メリーさんが電話を掛けたのは?
明日の為にその二。勘が鈍らない様に時には執筆するべし!するべし!
既に日も落ちた、とある街の大きな駅。仕事帰りの人々がバスとタクシーのターミナルに並び、すぐ近くに建っているパチンコ店からは入口が開く度に派手な音が聞こえてくる。デパートでは未だに人の出入りが多く、ファーストフード店では若い連中がダベりながら注文している。
そんな駅から少し外れた裏路地の中。街灯と街灯の間に存在する暗がりの中で動く物体があった。
――それは人形であった。50センチ程の大きさの人形。かつては美しかったであろうその人形は……今は見るも無残な姿であった。腰まで届く金髪はボサボサどころか所々抜け落ちている。左腕は肩から先が無く、右足は変に捻れている。右目の無い顔や着ているボロボロのゴスロリ服は、砂埃や泥による汚れが染み付いている。
その人形は右手を頬の横に持ってくると何かを掴む様な――受話器を持っている様な形にすると一言呟いた――
「――私、メリーさん。今〇〇駅に居るの……」
――そう呟くと、その人形は覚束無い足取りで歩き出した。暗い夜道をゆっくりと、しかし着実に電話の相手の元へと向かって。
* * *
その翌日。とある住宅街にある、やや大きめの二階建ての洋風作りの一軒家。その玄関の前にボロボロの人形は居た。人形は再び右手を頬の横に持ってくると何かを掴む様な形にして一言呟いた――
「――私、メリーさん。今貴方の家の前に居るの……」
――そう呟くと、その人形は玄関のドアを開け――ようとする前にドアが開いた。内側から。
そしてドアの向こうに居たのは――
「いらっしゃい。待ってたよ♪」
「うわ〜。ヒドイ格好〜」
「コッチ、コッチ。付いて来て」
「ほら、速く速く♪」
「一名様。ご案内〜♪」
……大勢の人形達であった。顔の造りや髪の長さや着ている服装や身体の大きさに少しの違いがあれど、大勢の人形達が笑顔で出迎えた。
人形達は、やって来たボロボロの人形を引っ張る形で、玄関から繋がる廊下の奥へ連れて行く。そして奥の部屋へノックもせずにそのままの勢いで入って行く。
「お兄さん。連れて来たよ」
「お願いね」
「じゃ、あとよろ〜♪」
人形達は部屋の中に居た20代後半ぐらいの穏やかな顔付きをした男性に声を掛けると、入って来た勢いのまま出て行った。後に残されたのはその男性と連れて来られたボロボロの人形だけ。
「では、始めるか」
男性はボロボロの人形をテーブルの上に抱え上げると、手に道具を持ち――
* * *
「――わぁ……!」
――数時間後。
ボロボロであった人形は、鏡に映る自分の姿を見て感激の声を漏らした。ボサボサ且つ所々抜け落ちていた髪は元通り整えられ、無かった右目と左腕も新しい物が付けられ、ボロボロ且つ汚れが染み付いていたゴスロリ服も綺麗な物へと着せ替えられていた。
そこにはもう薄汚れたボロボロの人形は居なかった。新品同様の輝きを取り戻した人形が居た。
そして、それを見て満足気な息を吐く男性。
「――お疲れ様」
ノックと共に部屋に入って来たのは――またもや人形であった。ただし先程の人形達とは違う。1メートル程の大きさの人形が、ティーポットとカップを乗せたお盆を持って部屋に入って来た。
「貴女はその姿を見せてきなさい。あの子達が待ってるわよ?」
「あ、ハイ……あの、有難うございました」
男性に向かって深々とお辞儀してから部屋を出ていく元ボロボロの人形。その足取りはとても軽やか。スキップでもしそうなくらいに。
男性の方は道具を片付けると、入って来た人形が淹れてくれた紅茶を飲んで一息吐く。その顔は正に、一仕事やり遂げたと言った感じである
「――おめでとう」
「うん?」
脈絡無く人形が言った言葉に、男性がキョトンとした表情になる。それを見て、苦笑いしながら人形は続ける。
「あの子で百体目よ……貴方が修復した『メリーさん』は」
「……もう、そんなになるのか?」
「貴方が私と出会ってからもう三年よ? それだけあれば十分過ぎるでしょ?」
溜め息を吐きながら人形は――『メリーさん』は続ける。
「ホント、最初貴方に会った時は驚きを通り越して呆れたわよ。『死ぬ前にその身体を修復させてくれ!』……って」
「し、仕方が無いだろう?! 人形職人の端くれとして、あんな無残な姿黙って見ていられなかったんだから……」
「しかもその後に『他にもこんな人形が居るのなら連れて来なさい』……何て言い出すし」
「だから、人形職人の端くれとして……」
「おまけに、身体が修復された事で人への恨みも無くなって元の人形に戻っちゃった子も、伝手を使って幼い子が居る家族に送ってアフターケアもバッチリ」
「…………」
「そんな訳で貴方有名人よ?『メリーさんネットワーク』の中ではね」
「……私としては君達の間にそんなモノが存在する事の方が驚きだ」
「あら? 私達は電波に干渉出来るんだから、それぐらい簡単よ」
軽く手を握る動作を見せながら『メリーさん』が言う。それに対して男性は欠伸で答える。
「……そろそろ眠らせてもらうよ」
「ええ。もうすぐ日の出だしね。おやすみなさい」
部屋の隣にある寝室へ向かう男性を見送った後、『メリーさん』はティーポットとカップを片付けながら呟く。
「――それにしても彼、気づいてないわよね。私を含め、この家に残っている『メリーさん』達について……」
片付けを続けながら、その視線は彼が消えていったドアに向いている。
「私達『メリーさん』は人に対する恨み―ー言うなれば『強い感情』によって動いている。でも彼の修復で身体を直してもらった子は、その恨みも消えてしまう。だから数日もすればただの人形に元通り……なのに、この家には未だに残っている『メリーさん』が居るのは何故かしらね?」
と、片付け終わって、お盆を持って立ち上がる『メリーさん』。フフンと軽く笑って――
「――恨みとは違う『強い感情』を、どっかの誰かさんに向けて持っちゃってるからよね〜♪ 人形とは言っても私達も乙女なんだから、いくら修復の為でも私達の肌を……乙女の裸を見たからには責任取ってもらわないとね♪ 覚悟しておきなさい。お・に・い・さ・ん♪」
――小悪魔な笑みを浮かべて、部屋を出て行った。
「――そう言えばこれって、ある意味ハーレムよね? 『メリーさんハーレム』って所かしら? しかも、現在進行形で増えていってるし……どこまで増えるかしら?」
ご愛読有難うございました。