震え、今にも泣きだしそうだ。哀しそうに困惑気味に、時折目を伏せる。そうさせたのは自分だと痛感し、来てしまったことを多少後悔する。

 しかし、逃げてばかりでは何も始まらない。


「今からユキとお出かけなんだよ、ケンイチも一緒に。支度、しなきゃ、ごめんね。もうすぐ約束の時間だから」

「俺! 俺も行こうか? 三人だと色々と面倒だろ、その、今空いてるし」


 素直に行きたいと言えばよかったのだが、変なところで小意地を張るミノルは、口にしてから失敗したと顔を歪める。


「だ、大丈夫! その、別に、うん……へっき。ま、またね!」

「あ、ちょっと、おい!」

「さよなら、またね」


 バタン。

 乾いた音が響く。目の前で、ドアが閉められた。

 唖然とミノルは佇んでいた、伸ばしかけた手がそのまま停止している。思いっきり拒絶されてしまった。


「アサギ……」


 昔を思い出す、悪口を聞かれてしまった時、気丈に振る舞っていたアサギの姿が甦る。けれども、あの時よりも状況は悪化している。あの時は微笑んでいた、気にしてないとでも言うように。

 今は、恐怖に怯えていたように見えた。

 接近されるまで気づかず、隣を誰かが通り過ぎる。

 リョウだ。

 とミノルを一瞥したが、何を言うでもなく勝手にドアを開けて入っていく。自分の家の様に、吸い込まれるように。


「アサギ、買って来た! 遅くなってごめんな」

「ありがとう、クッキー用意するね」


 中から、そんな会話が聞こえる。遠のいていく二人の声を、自嘲気味に嗤って聞いていた。


「な、なんだよ」


 あからさまな避け具合に、ミノルは舌打ちした。胸が予想以上に痛んだ、来た事すら、迷惑極まりないような。ここまで露骨に拒否されるとは、思ってもいなかった。自分がしたことを忘れ、怒りの矛先がアサギへと向いていく。


「出かけるんじゃねーのかよ」


 ミノルは、暫し玄関で待っていた。アサギが言ったことが本当ならば、これからユキと遊ぶ為に出掛ける筈だ。

 けれども、一向に出てこない。

 嘘を吐かれたことに気づいた、謝罪に来たのだがどうでもよくなった。家の壁を蹴り上げると、歯軋りしてミノルは自転車に跨る。

 ドアが再び開く音がした。

 リョウだろうと思って何気なく視線を送れば、アサギが立っている。


「っ!」


 引き攣ったアサギの表情に、ミノルは少なからずショックを覚えた。物の怪でも見る様な、怪異な瞳で見られたのは産まれて初めてだ。

 怯えた光を隠す様に、気まずそうに瞳を伏せたアサギは狼狽している。心が冷え切った気がした、ミノルは口角を下げて声をかける。


「よぉ」

「こ、こんにちは。ジュース、買いに行こうと思って。ま、またね!」


 訊いてもいないのに言い訳がましいことを言い出したアサギを、鼻で嗤う。


「ケンイチとユキは? 出かけるんだよな?」

「ユキが、熱が……えっと、二人で行きたいって連絡があって、それで、そしたら、みーちゃんが来てくれて」


 嘘だ、とミノルは思った。瞳が泳いでいるアサギは、不審だ。嘘をつく理由が自分だと解っているミノルは、厭らしく追及する。


「ゲームしてんの? 俺も混ぜろよ」

「え、で、でも、そんな、それは」

「何、俺が居ちゃ拙いわけ? お前ら、付き合ってんの?」

「えぇ、違うけど、その」


 しどろもどろ、初めて見る焦りを感じているアサギが滑稽に見える。瞳を合わせずに口から出任せを言うので、ミノルの苛立ちは蓄積されていく。


「み、ミノルは、その、あの、可愛い子と一緒に居たほうが……良いと思って、その……」

「憂美は今関係ねぇだろ! 俺はお前に会いに来たんだよ」


 カチンとして怒鳴りつけると、アサギの身体が硬直する。


「あ、その、私は大丈夫だか、ら。気にかけてもらわなくても、へっきで」

「いい加減人の話聞けよ! こっち向けって」


 大股で近づくと、家に戻ろうと逃げるアサギの腕を掴む。小さな悲鳴を上げて、防御態勢に入った姿に、怒りが込み上げた。

 頬を染めて、好きだと言ってくれた。自分を真っ直ぐに見つめて手を握ってくれた。そんなアサギは、もういない。敬遠している昔のままの彼女がそこに居て、無性に歯痒くてもどかしくて苛立つ。


「謝ってんだろ! 話聞けよ!」


 謝ってはいない、謝りに来ただけだ。


「あ、謝る!? ミノルは、何も悪いことしてないから、謝るって……何をかな?」

「はぁ!? お前、何しらばっくれてんだ!?」

「だって、その、あの、ミノルは別に悪くなくて、その、よく考えたら私が勝手に勘違いして」

「何をどう勘違いしたんだよっ」


 力任せに腕を捻りあげた、アサギの顔が痛みで歪む。

 だが、ミノルは離さなかった。会話が全く噛みあわない、プールをすっぽかした上に、二股していたことを謝りに来たことくらい、アサギは解るはずだった。


「ち、違うの、その、ミノルは悪くないから、だから謝らないで」

「お前なぁ!? ごめんって言ってるだろ!? ドコヘだって一緒に行ってやるって、言ってるだろ!?」


 そんなことは言っていない、思っているだけで口にして伝えていない。

 アサギの足が震えている。青白い顔のまま、精一杯の強がりで立っていた。

 けれども頭に血が上ったミノルは、気付かない。自分の存在を抹消されてしまった気がして、哀しいを通り越す。心に広がった黒い滲みは、全てを覆い隠す。

 アサギにしてみれば、思い出したくなかっただけ。苦しくて辛い、忘れられない記憶をこれ以上鮮明に思い出したくなかった。自分が引けば、他に誰も困る人がいないから、そうするのが最善だと思った。


 キィィィ、カトン。


 自分の身勝手な行動を恥じ、罪悪感に溺れる。ミノルの気持ちを無視して、突き進んでしまった()()に気付いてしまったから。


 キィィィ、カトン。


 ミノルと一緒にいたら憂美という本当の彼女に悪い気がして、早く立ち去りたい。それでも、せめてよい友達でいたいと願った。負担にならないように、笑顔で接して全てを悟って、友達が無理なら勇者の仲間としていたいと。

 出しゃばらないでいれば、上手くいくとアサギは考え付いた。


「あの、あのね、ミノル、私はっ。気にしてないし、その、傷ついてないし、全然へっきだから、あの、こうして慰めに来てもらわなくても大丈夫で、その」


 アサギがとった最善の手段は、ミノルの逆鱗に触れる。

 ぶちん。

 ミノルの中で、何かが切れた。腕を強く振りほどき、小さな悲鳴を上げたアサギを見下ろして嗤う。心は、まっ黒になった。白い絵の具を混ぜても灰色にならないくらいに、まっ黒だった。

 アサギは傷ついていないらしい、気にもしていないらしい。


「所詮俺の存在なんて、アサギにとってそんなもんだった、ってコトかよ。馬鹿みてぇだな」

「ぇ?」


 二人の気持ちは擦れ違う。

 ミノルを想って身を引いたアサギを、ミノルは全く理解出来ない。

 今のアサギには、ミノルが正直に本心を話しても届くかどうか。


 キィィ、カトン。


 何故ならば、アサギは決めてしまった。“私はミノルに嫌われていて、最初から彼女ではなかった”と。真実を歪めたのだ。

 ミノルは、低く嗤い出した。黒い心が、ドクドクと脈打つ。くすぶっていた火種の様に、酸素を求めてそこから出たがっている。溜まった真っ黒いソレを放出しなくては、壊れてしまう気がした。今の言われ方は非常に腹立たしい、慰めに来たわけじゃない、素直に謝って、寄りを戻したかっただけだ。

 分かってくれないアサギに、失望する。


――聴いたかい、ミノル君。これが真実。君に振られても彼女は特に哀しまない、だって君の代わりになる男がたくさんいるからね。所詮君の存在は、その程度さ。君は何も悪くない、被害者だ。気の毒だね、振り回されて。


 キィィィ、カトン。


 耳元で、また自分を擁護する声が聴こえる。自分の声にも聞こえたし、違う気もする。独りだった筈の声は、増えていく。大勢が『悪くない、悪くない、悪いのはアサギだ』と連呼してくる。


――根本的に君とは違うんだ、君も見ていただろう、気付いていただろう? 同じ異世界から召喚された勇者なのに、一人だけ最初から慣れた様子だった彼女を。大丈夫、君が正常だ、何を言っても間違いではないよ。目の前の相手が、()()なのだから。()()()()()()()()()()()()()()だよ、けれど君は普通の人間だろう。住む世界がもともと違ーうんだよ。


 背中を押される、全て吐きだしてしまえと脅迫された気がした。


「ちったぁ俺が謝ってんだから、泣くとか喜ぶとかさ、作り笑い浮かべてないで何か言えよ。ほんっと、可愛げないな、お前。もっともらしい理由作ってるけど、腹立つだけだぞ、それ」


 アサギは、目を大きく見開いた。

 ミノルは耳元で聞こえる声を味方に、鼻で笑うと言葉を続ける。


――大丈夫、君は何も悪くない。思っていることを吐き出せばいいんだよ、それでいいんだ。これ以上犠牲を出さない為に、君が鉄槌を。


「お前さ、その勝手に解釈する都合のいい頭、どーにかしたら? ほんっと、むかつくなっ」


 ミノルの声が耳に入る度に、大きく痙攣する。アサギは口を開くことも出来ず、聞いていた。


「お前、人間じゃないから、人に何言われても何されても平気なんだよな? 優秀なー勇者様ー、人間じゃないからー、魔法も完璧、剣も簡単に扱えますー。魔王と仲良くなってー、倒しましたー。いっつも、誰にでも、へっらへっらへっらへっら! 作り笑いの可愛げないお人形ー、ムカツクムカツク、死ねばいいのに! 人の気もしらねぇでっ! 俺が、どれだけお前のことで悩んだと思ってんだっ!」


 思い切り肩を押すと、アサギは地面に倒れ込んだ。ぎこちなく見上げてきた瞳と視線が絡むが、その虚無の瞳を見てもミノルは動じない。


――あれは演技だ、情けをかけなくても平気だよ。彼女は根本的に人間とは違う。さぁ、責任をとってもらおう、君は救われるべきだ。


 糸が切れた操り人形の様に、だらんとしているアサギを踏みつけたかった。腹からこみ上げる醜い黒いものを、すべて吐き出す。


「いつまでも、見てんじゃねぇよ、このブスっ! お前なんか、昔から、だいっ嫌いだ。そもそもなぁ、誰のせいで勇者ごっこする破目になったと思う!? お前だよ、お前のせいだよ! 最初からお前だけで十分だったのに、巻き込みやがってっ」


 アサギが引き攣ると、本当に精巧な人形の様に思えた。


「お利口だ、優秀だと持て囃されてー、あー、そうだよ、お前は立派だよ! でも、俺はそんなお前がだいっきらい……」


 やめてください。

 と、アサギが呟いた気がして、ミノルはようやく我に返る。

 目の前にいた綺麗な人形の双眸から、大粒の涙が零れていた。

 人形は、泣かない。

 目の前にいるのは、人形ではない、人間だ。


――……クスクスクス、よく出来ました。ミノル君、ありがとーぅね。


 耳元で、いや脳に侵入し蠢いていたような、自分の味方だった何かの気配が急に消えた。


「あ……」


 慌てて口を押さえたミノルは、蒼褪める。

 また、やってしまった。こんなことを言いにきたのではない、謝りに来たのにどうして出来ないのか。急速に喉が渇いた。掠れる声で努めて優しく振る舞い、震える手をアサギに差し伸べる。


「わ、わりぃ、言い過ぎた……その、ごめん」

「い、いえ、へっきですから」


 俯き、腕で涙を拭いているアサギは滑らかに動いている。生きている人間で、同じ小学生の友達。

 愛しく思う相手だ。


「ご、ごめん。今、ひでぇこと言った、でも……違うんだ、お、俺はさ、アサギ」


 下卑た自分を擁護する声は、もう聞こえない。


「その、よ、よかったら、今度一緒に、ぷ、プールに。俺、お前と一緒に行きたいんだ、さ、さっきのはナシで、その」


 肩を震わせ懸命に息を飲み込んでいるアサギは、泣き喚くのを堪えているようだ。否定し、首を横に振り続けている肩に触れようとするが、触れたら弾けて粉々に砕けそうに思えて出来ない。


「アサギ、悪かった。違うんだ、その」


 伝えたいのは『好きなんだ。仲直りしたくて、来たんだ』なのに。言葉を忘れ、酸素不足の澱んだ水槽に漂う金魚の様に、ミノルは口をパクパクさせる。


「あの、ちが、ちがう、違う、その、あの」


 ただ、アサギの反応にイラついてショックを受けて、八つ当たりをしただけ。俺を見て欲しくて駄々をこねた。あんなこと思っていない、好きなんだ、ずっと好きだったんだ。頼むから。

 素直に口にできないミノルは、自身に絶望する。


「お、おれ、俺は、アサギのことが」


 数分が、数十分にも思えた。うるさいくらいの蝉の声も、聞こえなかった。

 ゆらり、とアサギは立ち上がる。

 一歩後退ったミノルが見たものは、アサギの笑顔だった。

 大きな瞳に涙を浮かべ、長い睫に涙の滴。美し過ぎて、ミノルは息を飲む。それは作り笑いではない、心からの綺麗な笑顔だった。


「ごめんなさい」

 

 心から詫びる、謝罪の笑顔。

 それだけ告げると、笑顔は脆く崩れる。自分の腕に爪を立て、何かに耐えるように唇を噛締めると家には戻らず、勢いよくアサギは走り出した。

 爽やかで甘い香りがミノルの鼻先をくすぐり、すぐ横をアサギが走り去る。


「アサギ!?」


 声をかけるが、振り向かない。躊躇したが、今度こそ追う為にミノルも走り出す。右に曲がったことを確認し、足の速さなら自分が勝っている筈だと、地面を強く蹴って追いかける。


「ち、ちが! 違う、違う!」


 直ぐに追いつけるだろうと思った、けれど。


「アサギ!? アサギっ、何処だ、アサギ!」


 アサギの姿が、忽然と消えた。

 周囲を見渡し姿を探すが、何処にもいない。


「アサギ! 悪かった! 言い過ぎたんだ! 違うから、戻って来いよっ、戻って来てくれ、違うんだ! 今のは、違う! 好きなんだ、本当に好きなんだ」


 おそらく。

 アサギは、もうこの周囲にはいないのだろう。瞬間移動でもしたのか、それとも宙に浮いて飛んで行ってしまったのか。元魔王を召喚し、地球に呼び寄せた勇者ならば容易い事に思えた。


「アサギ!」


 腹の底から叫んだミノルは、眩暈に襲われその場に座り込む。目の前で光が点滅している、吐き気がした、熱中症のような症状だがそうではない。

 胸を押さえ咳込むと、吐瀉物が地面に散らばった。

 それは、遠い昔のこと。


「俺、あのアサギの表情を以前も見た気がする」


 強い衝撃に襲われた脳からの伝達で、悲鳴を上げた。通行人が慌ててミノルに駆け寄って揺さぶるが、瞳は焦点が合っていない。


「男の子が倒れているぞ! 誰か、救急車を!」


 人だかりが出来る中、ミノルの意識は朦朧としていた。

 汚れた姫君が佇んでいた。蔑まれ石を投げつけられ、流血しながらも立っていた。自分を助け、頼って来てくれた姫君を放置し、一緒になって攻撃した。言葉の刃で、彼女を斬った。


『迷惑かけてごめんなさい! 大丈夫です、私、一人で出来ますから! 今まで、ありがとうございました』


 儚げに微笑んだ、緑の髪の美しい姫君。先程アサギが浮かべた笑顔をミノルに向けて、消えてしまった。全く同じ光景が広がっていた、二度と同じ過ちを犯したくなかったのに、またやってしまった。

 チャンスはもう二度と巡ってこないだろうと痛感し、時間を戻したいと願う。

 あの時、自分はなんと告げただろう。記憶が曖昧になる、誰かの言葉を代弁したかのような気もしてきた。頭痛が止まらない、額が割れて何か異形が飛び出てきそうだった。ミノルは道路に拳を叩きつける、皮膚が切れて流血した。


「アサギっ!」


 叫んでも、叫んでも、ミノルの声はアサギには届かない。

 何処にも、いない。

 発狂した様子のミノルのもとに、救急隊員が駆け付ける。


「あ、あぁ、ぅわあああああぁっ! ち、違う違う違う違う! こんなことがしたかったわけじゃ、違うんだーっ! 次に会えたら、次に会えたら」

『貴女に、守護を。穢されない麗しき花で居られるように、守護を』


 キィィィィィ、カトン。


 絶叫したミノルは、意識を手放した。


 訝るほどに大袈裟な笑顔で、アサギは戻ってきた。


「遅くなっちゃったね、みーちゃん。はい、ジュース」


 ペットボトルを四本抱えて戻ってきたアサギを、リョウがじっと見つめる。冷たいそれに、衣服が濡れていた。

 ゲームをしていたリョウと弟達に配ると、何気なく座って蓋を開けた。しかし、アサギはそのまま脇に置いてじっと床を見つめる。


「ありがとう」


 受け取り溜息を吐いたリョウはコントローラを弟に投げると、アサギの額にクッションを押し付ける。


「無理するな、僕しかいない」


 小声で聞こえるように囁く。

 アサギは、ずるずると身体を崩した。そしてクッションを抱きかけると、声を押し殺して泣き出す。


「私、嫌われてた。知ってたけど、ううん、知っていたのに、傷つけてしまった」

「気にすんな、僕は嫌わない。世界は広いんだ、全員に好かれる人間なんていないさ。アイドルだってアンチが絶対いるじゃん?」

「う、うぅっ、どぉしよぉ、私、取り返しのつかないこと、してったっ」

「したことは、仕方ない。過去には戻れない、過去に捕らわれちゃ駄目だ。二度と過ちを起こさないように、頑張るしかない」

「どぉしよぉ、酷いこと、いっぱいしてた、のっ。わた、私が浮かれていた、だけ、でっ。どおして()()()こんななんだろう」


 クッションで顔を隠し泣き続けるアサギを、励ますようにリョウは撫で続ける。


「大丈夫だよ。どんなにアサギが嫌われても、僕は友達だから。そう、約束した」


 泣いている姉を、心配そうに見ている弟達に気づく。リョウは苦笑するとゲームを続けるように促し、「大丈夫だから」と口を動かした。

 リョウは唇を噛み締めながら、いつまでもアサギを撫でていた。

挿絵(By みてみん)

「僕が護る。君を護る。僕の大事な大好きな、友達のアサギを」

お読み戴きありがとうございました。

来週月曜日に最終話を更新予定です、引き続き第四章に入ります。


不穏な空気が流れておりますが、気になりましたらばまたお読みくださいませ。


※追記:

忘れていました(微震)!

ミノルがぶつぶつ呟いていたのは 月影の晩に ~DESTINY外伝4~  http://ncode.syosetu.com/n4044u/ の話になります。

気になったら、お立ち寄りくださいませ(^^)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ